『七転八倒』
前回のあらすじ
目覚まし時計
①
はい、この辺りで一つ、尾方巻彦の秘密を開示しよう。
だって、本人が言う気配ないし、放っておくとこの作品が終わるまで黙ってそうだから。
仕方がなくだよ仕方がなく。
仕様がないからしょうがなく。
今回話すのは尾方巻彦の権能についての話。
別に本人は隠しているつもりはないだろうが、ただ人に言うつもりもないだろうというお話。
ネタバレが嫌いな人は別に本編に絡む話ではないからこの①は飛ばしてしまおうね。
では、まず尾方巻彦の権能についておさらいしておこうか。
『権能「七転八倒」』
自身が【敗北】した際に限り、五体満足で復活する。
今回語るのはその発動条件。
ん?
いや君、敗北の条件定義ではないよ。
単純な、権能の発動条件さ。
つまりは。
条件に合致した時に勝手に発動するのか。
本人の意思で任意で発動出来るのか。
そう、そういう話さ。
そして、答えは後者だ。
尾方巻彦の権能、「七転八倒」は任意発動型の権能だ。
人は彼を死ねないから諦められない人物だと評するだろう。
しかしその実は違う。
彼は、諦めないのだ。
諦められないのではない。
彼は諦めないを選択し続けている。
いつまでも終わらないのではなく。
終わらせないのだ。
故に尾方の七転八倒には発動に時間差がある。
発動するまでの間、つまり、悩む時間。
尾方巻彦は甘美な終わりの手招きに無関心なわけではない。
故に悩む。
どこかもわからない、方向感覚もない四角の箱の中で胡座を組んで頬杖をつく中年は、まるで他人事の様に自身の死体を俯瞰して眺める。
彼が何を考えているかはわからない。
しかし、確かに、葛藤はあるのだ。
無ければ、この間は。
悩みは。
振り返ったりは、しないのだから。
尾方巻彦の殺し方。
それは単純明快。
そういえば何処かで誰かが言っていたかも知れない。
「死にたくなるまで殺すこと」さ。
無論、出来ればの話だが。
故に見上天禄辺りは迷いを作り、悩みを創り、権能の発動を遅らせる。
過去を当たり過去に中り。
尾方巻彦を自問自答に陥れる。
それが尾方巻彦という名前の悪魔に対する対症療法だ。
ただ。
ただね。
それは対症療法だ。
原因療法じゃない。
意思を持った病気が在ったとして、それに対して対症療法を続けたとしよう。
これは多分だけれどもね。
病気は、凄く怒るんじゃないかな?
②
パタタッ
鮮血が、アスファルトを赤く染める。
「なにやってんの?」
血塗れた影が輪郭を揺らして口を開く。
その正体は姫子と見上の間に割って現れた尾方巻彦。
それは再び見上天禄の手刀で胸を貫かれていた。
しかし、眉一つ動かさず、吐血を歯牙にも介さず。
尾方は鬱陶しそうに自身を貫いた見上の腕を掴む。
見上は眉をひそめて言う。
「…………随分、早いお目覚めですね」
見上が尾方から腕を引き抜こうとする。
しかし。
「なにをやってるのかって聞いてんの?」
ミシミシと見上の腕の骨が軋む音が聞こえる。
顔をしかめた見上は反射的に正装『銀無垢』を発動する。
尾方の腕を振り払ったと言う事実を瞬時に確定させる。
同時に、見上は尾方から少し距離を取った。
はずだった。
過程を飛ばして離れた場所に現れた見上天禄の胸ぐらを、尾方巻彦が掴んでいた。
「……は?」
想定外の事態に見上天禄の動きが一瞬止まる。
尾方は、肺に届かない呼吸で喉を揺らして言う。
「無視すんなよ」
次の瞬間。
滅茶苦茶な振りかぶり方で無造作に繰り出された尾方巻彦の右拳が、見上天禄の身体の中心を殴打した。
『七転八倒』END