『クリティカルエラー』
前回のあらすじ
独占欲。
①
「誰かさんの向こう見ずがうつったかしらね」
勝算なんて始めからなかった。
権能が封じられないとはいえ。
身体に『価値』がかかっているとはいえ。
相手は理外の化物。
でも。
なにかせずにはいられなかった。
なにもしないなんて出来なかった。
だって。
「私の組織だものね」
傷だらけの身体を起こして、力の入らない右手の握りこぶしに力を入れる。
視線の先には、無情なる天使が冷ややかな顔で立っている。
「先ほどから独り言が多いですね。寂しいのでしたら手の内を明かしてみては如何でしょう?」
「あら、洒落た言い回しね。貴方多分思っているほど内向的な性格でもないんじゃないかしら?」
「...人見知りは本当ですよ」
「じゃあ、なんで私とは普通にお話出来るのかしら?」
「殺す相手は、後とか考えないでいいじゃないですか?」
「なるほど」
社交性以前の問題だったわけね。
言葉の続きを呑み込んだ勢いで立ち上がった搦手は、一ミリも諦めの色を見せない瞳で姿勢を低く構える。
その姿を、色無染は不機嫌そうに眺めていた。
「......」
「あら、どうしたのかしら押し黙って。どこか具合でも悪いの?」
「...ください」
「はい?」
「その目を止めてください。不愉快な記憶に掠ります」
そう言った色無の表情は影になって見えなかった。
「...煽るつもりはなかったんだけれどもね」
色無の様子に只ならぬものを感じた搦手は無意識に数歩下がる。
その時。
ザンッッッ!!!!
さっきまで搦手が立っていた場所に巨大な切り傷が地面を抉る。
「ッ!?」
反射的に色無を見た搦手が目にしたのは、深遠のように真っ黒な色無の瞳だった。
「貴女...一体...」
その瞳にえも言えぬものを感じた搦手は冷や汗を流す。
そして言葉を投げかけられたソレは返答を返す。
ただ一言。
「天使」
その言葉と共に色無の正装がそれぞれ無機質に輝きだした。
ここまでなのだろう。
自分は、ここまでなのだろう。
だって仕方がない、仕様が無い。
出来る事がない。
手立てがまるでない。
自分にはとても...
その時、搦手のOGフォンが鳴り響いた。
電話は取られるでもなく、勝手に通話をはじめる。
『搦手殿!!! 無事か!!! ワシじゃ!!! 悪道姫子じゃ!!!』
緊迫したその甲高い声は、搦手の脳天を貫いた。
『状況は知っておる!! 応えなくともよい!! 手短に伝えるぞ!!!』
その声は必死に張っているが、霞んで涙を堪えているように感じられる。
慌ててとにかく相槌だけでも打とうとした搦手に言葉が重なる。
『待っておるぞ!!!!』
その言葉に、ピタリと搦手の動きが止まる。
『優しく頬を叩いてくれる朝を待っておる! 明日の朝餉のおいしい味噌汁を待っておる! 毎日してくれる化粧の練習を待っておる! 長くなった髪を綺麗に纏めてくれるのを待っておる!』
ズズッと鼻を啜る音をマイクが拾う。
『待っておるぞ!!!!』
通話はそこで強くノイズが入り、電子音が破け、切れた。
そうか。
そうだった。
わかった。
わかっていたんだ。
私は。
僕は。
俺は。
手放したくないものを掴んでいた。
「......」
後光にしては眩しすぎるその光をゆらりと眺めた搦手は、右手を見る。
今にも手放してしまいそうに力なく震えるそれを眩しそうに睨みつける。
そしておもむろに左手を開いて電信柱を自身の周辺に数本突き刺した。
その内の一本を片足で押し退けて斜めにし、足を乗せる。
「相手は関係ない。私の邪魔なのよ」
搦手は虚空に左手を伸ばし、天使との距離そのものを、私のものだと信じて疑わず、掴んだ。
結果、搦手は色無の目前に瞬時に現れる。
「...!」
虚を突かれた色無の胴体に深々と搦手の右回し蹴りが入った。
「...ッ!」
斬って返した色無の閉輪を一瞥し、搦手は左手を広げる。
すると、搦手は姿を消し、移動前の元の位置に現れた。
そう、搦手は距離を収納し、また開放したのだ。
イメージを広げれば広げるほど、世界の脅威にもなりうるエラー。
それが、悪魔たる所以である。
月に左手を伸ばし、搦手は半月に嗤う。
私はもっと。
思い上がっていい。
『クリティカルエラー』END