『似たもの師弟』
前回のあらすじ
老人、虎の威を得る
①
「いやに静かだなぁ...不気味」
アジトを奥へと駆け足で進んでいた尾方が不安を漏らす。
『やっぱり気になるッスか?』
追従するドローンから葉加瀬が話しを返す。
「うん、中央のドームにこれだけ近づいてるのに、まだ誰とも出くわしてないって言うのはやっぱり普通じゃないよね...さては替々師匠がなにかしたな?」
替々の名前が出たのに反応して、姫子が会話に顔を出す。
『ワシは大叔父様が心配なんじゃが...大丈夫かのう...』
「大丈夫大丈夫、多分おじさん達の中で一番大丈夫。逆にまた悪い癖拗らせて誰かが酷い目に合ってないか心配だよ...」
尾方は苦笑いしながら言う。
『悪い癖...?』
「簡単に言うと、『子供の純粋な好奇心と大人の澱んだ悪意を併せ持つ悪巧み』だね。本人は純粋にそれを楽しむし、結果も伴わせる」
『おお、よく分からぬが流石は大叔父様じゃ! 大悪党っぽい!』
「決して真似しないように、というか出来れば見ないように」
尾方は二股の分かれ道で立ち止まる。
「さてどっちに行ったもんか...メメカちゃん、國門少年の位置は中央のドームからまだ動いてないんだよね?」
『うぃ! 投擲後中央のドームに落下、その後大きな動きはないッス!』
尾方は少し考える。
「師匠もそっちに向かってるって言うのは今も相違ない?」
『間違いないッス! 未だにこっちからのコールには一切出ないッスけど、順調に近づいてるッスよ!』
「となると、まぁ一択だよね。こっちのがドームに近い、急ごう」
そして左側の道に尾方が一歩踏み出した瞬間、
『あー、もしもし? 聞こえてる? 替々だけども』
替々が通信に割って入ってきた。
「師匠!?」
『大叔父様!?』
尾方は急ブレーキを駆けて通信機に向かって不満を叫ぶ。
「今までなにやってたんですか! すぐコールに出てくださいよ!」
尾方の糾弾に替々はわざとらしくしょんぼりした声で返す。
『仕方がないじゃん、老人に優しくないんだよこのハイテク機器』
『嘘ッス! ダウトッス! 操作説明の時に一番喜々として弄繰り回してたのが替々さんッス!』
そうだっけ? っととぼけた様な声がマイクから帰ってくる。
尾方は呆れたように頭を抱えて言う。
「とにかく、無事なんですね? だったら合流しましょう、僕が行くのでそこで少し――」
『いや、その必要はないよ。別々に奥を目指そう。我々の目的はあくまで情報収集。こんな状況でも見れる範囲は多いに越した事はないからねぇ』
「こんな状況...て言うのは恐らく僕たちが思っているこんな状況とは少し違うのでしょうね?」
『大凡正しい。私も完全に呑み込めた訳ではないけどねぇ。思ったよりも大事かも知れないよこれは』
「大事とは?」
『時間が惜しい。取り合えず道すがら説明するから尾方は私の来た道とは逆の道をGOだ』
替々に促され、尾方は渋々中央のドームまで大回りになる道を進む。
尾方は走りながらになるので、気を回して葉加瀬が替々に質問をする。
『替々さん、大事って言うのは何事なんスか?』
『少なくとも、誰かの私事の範囲に収まるものではないぐらいの事だね』
『なるほど、そりゃ大事ッス』
『だろう?』
替々の声色はどこか楽しそうである。
『取り合えず憶測の域を出ない不明慮な情報は伏せるが、避けられそうもない確実な事象を話そう』
『あー、一応聴く前に確認なんスけど、ソースは何になりますかね?』
『ああ、ご心配なく。どこまでも信用できる確実な人づてさ』
そこまで言うと替々は更に声色を愉快そうなものにして言う。
『通りすがりの親切な天使さんが快く教えてくれたよ』
これ以上なく怪しいソース元だった。
その後、替々はこのアジトが現在置かれているであろう状況を説明した。
悪魔の組織同士の争いの事、今後参戦するであろう天使の事。
この際替々は、あえて四大組織解体作戦という単語については触れなかった。
「なるほど師匠、確かに大変な状況ですね。それで、なんでそんな一刻を争いそうな状況で僕は遠回りしてるんですかね?」
『こんな状況だからこそだよ愛弟子殿。例え作戦の最中に予想外の出来事が立て続けに起こったとしても。当初の目的を忘れてはいけないよ?』
替々の言葉に尾方は口を噤む。
『そちらのルートには、元メメント・モリの頭領。悪道総師の部屋がある。言いたい事は分かるね?』
「...了解。この辺は年の功なんですかね?」
『いんや? 地頭の違いじゃないかなー?』
尾方は苦笑いする。
「ところで師匠、最後に聴きたいんですけど?」
「うん? 一つだけだよ、事は一刻を争うからねぇ」
『ええ。本当に一言の質問ですから』
尾方はそう言うと、一呼吸置いて再度口を開く。
『なにか隠してます?』
その言葉に、替々は一瞬間を空けたが、ケロっとして答える。
「さてね、どれのことかな?」
尾方はそこまで聴くと通信を切った。
少し間を置いて、葉加瀬が言う。
『似た物師弟ッスね』
尾方は何も言わずに足を更に速めた。
『似たもの師弟』END