第七十七話 黄竜王と【機巧竜】
またもお待たせいたしました、姫河ハヅキです。
設定考えるのめちゃ楽しいけど恐ろしい速さで時間が溶ける······。
本来なら最上層にある部屋に転移するはずのボクは、気が付けば全く知らない場所に転移していた。
先程までいたボス部屋も学校の体育館くらいというかなりの大きさだったが、今いるここはその数倍、否、数十倍の広さだと思われる。
天井にも壁にもびっしりと鉱石が表出しているのもなかなかの光景だが、何よりも目を引くのは眼前に鎮座している巨竜の存在だ。
野球のドーム〇個分とでも表現するに相応しいこの広大なスペースを単独で七割以上占有するその体躯。ボクがこれまでの人生で見たどの生物よりも
巨大で、もはや生物というより一つの山のようにも感じる。
ほぼ間違いなく、この巨竜がボク達をここに転移させた相手だろう。
しかしボクは巨竜を警戒しない。する気になれない。
ヘレナから危険はないと言われたというのもあるが、巨竜からは悪意も敵意も感じず、醸し出される雰囲気はどこか懐かしい。
『微塵も身構えないとは、えらく肝が据わっておりますな。お嬢さん。』
「そうかな。こちらを傷つける意図のない相手に身構える必要はないと思わない?」
巨竜は嬉しそうに目を細める。
『嬉しいことを言ってくれますな。儂はこの巨体と力の大きさ故に警戒されなかったことがこれまで無かったですからのう。現に、おひい······お嬢さんのお連れの二人は武器を構えておる。これがいつものことですじゃ』
あ、父さんとアルフも来てたのか。気付かなかったよ。
いつもなら気配や魔力の動きで周りの状況がある程度分かるのだが、今は巨竜の存在が大きすぎてまともにその類の感覚が働かないのだ。
「どうしたの二人とも」
「どうしたもこうしたもあるか。いきなり転移させられて目の前に巨大なドラゴンとか警戒する理由がないだろ」
「何故お嬢様はそこまで自然体なんですかね······」
「······まさかお前の知り合いか?」
「いや?初対面だけど、なんとなく心当たりは······ってくらい」
ダンジョン名とー、魔力や神気の質とー、ヘレナから聞いてた話かなー。
「間違ってたら申し訳ないんだけど············多分、黄竜王ヴォーロス?」
「······?」
「!」
ピンと来てなくて宇宙猫ならぬ宇宙熊と化した父さんと驚きすぎて目を白黒させてるアルフの温度差が印象的である。
『如何にも。儂はヴォーロス、洞窟の奥に隠居したしがない老竜ですぞ。よく分かりましたな、おひいさま』
ここで間違えていたら赤っ恥だったが、無事に正解したので一安心。
······ん?
「······なんでおひいさま?」
『大した理由はありませんが、秘密ということにしておきますかな。おひいさまが思い至った際に答え合わせをしましょうぞ』
絶対大した理由がある時のパターンだよね!
聞いてもはぐらかされるだろうから言及はしないけど!
「そんでヴォーロスさんよ、スノウと俺達をここに連れて来た要件を聞かせてほしいんだが。わざわざ転移させておいて何の用もないわけじゃないんだろ?」
『いや、顔見せ以上の用などありゃせんが?』
「「「え?」」」
『久方ぶりにおひいさまの存在を感知しましての。ちょうど此処に来てなさったので顔が見とうてお招きした次第ですな』
お招き············?
強制招集の間違いでは?
『あれでもはしゃいでるのよ。度が過ぎたらアタシが止めるから、しばらく付き合ってくれない?』
付き合うとはいっても、特にできることはないよ?
