『兵隊長の憂鬱』
前回のあらすじ
中年、寂しくない
①
さて、聞き手の皆々、そろそろ中年のおっさんの日常にも飽き飽きして来たところではないだろうか?
丁度登場人物も増えてきた所だし、たまには少しスポットライトを動かしてみようと思う。
では早速、フワッフワなボスの指令に右往左往するメメント・モリの面々を観てみようじゃないか。
ところ変わってここはメメント・モリの旧アジト。いや、現アジトでもあるのか。ややこしいな。
まぁ、シャングリラにおけるメメント・モリの活動拠点である。しかし、その中央のドームは先の筋肉の天使との戦闘で凄惨な状態になっていた。
さて、そんなドームの観客席に、いかにもないかつい集団の姿があった。そして一際高い席に立ちメガホンを片手に啖呵を切っている男が一人。
「ええか! 今日集まって貰ったのは他でもない! 俺らは悪海組の残党としてメメント・モリに世話になるわけじゃが! そのアジトがこの有様では周りに示しもつかん!!」
國門忠堅。メメント・モリの兵隊長である彼は、部下に檄を飛ばしてアジトの修繕に当たっていた。何故かはわからないがヘルメットが良く似合っている。
「色々言われちょるが組織っちゅうのは先ずは見てくれじゃ! 見栄を張ってなんぼじゃ! 舐められたらいかん!! 数倍豪華にするつもりで気張れよおまんら!!」
裸足の足に鉢巻。いかつい男の激が響く。すると、いかつい集団から「応!!!」とこれまたいかつい返事が返って来る。
暑苦しい。
その暑苦しさとは裏腹に、作業はスムーズであった。國門は陣頭に立って細やかな指示を出し、部下たちはそれに応える。
何処から持ち込んだのかブルドーザーが走り回り。これまた何処から現れたのかクレーン車が首を振り。
何処からか来たトラックが土を積んでドームを行き来した。
この様に、いかつい集団はテキパキと作業を進め、たちどころに荒れ果てたドームは元の様相を取り戻していった。
そして作業も八割を終えたかと言う頃、休む事無く現場を走り回る國門の懐から微かに電子音が鳴った。
國門は音ではなくそのバイブレーションで気づき、それを取り出す。
これは葉加瀬が幹部達に常に連絡が出来る様に前もって配布していたOGフォンの後継機。
その名もOGフォンG2である。Gが多い。
少しOGフォンの画面を眺めた國門は、ドームの観客席まで歩きながら電話に出る。
「もしもし、國門さん? 今ちょっといいッスか?」
電話の相手はメメント・モリ技術顧問 葉加瀬 芽々花。
「おう。技術顧問、どうかしたんか?」
國門は席に座ると裸足についた土を払いながら返事をする。
「この間お願いされてた件なんスけどね。試作品が完成したんスよ」
「おお、もう出来たんか! 大したもんじゃ!」
「いやいや、試作品なんで。まだ正しく機能するか分からなくて。なんせ個々人の権能に合わせた装備なんて私さんも未経験ッスから」
「えいえい、一朝一夕では出来んわな。そもそも俺の困った権能が悪いんじゃしの」
「前の正装、『理靴』でしたっけ? あれが靴でしたからね。能力を置換して体の権能にするとなるとまぁそうなるのは納得だとは思うッス」
「そうかぁ? 俺はどうにも突貫工事されたようにしか思えんがなぁ」
二人が話しているのは國門が裸足になっている理由についてである。
この男が勝手にガテン系拗らせて靴をほっぽり出していた訳ではなく。ちゃんと理由があるのだ。
國門は元々、『地に足を着いている限り身体に受けた衝撃を全て地面に置換する』という靴。そう、正装を持っていた。
しかし悪魔になる以上、その正装は没収せざる得ない。でも悪の神様は優しいので、その正装と同じ能力の権能を、國門の『五体』に授けたのだ。
つまり、『五体の何処かが接地している限り、身体に受けた衝撃を地面に置換する』権能、【八方中り(ジャックポッド)】を手に入れたのである。
