『秘密基地』
前回のあらすじ
そこ、座れ、正座
①
「さ! 取り敢えず一件落着! 良かった良かった! はい撤収撤収!」
振り返った中年は爽やかな笑顔で言う。
「気恥ずかしいからって無かったことにするな尾方ぁ! ややこしくなるじゃろうが!!」
姫子からチョップを貰った尾方は申し訳なさそうに自分の頭を撫ぜる。
「ですよねー」
「まぁ良い、前進の前に現状報告じゃ副総統。端的で構わん。なにがあったか。また、なにがあっているか報告せよ」
スタジアムの上空に広がる無機質な翼を仰ぎ見ながら姫子は言う。
すると後ろに控えていた替々が一歩前に出る。
「総統殿、ここはこの替々相談役がご説明させていただいても?」
「おお、大叔父殿! 無論、問題ないぞ!」
替々は尾方に目配せする。
察した尾方は一歩下がった。
そして替々が現状を姫子に説明する間、尾方は葉加瀬の側に行って声をかける。
「や、メメカちゃん変わりない?」
「色々変わったッスよー、そこんところ聴きに来たんスよね?」
「さすが話が早い、頼むよ」
そして葉加瀬は尾方に悪道邸襲撃の件、逃走戦とその際のスケットの件を矢継ぎ早に語った。
尾方はそれを静かに聴いていたが、その目は気持ち座っていた。
「って感じッス。大体わかったッスか?」
「……うん、ありがとうメメカちゃん。あと」
尾方は目線を装甲車の方に向ける。
「御船屋さん、健二郎、恩に着る」
そして深々と頭を下げた。
御船屋令嬢は軽く肩をすくめる。
「人として当然のことをしたまでですわ」
加治医師も誰かのカルテに目を通しながら言う。
「右に同じ」
尾方は頭を上げて、苦笑いする。
「当然って、天使を敵に回すことが?」
「愛する人を護る事がですわ」
「治療するべき相手を治療することがだ」
各々は自分の当たり前を当たり前の様にさらりと言った。
「そうだね、そうだった」
尾方はその返答を噛み締める様に受けた。
そして尾方はこちらの現状を葉加瀬達に説明する。
この際、搦手収の件も包み隠さず話した。
「そ……れは……」
葉加瀬の顔色が悪くなる。
嫌でも過去のトラウマを想起させてしまう。
此処にいるから。
此処があるから。
此処が――
「メメカちゃん」
目の焦点がブレ始めた葉加瀬の手を尾方が握る。
「此処には僕が居るよ」
葉加瀬の瞳が尾方を映す。
「……知ってるッスけど」
一瞬軽く握り返すと葉加瀬は尾方の手を振り払う。
ちなみに。
一連の流れは御船屋の死角だったのでそのことに関する悶着はなかった。
「取り敢えずわかったッス。兎に角、帰る場所を失った我々には安心できる場所が必要ッス。一刻も早い移動が肝要ッスよ」
「それなら提案があるヨ」
ヌッと葉加瀬の後ろから替々が現れて笑顔で言う。
「あら、師匠。もう説明は終わったの?」
「ああ、端的かつ詳細に説明したよ」
替々はボソッと「搦手君の件は伏せてある」と小声で付け加えた。
「それは……」
尾方は一瞬考えたが、ぐっと押し黙る。
そして暫く葛藤している様子だった。
すると尾方の代わりに葉加瀬が替々に聞く。
「ところで提案とは?」
葉加瀬に促され、替々が流暢に喋り出す。
「不治ノ樹海だよ、彼処に退避するのさ」
そこはシャングリラ戦線のエリアの一つの名であった。
「不治ノ樹海? 確かにここから遠くはないッスけど。でも悪海組の一件で丸坊主なのでは?」
そう、不治ノ樹海は天使による悪海組掃討作戦の結果、件のエリアは樹海の名を冠しながらその樹木の悉くが切り落とされてしまっていた。
「うむ、で、誰も近寄ろうとしないものだからネ。私が少し秘密基地を作ってみたのさ」
「秘密基地?」
「そうじゃ!」
ここで替々の後ろより悪道姫子が身を乗り出して来て嬉しそうに言う。
「なんと大叔父様は念の為、我々の第二の基地! つまり秘密基地を作ってくれていたのじゃ! なんと用意周到! これぞメメント・モリが相談役! 頼もしい限りじゃ!」
目を輝かせる姫子の隣で國門が苦い顔をしている。
「『念の為』ね……俺の兵隊を少し借りたいって言った時は何にするか謎じゃったが、成程ね」
「うむ、ひと足先に搦手殿はその基地に行っておるらしいし! 早めに移動するべきじゃろう!」
一同に同類の気まずさが走る。
各々に様々な葛藤があるのだろう。
しかし。
「……ねえ」
写楽明が一歩前に出る。
「オサムは……誰のために死んだと思ってる?」
替々の制止が一瞬遅れた。
それもその筈である。
替々の瞳は前触れもなくふわりと顕れた無機質な鋼の翼に釘付けになっていた。
ばさりと。
翼を広げる音がした。
「――――――――こんにちは」
『秘密基地』END