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残党シャングリラ  作者: タビヌコ
第六章「当て馬リベンジャーと結び目ワールド」
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『【閉輪】』

前回のあらすじ


忘れ難し形見


「...忘れ形見ですか」


油断なく構えた小廻は言葉を返す。


「うん。言葉のまんまで悪いけれどもね」


どこか心ここに在らずと言った風の尾方は、片手で頭の上の輪をなぞる様に撫でている。


「小廻ちゃんはさ。戒位10躯がどういった立場なのかは知っているのかな?」


「...大天使の末席である以外になにかありますか?」


尾方の手は変わらず輪をなぞる。


「知らないならいいんだ」


尾方は深く溜息を吐く。


「そろそろはじめましょう尾方さん。時間が惜しいです」


小廻は腰をきって構える。


「...」


尾方は無言で手をだらんと下げる。


それを肯定と受け取った小廻は、すぅっと息を吸い込む。


「戒位第10躯! 【流転の天使】! 小廻めぐる!! いざ―――」


小廻の口上が終わるか終わらないかの刹那。


尾方は小廻の間合いに挨拶をするようにするりと現れ。


ポンッと肩を叩いた。


「なッ―――」


瞬間。


残像が出るほど鋭い左拳が、小廻の顎を掠めた。


天使の脳を揺らすのにも十分な一撃。


人という構造上不可避である脳震盪という症状。


大天使であれ例外はなく。


平衡感覚を失い地に這い蹲る他なくなる。


「ッッ―――」


言葉にならない振動が喉を揺らす。


当の尾方はと言うと、そ知らぬ顔でまだ頭の輪を手でなぞっている。


「...ごめん。こっちも必死でさ。まぁ必死はいつものことなんだけれど。まぁ、その、なんだ。やめてちょうだいな」


ばつの悪そうな顔であるが、状況は圧倒である。


この男から余裕を奪うべきではないとつくづく思う。


「...ッ!」


小廻はそれでも、そんな状況であれ、一瞬で覚悟を決めた。


なんとか片腕を動かし、正装を尾方の方へ向ける。


こちらは作戦に使う奥の手の方ではないが、それでも任務開始時からの移動分が蓄積されている。


尾方巻彦を退け、奥の手を射出する時間を稼ぐには十分の筈だ。


反動を受け流せず腕は無事ではすまないだろうが、どうせそんな事は些細なことでしかない。


小廻は祈るように正装に力を込めた。


しかし。


「......?」


覚悟した筈の衝撃はいつまで経っても来ない。


恐る恐ると目を薄目に開けると、しゃがんでこれまたバツの悪そうな顔で正装を人差し指で抑える尾方の姿があった。


「なん...?」


閉輪へいわ。おじさんのもうひとつの正装。効果はざっくり言うと触れてる相手への神からの贈物の隔離」


「......?」


尾方巻彦の正装は小廻も以前の小競り合いで目撃している。


だが、もうひとつの正装?


尾方巻彦は天使時代、複数の正装を所持していたのか?


大天使であれ、そんな例外はあの方以外に―――


「ごめん。小廻ちゃんの想いを踏みにじるつもりはないんだよ。でもさ。ほうって置けるわけないよ」


「......」


小廻は眼差しで抗議する。


「だよね。でも駄目だ。君もメメント・モリも諦めるつもりはない」


「......私と...思い焦がれた...組織が、同列です...か?」


あまりに疑問だったので、なんとか言葉にする小廻。


「うん、選べん」


ついに開き直った尾方巻彦36歳。

※作中に誕生日を迎えました。


「...そんな、道理が...通じるとでも...?」


明らかな怒気の混ざったその言葉を、尾方は片腕で制する。


「違う。違うんだ。通じる通じないじゃない。悪魔はもっと自由でいいんだ」


尾方の目には陽の光がそのまま溶け込んだような熱が感じられる。


「悩む必要なんてない。やりたい事全部目指していい。出来る出来ないじゃない。僕はやるんだ」


尾方らしくないなんて言うと失礼かもしれないが。


言葉に迷いが一切ない。


まるで導かれるように。


足りなかったパズルのピースが見つかったかのように。


「ヒメが...メメント・モリの総統が教えてくれた事だ。後悔なんてしない精一杯さ」


何処か遠くを見る瞳に更に陽の光が指す。


「夢を追う間、僕はもう迷わない」


ここまで言って。


少し気恥ずかしくなったのか、尾方は気まずそうに頭を掻いて掴んでいた腕を人差し指に変えた。


「...なぁんちゃって?」


「......締まらないですね」


「...こればっかりは治らないみたい」


ニッと笑う尾方の顔を観て、小廻は観念したように瞳を閉じる。


瞼の下では、今回の作戦決定時の皆の顔が浮かんでいた。


自分は大天使の先輩方とそこまで付き合いが長いわけではない。


それでも。


普段感情をあまり表に出さない皆々が。


自らの無力さに打ちひしがれるような。


悲しみと怒りが混ざったような。


そんな顔をしていた。


清先輩については最後まで反対してくれた。


自分はそれで。


十分だった。


こんな作戦にではない。


この作戦には、それだけの価値があるのだと。


私は確信していた。


「...小廻ちゃん」


ふら付く足で立ち上がる少女を。


しゃがんだ尾方は眩しそうに見上げる。


「なにも...言わないでください...尾方さん」


じりじりと体を半身に深く落とす。


「...私は大天使が末席10躯の天使。されど大天使であるならば...」


―――私には私の信じた夢がある。


「迷いはありません」


この言葉に嘘偽りはない。


それは断言できる。


断言できるが。


この言葉を聴いた尾方巻彦が、先輩の皆々と、同じ表情をするので。


私の中で何かが少し揺れた。




それがいけなかったのでしょう。


なにかは分かりませんが。


なにかを間違ったのだとしたら。


それがいけなかった。


油断ではなく。


力量の差なのは重々承知なのですが。


私の力は。


私の想いは。


私の、夢は。


届かない処にあったのでしょう。


少なくとも。


神の前では。



尾方巻彦は。


目の前の大天使を敵と認め、名乗り合いをするつもりでいた。


そこで相手の口上を待つ一瞬。


尾方は瞬きをした。


祈るように。


眠るように。


しかし。


いつだって。


いつだってそうだ。


守るべきものは。


護るべきものは。


瞼の裏にて届かない。



ゴぢゃ

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