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残党シャングリラ  作者: タビヌコ
第五章「白星ルーザーと急襲アンダーグラウンド」
84/175

『寂しかったりしないのかい?』

前回のあらすじ


人を使って人目を避けるのは失礼

 ①

「あ、姫子さんお帰りなさいッス。自信満々に飛び出したわりに時間かかりましたね。おっさん捕まりました?」


 ところ変わってここは悪道邸。


 姫子が突然思い出したように、葉加瀬が尾方を呼んでいるという話をしたので、慌てて二人で帰ってきたのだった。


「う、うむ、中々見つからなくてのう...ははは」


 姫子はバツが悪そうに愛想笑いをする。


「はいはい、おじさん参上しましたよ。どしたの芽々花ちゃん?」


「おっさん、ご足労痛みいるッス。なに、大した用事じゃないんですが、義手の話ッスよ」


  丸椅子の上で胡坐をかいた葉加瀬はピッと尾方の義手を指差す。


「色々あったでしょう? そろそろメンテナンスが必要かなって思いまして」


「確かに。結構無茶な使い方してたからねぇ。壊れてないといいんだけど」


 そう言いながら尾方は義手を外し、葉加瀬に渡す。


 すると、部屋の隅に置かれているブラウン管テレビから、もう一人の葉加瀬が顔を覗かせる。


 尾方がブラウン管にヒラヒラと手を振ると、気さくに敬礼を返してくる。


「やっぱり不思議だよねぇ。自分がもう一人いるなんて、おじさんだったらゾッとしないけど」


「私さんだって最初は落ち着かなかったッスよ。でもモノは考えようッスよね。私さんは技術屋ッスから、人手それも自分と全く同スキル同意向の存在が居るなんて好都合の塊じゃないッスか」


「まぁ、わからなくはないけどさ」


 話をしながらも、葉加瀬は義手を手早く扱う。手持ち無沙汰の尾方は部屋を目だけで見渡す。やはり目に付くのはブラウン官テレビ、の中にいるもう一人の葉加瀬。


「これは純粋な疑問なんだけどさ。もう一人のメメカちゃんって普段はおじさんの義手の中に居るわけじゃない? 私生活とかどうしてんのかな?」


「ナチュラルなセクハラではあるッスが...ま、当然の疑問ッスね」


 素早く動いていた葉加瀬の腕がピタリと止まる。そして一呼吸すると、話の続きを口開く。


「答えはいたって簡単ッス。生活がないんスよ。もう一人の私さんには」


「うん...?」


 引っかかる言い方だ。心配ないでも必要ないでもなく。生活がない。それではまるで


「まるで生きてないみたいでしょう? それもその筈、もう一人の私さんには、大よそ生命という枠組みに入れられた要素がほとんど存在しないんスよ。更に、この私さんが居る世界には誰もいないらしいんス。物は私さんの世界と同じようにあるらしいんスけどね? 興味深いッスよねぇ~」


「それは...」


 尾方は言葉に詰まる。それはとても悲しい事に感じた。それはとても危うい事に感じた。しかし、それをそのまま伝えるのは、なにか違う気がしたからだ。


 結果、尾方は考え込んでしまう。


「あ、悲観も同情も無用ッスよ。私さん達とは価値観が違うんスよ、根本から」


「そうなのかな...? その、寂しかったりしないのかい?」


 尾方はそんな在り来たりな質問をしてしまう。どうも理解に時間がかかっているようだ。この質疑も時間稼ぎのようなものだろう。


 しかし葉加瀬はなにか引っかかったようだった。


「言ったでしょう。価値観が違うんスよ。でも最近は楽しそうッスよ。水を得た魚みたいに義手を動かして、本当はこっちに干渉したかったんスかね」


「干渉って言ってもおじさんの手を動かすだけだよ? 楽しいかなぁそれ?」


「そりゃあ楽しいッスよ。なんたって私さんは...、あー、ゲーム好きッスからね?」


「なるほど、新しいゲーム感覚ってわけだ」


 葉加瀬は義手のメンテナンスを進める。眼鏡にプログラミングの無機質な数字の羅列が反射する。そしてなんとなしに、さっきの会話の反芻をして、ポツリと呟いた。


「おっさん、おっさんは寂しくないんスか?」


「ええ? おじさんがかい? 見てるでしょう最近の騒がしい日常を。寂しそうに見えるかい?」


「いや、おっさんって昔天使だったでしょう? その頃も周りに人はきっと居た訳で。さらに旧メメント・モリ時代だって、沢山人が周り居たじゃないッスか? もう一人の私さんと違っておっさんは失っているわけじゃないッスか...それって...あ」


 無表情で淡々と喋っていた葉加瀬はしまったと口を覆う。作業に集中していた為、思わず聞き過ぎたと思ったのだ。


 尾方はそれを悟ったようで、微笑んで言う。


「寂しくないわけじゃないよ。それこそ、日に何度だってあの日を思う事もある」


 葉加瀬にはあの日がどの日を指すかはわからない。でも、尾方の眼差しは、眩しそうに見えた。


「でも、寂しいって感情と同じぐらいの感情を、今の日常は与えてくれる。おじさんは頭の処理能力が貧相だからね。寂しがってる暇がなくなるのさ」


 トントンと自分の頭を叩きながら、尾方は何故か誇らしげにしている。


 それを聴いて、葉加瀬はどこか安心するように笑った。


「だったら、私さん達はおっさんが寂しがらないように常日頃から感情を揺さぶらないといけないッスね」


「いやいや、びっくりするのは勘弁してよ? 血圧に響くからさぁ」


 こんなやり取りをしていると、お茶を淹れに台所に行っていた姫子がお盆をえっちらおっちらと持って戻ってきた。


「遅くなったのハカセ、尾方。なにを話しておったのかの?」


「おっさんの赤裸々な日常をもう一人の私さんに聴いてたんスよ」


「そういう感情の揺さぶり方は感心しないなおじさん!」


 その後、尾方の赤裸々が知りたい姫子と高血圧による心疾患を回避したい尾方の攻防はそこそこ続いた。


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