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残党シャングリラ  作者: タビヌコ
第三章「中年サヴァイヴァーと徒然デイズ」
22/175

『守本書店と新人バイト』

前回のあらすじ

中年、筋肉とエンカウント

 ①

「では尾方さん、お帰りになりましたらお知らせくださいね」


 尾方が散歩の続きに行く旨を伝えると、清はそう言って尾方を送り出した。


 絶対ですよ、と念を押す清に苦笑いで手を振りながら尾方は旅館前を後にする。


 次に尾方が向かったのは、寂れた街角の古本屋であった。


 その名は守本書店。今や唯一となった尾方巻彦のバイト先であり、暇が出来れば顔を出すように心がけていた。


 いつもの店長のスンとした無表情を拝もうと店に入った尾方。しかしその尾方が目にしたのは、似合わないエプロンを雑に着て本棚を整理する、見慣れた血濡れの天使の姿だった。


 血渋木 昇。最近なにかと縁がある天使であり、こんな所には縁遠いはずの快血の天使であった。


 こちらに気づいた血渋木は顔も向けずに雑に挨拶をする。


「らっしゃーせ...本当に客来るんだなこの店...」


 ダルそうに挨拶する血渋木を見て、尾方はフリーズする。


 理解が追いつかないのだ。尾方は正直、逢魔駅行きの列車の中で血渋木と逢った時より、ここでの邂逅に吃驚していた。


 動かない客を不審に思った血渋木が顔をあげると、二人の視線が交差する。


 交差点の信号はばっちり赤信号。視線が重なった血渋木もまた完全にフリーズしてしまった。


「「......」」


 お互いに一言も出せないまま、嫌な汗だけが出てくる。


 この勝負(?)先に動いた方が負ける。


 そんな空気すら感じる空間で先に動いたのは、


「んあ、お前、その腕...?」


 血渋木だった。若い子は我慢が出来ない。というかこれは片腕を犠牲に尾方が取ったダーティプレイだった。


 助かったとばかりにその話題に乗る尾方、


「ああ、これ、これはね。あの後、色々あってさぁ。盗られちゃった」


 いつも通りケロっとした顔で尾方は言う。


 今日でこの質問も幾回目であるが、毎回返答が微妙に違うというのはどうなのだろうか?


