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残党シャングリラ  作者: タビヌコ
第二章『中年リベンジャーと物好きコープ's』
15/175

『進撃の天使』

前回のあらすじ

中年、ト庁観光。


 ①


「…………またテメェか」


 血の塊から目玉が一つこちらを睨みつける。


「や、また会ったね天使さん」


 ヒラヒラと手を振る尾方。その様子を天使は不機嫌そうに眺める。


「なんのつもりだテメェ。次会った時は容赦しねぇって言ったはずだが……?」


 抜き身の正装、【蝙蝠】は血の間から月を反射し尾方を映す。


「おじさんだってまさか会うとは思ってなかったんだよ? でも会えてよかった、元気そうだね?」


 緩くハンズアップしながら話す尾方。


「………………ハァ」


 暫く考えるように頭を垂れた血渋木は深く溜息をして言う。


「…………お前、やっぱり悪魔向いてねぇよ」


 そういうと得物を懐にしまう。


「悪いね。こっちも次は覚悟しておくよ」


 尾方はのらりくらりと階段を上がり血渋木を横切る。


「……ここら一帯は君が?」


「……俺が来る前からこうだった。って言ったら信じるか?」


「いいや。会えてよかった。じゃあね」


 尾方は天使に背を向けてト庁内に入っていく。その後ろにOGフォンも続く。


『おっさん、まさかとは思うッスけどあの天使捜してました……?』


 葉加瀬が怪訝そうに尋ねる。


「まさか? なんでおじさんが自分から天使に会いに行かなくちゃなんないのさ?」


『いや、なんとなくそう思っただけッスけど。しかしあっさり通してくれるなんてどういう心変わりッスかねあの天使さん』


『いや、ワシは信じ取らんぞ! 帰り際に後ろからドスッ!って刺して来るに決まっとる! 油断するなよ尾方!』


 姫子の血渋木に対するトラウマは中々治りそうにない。


 ②


 とてとて一向はト庁内への進行を何事も無くやりとげた。


『ちなここから最上階の展望台まではエレベーターで直通ッス』


 OGフォンドローンから葉加瀬が道案内する。


「知ってるよ。おじさんが前に来たときはもう少し騒がしくてね。ゆっくり眺めて回るってわけにも行かなかったからねぇ、年甲斐も無くソワソワしてるよ」


『分かるぞ! ワシもウキウキしておる!』


「ヒメは遠足気分だからだけどね……」


 ト庁内はシンッと骨まで沈黙が響く様な静けさだった。尾方の足音のみが響き反響する。


『おっさん、エレベーターの位置逆ッスよ? どこに行ってるんスか?』


「個人的に少し寄りたい所があってね。こんな機会二度とないだろうしさ」


 そういうと尾方は階段で二階に上がり、すぐそこにあった店の中に入る。


『本は埃を被ってるッスし、所々に戦闘痕の様な荒れようが見られるッスけど書店ッスよねここ? なにか用事ッスか?』


 店内をOGフォンで飛び回りながら葉加瀬が疑問を投げる。


「うん、知り合いに本好きがいてね。シャングリラ産の本なんて生唾モノだろうと思ってね」


 そういうと手元にあった手頃な大きさの本の埃を払いながらポケットに入れる。


 すると姫子がそれに鋭く意見する。


『思うにそれは万引きではないかの?』


「おじさん悪魔ですから」


『これ! 天使、悪魔である前に人間であろうが、後ろに値段が書いてあるであろ。レジに置くのじゃ』


 苦笑いしながら財布からお金を出してレジに置く尾方。


「……オヤジの教育の賜物ですなぁ。僕にはそういう教育はしてくれなんだが」


『そりゃそうじゃ。ワシはおじじ様の愛娘であればすれば。尾方は部下であるからの。教えることが違うじゃろうよ』


「そうだったのかな。いや、そうだったんだろうね」


 そういう尾方は少し寂しそうにも見えた。


『そんなことより姫子さん。聞いたッスかおっさんの僕って一人称。レアッスよぉー! おっさんが僕って言うの!』


『おお! 確かに! 尾方は僕っ子じゃったのじゃな!』


「いや待ってよ茶化さないでよ。普通にたまに言ってるじゃない? それに僕って一人称使うのに年齢制限なんてないでしょう?」


『確かに年齢制限はないッス。でも二十歳以上の一般男性が使うには国家資格が必要なんスよ。おっさん【成人男性一人称僕使用免許証】持ってるッスか?』


「……え、なにそれ持ってない。もしかしなくてもおじさん無免許僕使用罪とかで逮捕されるの?」


『いや、周りにドン引かれるッス』


「……遠まわしにおじさんに似合わないって言いたかったりする?」


『いえいえ、私さんの持論ッスが僕って一人称は二十歳以下の男子か女の人にしか似合わないと思うんッスよ』


