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残党シャングリラ  作者: タビヌコ
第三章「中年サヴァイヴァーと徒然デイズ」
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『私は貴方を知っている』

前回のあらすじ

中年、パシられる

 ①


「取り敢えずはこんな所か」


 加治医師が手を止める。


 尾方は走り回ったせいで疲れて横になっていたが、その声を聞いて起き上がる。


「ああ、終わった? お疲れ名医殿」


 ポケットの中からコーヒーを取り出し、加治医師にそれを投げる。


「あくまで応急処置だがな。あとはこの青年次第だ」


 コーヒーを受け取りながら加治医師は手帳になにやらガリガリと書き込んでいる。


 カルテ代わりだろうか。そう思いながらその様子を見る尾方に、加治医師は手帳の一ページを破り、差し出す。


「貸しだ。次の一回のみ、お前の好きな時に診察してやる」


 切れ端には、意味不明な文字列が書いてあるだけである


「なにこれ? ただの落書きじゃない?」


「ただの落書きじゃない。俺の落書きだ。心配するな」


 尾方は「はあ」っと浅く頷くと、雑にその紙をポケットに押し込む。


 そして、再度青年のほうを見る。


「さて、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? どしたの? その青年」


 加治医師は少し考えるような仕草を取ったが、すぐに尾方の方に向き直る。


「そういえばそうだ。誰だコイツは?」


 何食わぬ顔で加治医師は言う。


「ええ...それ知らずにここまで来たの? 救命第一過ぎない?」


 尾方も呆れ顔である。


「ふむ、少し過去に立ち戻って整理しよう。まず俺がなぜ外出したかだが...」


「ああ、それ気になる。健二郎ってよほどの事が無いと病院と自宅から出ないよね?」


「基本毎日診察に来るはずのとあるどうしようもない患者が一週間強病院を訪れない。これはついに死んだのでは? と気になってな」


「あ、僕が原因? 今回は僕完全に蚊帳の外かと」


 急に話の根幹に自分が浮上した中年は、申し訳なさそうにする。


「そしてお前の家に向かう途中、傷ついたこの青年を路上で...見た...気がする」


「既にこの時点で不明瞭かー。つまりこの青年が何者かもなんで傷だらけなのかも分からないのね?」


「分からない...俺達は感覚で救命をしている...」


「こらこら巻き込んでますよ」


 こいつは外に出ないのではなく、出るべきではないことを尾方は理解する。


 怪我人、病人関係なく。彼は目に入った全ての人を救おうとするだろう。


 無差別救命犯なのだ。


 尾方は深い溜息を吐く。


「この青年の事情は、本人の意識が戻らないことにはどうしようもないだろうなぁ」


「間違いなく今夜が峠だろう。今晩だけでも尾方、お前の家を貸して貰うぞ」


 悪びれる様子もなく加治医師が言うので、「あいあい」っと尾方も手をヒラヒラさせて気だるげに答える。


「ところで本題なのだが尾方、お前はなぜ最近通院していない?」


「そりゃあ、シャングリラに行ってないからですよ」


「そんな馬鹿な。鬱か?」


 話題を急に変えたと思ったら担当医師から鬱を心配された尾方はガックリする。


「誤診してますよ、名医殿」


「シャングリラ中毒とも言えるお前が約一週間だぞ? その可能性も考慮して然るべきだろう」


「僕とシャングリラの関係性について思ってることは、僕の周りの人一貫してるよね」


 そう、シャングリラ中毒を仄めかされたのはこれで二度目だった。


 尾方軽くしょげながら話を続ける。


「失礼しちゃうなぁ。僕だって勝算があるならそっちに乗るぐらいはするのにさ」


「ほう、勝算が見えたのか?」


「ほんの一筋だけね。それでも真っ暗な中を走り回ってた前よりはだいぶマシさ」


 そう言う尾方の目は少し眩しそうに細められていた。


 その時、


「う......」


 横に寝ている青年が小さな声で唸った。


 その微小なサインを、加治医師は見逃さない。


 サッと青年の横に移り、意識の確認をする。


「おい、大丈夫か? 意識はあるか?」


 すると青年はゆっくりと目を開き、朦朧とした目で天井を眺める。


「ここ...は?」


 喉から搾り出すような声が聞こえ、加治医師が答える。


「今は気にするな。仮の医療室みたいなものだ」


「いや違うよ? 僕の仮部屋だからね?」


 その声に反応し、青年は尾方の方を見る。


 尾方はそれに気づき、


「あ、気にしないで寝てなよ。酷い傷だよ君」


 と笑顔で語りかけると。


 一瞬の内に、


 青年の様子は一変した。


 ②


 成りたかったものがある。


 成れなかったものがある。


 憬れたものがある。


 諦めたものがある。


 執心したものがある。


 傷心したものがある。



 そんなものはあって当然だ。


 誰にだってある。


 俺にだってある。


 誰にでもあるのだから。


 それで仕方がないのだ。




 私は、そう自分に言い聞かせて、


 多くのものを手放してきた。




 最後の最後、


 本当に大切なものをさえ残ればいいと、


 それ以外のものを容赦なく切り捨てた。


 今思えば、実に滑稽で、


 都合のいい解釈である。


 だってこの時の私は、


 自分も捨てられる側にあるのだと、


 微塵も考えていなかったのだから。


 捨てられて思う。


 棄てられて想う。



 嗚呼、我らが唯一なる神よ。



 私を白き世へ導いて下さい





「尾方巻彦ォォォォォォォォ!!!」


 青年は、尾方の姿を瞳に映すなり豹変した。


 先ほどまで死に体だった体は今や凄まじい勢いで尾方めがけて躍動し、


 薄らと天井を眺めていた目は、ただ一つの標的を強く捉えて離さなかった。


 そうして繰り出された渾身の右拳は尾方の体を貫く、


 ことはなく、鈍い音と共に腕が弾かれ、その後頭が揺れるような衝撃が来たと思ったら、彼の意識はまた暗闇に呑まれた。


 その刹那になにが起こったか、


 青年が飛び起きて尾方に向かう瞬間、


 尾方は慌てることなくその場で腰を落とすと、


 突き出された右手を肘で横に弾き、帰す拳で顎を振り抜いたのである。


 結果、青年は再度昏倒する事となった。


 尾方は弾いた肘を痛そうに擦っている。


「痛ったぁ...天使?」


 サッと加治医師が青年のそばに寄る。


「こら、尾方。怪我人だぞ。もっと優しく落とせ」


「無茶苦茶言うね!? どれだけ患者絶対主義なんだよ...」


「それより、さっきの殺意だが、知り合いか?」


「さぁ、天使なら悪魔は誰だって仇みたいなものでしょ?」


「名指しだったが?」


「...正直、怨み買った天使なんて数知れないよ。悪魔ってそう言うものでしょう?」


 尾方はどこか後ろめたそうに苦笑いをする。


 加治医師は、「そうだな」とどこか寂しそうに言った。


 そして二人は、青年をベットに寝かしなおし、ふぅっと一息つく。


「ところで尾方?」


「どしたん健二郎?」


「さっきの戦闘、大丈夫なのか? その、非戦闘地区...」


「あ...」


「「......」」




『ピンポーン』



 冬の夜のような静寂に包まれた部屋に、一際不気味な、チャイムの音が響き渡った。



『私は貴方を知っている』END


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