『色無 染《いろなし ぜん》』
第六章「当て馬リベンジャーと結び目ワールド⑱」
前回のあらすじ
天使の顕現
①
ピピピピピピピピッ!!!
「......」
けたたましくなる携帯の音の方をジッと見る天使が一躯。
無表情のままスッと指で携帯の方の空をなぞると。
何処からか顕れた金属の輪が携帯を真っ二つに斬った。
「オサム! 無事かい!」
着物で二つの輪を弾いた写楽は、背後で噴出した血に反応して搦手を呼ぶ。
「...ッッ! 無事じゃないけど前見て!!」
痛みで気を失わないように残った手で顔を叩いた搦手は、事態の把握を写楽に優先させる。
意図を汲んだ写楽が油断なく前方の存在を見据える。
「...随分なご挨拶だが、どちら様ですか?」
天使は二人をジッと見定めるように眺める。
そして一息すると、その口をゆっくりと開いた。
「...ごめん」
すごく俯いて喋った言葉は、聞き取るのがやっとのか細い声だった。
写楽がその言葉に面食らっていると、天使は両手の人差し指をおそるおそる合わせて言葉を続ける。
「...つい、じゃなくて...二人は...悪魔...みたい、だったから...私...天使なんだ...だから...ほら...使命、使命がさ...あぅ......ふふ......」
帰りたい。
確かに天使は最後にそう言った。
彼女は紛うこと無き天使の化身のような気品を纏っているのだが、無表情以外の表情が悉くネガティブにカンストしているため、微かに広がる後光が霞んでしまっている。
しかし、事態が事態。
起こった事実の裏づけが、写楽を緊張状態に留めている。
彼女は、事も無げに悪魔の片腕を奪ったのだ。
「...質問に答えて貰ってませんね。どちら様ですか?」
鋭い視線で天使を牽制する。
「あ...ご、ごめん...私は...本当は...内緒なんだけど...うう......ぅぅ...内緒...なんだ...け...ど...」
チラリと写楽をみる天使。
鋭い視線と交差する。
「...戒位番外...【天使】...色無 染......です.........いぇー...ぃ...はは...は...」
謎に震える手でピースした色無という天使は、死にたいとポツリと呟いてピースをやめる。
「...」
写楽は記憶を辿る。
番外。
聞き取りづらいか細い声だったが、確かにそう言った。
写楽が天使との同盟を組んだ際に顔を合せなかった1と2躯の大天使とも違う。
正体不明の襲撃者であることは間違いない。
しかし、少なくとも搦手の止血が完了するまで、時間を稼ぐ必要がある。
「番外って、聞いた事ないなぁ?」
写楽の疑惑の視線に合わないように目線を右往左往しながら色無はしどろもどろに答える。
「...だ、だから...内緒なんだって...言った...言ったっけ...? まぁ、そこは...ぃぃ......でも! あるんだ...ょ」
変に緩急がある喋り方は、只でなくても聞き取り辛い言葉を更に複雑にしている。
「それで、その番外さんがどの様な御用向きでここへ?」
写楽のこの言葉に色無はハッと何かを思い出した様に顔を上げる。
「そう! そうだった! 先輩! 白貫 誠先輩を! ご存知ないで、しょうか!!」
今までとはうって変わったハッキリとした声に気圧された写楽だったが、その名前が引っかかる。
「白貫...?」
その名前には覚えがある。
睦首劇団が立ち上がった頃、悪魔達に最凶と恐れられていた大天使。
創立メンバーの半分は一ヶ月くらいでそいつに殺された。
いつからかその名を聞かなくなったが、そういえばどこへ行ったのだろう。
「いや、知らな――」
「あ! 今は尾方巻彦と名乗っているんです! 知りませんか!」
「そうなの!?」
思わず反射でリアクションをしてしまい。
後ろで止血を終えた搦手に頭を小突かれる。
「その反応! ご存知なんですね!! ありがとうございます! ありがとうございます! 何処に居られるので?」
本当にさっきまでの陰気な天使なのだろうか。
後光がほとばしり、目を輝かせてハキハキと喋っている。
「いや、居場所まではちょっと...なにか用なの?」
後ろ手で搦手に謝りながら、写楽はしらをきり質問を投げる。
「無論! お役に立ちたく存じます! つい先ほど、先輩はこの正装、【閉輪】を顕現されました! きっとピンチ!」
飛び回る光の輪をピッと指差した色無はそれを頭の輪に収束させる。
「先輩の三つの正装を受け継いだ私は! その責務を果たす必要があるのです!」
ビシっと天を指差した色無は、ドヤ顔で笑う。
この時、搦手から止血完了の合図をもらった写楽は、おもむろに色無の翼を指差す。
「...話は変わるんだけどさ、どうやって君は飛んでいるんだい?」
翼を指された色無は、シオシオと縮こまる。
「あ...いや、あ...私の...話は...いいじゃない...ですか...ねぇ...」
天使がオドオドとしたその瞬間。
写楽から渡された傘を手中に収めた搦手が、その傘を高速で射出する。
高次元から物質を薙ぐその傘は、モジつく天使の片腕を吹き飛ばした。
「......へ??」
事態を呑み込めない色無は、無くなった右腕が地面に落ちるのを呆然と眺める。
「ま、事情はどうあれこれで公平よね」
搦手は残った手をヒラヒラ振る。
多量の失血で顔色が悪いがまだ立てている。
一方で、ジッと地面に落ちた片手を眺める色無。
その目も色は。
怒りでもない。
悲しみでもない。
とある色に染まっていた。
安堵である。
「殺すのが一番楽」
色無の体から出血がない事に一瞬気をとられた二人は。
上からではなく背後から聞こえるこの声を認識するのが。
精一杯だった。
第六章「当て馬リベンジャーと結び目ワールド⑱」END
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