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残党シャングリラ  作者: タビヌコ
第七章「二度咲きルーザーと廻天カンパニー」
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『尽芯掌握』

前回のあらすじ


根幹を握る。



「いただきまーす」


木漏れ日がカーテンの隙間から注ぐリビングのテーブル。


そこに座って眠気眼に朝食を食べる。


横目に台所を見ると、エプロン姿の母親が鼻歌交じりに食器を洗っている。


なんでもない朝だ。


でもかけがえのない朝だった。



父親は歌舞伎座の大御所だった。


第一子が男だった事を大層喜び、跡取りとして育て上げようとした。


しかし息子...私は、人と少し違う感性を持っていた。


可愛いが好き。


ぬいぐるみが、シールが、キャンディが、リボンが。


私にはこの上なく魅力的に見えた。


母親は、それは別にオカシな事ではないよ。


素敵な事だよと。


優しく諭してくれた。


しかし、その感性が、父親には許せないものだった。


私の事で。


父親と母親は度々喧嘩をするようになった。


家族の会話は減り、母親の笑顔も消えていった。


その原因が私である事は、子供ながらにわかっていた。


でも、どうすればいいの?


私は私が感じたこと思ったことへの接し方を変えるという考えに、至る事も出来なかった。


ゆえに結末は必然で。


ある朝、母親が荷物を纏めているささやかな音で、私は目を覚ました。


子供ながらに私は母親が居なくなる事が理解出来た。


母親には居なくなって欲しくなかったが、同時に、迷惑もかけたくなかった。


故に黙って。


ギュッと母親に荷物を握り締めた。


母親は、酷く困ったような顔をして、数刻押し黙っていたが、なにかを振り払うように立ち上がった。


「...サヨナラ」


か細いその声が届くか届かないかの瞬間。


荷物をバッと持ち上げた。


私はその時、無意識に、これ以上ない、血の滲むような力で荷物を掴んでいたが。


ブチっと。


腕から嫌な音がして。


握力がフワリとなくなった。


その事に気づいていたのか気づいてなかったのか。


はてまたどうでもよかったのか。


母親は、振り返る事無く家を出て行った。


あの朝は。


大切だったあの時間は。


私の大切なモノの為に瓦解した。


私は後悔した。


大切なものに固執した事をではない。


大切なものを手放したことを後悔した。


大事なら大事なものであるならば。


それが自分の物であるならば。


もう、手放す事だけはしない。


そう誓って。


翌日、握れない拳を奮って、私は父親を殴り飛ばした。





確信があった。


出来る確信があった。


故に私は、手の平で地面を擦った。


そして同時に、どうしようもない最期を予感させた。


故に私は、思うでもなく。


想って言う。


「...サヨナラ」




搦手収が悪の神に説明された権能の説明はこう。


『手の平で触れた無機物の収納と離した際の解除』


これだけだ。


これだけだった。


しかし、長年この権能と向き合ううちに、不可思議な感覚があった。


出来る事を自ら選択しているような感覚。


ある時、その疑問は確信へと変わった。


ペットのウサギが手の中に収納出来たのだ。


これは事前に悪の神が教えた無機物のルールに反する。


悪の神はワザと、出来る事を湾曲して伝えているのではないか?


いや、出来る事の一例を挙げているに過ぎないのではないか?


私は私の権能のルールを探りはじめた。


問答無用と言う訳ではない。


敵の天使は無論、悪魔も出来なかった。


ペット達は皆出来た。


無機物も敵のアジトなど特例的に出来ないものがあった。


搦手は、日々その法則を模索する事となる。





結局、今日に至るまで、答えを見つけることは出来なかったけれど。


握力のない手が疼く。


護りたいのなら、手放したくないのなら。


その手に掴めと。


そう、腕が、権能が、唸っている。


あの日、掴めなかった力が、出なかった声が。


そう言っている。


故に。


この可能性に賭けることにする。


尽芯掌握スライハンド


一瞬だった。


尾方が限界を越える一瞬前だった。


尾方が倒れるよりほんの数瞬早く。


スタジアムから、搦手収と色無染の姿が消えた。




【《権能糾明》】


尽芯掌握スライハンド


旧説


『手の平で触れた無機物の収納。これは離した際に解除される』



新説


『権能者が自身の保有物であると認識した物体の収納。これは離した際に解除される』




スタジアムは組織の保有物である。


故に搦手は、スタジアムを収納。


権能の法則を解した搦手は。


この『戦い』自体を保有物と強く思い、収納し。


悪魔天使の両者の収納に成功した。


よって。


スタジアムは手の内に収納され、後には巨大なクレーターと。


「...なにが起こったんですかね?」


『所有物でない』色無染だけが残った。


握力のない、しかし大事な手を、搦手は見つめる。


「アラ知らないの? 軽い手品スライハンドよ。 楽しいことは嫌いかしら?」


「解せない事は嫌いですね」


色無の動揺で一度止まった光輪が、再び収縮をはじめる。


このとき、大きな違和感が色無を襲った。


何が起こったのかはこの際いい。


この悪魔を斃せば済む話だ。


だが、だが何故この悪魔は権能を使えたのだ?


瞬間、疑問は事実となる。


搦手は光輪を弾きながらその円を駆け上がり、色無に向って蹴りを放った。


「はぁ!?」


驚いた色無は高度を上げてこれをかわす。


搦手はそのままビル三階ほどの高さの着地を猫のようにふわりと決める。


「あら、惜しいわね」


「......なんで?」


心底解せない色無は目をグルグルしながら質問する。


「私ね、伊達男の加護があるのよ」


「...ぶ、不気味」


「貴方の正装、権能の発動を防ぐものでしょう?」


その言葉に、色無のグルグルがピタリと止まる。


「既に発動していた権能は防げない。そうでしょう?」


「...」


「今の私は価値が高いのよ、無価値な正装の効力は届かないわ、お分かり?」


「白貫先輩がどこにいったか。貴方の権能。今の状況。分からないけれど全部分かりました...」


再び色無の両腕にノイズが走り、白羽が舞う。


「貴方が負ければ結果は同じですよね?」


「あら、可愛くないわね」


搦手は、皆を納める握りこぶしに軽くキスをした。

『尽芯掌握』END

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