『老人が出て中年が帰り神が殺す』
前回のあらすじ
溺れる姫、大叔父様を掴む
①
時間が過ぎること二時間ほど、急ピッチでOGフォンの二号機を作った葉加瀬は、目頭を押さえながらラボから出てきた。その足で居間に向かう。
「姫子さん……終わったッスよぉ~……コーヒー下さいッス~」
居間の襖を開けると、
「おはようレディ、いま丁度、姫子ちゃんが淹れに行っているから、一杯追加してもらうよう言っておこう」
そこには、見覚えの無い男がいた。整った髭を鼻下と顎に携え、洋風のスーツでビシッと決めた蝶ネクタイの似合ういかにも老紳士という風体の男が、どこから取り出したのか洋風の椅子に座っている。
「……誰ッスか!!?」
これには葉加瀬も驚愕の声を上げる。
「おやおや、ご無体な。姫子ちゃんから聴いてないのかネ?」
老紳士風の男はやれやれという様子で台所の方を見る。
するとちょうどこそにコーヒーカップを乗せたおぼんを持った姫子が現れた。
「おお、ハカセ! 終わったか! ご苦労様じゃ!」
「は、はい、終わったッスけど。それよりこのご老人はどなた様ッスか?」
コーヒーを老紳士に渡しながら姫子が説明する。
「うむ、なにを隠そう。この方こそは我らがメメント・モリの強力なスケット。おじじ様が弟、悪道替々大叔父様である」
紹介された老紳士はすまし顔でコーヒーを一口飲むと口を開ける。
「え、スケット? なにの?」
ボケが始まっている! 訳ではなく。
このご老体、実はなにも説明されておらず。
とりあえず家に来て欲しいと朝っぱらから姫子に懇願されて、日課のティータイムを押して参上したのである。
これは姫子が悪いと、慌てて事情を説明する葉加瀬。
悪道替々はそれをコーヒーを飲みながら静かに聴いていた。
「なるほどネ。それでこの悪道替々に白羽の矢が立ったと言うわけか……」
飲み終ったコーヒーカップを置いた老紳士は静かに事情を飲み込んだ。
「す、すみませぬ大叔父様。ワシには大叔父様ぐらいしか頼れる人がおらぬ故……」
縮こまって申し訳なさそうにする姫子に老紳士は微笑んで返す。
「なぁに、可愛い姪孫に頼られて気を悪くする大叔父なんていないものサ。……出来るかは置いておいてねぇ」
最後に少し渋い顔をする替々。すると葉加瀬が質問する。
「ええっと、替々さんは悪魔なんスか? 今はどこの組織に所属してるんスか?」
「ああ、私は悪魔だったのサ。十年以上前に引退して隠居中だけどねぇ。転覆の悪魔、悪道替々といえば少しは有名だったものサ」
「うむ! ワシも大叔父様の武勇伝はかねがね聴いておった。ゆえに今回頼らせていただこうと思ったのじゃ」
ふん!っとまた自分のことのように胸を張る姫子。しかし等の替々は実に頼りないご老体である。
「私には無理だろうけどねぇ。でもさっきの話し、随分懐かしい人物があがって無視も出来なくなってしまったねぇ」
ふぅ、っと替々は溜息を一つ漏らす。
「え!? 替々さん、件の天使に覚えがあるんスか!?」
驚いた葉加瀬が質問する。
「いいや、そっちじゃあないネ。尾方巻彦さ。十年以上前だが、彼は私の弟子だったんだヨ?」
「「!!?」」
意外な繋がりに姫子も葉加瀬も唖然とする。
「え!? 大叔父様が尾方の師匠!?」
「い、一体なにの師匠だったんスか? 悪魔に師弟関係とかあるんスか?」
葉加瀬の質問に鼻高々に替々は返す。
「無論、悪魔にも師弟関係はあるとも、なにも特別なことじゃない。彼が、私の戦闘方法に興味を持って、それを教えてあげただけだがねぇ」
昔のことを懐かしむように替々は語る。
「いい青年だったヨ。とても悪魔とは思えないほどに、ネ。だからこそ言えるが、今回、私は役に立てそうにない」
「な、なぜじゃ大叔父様! 腰か! 腰をいわしたのか!」