 やはりなにかを察したのか血渋木も「あー...」と考えるように人差し指でこめかみを押さえる。


「そうか...あの輪の奴、あの後来たのか。俺も多少はツキがあるみてぇだなぁ」


 ダルそうに立ち上がって背伸びをしながら血渋木は言う。


「へぇ、血渋木君が避けたがるなんてやっぱりよっぽどなんだねぇ」


 尾方が軽くカマをかけると、


「当たり前だろうが、天使の上位者なんざ災害みたいなもんだ。敵味方関係なく会いたかねぇよ」


 特に抵抗無く血渋木は情報を話した。


「あら、いいの? 敵に上司の正体バラして?」


 拍子抜けとばかりに頭を掻きながら尾方が言う。


「既に知ってる情報について語ることをバラすとは言わねーよ」


 と、血渋木は興味なさげに本の整理に戻りながら言った。


「おじさん、オフの血渋木君のほうが苦手かも...からかい甲斐が無い...」


 と尾方がガックシしながら言う。


 すると血渋木は、


「そうかい、俺はどんなお前もだいっ嫌いだよ」


 そう言いながら店の奥に引っ込んで行った。


 やれやれと首の後ろをさすりながら、尾方は店長である守本一が居るレジ奥の書斎に入っていく。


 守本一は、本に囲まれた書斎の中央で読書に耽っていた。


 尾方は知っていた、基本的にこの状態の守本には話しかけた所で無駄である。


 本に集中している守本をこっちの世界に連れ戻すのは至難の技なのだ。


 特に急ぎの用事が有るわけでもない尾方は、静かに本でも読みながら、守本がこちら側に帰ってくるのを待つことにした。


 本棚に視線を泳がせる尾方、すると一冊の本に目が留まる。『星の王子さま』。一般的に児童文学として慣れ親しまれている小説である。


 この書斎は言うまでも無く守本一の私物である。彼女のお気に入りの本しかここには置かれないわけだが、この本は意外だと思い尾方は手に取った。


 いざ読もうと思うと片腕というのは存外不便であることに気づく。


「(これ、どうやってページめくろう)」


 と尾方は四苦八苦してしまう。すると、


『大切なものは目に見えない』


 いつの間にか隣に立っていた守本が尾方の手に持っている本を開き、開いたページの一文を差して言う。


「尾方さんぐらいの歳になると盲目が過ぎて大切じゃない物も見えなくなってしまうのかしら?」


 スッと手に持った本を尾方から取りながら守本は言う。


「あら、おかえり店長。早かったね。おじゃましてますよ」


「ええ、邪魔してるわね」


「わざと平仮名で喋ったのに言い直すのやめてくれない?」


「じゃまするなら帰って」


「あいよ~」


 どっ


「私に貴方と新喜劇をやってる暇はないのだけれど」


「一通りやってから言うのはどうなの...あとさっきの笑いのSEみたいなのどうやったの?」


「企業秘密よ」


 守本は尾方の持っていた本を閉じて元の場所に戻す。


「それで?」


 そして守本は尾方の身体を自分に対して真っ直ぐに向けると続ける。


「それはどういうことかしら? 説明して貰える?」


 それというのは恐らく左腕のことだろう。そうだろうと思うのだが、圧がすっごい。


 本日何回目かの返しであるし、毎度サラッと流してきた尾方であるが、ここは慎重にせねばならない。

尾方の直感がそう告げる。


 故に、尾方は店長が最も納得するであろう言葉を簡潔に伝えた。


「...ゼンちゃんに逢った」


 守本は一瞬、目を丸くしたが、直ぐに元のスンとした顔に戻って言う。


「...そう、どうだった?」


 尾方はその質問に対し、少し考えて言う。


「雰囲気は少し変わってたけど、変わりなかったよ」


 その返答に対し、守本は、


「そう」


 というと尾方の無き左手の袖をパタパタさせながら守本が言う。


「それはそれとしてこれは駄目ね。許せない」


 眼鏡の奥に鋭い眼光を覗かせる守本に尾方は恐る恐る尋ねる。


「えーっと、おじさん? それともゼンちゃん?」


 するとその眼光がキッと尾方に向けられる。


「どっちもです。大切な左腕を失ってヘラヘラしてる貴方も。尾方さんの大切な左手を奪ったあの子も」


 どっちも大馬鹿者よ。そう付け加えると守本はツカツカと書斎の椅子に戻り座る。


 尾方はポカーンとその様子を眺めていたが、少し笑って言う。


「その言い方だと、まるで僕の左腕が無くなった事を怒ってるみたいだよ店長ちゃん?」


 すると本を手に取り、適当なページを開いた守本は、そのページに視線を落としながら言う。


「そう聴こえないなら貴方の読解力に難があります」


 尾方はその返答を聴いて笑う。


「店長ちゃん、それ本気で言ってる? 僕の左腕の話だよ?」


 すると守本は溜息をついて言う。


「貴方、もっと本を読むべきね」


「へ?」


 思いもよらない言葉に素っ頓狂な声で答える尾方。


「貴方なら、児童文学が最適でしょう。さっきの本、読みなさい」


「え? あ、うん...」


 尾方は言われるままに『星の王子さま』を手に取る。


「机の隅を使っていいから」


 そう言うと守本は机の隅に山積みになっている本を移動させる。


「うん、はい...」


 言われるままに本を持った尾方は机に寄り、本を広げる。


「なんだったら音読しても良いわよ?」


「勘弁してよ、小学何年生さおじさん?」


「歳から六引けば分かるわよ?」


「勘弁して...」


 そこまでは話して静かになった二人は、書斎で静かな時間を過ごした。




「そういえば聴き忘れてたんだけど、あのバイトの子。どしたの?」


 暫く本を読んでいた尾方は、守本が読む本を変える隙を突いて質問する。


「ああ、あの子ね。血渋木君。私の兄嫁の弟なのよ」


 予想外の返答が帰って来て一瞬固まる尾方、だがすぐに取り繕う。


「へ、へぇ~、そうなんだ。どんな子なのかな? ちゃんと働いてる?」


「...? 口は悪いけど大人しくていい子よ。どうかしたの?」


 これ以上の追求は不味いと思い尾方はサッと引く。


「そうなんだ。いや、バイトの先輩としてどう接するべきかなぁと思ってね」


「貴方が後輩よ」


「時系列は!?」


「年功序列の時代は終わったのよ。より優れている方が先輩となる世の中よ」


「うわぁ世知辛い。おじさんが人よりあるのは歳ぐらいなのに」


「それでも平均年齢の半分に満たない貴方は優れてはいないけれどね」


「おじさんの全てを否定して楽しい?」


「中毒性を感じるぐらいには」


「おじさんは犯罪性を感じるよ...」


 すると、書庫の入り口からコンコンっと本棚をノックする音が聴こえた。


 目をやるとそこには血渋木の姿がある。


「お楽しみ中のところ申し訳ないけど守姉、閉店の時間ですよっと」


 心底ダルそうに血渋木は報告する。


「あと良かったら尾方後輩も手伝ってってくれよ。暇なんだろ?」


 そこまで言うとヒヒヒッと笑いながら店内に消えた。


「聞いてたのか...やれやれ」


 尾方は本を閉じて店内に向かう。


「貴方達知り合いなの?」


 後ろから守本に質問された尾方は首だけで振り返りながら言う。


「いいえ、全く、何故そう思うんで?」


 守本は少し微笑みながら言う。


「あんなに楽しそうなあの子は初めてみたから」


 それを見た尾方は少しバツの悪そうに言う。


「間違いない。天使のように笑ってたね」



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