『流転の天使vs屈折の悪魔』
前回のあらすじ
中年、事案(三回目)
①
小廻めぐるはどこか諦めたように宙を仰ぐ。
しかし、その目には、しっかりとした闘志の炎が宿っていた。
「名乗ってください尾方さん」
小廻は何処から取り出したのか、甲冑からそこだけとって来た様な篭手を右手に着けながら言う。
「あらら、今から決闘でもしそうな雰囲気じゃない」
尾方は姫子に少し下がるようにジェスチャーをしながらヒラヒラと手を振る。
「はい、決闘をします。素の力では敵わないことは先のやり取りで分かりました。正装を使います」
「買いかぶりすぎだよ。それに敵う必要なんてないんじゃない? 戦わなきゃいいわけだしさ?」
言いながらも尾方は体を半身を前に構える。
この際、深く切られた肩を後ろにし、ソッと清に大丈夫とジェスチャーをした。
「そうは行きませんよ。私は天使で、貴方は悪魔なのですから」
「そうともないと思うけどねぇおじさんは」
「戒位十躯、流転の天使、小廻めぐる」
「メメント・モリ戦闘員、屈折の悪魔、尾方巻彦」
ダンッ!!
先に仕掛けるのはやはり小廻めぐるであった。
先ほどより数段早く、それでいて鋭く尾方にむかって地面を蹴る。
間合いが潰れる。
瞬間、小廻は地面を再度強く蹴り、自身の軌道を変える。
そして、壁を蹴る。
またまた直前で軌道を変える。
四方八方から尾方に迫ると、間合い直前で軌道を変える。
これを繰り返した。
尾方はこれを陽動と推測、油断無く一つ一つの動きに対応する。
一瞬の隙を突いて襲い来る最速の一撃を警戒して、精神を研ぎ澄まさせる。
今の今、動きの次、警戒してる最速が来るはず。
それは目にも止まらぬ――――
「よっと」
尾方の警戒が、緊張が、最高に差し迫ったその一瞬、高速で動いていた目標は、
まるで準備体操が終わった後のように動きを停め、スタスタと間合いに入って来た。
尾方は虚を衝かれて一瞬動きが止まったが、ハッと我に返り腕と足で体の中央を防御する構えに入る。
対する小廻は、篭手の着いた右手を体の前で軽く握った。
「失礼」
音もなく、色もない、純粋な力。
波に変わることもなく、熱に漏れる事もない。透明な力の塊。
それを受けたとき、人はどの様にそれを知覚するのだろうか。
解は、そこの屈折の悪魔にでも聞いたらいい。
こればっかりは、受けた本人にしか分からないのだから。
気づくと尾方は、数十メートル後方の塀に叩きつけられていた。
当然、その衝撃は人を人として原型足らしめる範疇をゆうに越えており、尾方は権能の発動を余儀なくされた。
いつ着いたかも分からない血を拭い、尾方は立ち上がる。
「...取りあえず一敗っと。さて、驚いてない様子をみるにこっちの権能は割れてるのかな?」
「ええ、残念ながら。一杯食わされる心配はないのですよ」
両手を腰の後ろにあて、小廻は事も無げに答える。
「なるほど、清ちゃん...じゃないね。八...は無理だし。消去法で天禄辺りかな?」
尾方も事も無げに指を折りながら大天使の名前を羅列する。
「まぁ...会議で名指しで挙がる時点で分かってはいるつもりでしたが、底が知れませんね。実のところ何者なんですか尾方さんは?」
「年食ってるだけあって顔だけは広いのよ、おじさん。...さて、そろそろ手の震えは治まったかな?」
「...なんのことでしょうか?」
小廻は後ろに回した手に力を入れる。
「いや、いいのいいの。こんな事、慣れない方がいい」
「なんのことか分かりませんが...これは正装の反動ですよ」
「まぁ、そういうことにしとこうか。ついでに彼の権能...じゃなくて、正装の能力も教えてくれたりしないのかな?」
尾方は小廻の篭手を見ながら言う。
「教えませんよ。悪魔の貴方に教えるメリットがありませんから」
「嘘、本当は知ってるんだよね」
