『手中の悪魔vs評定の悪魔』
前回のあらすじ
睦首の齧りあい
①
悪の大組織『睦首劇団』は、悪の組織の中で最も人材の層が厚い組織である。
これは、人材コレクターの呼び声も高い団長の写楽明が、様々な人材を積極的にスカウトないし強奪して来た賜物であるが。
その統率力はというとそこまで高くない。
組織の方針は徹底した実力主義であり、実力さえあれば初日から幹部の席にだって座れる。
故に組織員達は常にお互いを牽制し合い。
隙あらば昇進の足掛かりにしようとピリピリしているのである。
そんな組織で、搦手収が入団僅か半日で副団長に就任したのは、今から二年前の出来事である。
写楽の推薦で入団した搦手は当時の副団長を一瞥。
可愛くないとの理由で一騎打ちを申し込み。
これを一蹴したのである。
前任の長さもあり、着任当時こそ反発の声が多かった搦手であったが、実力でこれを黙らせた。
ここから二年間、不動の写楽の右腕として好き勝手やっていた搦手であったが、ある日のこと。
気になる組織があるとふらりとアジトから出て行くと。
同盟結ぶから自分派遣やりまーすと連絡があり。
天使との同盟の際に正式に離脱することとなった。
この際、写楽は止めることもなく。
離反する部下すら与え、襲うこそ無く送り出したのだと言う。
他の部下に何故かと問われた際、写楽は笑ってこう応えた。
「人間の価値はね。居るところで変わるんだよ」
彼は居場所を見つけたと付け加えた写楽の目はどこか遠くを見ていた。
写楽明は自分の夢を持たない。
自他共に認める刹那主義者。
だが夢を持つ人間を、価値あるものとして眩しく思っている。
二面性。
いうなれば写楽は矛盾を抱えているわけだが。
この矛盾は、彼の権能と、これ以上なく相性がいいのだ。
②
「...まぁ、一筋縄じゃ行かないものよね」
文字通り瓦礫の濁流を放った搦手の前方には、その濁流を傘一つで防ぎ、クルクルと舞わす写楽の姿があった。
「らしくないじゃないかオサム。そんな大雑把なリソース消費なんて。焦ってるのかい?」
「それなりに焦っているわね。貴方に援軍がないとも限らないし」
「失敬な。そんな無粋な事はしないさ。君とボクの一騎打ちなんて。楽しまなきゃ損だろう?」
「どうだか...」
搦手は油断なく尽芯掌握で作った巨大な瓦礫達を手中に入れる。
「また瓦礫かいオサム? 君にしては芸がないなぁ? そんなもの幾ら飛ばしたって無価値さ。ボクの権能は知っているだろう?」
「...【命は宝の宝】でしょ。自分の価値観に合わせた存在の補強。自分の大切な物にはバフを無関心な物にはデバフを」
「概要はそんな感じだね。実際はもう少し細かいけど。でも分かるでしょ。無価値の投擲で倒せるほどボクの価値は低くないよ」
「こっちにも色々あるのよ」
ポイッと搦手はなにかを軽く放る。
曲線を描いたそれは、二人の間で元の大きさを取り戻した。
ズンッッ!!
それは切り取られた大きなビルの半身。
お互いの仕切りのように横たわったそれは視界を塞ぐ。
「目くらましとは安直――」
瞬間、目の前のビルが吹き飛ばされるように写楽の方に押し出された。
反射的に写楽は筆ペンを前に構える。
すると、フッと目の前まで迫ったビルが消える。
いや、再度搦手の手に触れ手中に消える。
衝撃を待っていた写楽は虚を突かれ、数瞬固まる。
そこへ搦手は逆の手で再度何かを投げつける。
巨大化を見越した写楽はペンを再度前に構えるが、またも衝撃は来ない。
代わりに、熱く鋭い痛みが写楽を襲った。
「...ッ! オサム...!」
搦手が放ったのは巨大化する瓦礫ではなく。
ただのナイフだった。
瓦礫を見越して大雑把に構えたペンでは受け止めるのは困難である。
「刺さったって事は。そのナイフは高価値なものだったのかしら?」
「...そうだね。ボクに傷をつけたナイフなんてそうそうないものだ」
ナイフを無造作に抜いた写楽は不敵に笑う。
そして血塗られたナイフを逆手に構えた。
「シッ!」
二人の間に落ちていた瓦礫をバターの様に斬りながら搦手に迫る。
「チィ!!」
反射的に手中の瓦礫を放った搦手だったが、その瓦礫も綺麗に切り刻まれ距離を詰められる。
その刃が届く一寸前。
搦手はもう片方の手で電信柱を出し、それに捕まってなんとか距離を取った。
写楽は近くに落ちた電信柱をサクッと斬りながら言う。
「いいナイフだね。気に入ったよ」
「そんな拾ったナイフでいいなんて安上がりな男ね」
「モノの価値は値段じゃない。君なら分かるだろう?」
「...」
「子供の頃、公園で遊んでる最中に見つけたいい感じの棒。丸くスベスベした石。ラムネの中に入ったビー玉。全てボクに取ってはこれ以上ない武器なのさ」
そう言い、写楽は近くに転がっていた折れた鉄の棒を拾う。
「こんな風にね」
そしてそれを無造作に搦手に向って放る。
「!」
これに反応した搦手は、ビルの断片を再度射出する。
ガガガッガガガガ!!!!
だが、無造作に放られた棒は、このビルを裂き、搦手に迫る。
「ふッ!」
なんとか棒を伏せてかわした搦手に、写楽のナイフが迫る。
反射的に搦手は片手を突き出したが、射出した瓦礫ごとその手を斬り付けられた。
「―――ッ!!!」
転がるように距離を置く搦手。
焼けるように熱い左手を確認する。
かなり血は出ているが切断されてはいない。
わきの下を押さえ止血しながら油断なく構える。
そんなことは気にせずクルクルと手元でナイフを遊ばせる写楽。
「価値ある者を傷つけるのは悲しいよ」
「じゃあ生け捕りにでもしてみたら?」
「そんなに甘い相手じゃないのは知ってるさ」
距離をとりたい搦手に対して、いつでも詰めれると足をステップさせる写楽。
緊張の糸が張り詰めた空気の中。
搦手の手からなにかが零れ落ちた。
巨大な瓦礫を読んだ写楽はナイフを前に地面を蹴る。
しかし、落ちた欠片はほんの少し大きくなり、とある形になる。
それがグレネードだと判断した写楽が傘を構えるより早く。
その欠片はとんでもない光を放ち、写楽の視界は真っ白に染まった。
あらかじめ目を伏せていた搦手がその隙を見逃すはずもなく。
写楽の後ろに周り、瓦礫の雨を射出した。
それは持てる残弾の殆どを使った質量であり、雪崩となり写楽を呑み込んだ。