『迷える中年』
前回のあらすじ
男に二言は?
①
わかってる。
私は、白貫誠は。
僕は、尾方巻彦は。
わかっている。
過去は消えないという事を。
過ちは無かったことにはならないという事を。
過去の自分の正しさは、未来の自分の価値観によって罪にすら成ることを、私は、僕は知っている。
だが、それは知っているだけだ。
理解には程遠い。
痛感した、それは間違いない。
だが、それで理解するには至らなかった。
思うに、僕は要領が悪いのだろう。
だからこそ何度も間違えるし、何度も同じことで悩む。
だからと言って、自分はそういうものだと呑み込む器用さも持ち合わせていない。
狭くて苦しい。
自由になればなるほど、そう思って仕方がない。
ただ生きるためだけに生きられたら、どんなに幸せだろう。
だが、この道を決めたのは僕だ。
引き返せないのも知っていた。
だから分かっている。
分かっているから。
もう少し。
結論は出ているとしても。
もう少し。
悩ませて欲しい。
この時間だけは、僕が終わりを感じることが出来る。
唯一の時間なのだから。
②
「…………」
無表情で尾方の胸から腕を引き抜いた見上は、数歩引いて大きく息を吐く。
「……柄にもなく取り乱してしまいましたね。でもこれで暫くは生き返って来ないでしょう」
見上の言葉のとおり、尾方はいつもとは違い、ピクリとも動かず、どこからも現れない。
ちらりと清を一瞥した見上。
まだ光のないその瞳を確認して、スタジアムの方を見る。
「我が神は……思ったより時間がかかっている様ですが問題はありません。そうなると、作戦の完遂が第一ですね」
パチリと胸元の懐中時計を開き時間を確認する。
「しかし、勢いでこの作戦の目標を組織の壊滅にしてしまいましたが、どうやったら完遂になるんですかね? 全滅なんて構成員の把握も出来ないですし」
困り顔で頭を撫でていた見上だったが、その時。
車の急ブレーキの音が鳴り響いた。
見上がそちらに目をやると、シャングリラに似つかわしくないガチガチの装甲車がコンクリートを焦がして急停車していた。
それはシャングリラ戦線に上元町から逃亡して来た悪道姫子一行であった。
すると、装甲車の中から黒いドレスに身を包んだ少女が転がり出て来る。
「尾方!!」
状況と前情報を照会し、見上はポンっと手を叩いた。
「組織の頭を潰せばそれでお終いですね」
言葉に含まれた殺気に反応し、既に展開していたベテランの傭兵団長が発砲の合図を出す。
「ま」
姫子の静止より早く、無数の弾丸が見上目掛けて発射される。
軽くため息を吐いた見上は、この弾幕を正装も使わずに退屈そうに躱し、姫子の前に立ちはだかった。
「あー、動かないでください。誰か一人でも動いたらこの場の全員を殺します」
軽い言葉であったが、それでも誰もが動けなくなるほどの説得力が、先ほどの動きには現れていた。
銃口を突き付けていると事実など、何の意味も持たない。
それほどまでに、この対峙している生物との差を、皆が感じていた。
緊張の糸が張り詰めている中。
見上はさらりと口を開く。
「どうも、お初にお目にかかります。現メメント・モリが総統、悪道姫子様とお見受けします」
「……いかにも。メメント・モリが総統。悪道姫子じゃ」
「私は戒位第5躯を務めさせて頂いております。見上天禄と申します、以後お見知りおきを」
ニコニコと張り付けた様な笑顔で見上は言う。
姫子も強がるようにニッと不器用に笑ってみせる。
「ウチの尾方が世話になったようだのう」
「いえいえ、こちらこそいつもお世話になっておりますので」
「しかし良いのか? 尾方の事を余り知らぬ様だな、一度倒した程度で安心しておるのう」
「ご心配なく、貴女よりは詳しいかと。アレは暫く帰って来ません故」
姫子は尾方をチラリと見る。
「なぜそう言い切れる」
「貴女より少しだけ彼について詳しいからですよ」
「そうか? ワシだってお主の知らない尾方を知っておるけれどもなぁ」
煽る様に姫子が言う。
見上は無表情で言葉を返す。
「ほぉ……例えば?」
「尾方の蘇らせ方とか」
「それはいいですね、私の殺し方とは真逆だ」
見上はニコリと笑う、今度は心から笑っているように見える。
「では、答え合わせをしますか」
見上が正装によって少女の首を蹴り砕こうとした瞬間。
「尾方!!! 来い!!!!」
悪道姫子が大声で叫んだ。
『迷える中年』END