「もしかしなくても女子は年齢無制限なのかい?」


『いくつになっても僕っ娘はいいものッス』


「その意見に対してはおじさんノーコメントで!」


『お、もしかしておっさん。僕っ娘に思うとこあるッスか? 僕、知りたいッスねぇ~』


「わぁ! 可愛い猫撫で声! 一人称関係なくおじさんの心拍数に影響を及ぼすからやめてね!」


『そ、そうなんスか。へぇ~……』


『ワシは? ワシっ娘はどう思うかの尾方! 愛いかの!?』


「愛い愛い、特に特殊な大きな子供達に特需があると思うよ」


『愛いか! そうかそうか!』


 姫子の声が遠くなり後ろから遠目に鼻歌が聞こえてくる。


『あ、ちなみにいい機会だから聞くんスけど……【私さん】って一人称どう……思うッスか? やっぱり、変ッスかね?』


「ん? おじさんは好きだなぁ。なによりメメカちゃんっぽい、可愛らしい響きの一人称だと思うよ」


『へ? あ、そう……ッスか。ふへへ…………葉加瀬芽々花、一時離脱するッス』


 次は葉加瀬の声が遠くなり後ろからなにかが転がるような音が聞こえる。


『尾方! ワシが惚けとる間にハカセになにを言うた! なんか布団に丸まって転がりながら声にならぬ声を上げておるぞ! 怖い!」


「いや? 特になにも……。 ヒメと一緒で、可愛いって言っただけだけど……?」


『そうか! そうかそうか! 苦しゅうない!』


 そういうとまた声が遠くなり、うむうむと勝手に関心しているような声が遠くから聞こえる。


「??」


 両者が通話より謎の離脱をし、会話がままならなくなった尾方は頭を掻きながら書店の奥に歩いて行く。


 そしてふと、書店奥の角で立ち止まる。


 そこの床には少しだけ焦げたような後があった。


 その床を暫く神妙に眺めた尾方は、タバコを取り出して火を着ける。


 そして、一口だけそれを吸うと。


「今はこの銘柄しかなくて、すんません。後、吸っちゃってください」


 そう言い、その床の上に一口だけ吸ったタバコを置いて書店の出入り口に向かう。その途中、コントロールを失い空中で静止しているOGフォンを捕まえると。


「ではまた、縁があったら来ます」


 そういって書店を後にした。


 誰もいなくなった書店の奥、ただ真っ直ぐに立ち上るだけのタバコの煙が、少しだけ揺らいだ。



 ③


『尾方、なんかワシ等が見てない内に放火紛いの事をしておらんかったか?』


「気のせい気のせい。そんなことよりほら、ここがト庁四十五階、展望台だよ」


 一人と一機はエレベーターで展望台まで上がり、通話に復帰した二人と周りの様子を伺っていた。


『おkッス、これだけの高さなら文句なしッス。グルッと一周するッスよ』


 そういうとOGフォンは縦向きに方向変換し、カメラを作動させてホバリング移動に移行する。


「はいはい、ゆっくり行こうか、おじさん疲れちゃった」


 そういってトロトロ歩きながら尾方は眼下に広がる神宿を眺める。


「ちっさいなぁ……神様ってのはこんな視点で人を見てるのかねぇ……」


 チラッと沈み行く月を観た尾方はポケットからタバコを取り出す。


『おお、流石は尾方じゃ! 神目線とは目標が高い!』


「いや、物理的な視線の話ね? なんで一般戦闘員のおじさんが神様目指す話みたいになってんの?」


『馬鹿と煙は高いところが好きって諺があるッス』


「神か馬鹿かみたいな極端な二択迫ろうとしてない?」


『しかし、神ッスか。実際謎ッスよね。このシャングリラを語るには欠かせない存在なのに。その多くは謎に包まれてるッス。人が悪魔になる際に一度会えるって話しッスけど』


『ふむ、ということは尾方は会ったことあるのかの?』


「あるよ。でも出来ることなら二度と会いたくはないかなぁ」


 なにか嫌な思い出でも思い出すように苦い顔で尾方は言う。


『興味あるッス! どんな方なんス?』


「あー、当然だけど、人って言う物差しで測っちゃ駄目だ。見た目は自体は僕らに似てるけど、全くの別物。僕らと神では思考の断絶を感じたよ」


『ほむ、詳しくはどんな感じッスか?』


「うーん、一言で言い表せないけど、特に価値観や死生観とかに大きな断絶を感じたかな。まぁ神様なんだから当然なんだろうけど」


 タバコに火をつけて遠い目をしながら尾方は語る。


「でも、見た目は人間と大差なかったなぁ。突然宙に浮いたりする意外は」


『確かに普通の人間は宙には浮かないッスね……なるほど参考になったッス。あと計測も、もうすぐ終わるのでおっさんのんびりしてていいッスよぉ』


「お、気が利くねメメカちゃん。じゃあ少しゆっくり外眺めてようかな」


『ごゆっくりッス~』


