『雷親父』
前回のあらすじ
回れ雪月花
①
神の眼下。
二人の悪魔は距離を詰める。
それは相手の虚を突いて間合いに入るでもなく。
力強く迎え打つでもなく。
ただ自然に。
まるで散歩にでも赴くかの様に。
ゆったりとお互いがお互いの間合いに向かって。
テクテクと歩んだ。
あと一歩でも踏み出せば拳が入るという境界線の上で、両者の動きがピタリと止まる。
「メメント・モリ『戦闘員』。屈折の悪魔、尾方巻彦」
「メメント・モリ『総統』。屈服の悪魔、悪道総師」
両者の境界線の上を言葉が踏み付ける。
「尾方、後悔はないな?」
悪道総師が『ぴしゃり』と言う。
「結構あります。すんません」
尾方巻彦は『そより』と笑った。
「つくづく……」
馬鹿ヤロウが。
境界線に置かれた悪道総師の足が、落雷の様に尾方巻彦に飛来した。
②
勝てるわけがない。
敵うわけがなく叶うわけがない。
尾方巻彦には既に縋れる白き翼がなく。
また、縋れる心のよるべもない。
思い通りに動かない身体と底無しの後ろめたさを抱えて、人は闘争という非日常に身を置けるようには出来ていない。
しかし。
尾方巻彦は動ける。
彼には戦える理由がある。
ここで言うそれは。
組織の為とか復讐の為とか自分の為とかではない。
背を向けた姫子が、その背を刺さなかった事。
それだけ。
間違った。
しかし。
間違いを正されなかった。
過ちを糾されなかった。
それは決して許しではなく赦しではない。
だが、それでも彼は。
間違いなく救われたのだ。
③
一瞬にして。
それは程度を指す意味ではなく。
そのままの意味で。
瞬く間に尾方巻彦の死体が量産された。
もはや『自幽』を発現出来ない尾方巻彦が悪道総師に圧倒されるのは自明の理であった。
しかし。
「ぬ……」
対峙する二人の表情は戦況とは対極的だ。
悪道総師が尾方巻彦の胸を貫いて殺す。
その死体が倒れるより早く尾方巻彦が死体に押し除けて悪道総師に迫る。
悪道総師が尾方巻彦の身体を裂いて殺す。
その命の端切れを尾方巻彦は足蹴にして悪道総師に迫る。
悪道総師が尾方巻彦の身体が黒くなるまで雷撃で焼き殺す。
炭化した肉を火傷しながら掴み潰し投げ飛ばした尾方巻彦は悪道総師に迫る。
殺す。殺す。殺す。殺す。
迫る。迫る。迫る。迫る。
その生き返りの早さの異常さを、権能『七転八倒』の詳細を知る悪道総師には理解出来た。
迷いがない。
微塵も。
死して生き返りを選択するまでのインターバルが限りなくゼロに近い。
そんな筈はない。
『七転八倒』はそんなに単純な権能ではない。
その仕組みを知るからこそ。
悪道総師はその様相に気圧されていた。
それでも。
「儂にここまでさせるな。馬鹿息子が」
彼の名は悪道総師。
シャングリラ戦線史上。
最も天使を殺した悪魔である。
――――【屈服の悪魔】悪道総師 ――――
権能『雷親父』
雷を発生させ、また操る事が出来る権能。
小細工なしのシンプルな権能。
しかし。
それは、君たちの世界に於ける話。
この世界では雷を扱えるという能力は特別な意味を持つ。
雷、すなわち電気とはこの世界の留め具。
漂う不安定な物質を『ソレ』として定めるための錨。
それを『ソレ』として固定かつ確定させる鋲。
つまり。
悪道総師は無機物を自由に生成し、変型、消失させる事が出来る。
詳しい話は長くなるのでまたの機会とするが要するに。
悪道総師は無から有を生み出すことが出来る。
唯一の悪魔。
いや、人間である。
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『雷親父』END