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残党シャングリラ  作者: タビヌコ
第七章「二度咲きルーザーと廻天カンパニー」
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『再会』

前回のあらすじ

一閃


「親父!!!!」


 それは瞬く間。


 尾方巻彦が蹴り上げた悪道総師の左腕は姫子への射線から反れ、見当違いの建物群を稲妻が切り裂いた。


  掠った雷撃の風圧でペタンと座り込んだ姫子は、笑顔を引っ込めるのも忘れて微笑みながら震える口を開く。


「お……じじ……様……?」


「…………」


 眉を顰めた悪道総師は、尾方巻彦に向き直る。


「こりゃあ、何のつもりだ尾方」


「……それはこちらの台詞ですよ親父」


 バチバチと、比喩ではなく稲妻を纏った悪道総師とゆらりと半身に構えた尾方巻彦は相対する。


「……尾方、お前まさか気付いてないのか?」


「……なにをですか?」


 尾方巻彦は一瞬よぎった想像が形を作る前に全力で意識外に追いやりながらとぼける。


「……難儀な奴だお前は」


「教育の賜物ですかね」


 尾方の皮肉混じりの冗談に悪道総師は少し考えた後に苦笑いをする。


「違いない」


 それは心からそう思っている様な、そんな諦めた様な顔だった。


 そしてまた再び、これも諦めた様な顔で静かに口を開く。


「お前が護った儂の孫娘、悪道姫子じゃがな」


「……うん」


 尾方は。


 反射的にその口を塞ぎたかった。


 耳を、塞ぎたかった。


 でも。


 諦められなかった。


 だから。


「メメント・モリの仇じゃぞ」


 僕はまた、最悪を目の当たりにする羽目になる。


 ②


 知っている事がある。


 親父は、悪道総師は嘘をつかない事。


 親父は、あの日から権能で自身の痕跡を消していた事。


 親父は生きているのに僕に、いや、孫娘に会いに来ない事。


 知らない事がある。


 ヒメに、悪道姫子になぜ戸籍がないのか。


 ヒメに、とある謎の正装が反応していた事。


 僕が、尾方巻彦が。


 見て見ぬふりをしていた事。


 ここは天使と悪魔のいる世界。


 『その』可能性は確かにあった筈だった。


 いつもの。


 かつての尾方なら見逃す筈が、追求しない筈がなかった。


 1%を一つ一つ順番に拾い上げる様に可能性を潰す。


 そんな妄執に囚われた尾方巻彦が、不自然に。


 不可思議に。


 無しと断じていた。


 唯一の可能性。


 まだ理由も聞いてない。


 まだ経緯も聞いてない。


 まだ裏付けも聞いてない。


 まだ。


 姫子の声を聞いてない。


 でも。


 それでも。


 僕が姫子へ向けて感じる無意識の関心。


 その裏にある根源の感情の色を。


 僕は明るい色だと断ずる事が出来なかった。



「…………え?」


震える肩で、唇で、それでも笑顔を引っ込めるのを忘れた姫子はかろうじて微かに空気を揺らす。


 おじじ様はいま、何を言ったのだ?


 言葉は分かるが、意味が頭に入って来なかった。


 しかし。


 元来の聡い性分がそれを許さない。


 状況を裏付けにして、自身に投げかけられた言葉は実感に変わる。


 しかし、自分が知る自分の事実が、その言葉を否定する。


「……な、なにを言っておるのじゃ? おじじ様……? ワシが……組織の? メメント・モリの……仇? いや、そんな事よりも……生きていてくれて嬉しい……私は、悪道姫子は……いままで……頑張って……」


 紡がれる言葉は支離滅裂にとなり、感情だけが過剰に織り込まれる。


 その様子を悪道総師は、怒りとも悲しみとも取れない表情でジッと見ていたが、諦めた様に溜息を吐いて言う。


「姫子、儂はな。お前を責めるつもりは微塵もない。知らないんじゃろ? 自分が何者であるかを」


「――――――――」


 この時、善の神の翼がピクリと動いたが、悪の神が視線でこれを制する。


「何者……? ワシは……メメント・モリ……の……悪道……」


「戒位第一躯『善の天使』、熾火 燈(おきび あかり)


 ピシリと悪道姫子の動きが止まる。


 いや、『存在』が停止する。


 その体に、黒いノイズが一瞬だけ走った。


 そして再び、ゆっくりと動き出した姫子は、涙を瞳いっぱいに貯めて尾方巻彦へ振り返る。


 視線の先の尾方の瞳は、激しく焦点を震わせていた。


 そんな瞳で、尾方は霞がかかった姫子を見る。


 そのブレた輪郭に映る『何か』から、尾方巻彦は視線を外す事が出来なかった。


 その時、尾方が感じたものは。


 それは幾重の否定に勝る。


 それは溢れんばかりの感情に勝る。


 それは。


 尾方の根幹に飛来したそれは。


『無意識の憎悪は』


 あの日、憎むことすら許されなかった自分が未来に向けた。


 決定的なメッセージ。


 記憶に無くとも引かれる様に。


 記録に無くとも惹かれる様に。


 あの時の『ソレ』は。


 今、尾方の眼の前で。


 呟くでもなく。

 

 身体を微かに震わせていた。


 『死を、思いますか?』


 姫子はなにも言っていない。


 口すら開いていない。


 しかし、尾方には、確かにそれが聴こえた。

『再会』END

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