 飛んでいくOGフォンにヒラヒラと手を振った尾方はゆっくりと近くに有ったベンチに腰掛ける。


 そしてところどころから煙は上がっているが比較的静かな神宿エリアをぼーっと眺めていた。


 その目はどこか遠い目をしており、なにかを思い出しているようだった。


「まさか、こんな風にここに腰掛けるような日が来るなんてねぇ……」


 ポツリと独り言が口から零れる。


「あの時とはなにもかも変わっちゃったよ。……変われないのは僕だけみたい。笑っちゃうよね、よりにもよって僕が残っちゃうなんて」


「でも―――」


 その時、展望台の反対側から葉加瀬の酷く動揺した声が響いてきた。


『なんだあれ!? おっさん! おっさん!! 事件! 事件ッス! こっちに来て下さい!』


 声色からただ事じゃないことを察した尾方は、タバコを閉まって駆け足でOGフォンがあるところに駆けつける。


「どしたのメメカちゃん、ヒメ」


『おっさん! 前! 不治ノ樹海方面を見てくださいッス!』


 尾方が言われた方面に目を向けると、その異変は一目で判断することが出来た。


 樹海の上に光を放つ巨大な輪っかのような物体が浮遊していた。


 一言で表すならそれは巨大な天使の輪。一エリアを覆うほどの巨大なソレは、発光しながら静かに佇んでいる。


「……おじさんアートってよくわからないんだよね」


『アートなわけあるか! 尾方、ハカセ! なにか心当たりはないか!?』


 ヒメに一喝され神妙な顔で少し考える尾方。


「まさかとは思うけど……」


 そう言いかけた所で謎の浮遊物体に動きがあった。


 停滞していたその物体は徐々にその高度を下げていく。


 そして地面スレスレの高さまで降りたその瞬間。


 ギュン!!っとその輪は縮み。


 この距離からは視認出来ないほどの小ささとなった。


 結果。その輪の中にあった【モノ】が、スッパリと全て斬られた。


 大量の木が倒れる音が展望台のガラスを揺らす。


 展望台の三人はその光景を呆然と眺めていた。


 少しして葉加瀬が慌てた声で言う。


『た、たた大変ッス! いま、ニュースで流れてるんスけど! エリア不治ノ樹海の支配権、天使側に完全に塗り変わったッス! 同時に悪魔側の四大組織の一角、悪海組(あくかいぐみ)の全滅が報道されています!!』


「…………ッ」


『へ……?』


 全員は声を失う。しかし尾方は、少し考えているようだった。その様子に気づいたのか。


 姫子が疑問を投げる。


『尾方、先ほどなにか言いかけておらんかったか? なにか心当たりがあるのかの?』


「あー、いや多分なんだけど、……アレは正装だ」


 眉間に指を押し当てながら尾方が言う。


『なんと!? あんな規模の正装なんて聴いた事ないッスよ!? ありえるんスか!?』


「おじさんだって伊達にこの業界長くないんだ。もしかしたらだけど、ありえない話しじゃないねぇ」


『もしそうだとしたら! アノ規模なら大天使レベル間違いなしッス! どうするッスか? どうするのがいいッスか?』


「落ち着いて大丈夫。もしおじさんが考えてる通りだとしたらまだ時間はある。ハカセちゃん地形読み取り終わってる?」


『は、はい、大まかには撮り終わってるッス』


「よし、退散しよう」


 年の功かどこか落ち着いている尾方に従う形で一向は、エレベーターで一階に辿り着く。


 ツカツカと少し早足で尾方が外に出ると、そこにはもう血濡れの天使の姿はなかった。それを確認した尾方はふぅっと一息ついてアキレス腱を伸ばす。


「さぁ、じゃあ僕も帰るとしますかね。少し飛ばそうか、遅れず着いてきてね」


『りょッス! おっさんも無理はしないようにするッスよ』


「幸い無理が利く身体なんでね、無理させて貰いますよ」


 そう言って、ダンッ!と尾方が地面を一歩蹴り出した瞬間。


 ト庁が、神宿が、シャングリラが。音を忘れたように、鮮烈な静寂に包まれた。


 その違和感に尾方はぶつかり反射的に足を止めてしまう。


 ――――――――――――


「…………」


『こ、これは!? 尾方!! よく分からぬが止まるな! 走れ!!』


『な、なんなんスかなんなんスかこれ!? カメラ越しなのに!? この寒気はなんなんスか!?』


 刻は夜明け前とはいえまだ辺りは暗い。


 暗いはずだった。


 天からの光に差されたソレは、音も無く。


 しかし強烈な衝撃を纏い、神宿の町に、尾方の前に舞い降りた。


 三人がソレを認識するまで数秒が必要だった。そして三人の認識は事実に追いつく。


 それは、『天使』だった。

『進撃の天使』END

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