『廻り道』
前回のあらすじ
小気味が良いですね。
①
光る。
いなす。
瞬く。
躱す。
轟く。
翻る。
尾方は義手を振り翳し、焦がれる様に悪道総司の雷を凌ぐ。
それは一撃一撃が奇跡の様な生還。
当たり前の様に命抉る光の道を、尾方は本当の本当に有り体に言えば運で凌いでいた。
「――――もういいでしょう」
九 一は。
善の神は。
今更そんな分かりきった事を言う。
尾方巻彦は再起した。
しかしそんなことはこの場の態勢にそよりとも影響がない。
そんな分かりきった事を、コイツは物憂げにも言う。
「で、そうですかと。あの悪魔が諦めるとでも?」
「――いいえ……アレは何があっても諦めない」
「だったら?」
「――ただ、彼の者に祈りを」
カランッ。
乾いた木が硬いものに当たる音が。
下駄の音が。
裏路地ではなく。
今度は世界に響いた。
②
「――――詰みですね」
昔から小賢しくも得意だった盤上遊戯で初めて私に勝った時と同じ様に、九 一は言う。
善の神が打った盤上の駒。
それは言わずもがな天使。
正義の天使、正端清だった。
それは未だ動くことの出来ない悪道姫子の背後にゆらりと現れ、陽炎の様に立つ。
その瞳に意思という揺らぎは感じられず、またその手は静かに大刀の柄に添えられていた。
私は溜息をしながら言う。
「あのねぇ、打ち歩詰めだよあれ」
「――――彼女は大駒ですので」
「よく言うよ、君にとっては天使なんか等しく歩兵なのに」
私の悪態に善の神は笑顔のまま返す。
「――――彼女は持駒ですので」
また心にもない事を言う。
私は呆れ返って、諦める様に尾方に視線を移した。
尾方は、酸欠で霞む視界でその小さな影を見つめている。
「……やぁ、キヨちゃん」
当然、返事はない。
尾方も勿論、それを期待してかけた言葉ではない。
やめてくれと言いたかったのだろう。
なぜ天使である正端清が、天使であった悪道姫子を殺すのか。
それも恐らく善の神の命によって。
それが分らない尾方は、動くより先に声をかけてしまった。
状況は何も変わらない。
無論、悪手である。
そしてこの一手に誰よりも素早く反応したのは、以外にもその養父、悪道総師だった。
雷纏う手を悪道姫子ではなく、正端清に向けて動かす。
しかしそれよりも少し早く正端清の手が、大刀の柄に触れた。
瞬間、放たれた悪道総師の稲妻が正端清の姿を貫通したが、その影は陽炎の如く揺れるだけだった。
正装『不知火』。
柄に触れた束の間、その存在を神にも悟らせぬ彼方へズラす認識外の刃。
しかし皮肉にも、その若女将との修行にてその芯を捉えていた尾方は、希薄にしかし確実に今の正端清の軌跡を捉えていた。
一切の無駄を排した処断。
雷を身を翻して躱したその勢いそのまま、刀は最短距離で悪道姫子の首に迫る。
この場の誰も動けない。
無論、見えないからだ、理解ないからだ。
唯一認識の範疇にある尾方でさえ、動けない。
理解ないからだ。
なぜ?
なぜなんでどうして?
疑問はただの1つも払拭されず。
その1つ1つはとんでもない重さで思考にのしかかる。
疑問を持ったままで、人は信念を握りしめることが出来ない。
いつか言った。
善の神、九 一の祈る様な言葉である。
「――――おかえり、熾火 燈。これで世界は完成する」
善の神が重ねるように祈る様に瞼と閉じると同時に。
悪道姫子の身体が、無数に切り刻まれた。
首が斬られた、腕が削がれた、足が伐られた、胸が抉られた。
それを尾方は。
認識できない筈のその処刑を。
まざまざと見ていた。
そして、大刀が鞘に納まる高い金属の音が――――――
「だあああぁりゃああああああああぁぁあぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」
聞こえることはなく。
その大刀は鉄砲の如く飛び出してきた小さな影に蹴り飛ばされ、コンクリートの地面を抉りながら遠くへ転がった。
私は思わず歯を出して笑ってしまう。
そうだ。
そうだった。
苦労して。
誰かを助けた人間は。
その善悪を問わず。
その一点に関しては。
報われるべきなのだ。
「戒位十躯『流転の天使』!! 小廻めぐる!!! 義によって悪魔に助太刀致します!!!」
囁くような蝶の羽ばたきは、無論その風向きを決めたりはしなかった。
『廻り道』END