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残党シャングリラ  作者: タビヌコ
第二章『中年リベンジャーと物好きコープ's』
14/175

『夜に駆ける』

前回のあらすじ


2が多い

 ①

『ところで大丈夫なのか尾方。事故とはいえあんな高さから落下してどこか怪我しておらぬか?』


「ああ、うん。偶然クッションがあったからね。多少節々が痛むけどなんてことはないよ」


 何事も無くシャングリラ戦線周辺まで辿り着いた尾方は少し休憩していた。


『しかしおっさん。なぜシャングリラ戦線方面に向かってるッスか? 用事も済んだことだしもう帰っていいんじゃないッスか?』


「いや、折角ここまで来たから少し様子を見ていこうと思ってね。情報は足で集めろって下っ端時代によく言い聞かされててさぁ」


『おっさんの下っ端時代は現在進行形で継続中ッスよ?』


「あら、そういえばそっかぁ」


『尾方が望むのであればNo.2の地位を授けるぞ? どうかの?』


「んー、ないなぁ。パスで」


『そんなカードゲームのような気楽さでパスるでない! 人生のターニングポイントじゃぞ!』


「申し訳ないけどおじさんの人生は真っ直ぐいって途切れての繰り返しなので」


『インク切れかけのマッキーみたいな人生ッスね……』


 尾方はおもむろにポケットからコインを取り出してトスする。


『なにをやっておるのじゃ尾方?』


「いや、たまには運任せもいいなぁと思ってね。ここから近いシャングリラ戦線の主要な戦場は二つ。どっちに行くか決めて貰ってたんだ」


『適当ッスねぇー。そんなで命運分けるシャングリラ戦線の行き先を決めていいんスか?』


「いいのいいの。おじさんの命運なんて大凶も裸足で逃げ出す沼の底なんだから。どっち少し見たら帰るつもりだしねぇ」


「さて、表が出たら森林エリア、不治ノ樹海(ふじのじゅかい)。裏が出たら都市エリアの神宿(しんじゅく)にしようか」


 スッと手を開ける尾方。コインは裏向きを示していた。


「ほい、神宿ね」


 そういうと尾方は腰を上げる。


 いつものように悠長にしている暇は無い。


 少し離れているとはいえここはシャングリラ戦線。


 善と悪の戦争最前線。


 世界でもっとも危険な場所である。


 一箇所に留まれば留まるほど会敵のリスクが高まる。


 【シャングリラ戦線では入って出るまで全力疾走が基本】というのが新人時代の尾方の先輩の口癖だった。


「(僕には駆け足ぐらいが丁度いいと思うッスけどね)」


 常々思っていたことを思い出に向かって想う尾方。


『なにを微笑んでおるのだ尾方?』


「ん? いや、思い出って優しいからさ。たまに甘えるんだよね」


『??』


「なんでもないよ。さ、行こうかシャングリラ戦線」


 月が少し後ろから尾方を見下ろす。夜は更け始める。



 ②

『神宿。そこは数あるシャングリラ戦線エリアの中でも極めて現在的な、人工都市の姿をしたエリアッス。所謂コンクリートジャングルッスね。その狭く複雑な地形から両陣営攻めあぐね長い間中立を保っている激戦区ッスよ』


