『悪道総師』
前回のあらすじ
かみなりと親父
①
悪道総師。
自分の、尾方巻彦の人としての育ての親。
第一印象は粗暴なオヤジ。
よく怒り、よく怒鳴り、大いに粗暴に振舞う。
そしてその第一印象はついぞ払拭される事はなかった。
しかし、それ以上に親父の人を惹きつける様なカリスマ性を僕は知っていった。
よく声をかけ、よく喜び、大いに笑う。
僕が親父と呼んだ人物の周りには、常に希望と夢、そして喜びに溢れていた。
自分はそれを誇りに感じていたと思う。
少なくとも、温かい気持ちになっていたのは間違いない。
故に僕は、あの頃を幾度も顧みるし。
復讐者にもなった。
組織の復興を、頭上に掲げた。
しかし同時に、心の何処かで思っているのだ。
親父が居ながらなぜ起きたのだ。
僕は親父の実力を誰よりも知っている。
そして出来ることも。
だからこそ、思ってしまう、考えてしまう。
親父。
悪道総師。
貴方はあの日。
何処に居たんだい?
②
「親父!!???」
状況判断に脳が回る一瞬前に、弾みで言葉が口から洩れる。
「おう尾方、やっとるか?」
まるで屋台の暖簾でも軽く潜る様なノリで悪道総師は尾方巻彦に声をかけてきた。
無論、驚いているのは尾方だけではない。
悪道替々なんか目を真ん丸にしている。
そして。
「お、お……お……」
眼の縁いっぱいに涙を溜めた姫子がヨタヨタと左右に揺れている。
「おじじ様!!!!!」
ワッと塞き止められなかった感情の濁流のままに姫子は叫んだ。
「応さ!」
悪道総師はそれを受け、瞬く稲妻を背景にカッと見栄を切る。
その背後の廃墟の上に、善の神と私こと悪の神がふわりと着地した。
「――――――これはこれは、悪道が嫡子殿。無事だったのですね」
向かい合った善の神が先に悪道総師に声をかける。
羽織を翻して振り返った悪道総師は二柱を見上げる。
「よく言うぜこん畜生、差し向けたのはそっちじゃろうに」
「――――――先に背いたのはそちらですよ?」
「そっちの説明不足が原因じゃ」
カッカッと履いた下駄を地面にぶつけた悪道総師は眉を顰める。
「――――――しかし何故いまになって?」
「状況を見ればわかるじゃろ? お主の前には誰が居る?」
善の神は視線を私に移す。
私は照れながらヒラヒラと軽く手を振る。
今度は善の神が眉を顰める番だった。
「のう、軽はずみに動けんじゃろう? お主が儂を殺そうと動けばその隙を悪の神を見逃さんぞ」
「――――――――――」
なんか勝手に銭勘定に数えられてる気がするが、まぁ間違ってない。
私はチャンスは逃さないタイプだ。
善の神に真っ向では力で劣る私とは言え、それだけの隙を晒されれば流石に善の神を殺すことだって出来る。
考えたな悪道総師。
彼は私の気まぐれで出来たこの拮抗状態を最大限利用する気らしい。
つまり。
「では、本懐を遂げるとするかのう」
悪道総師がゆらりと動く。
この隙を、善の神は突くことが出来ない。
そして。
「姫子や。心配かけたのう。怪我はないか? もう大丈夫じゃ、こっちにおいで」
朗らかな笑顔で屈んだ悪道総師は、悪道姫子に手を伸ばした。
「おじじ様!!」
号泣したままの姫子は、思うままに地面を蹴り、悪道総師に駆け寄る。
そして。
伸ばした悪道総師の腕から、一瞬パリッと細い線の様な閃光が姫子の前から後ろまで通った。
『悪道総師』END