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残党シャングリラ  作者: タビヌコ
第七章「二度咲きルーザーと廻天カンパニー」
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『九 一』

前回のあらすじ

叩いてから考える

 

 スタジアムに響き渡るのは、肉が肉を激しく叩く鈍い音。


 双方が相手の被弾圏内に身を晒しての殴り合い。


 天使と悪魔の文字通りのド付き合いは、始まってから既に数刻時を刻んでいた。


 しかしこの戦い、結果を見るまでもなく勝敗は既に決している。


 不変の天使は叩かれようとも抉られようともその姿を変えず、ただそこに佇んでいる。


 これに意味があるのか。


 これとは、見たまんまのこれ。


 勝ち無き戦いに。


 価値なき戦いに。


 意味などあるのか。


 その質問の答えを、導くように。


 手中の悪魔の、抉られた脇腹から溢れる血が地面を濡らす。


「……ここまでですね」


 色無は血塗られた腕を下ろす。


「……何がかしら?」


 震える手をそれでも下ろさない搦手は血反吐を呑んで瞳に光を仰ぐ。


「もう終わりです、搦手さん。貴方は良く戦いました」


「あら、ありがとう。でも、はいそうですかって倒れられる訳じゃないのよ」


 搦手の不屈の淡い目を見る色無は眩しそうに言う。

 

「死ぬ前に教えてください。貴方は……貴方達は、なぜ無意味な行動にそこまで命を賭けられるのですか?」


 それは、勝者の驕りでも嘲笑でもなく、純粋な疑問。


「私には分からない、わからない、あの時だって、今だって、貴方は……貴方達は――」


「あら――」


 疑問の奥に、不理解の先に、確かに見えた不安の色を見定めて搦手はポツリと言う。


「無意味じゃないからよ」


 

 ばさりと。


 翼を広げるような音がした。


 

 ②


 時は少し遡り。


 1日前。


 カフェの奥、人から死角になるいかにもな一角に、怪しい影が三つ。


「つまり、ワシは最初のチャレンジャーに成れるとゆう訳じゃな」


 一際大きな影、筋頭崇が口を開く。


 そしてその問いに頷く影、悪道替々は言う。


「無論、世紀上初の挑戦者だとも筋頭殿」


「それは……イイな」


 筋頭は顎に手を当ててにやりと笑う。


「いいの? 筋頭さん。私が言うのも何だけれど絶対裏が有るわよ?」


 制する三つ目の影、搦手収に対して筋頭は快活に笑う。


「良い良い! どうあれワシは本懐を果たせればそれで良い!」


 笑う筋頭に搦手は呆れ顔を深くする。


「天使ってもう少し理性的だと思ってたわ」


「天使が関係あるかい、ワシはワシよ」


 それはそうねと搦手はワインをあおる。


 二人の様子を少し眺めた替々はペンで二回机を叩いて言う。


「それでは、交渉成立と言うことでよろしいかな?」


 筋頭はバンッと机を叩いて言う。


「異議なし!」


 満足げな替々はパチリとペンの蓋を閉じた。


「では、晴れて我々は一時同盟関係となる。期限は()()()()()()まで。我々メメント・モリは出来るだけ神を煽ろう。君は憂いなくメメント・モリとして腕を奮ってくれたまえ」


 搦手が机に深く座る。


「そんなに上手く行くかしらね? ここ百年ほど顔出してないって話じゃない?」


「ワシは百年ぶりに天罰を蹴ったからのう! 遅かれ早かれワシの所には来るわい!」


 置かれている状況が分かっているのだろうか?


 筋頭はいつもと変わらず快活に笑う。


 「まぁ、貴方がいいのであれば口は挟まないけれど。それで、一応聞くのだけれど、それでも善の神が全然降臨しなかったらどうするの?」


 「確率は薄いが、私の感だと明日の侵攻を凌ぐ手段は神を出張らして有耶無耶にするしかないからねぇ。()()()()()()()()()()()()()()()、とかどうだろうか? 下っ端探せばいい感じの権能居そうじゃない?」


「そんな、執行対象が探知出来なくなったからって慌てて出てくるかしら?」


「神のみぞ知る……だネ」


「貴方って策略家ってよりギャンブラー寄りよね」


「確実に勝てるギャンブラーはギャンブラーとは言わないよ」


「はいはい」


 呆れ顔の搦手は替々の軽口を軽く流し、真剣な顔で言う。


「それで、この同盟会議をなんで私に見せたの?」


 それは疑問ではなく、確認。


 この男の見え透いた問いへの確認。


「君を信じているから……では、駄目かね?」


 目を伏せ、淡々と語る老人。


「私の何を?」


 搦手は交わらない視線を掬い上げるように伏せた瞼を睨みつける。


「……忠誠心だよ」


 その言葉を、少し吟味するように聴いた搦手は、ため息を吐いて頷いた。


「見る目はあるようね」


 緩めていた電信柱を握りしめた手を隠した搦手は、椅子に座り直す。


「其方の事情も終わったかな?」


 退屈そうに座っていた筋頭が立ち上がる。


「では! また戦場でな!」


 ドスドスと床を踏み鳴らし筋頭は去って行く。


 その背中を見て、咄嗟に搦手が声をかける。


「勝てると思ってるの?」


 ピクリと肩を震わせた筋頭は、振り向かずに応えた。


「応ともさ!」




 

 ばさりと。


 翼を広げる音がした。



 そんな筈はない。


 だって眼前に広がるのは、空を覆いつくさんばかりの無機質な機械で象られた無垢の羽。


 しかし、でも、確かに。


 ばさりと。


 柔らかな翼が広がる様な拡がるような。


 そんな音がした。



 中央に彩られた模様の様な、小さな少年が口を開く。


「――――――――こんにちは」


 彼の者が善の神と呼ばれる世界の理が一かけら。


「――――――――私の名前は『九 一(いちじく はじめ)』と言います」


 現在の世界を司り、また奉られる一柱。


「――――――――仲良くしてくれたら嬉しいです」


 ニコリと微笑む善なる神は、晴れやかに天を仰いだ。


 その刹那。


 彗星が飛来した。


 スタジアムの中央、巨大なクレーターを伴った破壊的跳躍は、音速を超えた衝撃波を纏い、天覆う翼の中央を目印に飛来する。


 恐らく自動防御機構と思われる歯車の山を紙の出来物の様にひしゃげた筋頭は、善の神の眼前に迫った。


「ワシは筋頭! ただの筋頭崇!! 圧し通る!!!」


「――――――私は『九 一(いちじく はじめ)』。まずお話をしませんか?」

『九 一』END

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