 道すがら葉加瀬が今向かっているシャングリラ戦線の説明をしてくれる。


『尾方、そんな激戦区行きをコイントスで決めておったがよかったのか?』


「大丈夫大丈夫、どっちシャングリラ戦線に平和な場所なんてないよ。それに様子みたら直ぐ帰るって」


 流石の尾方もここでは駆け足をしながら話をする。


 既に現在チックな様相のエリアに入っているので低いビルの屋根から屋根にパルクールさながらにピョンピョン涼しい顔で駆け抜けていた。


『……昔から思ってたんスけど、おっさんいやに運動神経激イイッスよね? 影で特訓とかしてるんスか?』


「まさか? 特訓修行はおっさんからもっとも遠いものだよ。これはいうなれば年の功かな。毎晩シャングリラ来てたらこうもなるって」


『そうかそうか! 流石は尾方じゃな!』


『そんなもんスか? まぁ唯一の戦闘員が強靭なのはいいことッスけど』


「強靭じゃなくて柔軟ね。要は慣れなのよ」


『優柔不断ではあるッスね』


「言葉尻捕まえるにしても無理がないかい!?」



 そんなこんなしてる内に辺りに立ち並ぶビルは高さを上げ、たびたび遠くから戦闘音と思われる音が響いてくるようになった。


「さて、もう入ったかな」


 ふぅっと一息ついて尾方は辺りを見渡す。


「メメカちゃん、少し飛ばす位置下げて、こっからなにがどうなっても不思議じゃないからねぇ」


『りょッス。おっさんの背中に張り付いて飛ぶッスよ』


 ここでは経験値の差があるのも承知のようで葉加瀬も素直に尾方に従う。


『して、尾方の今回の目標はなんなのじゃ? 突発とはいえ新生メメント・モリの初シャングリラ戦線じゃ。なにかしらの成果を期待するぞ』


「そだねー。現在この地区で戦闘している悪魔勢力の確認なんかどうかな?」


『悪魔? 天使ではないのかの?』


「元々この区画はメメント・モリが主力の戦闘地区だったんだ。だから、その後釜を狙ってる組織、ないし収まっている組織を確認したい」


『なるほど、まずは確認しやすい内部からってわけッスね』


「内部でもないけどねぇ。情報収集してるなんてバレたら天使も悪魔も関係ないしココは」


『ハカセからの講義でも聴いたがそんなに悪魔側の組織間は仲が悪いのかの?』


「悪いっていうより元々が別の理念、頭を沿えて集まった別の組織だからねぇ。同盟とか協力をすることはあるけど組織間のいざこざなんて日常茶飯事だよ」


『ふむ、そんなものか』


「そんなものだねぇ。ウチは穏健派だったから内輪もめは少なかったけどね」


 そういうと尾方はビルとビルの間の狭い裏路地にベランダや排水溝の管を足場に器用に降りていく。


 地面に付くとOGフォンに向かってシーっと人差し指を口の前に持っていき静かにのジェスチャーをする。


『……』


 言われたとおりに葉加瀬と姫子は口を閉じる。


 服の擦れる音から姫子が大きく頷いていることを察せられて尾方も穏やかに微笑む。


 しかし、すぐにスッと裏路地の出口の角に張り付き聞き耳を立てた。


 角の先、大通りに数人の悪魔と思われる人影が話し合っていた。


 尾方はすぐに手帳を取り出し、ペンのキャップを口で外すと聴こえた単語を片っ端からメモする。


 そして話し声の主達が去ったのを確認するとまた裏路地の奥に引っ込んだ。


「ふぅ、随分お喋りな悪魔もいたものだねぇ、お陰で色々聞き出せたけど」


『念のため私さんも録音しておいたッスけど必要なさそうッスね』


「ええ……? そんなこと出来るの? こんな小さいのに凄いなぁ」


『いやジェネレーションギャップ的なのはいいッスけど、なにか有力な情報あったッスか?』


「うん、さっきの人たちが所属してる組織と天使側の話を少しね。録音してるんだったら帰ってから答え合わせしようか?」


『お? いいんスか? ハカセ先生は厳しいッスよ。とめはねはらい、甘いと減点ッスからね』


『ワシもメモしたので一緒に採点よろしくじゃハカセ先生!』


「あ、やっぱりやめとこうか……なんかオチ読めたよおじさん……」


 その後、尾方達は同様の手法を繰り返し情報収集に努めた。


「ふぅ、大体こんなところかな。お疲れさまヒメ、ハカセちゃん。そろそろ帰ろうか」


『これ尾方、まだ油断するでない。家に帰るまでが遠足じゃぞ』


「遠足気分だったんだね……」


『あ、帰る前に一ついいッスか? どこかこの辺で一番高いビルの上に行けないッスかね?』