よって國門は、いつ敵襲があるかも分からないシャングリラにおいて、常に権能が発動状態にあるよう、裸足を余儀なくされていた。
「おまけに天使の身体能力まで奪いやがって、おかげで調子が出んわ」
「あ、そこ気になったッス。なんで尾方のおっさんは天使の身体能力のままなのに國門さんは取られたんスかね?」
「贔屓だろ贔屓」
國門はあからさまに不機嫌そうである。
「贔屓ッスか...しかし、だとしたら神様に贔屓にされる尾方のおっさんって何者なんスか?」
「知らん。知らんが。アイツは得体が知れん。昔っからな。お嬢ちゃんもあんまり信用しなや」
「信用はしてないッスよ(信頼はしてるッスけど)」
「ならええ」
國門はどこか遠くを見るように眼差しを宙に向ける。
「國門さんからしたら...尾方のおっさんはまぁ元敵ッスよね。実際どう思ってるんスか?」
「なんじゃその質問は...」
「いいえいいえ、ただの興味本位ッス」
虚を突かれたのか。國門は少し驚いた顔をすると少し考える
「個人としてのアイツならまぁ別に買ってもいい」
「ほう」
「じゃが、組織から見るとアイツは厄介の種でしかない」
「厄介の種ッスか?」
「そうだ」
國門は何処からか取り出したタバコの根元を噛み付ける。
「考えてもみぃ。力がある。が、分不相応に低い地位に居たがる奴。組織から見たら扱い辛いなんてもんじゃない。周りに示しが着かんしのう」
「ま、まぁ、分からなくもないッスが...でもおっさんはそれはそれとして扱い易いッスよ」
「知ってる奴からはな。だがなそれは組織が小さいから成立する話だ。今の面子を見れば分かる。この組織はデカくなる。だったらそうもいかん」
「そこはおっさんを無理やり昇級させれば済む話じゃないッスか?」
「旧メメント・モリですら無理だったのにか?」
「それは...あっはは...」
「過去になにがあったか知らんが尾方は人の上に立つ事を毛嫌いしちょる。いや、もはや恐れとると言ってええ」
「まぁ、逃げるぐらいッスからねぇ」
「それはいつもじゃがな」
風でタバコに上手く火が着かないのか、國門はなんどもライターを鳴らす。
「そもそも現メメント・モリは尾方に依存し過ぎちょる節がある。悪道総統は言うまでもなし。替々相談役は元師匠だとか。組織に属する幹部の二人がズブズブじゃあなぁ。そっち協力者二人も浮かばれねぇ」
「あー...はははは、それもそうッスねー」
気づけ兵隊長。君の話している外の協力者も尾方にズブ×2である事に。
「まぁあれだ。色々言ったが、要は尾方のワンマンも程ほどにしちょけよって話だ。俺は同じ組織になった今も、いや今だからこそアイツを敵視しちょるからな」
ようやく火の着いたタバコを吸い込んだ國門は少しむせながら言う。
葉加瀬はそれを聞いて、少し声色を柔らかくする。
「國門さんはそれで良いと思うッス。尾方のおっさんの周りには、そういう人も必要だと思うッスから」
「はぁ? 俺には必要ないが?」
「組織にも必要だと思うッス」
「そいならええ」
肺の底から煙を吐き出した國門は現場を見渡す。
いつも始まりは、こうやって組織を遠くから眺めていた気がした。
「ここは...」
急になくなったり。俺を切り捨てたりしないだろうか。
不意に吐き出しそうになった言葉を國門は呑み込む。
「國門さん?」
「なんでもなか」
立ち上がった國門は背伸びをする。
「さて、もう一仕事するか」
「分かりましたッス。じゃあ、もう一つの武器も合わせて出来たら再度連絡するッスね」
「おう、世話かける。任せたわ」
「りょッス」
通話が切れた事を確認した國門は、タバコをポケット灰皿に入れて歩き出す。
メガホンを片手に現場に向うその背中からは、もう迷いの色は消えていた。