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残党シャングリラ  作者: タビヌコ
第三章「中年サヴァイヴァーと徒然デイズ」
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『若女将の手も借りたい』

前回のあらすじ

中年、箒で叩かれる。


 ①

「では、今日はこれぐらいにしましょうか尾方さん」


 正端清からの依頼をこなす為に急遽行われた尾方の修行は三十分ほど続いた。


 その間に尾方が叩かれた回数は数知れず。傷、痛みは兎も角、尾方は心が折れかけていた。


「ありがとうございました...キヨちゃん先生...。次はもう少し手加減してね...?」


 軽くお辞儀した尾方は、いつもの調子で軽口を挟む。


「いえいえ、修行というのは毎回少しずつ厳しくしていくのが肝要です。頑張ってくださいね」


 こちらもいつもの調子の笑顔であったが、今の尾方には少し恐ろしく見えた。


 尾方はやれやれと崩れた服を正して埃を払う。


「しっかしあれだね。片腕ってのは存外不便なものだねぇ。改めて実感するよ」


 ポンポンっと今は無き左手の代わりに左肩を叩きながら尾方は言う。


「当たり前です。尾方さんは事の重大さをもっと気にかけるべきです」


 少し頬を膨らませながら若女将は言う。


「戦闘は勿論の事、生活にだって支障は沢山あります。今のうちに困ることを想定しておくべきです」


 言われた尾方はなるほど、っと一考して言う。


「そうだあれだ、お茶碗持てない。お行儀悪いよ」


「流石に片腕ない人にマナーうんぬん言う人はいないと思いますよ...」


「あ、そうか。拍手出来ないじゃない」


「いや、それも強要される類のものではないかと」


「いや、これは大変だ。携帯打てないよ」


「両手でしか使えないんですね尾方さん...」


 一通り言ったところで尾方は頭を抱える。


「確かに不便な部分多いなぁ。おじさん気楽に考えてたかも...」


 しかし逆に清は待ってましたとばかりに言う。


「そうです。不便ですよね尾方さん。猫の手も借りたい状況ですよね」


 言われて尾方はハッハッと笑う


「そだねー。片腕になったことだし手の出し所かもねぇ」


 するとすかさず清が言う。


「では、清の手をお貸しします」


「はい?」


 清には珍しい類の冗談だったので思わず尾方は聞き返す。


「えーと、ごめん。どういう意味かな?」


 するとニコニコと清は続ける。


「そのまんまの意味です。不運なことに猫の手はございませんが、幸い清の手がございます。これをお貸ししましょう」


 察しの悪い尾方も流石に察したのか苦笑いしながら聞き返す。


「か、貸してくれるっていうと?」


 清はバンっと左手を胸元に掲げて言う。


「暫く、この正端清が尾方さんの左手になりましょう」


 その目は輝いていた。


 予感が的中した尾方はやんわりと断ろうとする。


「ははは、猫の手を借りたいってのは例えの話だよ清ちゃん? こういうのは慣れだし、自力でなんとかした方が後々を考えるとよかったりするんだよ」


 すると清もやんわりと圧してくる。


「それもそうですが、最初が肝心ともおっしゃいます。間違った癖を最初につけないように、無理な負荷なく生活出来る様、最低限の手助けは必要かと」


 ここは負けられると尾方も少しストレートに断りに行く。


「おじさんこう見えても悪魔だからさぁ。天使に借りを作るわけには行かないんだよねぇ」


 すると清のストレートも早くなる。


「借りと仰いますならば、天使の私は尾方さんに無理やり修行を頼み込んでいます。ご自分だけ借りを作らせて返させないおつもりですか?」


 二人の意見は拮抗する。


 ニコニコとお互いに対峙する二人、こうなると、折れるのはやはり尾方だった。