「うん、まぁ行けなくもないけど。 どして?」


『折角ここまで来たので周辺のマップを作りたいんスよ。見渡せれば十分なんで』


「なにそれすごい。そういうことならリスクはあるけど価値が勝るなぁ。ヒメも賛成でいい?」


『うむ、今後の展開のためにも重要じゃな。だが、無理に危険に飛び込む必要もなし。このOGフォンだけで上空に飛んで撮影出来ぬのか?』


『あー、出来なくもないッスけど、帰りの分のバッテリー使い切っちゃうんスよね……おっさんの場合、帰りのが心配ッスし』


『うむ、それは仕方がないの。尾方、面倒をかけるが行ってやってくれぬか?』


「今の会話内容だと面倒かけてるのおじさんっぽく聴こえたんだけど……まぁいいか」


「よし、じゃ、いこうか。少し走るから注意して着いて来てね」


 そういうと尾方はまた近くのビルの屋上に上り、駆け出した。


 向かう方向より行き先は直ぐに察することが出来た。


 眼前に堂々とそびえるはこの神宿一の高層ビル【ト庁】。


 その周辺はこの神宿一の激戦区である。



 ③

「……おかしい」


 ト庁方面に少し進んだところで尾方が呟いた。


『あ、すまぬ尾方……このビス子が最後の一枚でな……尾方といえど挙げられぬ……』


「もしかして緊迫したこの状況で突然【……お菓子ぃ】って呟いたと思われてる? あともしかしなくてもおじさんがこんなに頑張って走り回ってる中でヒメはお菓子食べてる?」


『気のせいッスよ気のせい。ここ正念場ッスよ? 集中してるに決まってるじゃないッスか? あ、姫子さん。そこのポッキー取って下さいッス』


「隠そうって思うなら思うでもうちょっと頑張ってくれない!? お菓子パーティしてるでしょ君達!」


『バレたら仕方がないッス。申し訳ないのでおっさんも写真だけ額縁に入れて参加させるッスよ』


「ああ! 見える! いい歳したおっさんの葬式にお菓子が供えられてるのが見えるよ!」


『ところでなにがおかしいんスか?』


「え? 全部だよね?」


『いや、おっさんのお葬式のことではなくて、シャングリラ戦線の様子ッスよ』


「あ、そっちか。急に話戻すから首痛めるところだったよ。静かすぎるんだよ……いくらなんでもここまでト庁に近づいて、会敵ゼロ、戦闘音も響いてないってのは普通ありえない」


『まだ少し距離があると思うッスけどそんなもんッスか? まぁ、確かに静か過ぎるとは思うッスねさっきの場所に比べても』


「おじさんがこの辺ウロウロしてた頃はここまで近づくと天使と悪魔が混戦状態だったよ。……念のため下歩こうか」


『りょッス』


 尾方の提案通りビルから降りて裏路地を慎重に進む。


 その間も特に戦闘音等は聞こえてこなかった。尾方も首を捻る。


「ここまで静かだとなんか逆に落ち着かないね。ヒメ、なにかお歌を歌ってちょうだいよ」


『よいぞ、津軽海峡でよいか?』


「選曲! 演歌!? さては親父の擦り込みだな……自分の趣味を孫に押し付けるかね普通……」


『静かで落ち着かないならリン○リンダ流すッスよ?』


「二重の意味で隠す気ないでしょ? 一応隠密任務中なんだから……」


『そうじゃの……こぶしは抑え目に頑張るぞ』


「いや、ごめん。演歌はまたの機会にお願いします」


 そうして進むうちにト庁前の広場前まで着いてしまった。


「ここまで来てなんにもないってことはもう決まりだね。何事かあってるよここで」


『自分で言ってアレなんスけど、もう帰ってもいいッスよ? ただ事じゃなさそうッスし』


「いや、逆を言うと無傷でここまで近づける機会なんてほとんど無い。ここはGOサインでしょヒメ監督」


『うむ、カットじゃ!』


「それ止めるやつね」


 尾方は裏路地からこっそりト庁前広場を覗き込む。


 辺りに人影は見えない。


 しかし、辺りには激しい戦闘痕が残っていた。


 意を決した尾方は裏路地から出て広場に向かう階段に足を掛ける。


 その足取りは軽かった。


 実は尾方には一つ心当たりがあったからだ。


 そしてその心当たりは、ト庁入り口の階段中央に腰を掛けていた。


 それは、血みどろの。血まみれになった快血の天使。血渋木 昇だった。


 月は後方へ。空は白さを思い出し始める。それでも夜は、まだ少し続く。


『夜に駆ける』END

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