「...ブラフですか? 私そういった駆け引きは苦手なのでご遠慮願いたいのですが」
「留真流【とどまる】」
尾方の一言にピクリと小廻は反応する。
「......」
「そんなに怖い顔しないでよ。可愛い顔が台無しだよ?」
「さっきはワザと受けたのですか...?」
「いんや、そういう正装があるって聞いた事はあったけど見た目や持ち主は知らなかったよ」
尾方はヘラヘラと笑って答える。
「カマをかけられました...やっぱり駆け引きは嫌いです...」
小廻はがっくりと肩を落とす。
「もはや問答は埒もありません。純粋に苦手ですし。お覚悟を、尾方さん」
「そうかい? おじさんはまだまだお話ししてもいいんだけどな?」
尾方が言い終わるか否かのタイミングで小廻は駆け出す。
やれやれと尾方は余裕を持って半身に構える。
正装:留真流【とどまる】
かかった運動エネルギーを蓄積する事が可能な篭手。
拳を握ることによってそのエネルギーを純粋な運動エネルギーの塊として放出する事が出来る。
この時、放出された運動エネルギーは別のエネルギーに変換される事がない。
つまり、小廻の戦闘スタイルはとにかく動く、稼動域いっぱいに四肢を動かし、四方八方に飛び回る。
結果、その様は自然と、全身でダンスしている様になり、習わずともカポエイラのような技法が備わっていった。
さらに天使の身体能力である。地に足つけたカポエイラの域に収まらない縦横無尽な空中殺法も加わり、
小廻の闘法は正に流れる水の如く変幻自在に昇華された。
しかし、相手はリミッター解除の尾方巻彦。
彼は先の死闘、つまり筋肉の天使、筋頭崇との戦いの経て、速度に対する動きが格段に良くなっていた。
四方八方から迫る四肢に対して、両手を持ってしてこれを凌ぐ。
しかし、
『グッ』
握られた篭手に反応し、最速のステップで尾方は後方に飛び退く。
飛び散った破片で多少傷が付いたが、尾方はなんとかこれを避ける。
そう、小廻にはこれがある。
正装から繰り出されるノーモーションの一撃必殺。
いつ来るかわからないこの正装に気をとられ、防御は疎かに、フェイントには引っかかりやすくなる。
長く闘えば闘うほど術中に嵌っていく怒涛の型。
尾方は責めあぐねていた。
「どうしました尾方さん。守ってばかりでは勝機はありませんよ?」
「守らないと正気失う攻撃ばっかりする癖になにをいうのよ」
尾方は義手の調子を確かめるようにグーパーする。
「さて、いつもどおりいいとこなしだし。そろそろ真骨頂をみせますかね」
尾方は腰を落として左肩を前に出す。まるで居合いでもするかのような構えだ。
「...? 真骨頂? まだなにかあるのですか?」
小廻は警戒してステップを踏む。
「しかし」
小廻は再度前へ。
「駆け引きはもうナシですから!」
すると次の瞬間、
尾方は本当に手刀で空を居合い斬りした。
もちろん、尾方の手には刀など握られていない。
しかし、その手は、血で真っ赤に染まっていた。
「ぷあ!?」
尾方の手刀により放たれた一線の血は、小廻の視界を奪った。
堪らず地面に着地し、防御の体勢をとる小廻。
しかし
「......! ......?」
来ると思っていた衝撃がいつまでたっても来ない。
痺れを切らした小廻は血を袖で拭って周りを見る。
そこには尾方の姿はなく。
それどころか周りには清の姿しかない。
「清先輩! 尾方さんは! 見ました!?」
後輩の質問に、清は気まずそうに答える。
「え、えーっと、逃げちゃいました。姫子ちゃん抱えて...私に挨拶して...」
小廻は暫くキョトンとしていたが、次第に理解が追いつき、真っ赤な顔を更に真っ赤にして叫んだ。
「な、なななな...! なにが真骨頂ですか中年悪魔ぁー!!」
そう、困ったら逃げる。
尾方の真骨頂に間違いなかった。