『話し相手になるだけでいいのよ』
それならいいけど。
『そうじゃそうじゃ。折角来てもらったのですからな、何かお土産でも持って帰りますかの?』
「ほう?お土産とな」
父さん、目の色変わり過ぎ。
「ここに来ただけなのに貰っちゃっていいの?」
貰えるものは貰う主義だが、「受け取ったんだからお願い聞いてね」みたいな流れは遠慮したい。
今話していて感じた印象の通りの性格ならそんなことは言わないと思われるが、念のため確かめておく。
『儂には不要なものですので。此処で腐らせておくよりおひいさま達に使ってもらう方がええじゃろうて』
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
『それではこちらに来てくだされ。老いぼれの物置き部屋にご案内いたします』
ポンッという音で出現し、そのままサイズダウンしたような姿でフヨフヨと浮いているヴォーロスの指示に従って再び転移する。
······肉体は放置でいいの?あ、いいのね。
「··················うっわ」
「多すぎでしょ············」
「どの品からも膨大な魔力を感じますね······」
先程までいた部屋と遜色ない広さの空間に所狭しと積み上げられた武具や魔道具の数々。剣なら剣、槍なら槍と最低限の分類はしているようだが、パッと見でも大剣と短剣がごちゃ混ぜになっていたりする。
ボクの部屋も推しのグッズ以外はこんなもんなので少し親近感が湧いた。
『おひいさまは好きなだけ、眷属のお二方は、そうですな······そこの山三つ分ほどの量まで持って行って構いませんぞ』
「ふぁっ!?」
「「はぁ!?」」
好きなだけ持って行けと言われてもなぁ。
今欲しいものは············あ、この巫女服と手甲と脚甲の次の装備を探そうかな。八月が激戦続きだったせいで入手してからの期間の短さに見合わぬ速度で消耗しているのだ。
そもそも武器でも防具でも、金属製でも木製でも布製でも、一つの装備を使い続けるという行為はごく一部の例外を除いて不可能だ。モンスターと戦うことで耐久値が減り、生産職の手で修繕をして耐久値を回復をしてもらうのだが、その過程で装備品の耐久値の最大値は少し削れてしまう。その削れ具合は装備の傷み具合で変動するため消耗速度は装備品それぞれで異なるが、いずれ寿命が来るという点は同じだ。
また、ボクの戦巫女シリーズのように自動修復のエンチャントが付与されていたとしても消耗していくことに変わりはない。少しの傷ならこのエンチャントの適用範囲だが、大きく破損すると職人の手による修繕が必要となる。
ボクの場合は邪神二連戦で手甲と足甲の耐久値の上限がゴリっと削れた。特に二戦目の魚人モドキで。
今の手甲と足甲は和風の意匠で、巫女服に合うデザインである。前者を変えるのならそれに合わせて後者を変えるのも選択肢の一つとしてアリだろう。
さて、手甲や足甲はどこに積んであるかなー。
「折角だし吟味させてもらうとするか。ゴウ達には連絡してあるから思う存分悩んでいいぞー」
それは助かる。この量だと候補を上げるだけでもかなりの時間がかかるだろうからね。
「じゃあしばらくは別行動ということで」
「「異議なし」」
~一時間後~
自分用の防具を一式とリル達へのお土産を選んでからはヴォーロスの解説を聞きながら魔導機械と呼ばれる品々を見繕っていたボク。今後の参考になりそうないくつかの銃器や心惹かれた手甲と脚甲のセットを貰い受け、現在はヴォーロスから勧められた、小型の竜を模した魔導機械を前にしている。
「これがオススメ?」
『ええ、しばらく前に儂ら神々から見ても非常に優れた、技芸神に勝るとも劣らない職人が何人かいましてな。その者等が心血を注いで作り上げた十以上の魔導機械、その一つがこれなのです。最大出力を発揮すれば人の身でも神殺しも可能で、神器に匹敵するかと』
「い······いやいやいや!さすがにそんなの貰えないよ!!」
ロボはロマンなので正直欲しい。が、神も殺せてしまう超兵器などボクの手に余る。
もうちょっと控えめな性能でいいのだけれど。
『せめて一度試してくだされ。······この世に作り出され、使われないまま役目を終えるのでは、作った者達も、作られたこれも報われないですからな』
「······これが作られてからかなり経っているんじゃないの?」
『おひいさまの言う通り、これが作られてから千年は経過しております。しかし、神にも匹敵する職人が複数関わり、それぞれの技術の粋を結集させたせいでしょうな。起動条件が異様に厳しいものとなり、誰一人として扱える者が現れませんでした。そういう所以で今も此処に安置されております』
なるほどー······。魔導機械には大なり小なり起動条件があるけども、千年もクリアできる人が出てこないとかどんだけよ。
ボクでも駄目じゃない?
「なんでそれをボクに?ほぼ確実にボクも起動できないと思うよ」
『何故かおひいさまなら起動できる気がしましてな。無理なら捨て置いて構いません。また有望そうな者を探しますわい』
「試すだけだよー?」
魔導機械に手を伸ばすと、眼前にシステムメッセージが表示される。
『特殊イベント:眠れる神代兵器が発生しました。進行するルートによってはSPの消費およびスキルの取得が強制的に行われます。それでも構わない方のみこのイベントを進行してください』
ほーん?