「いや、膝ッスよ! 膝に爆弾があるんスよきっと!」
「君達結構ナチュラルに失礼だよネ?」
ちなみに膝に爆弾が正解だよ葉加瀬君と替々はよっこらと立ち上がる。
「モチロン、理由は決まっているとも。尾方には、少女二人を残して先に逝くような。柔な教育はしていないからさ」
そういうと替々は窓まで歩き、なにかを確認するように外を眺める。そうして姫子達のほうを見ると、ウィンクして外を観る様に促した。そこには、尾方巻彦の姿があった。
②
「尾方ァ!!!」
「尾方のおっさん!!!」
二人は尾方の姿を窓から確認する暇も無く、すぐに外に飛び出した。
無論、タックル一発入れるためである。
しかし、その姿を観て、二人は立ち尽くしてしまった。
全身傷だらけ、血濡れの天使と見間違うほどに血を浴びた尾方の姿は、左右非対称になっていた。
尾方巻彦は、片腕を失っていたのである。
正直、尾方巻彦と認識することが難しいほどの姿であったが、唖然とする二人をみたそれが。
「ただいま、ヒメ、メメカちゃん。ごめんね急に電話切っちゃりして。あと、あの……OGフォン? 壊しちゃってさ。あと遅くなった。本当にごめん」
と、開口一番謝り散らすものだから、すぐに尾方と認識し、二人は予定通り、タックルした。
「尾方! この馬鹿者が! よう帰った! おかえりじゃ! うわ~ん!」
「おっさん! このバカ! もっと気の利いた格好で帰って来るッスよ! 心臓に悪いッスよぉ~!」
そのタックルは目に涙を溜めながらとなり想定と少し違ったが、二人はあくまで満足げであった。
「ちょ!? 二人とも! 血がね! 着いちゃうから!」
自分の痛みより先に二人に付く血を気にする姿もまた。尾方巻彦に間違いなかった。
「やぁ、尾方。元気そうでなによりだねぇ」
騒ぎがひと段落した折をみて、玄関から替々が尾方を出迎えた。
「し、師匠!? なにやってるんスかこんなところで!?」
これは尾方も予想外だったのか目を丸くする。
「ああ、座ったままでいいよ。なに、可愛い姪孫に頼まれてね。重~い腰をあげたのさ。君のお陰で見事にあげ損だったがネ」
そういう替々もどこか嬉しそうである。
「は、はぁ、師匠がでるほどの事件? なんかあったんスか?」
この男は……とこの場にいる全員が思ったが代表して姫子が声をあげた。
「尾方!! お主があんな状況で急に電話を切るからじゃろうが!!」
ペシッと怪我がなさそうな頭を軽く叩かれた中年はシュンとする。
「あ、あぁ~あぁ~あぁ、なるほど。 すいませんでした!!」
尾方の気合に入った謝罪に替々はケタケタと笑っている。
「いやぁ、変わらないねぇキミ。いや、いいんだよお陰でまた少し面白くなりそうだ。皆、いつまでも外もあれだ。少し室内で話そう」
少し悪い笑顔をした老紳士は皆を室内に促した。
③
「この話し乗った。私も新生メメント・モリの一員に入れてくれたまえ」
室内で居間に全員が集まり、落ち着いた段階で、声高々に替々が宣言した。
「へ? 師匠??」
尾方は帰って来てから驚きっぱなしである。
「それは……願ってもない申し出じゃ! 流石は大叔父様! 懐が深い!」
感激する姫子を他所に尾方は慎重である。
「えーっと、師匠? なぜ急にそんな気に? なんかまた悪いこと考えてます?」
「私さんも気になるッス。この人たまに笑顔に裏があるッスよ。反骨の相とかレントゲンで撮ったら出そうッス」
訝しげに牽制する葉加瀬、対する老紳士はティーカップを片手に涼しい顔で言う。
「無論、考えているとも! 悪魔が悪いこと考えてないでどうするかね? ただ、君達にも悪いようにはしない。私には出来ないかもだが、戦闘員が頭数一つ増えるわけだし。なにより今回のような騒ぎの度に呼び出されたんじゃ堪ったものじゃあないからね!」
