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残党シャングリラ  作者: タビヌコ
第七章「二度咲きルーザーと廻天カンパニー」
146/175

『閑話休題』

前回のあらすじ

その言葉を待っていた


「小船屋綾海、キミの部隊が手伝ってくれても良かったんだぞ?」


 気絶させた天使の肩の傷に止血処理を施しながら不満そうな顔で加治は小船屋に言う。


「貴方の実力を知りたかったのよ。申し分ないみたいね」


「なんだそれは? 俺は医者として雇われたつもりだったんだが?」


 パンパンと手の土を払った加治はさらに不満そうな顔で小船屋の横に並んで腕を組む。


 するとそこへ姫子がとてとてと駆け寄ってくる。


「加治医者殿! 事情は聴いた! ご助力感謝致す!」


「悪道姫子か、成り行きだから気にしなくていい」


 お辞儀を手で軽く制した加治はため息混じりに言う。


「それもこれも尾方が定期検診をすっぽかしまくるのが悪いのだ。駄患者め、気が滅入る」


 呆れ顔の加治を見て小船屋が入ってくる。


「随分とお仕事熱心なのね」


「熱心なものが、医者の義務だ煩わしい」


 更に肺の奥の空気を吐いた加治は、姫子の後ろに控えた葉加瀬に目を向ける。


「お前は葉加瀬芽々花だな?」


「え!? あ、ハイ?」


 人見知りを発動して空気を薄くしていた自分の名前が突然上がり声が裏返る葉加瀬。


 構わず加治は続ける。


「尾方から話は聞いている」


「え? 話? なんのッスか?」


 葉加瀬は行き場のない手を右往左往させるが、尾方が自分の話をしていた事実に少し声色を浮き足立たせる。


「不健康そうだからいつか診て欲しいと」


「あの野郎……」


 ある意味期待通りだったが落胆は大きく語彙が強くなる。


「冗談だ。いや、話の一旦ではあるが、あいつは点滴中に暇なのか聞いてもないのに身の上話を延々としてくるのだ。その中にキミの名前があった」


「あ、成る程……」


「年齢からは考えられないほど頼りになる。精神的にも立派な大人と、やたら褒めちぎっていたからな、よく覚えている」


「そ、そうなんスか? ふへへ……」


 無意識に顔が緩む葉加瀬を、小船屋がスマホでシャッター音のしない合法ギリギリアプリで連写していた。


「ワシは! すまぬ加治医者! ワシの事は何か言っておらんかったか!」


 姫子が手をブンブン振りながら言う。


「キミのことも無論話していたぞ」


「おお! なんと!」


 姫子の声色が目に見えて浮き足立つ。


「基本仕事をサボってたら何処にでも突撃してくるんだけどパチンコだけは年齢制限を気にしてか入って来ない。だから本当にサボりたい時は一日中パチ打ってる。と」


「あの野郎……」


 もはや自分の話ではなくてサボりのノウハウの話に組み込まれている事実に姫子の語彙が強くなる。


「まぁ、とりあえず……」


「あれ!? 『ワシには冗談だ』はないのかの!?」


 天丼の後の待ち望んだ言葉がなかった姫子は思わずツッコミを入れる。


 加治は苦虫を噛み潰したような顔で言う。


「……処方出来ない」


「医療従事者ギャグ!? なんか申し訳ない!!」


 余りにも普段冗談を言わなそうな人の無理をした一発ギャグに怒りより申し訳なさが上回る。


「尾方ァ! 帰って来たら覚えておけよ!」


 ぷんぷんと足踏みをする姫子。


 その背中を加治はなんとも言えない目で眺めていた。


 無論、尾方が加治にしている姫子の話はこれだけではない。


 いや、実際は、そのほとんどが姫子の話である。


 ある時は娘を愛しむ父親のように。


 ある時は仲の良い親友を紹介するように。


 ある時は煩わしい職場の上司を愚痴るように。


 ある時は。


 絵本から出てきたヒーローを語るように。


 そしてある時は――



 ただ加治はそれを姫子に伝えることをしなかった。


 それは当然である。


 だって、少女一人に向ける思いが、想いが。


 個人の範疇を優に超えているのは明白だったのである。


 有り体に言えば。


 重い。


 彼の希望は、個々人が背負えるものではない。


 だから、加治は口を閉じた。


 彼の脆く儚い、しかしやっと掴んだ希望が、呆気なく折れてしまわないように。


「はぁ……」


 煙草は健康に悪いが、吸う者の気持ちが、この時少しだけ加治には分かった。


『閑話休題』END

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