『悪手』
前回のあらすじ
キレる中年
①
わかってる。
僕は、見上天禄は。
私は、上元守は。
わかっている。
過去とか今とかそんな概念的な話ではない。
この男を。
尾方巻彦を。
白貫誠を。
その理を知っている。
嫌というほど目の当たりにして来た。
嫌というほど憧れて来た。
その純白の様な眩しさを知っている。
故に私は否定する。
その悉くを否と断ずる。
貴様は貴方という存在によってその正しさを否定されている。
私の知る貴方はいつまでも今の貴様を否定している。
だから、ではなく。
それでも、私は私の意思で持って今の貴方を否定する。
きっと矛盾しているのだろう。
きっと見苦しいのだろう。
きっと間違っているのだろう。
でも、きっと、変えられないのだろう。
私の名前は見上天禄。
一の冠する第一の天使。
白なる御身の御心のままに。
その障害を打ち砕く者なり。
②
一瞬の出来事だった。
尾方の殴打を喰らった見上は、正装『銀無垢』にて殴打が『当たった』と言う事実に『躱した』と言う結果をぶつけて相殺。
見上は尾方の腕を振り払うと二人はその場で20合ほど拳と脚を打ち合って互いに距離をとった。
このタイミングで胸に穴が空いていた尾方の命が尽き、倒れる尾方を押し退けるように新たな尾方が生き返った。
「……」
「……」
お互いに言葉はなかった。
もうそんな段階は既に過ぎていた。
目の前のお前が邪魔だ。
ただ、それだけだった。
それだけにこの事象は二人の間でどこまでも完結し、如何なる事象も入り込む隙間はなかった。
「こら」
しかし。
今まさに命のやりとりを再開せんとする二人の間に、なんとも小さな影が立ち塞がった。
悪道姫子、悪の組織メメント・モリが総統である。
しかしその肩書きに似合わず。
それは余りにも場違いな闖入者であった。
冷静に考えれば分かる。
それは相応しくなく。
それは分布相応で。
それは身の丈に合わず。
過分に不適当であった。
つまり。
それは正しくない。
悪であった。
「……」
予想だにしない乱入者に二人の時が刹那だけとまる。
それは一瞬であった。
悪手としか言いようがない。
目の前の二人は既に決めてしまった人間。
過程を無視して結果を決めるべく走り出した人間。
二人の闘争に為す術なく少女が巻き込まれてしまうのは、変えようのない事実だった。
しかし。
ひたりと、両者の腕に手を添える老紳士が一人。
また、両者の間には国門が手を添え、両者の足は鎖に絡まれた。
「ここまで、でいいカナ?」
手を添えた悪道替々の一言で、両者は肩の力をするりと抜いた様だった。
「……ごめんね、ヒメ」
尾方巻彦は心底申し訳なさそうに後ろ頭を撫ぜる。
「……狙ってやったのなら大したものですね」
分かり易く肩をすくめた見上天禄は踵を返す。
その背中に姫子が問いかける。
「大天使よ、任務完遂の条件は良いのか?」
「ああ、良いんですよ」
「なにが良いのかの?」
「ええ、そういえばなんですが作戦の期限を書き忘れてしまいまして。実は別に今日じゃなくても良いんです」
「それはうっかりさんじゃな」
「ええ、全く」
振り返った見上の左右に展開するように大天使が並び立つ。
「今回は軽い挨拶ですので、またの機会には、どうぞよろしくお願い致しますね」
仰々しく頭を下げた見上の傍らで、各々が胸中に一物抱えている大天使たちはこの場を後にする。
「おいこらまて! 神はどうするのじゃ! お主らのところの頭じゃろ! どうにかせんか!」
その首根っこを後ろから掴むような勢いで姫子が大声を出す。
うっとおしそうに振り返った見上が言う。
「知りません、全ては我が主の御心のままに、です」
「要するに丸投げじゃろうが!」
「そうです。身投げでもします?」
「せんわ!!」
そこまで聞くと見上は正装で大天使全員を転送して消えた。
その時、尾方は一瞬、正端清を見た。
しかし、その視線が交差することはなかった。
『悪手』END