「ウッ……そ、そうですね」
ド正論である。お察しの通りこの尾方巻彦は師匠に口で勝った事が無い。つまり苦手なのである。
「悪巧みは別にいいッスけど、貴方個人ではなくてウチ全体に有益なモノでお願いするッスよ替々さん」
そこに毅然と立ち塞がるは現役JK葉加瀬芽々花。頑張れ。この組織の舵は意外とキミに懸かっているぞ。
「了解。約束するヨ。ハカセ君」
これまた疑ってくださいと云わんばかりに悪い意味でいい笑顔の替々。
この組織の当のボスである姫子は、新メンバーに爛々で、この周りの会話は頭に入っていなかった。ひと段落したところで替々が尾方に尋ねる、
「それはそれとして尾方。キミ、その左手は? なにがあったか聴かせてもらえないかね?」
その話しには残りの二人も興味津々のようでブンブンと顔を縦に振る。
「あー、これはねぇ……」
尾方はなんともバツが悪そうに残った右手で頭を掻く。
「なんとも話し辛いんだよねぇ……話さなきゃ駄目?」
全員に真っ直ぐ見据えられて尾方が溜息をつく。話し辛そうだねぇ……
「代わりに話してあげようか?」
代わりに話してあげようか?
……失礼。これじゃ分かり難いね。
では。
私は尾方巻彦の後ろに現れ言う。
「やぁ、こんにちわ。屈折の悪魔。尾方巻彦」
皆が皆、急に現れた私の姿に驚いて目を真ん円に私を見ている。
ああ、この手の反応はいつ受けてもいいな。
面白い。
私がここに居るのなんてごく当たり前なのに。
どこにいようとどこにいたって私はいるのに、こんなにも驚いて、嗚呼、面白い。興が乗ったので自己紹介しようと思う。
「皆々方始めまして、私は皆が【悪の神】と呼ぶそれ。毎度どうも」
皆が皆理解が追いつかないのかシンッと静止している。
それは駄目だ。面白みに欠ける。
そうだ。
「そうだ、尾方巻彦。これはサービスとしよう」
そして、親切にも、私は、尾方巻彦の体を、サイコロ大にカットした。
やはりその刹那、二つに割れた視線で尾方が見たのは、観たこともないほど目を真ん丸にした師匠と。
姫子と葉加瀬の悲痛な表情だった。
第二章『中年リベンジャーと物好きコープ's』 END
「次回予告ぅ!!」
「尾方よ、サイコロステーキって、ステーキを切る暇の無いほど忙しい」証券マンのために考案されたステーキらしいの」
「(今その話おじさんにする必要ある?)」
「こやつ...脳内に直接...!」
「(力が欲しいか...?)」
「欲しい! 詳しく言うと漫画で見開き一ページ使われるぐらいの必殺技が使える力が欲しい!」
「(アンケートへのご協力ありがとうございました)」
「あ、くれるとかじゃないんじゃな...」
「(以下、アンケート結果です。欲しい:32% どちらかと言えば欲しい:40% どちかかと言えば欲しくない:18% 欲しくない:10%)」
「あ、意外じゃ。欲しいが二番目なんじゃの。灰色二つが多い辺り日本人的じゃのう」
(「次回予告!!」)
「尾方が泣いたり笑ったりするぞ!」
「(人間それが普通なんじゃ?)」
「ハカセはたまに虚空を見つめていたら一日が終わってた、なんてことがあるらしいぞ」
「(その辺は人に言わないで心に閉まっておこうか)」
「今の姿の尾方の心って何処にあるのだろうな?」
「(あ、そこ、後ろ、転がってるよ)」
「それはハートじゃ」
「(辺り一面に転がってる...)」
「それはミートじゃ」
「(よく観たら血痕の形が芸術的に見え...)」
「それはアートじゃ」
「(もうネタ切れだし面倒だからモザイク取るね)」
「それはアウトじゃ」
「「次回」」
『中年サヴァイヴァーと徒然デイズ』
「お手軽サイズになった尾方の修復は果たしてお手軽なのか!? 待て次回!」
「ちなみにここは謎時空なので普通に喋れるよ」
「尾方ぁ!!!」