『善の神』
前回のあらすじ
独り言に物申すなんてマナー違反さ
①
ゆっくりと、もだれるように開かれた搦手の掌から解き放たれたメメント・モリ、大天使の一行が目にしたのは、空を覆い尽くす程の金属の翼と、それに向かって地面を砕いて射出された筋肉の天使だった。
「――――――まずはお話しをしませんか?」
筋肉の天使の猛進を金属の翼で防いだ善の神は困り顔で言う。
「断る!! 平凡ゆえに神に語る言葉なんぞ持たぬからな!!」
失った推進力を補うように腕を振るい金属片を撒き散らした筋頭はズンっと地面に着地する。
「――――――貴方のことを尊敬しています」
善の神は悲しそうに言う。
「――――――天使に成ってからも一縷も停滞することのない鍛錬、また他の追随を許さない不変の価値観。貴方しか持たない人間性を、私は知りたいのです」
筋頭はガハハと快活に笑って言う。
「語るに及ばず!!!」
再び天使は地面を砕く。
ひび割れた地面が音を上げるより疾く。
空気が揺れるより疾く。
筋頭は神を目掛けて駆ける。
再び折り重なった鋼の翼の絨毯を粉砕しながら、猛進する。
届かずとも辿り着かずとも、あの時上げられなかった重さを目指すように、あの日続けられなった時間を追うように、ひたすらに進む。
届かないものを、握る感覚を。
追いつけなかったものを、掴む感覚を。
彼は、筋頭崇は誰よりも知っている。
だから。
「――――――だから貴方は、誰よりも力強いのですね」
眼前に迫る筋頭に向かって、善の神は腕を前に出す。
か細く頼りないその細腕は、自身に音速で迫る筋頭を、ふわりと止めた。
音速が急停止した衝撃波で周囲の翼が硝子の様に砕け、光を乱反射する。
光はそれでも笑い目を見開く筋頭の瞳と、悲しそうに目を伏せる善の神の眼を反射させて光らせた。
彼の者は善の神。
旧世界の救世主。
夢見る求道者。
過去看る破壊者。
人が人の道を是として進んでいる限り、届かぬ隔たりの具現。
善の神の正装たる、天浮かぶ模様の様な少年が口を開く。
「――――――神仏分離」
善の神に触れたかの様に思われた筋頭の巨大な腕は、寸での所で神との間に隔たれた隙間に落ちて届かず。
ただ、そこに停滞していた。
「――――――正装『八咫鏡』、九 一の銘を以て想起する」
次の瞬間。
空が。
宙が。
ソラが。
硝子の様に割れた。
『善の神』END