 先に笑い顔をやめてハァっと溜息をする。


「じゃあ、本当に、夕方の晩御飯の時間だけ、お願いしようかな...本当、最低限のことだけでいいから...」


 この返事に、清は一層の笑顔で応える。


「はい! この正端清! 全力でご奉仕させていただきます!」


 大らいでこのやり取り、尾方巻彦が警察にお世話になる日も近い。


 尾方がまたやってしまったという顔をしていると清が笑顔で続ける。


「これで貸し借りなしですよ。尾方さん」


 清がどこか一連の依頼に負い目を感じていたと感じた思った尾方は、仕方なくも笑い、軽く言う。


「では、失礼ながらお借りしますよ天使の手。その手で握ったオニギリは、今は無き悪魔の手で握ったものより数段美味しいでしょうからね」


 すると清も軽く笑い言う


「もちろん自信があります。ですが、尾方さん、それセクハラですよ」


 尾方は改めて、セクハラの定義の難しさを噛締めた。


 ②

「おお、清さん。尾方の。どうしたね? 尾方のはそんな苦虫を噛締めたような顔をして」


 尾方がセクハラ糾弾を受けていると、清の旅館から出てきた男が話しかけてきた。


「ああ、筋頭さん。今ね、世の不条理を噛締めているんだ」


 尾方が話しかけてきた男に向き直る。


 清も男のほうを向いて挨拶をした。


 その男は、筋肉だった―――――


 男の名前は筋頭 崇(すじがしら たかし)。年齢不詳。堂々とした立ち振る舞い、りっぱな無精髭から察するに二十代ではないだろう。


 清の旅館のマッサージを目当てに足蹴しく通う、筋骨隆々のボディビルダー。


 常連ゆえ、よく旅館前にたむろしている尾方とは顔なじみであり、見かけるたびに話しかけて来てはプロテインを勧める稀代のマッチョだった。


 そしてよく会う故に彼は直ぐに気づいた。


「尾方の、お主、その身体...!」


 不味いっと思った尾方は慌てて申し開きをする。


「あ、これはその、仕事で少し...」


「下半身を中心にビルドアップしとるではないか! 悪くない悪くないぞ! ただ、上半身もバランスよく鍛えろ!!」


 筋頭が気づいたのは、この数日走り回ったお陰で微妙に鍛えられた尾方の下半身の筋肉量であった。


「へ...?」


 これには尾方も間の抜けた声が出る。


「いや、筋頭さん。腕は...」


 尾方が恐る恐る今は無き左手を向けると、


「おお、隻腕になったか尾方の! まぁ人生色々あるからな! 片腕でも出来るトレーニング、今度までに手帳に纏めて持ってくるからな!」


 意外にもさらっと流された。


 尾方はキョトンっとしていたが、逆にその反応が心地よかったようで笑顔で言う。


「ええ。じゃあ、是非お願いしようかな。あんまりキツくないやつ中心でお願いよ」


 それを受けて筋頭はうむっと輝かしい笑顔で言う。


「丁度いい負荷で! だな! 流石の俺も片腕でも出来るトレーニングは初体験よ! 大胸筋が高まるわい!」


 ワッハッハっと笑いながら筋頭は手を振り行ってしまった。


 この独特のペースも彼の持ち前の一つである。


 しかし、今回は、その独特の空気に助けられたようで、尾方は大いに勇気付けられたようだった。


「やっぱり、面白い人ですね。筋頭さんは」


 清も同意見のようで、笑って言う。


「うん、流石にああなりたいとは思わないけど、見てて気持ちがいいよね」


 尾方もまた笑う。


「しかし尾方さん。下半身鍛えられてたんですね。気づけませんでした...修行不足です...」


 清は少し悔しそうに言う。


「いやなんの修行? 彼の筋肉に関する観察眼は精密機器以上だから、張り合っちゃ駄目だよ...」


 一瞬、筋頭の体に清の顔がついたモンスターが尾方の脳裏を過ぎり、


 尾方はそれを正確に認識する前にかき消した。

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