こういう時のためにSP温存してたんだからどんとこいよ。起動は多分できないけど。
魔導機械の心臓部に魔力を流すと、イベント発生の旨やYESとNOの二択が表示されたウィンドウは自動的にYESが選ばれてから消え、魔導機械からは駆動音が鳴り始める。
『対神魔導兵器【機巧竜】、零番機ヌルの所有者認証を開始』
「おお!」
音声ありでの起動シークエンスとは、製作者さんはロマンが分かってるね!!
『霊格、魔力回路、魔力量、基準値への到達を確認』
霊格は種族の進化を繰り返すと上昇して、魔力回路はINTのこと、そんで魔力量はそのままMP量と。
今の所は起動条件あんまりキツくないな。この程度ならクリアする人はいるだろうから、さらに厳しいのあるよね。
『全属性魔法への適性を確認』
············これでは?
エメロアとかカンナとか身近に何人もいるから実感ないだけで、全属性持ちって希少なんでしょ?
『該当スキル、未所持。SPを消費し、スキルの強制取得を試行』
お、きたきた。
『SPを100消費しスキル【魔導工学】を取得。追加でSP300を消費し【古代魔導工学】にグロウアップ』
んっ!?追加消費は聞いてない。
『さらに追加でSP500を消費し【神代魔導工学】へグロウアップ。該当スキルの所持を確認』
は!?
一瞬でSP900持っていかれたんだが!?
『所有者認証完了。【機巧竜】零番機ヌル、起動』
あまりの消費SP量に呆けている間にも起動シークエンスは進み、機械の目には光が灯る。ボクの魔力が心臓部を始点に機体全体へと行き渡り、遂に機体が動き出す。
知性が感じられる瞳はゆっくりとボクを見据え、そして口を開く。
「アナタが当機の所有者ですネ?」
「え?あ、うん」
「当機は神の打倒を目標として合計十機作られた兵器【機巧竜】のプロトタイプ。それぞれの分野に特化した後継機に得意分野でこそ敵いませんが、万能性と特殊性には自信ありまス。当機の性能が十全に発揮されることを期待していますヨ、マスター」
『特殊イベント:眠れる神代兵器をクリア。特殊装備品【機巧竜】零番機ヌルおよび称号《神代兵器の担い手》《遺失技術伝承者》を獲得しました』
最近ご無沙汰だったね新規称号。父さん二桁あるらしいけどいつか追い付けるかな?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『おひいさま、本当にこれ以上はよろしいので?』
「貰い過ぎても扱いきれないから」
二人がまだ武具や装飾品を選定している間にヌルの性能を確かめておこう、ということで別の部屋に移動。広範囲殲滅用の兵装とかあってもおかしくない。ロボだし。
「当機の超高性能さに惚れ惚れすること間違いなしですヨ!」
「なるほどねー」
武器欄とも防具欄ともアクセサリー欄とも違う特殊装備欄からヌルの説明とスキルが載った画面を開く。
【機巧竜】零番機ヌル
遥か太古の時代にかつての《最高位魔導工学師》、《機工王》、《最高位付与術師》、《最高位鍛冶師》、《最高位錬金術師》をはじめとした職人達によって当時の最高峰の技術を結集して作り上げられた魔導兵器【機巧竜】のプロトタイプ。
それぞれのコンセプトが設定された後継機十機とは違い万能性と特殊性に秀でており、理論上ではあらゆる相手に対応可能で後継機十機も例外ではないが、開発過程で職人達が趣味に全力疾走した結果、性能と引き換えに燃費や起動条件、取り扱いやすさなど様々なものが犠牲になった。
これを起動し、なおかつ使いこなせる人物は一種の変態である。
・起動条件
「全属性魔法の保有」
「【神代魔導工学】の保有」
「一定以上の霊格(第四階位以上の種族)」
「規定値以上の魔力量」
「規定値以上の魔力回路」
・装備補正
なし
・保有スキル
【兵器倉庫】
魔導機械とその弾薬のみに特化した収納用空間。格納できる物が限定されている代わりに容量は非常に大きい。
【無限動力炉】
動力炉に自ら魔力を生み出す賢者の石を使用しているため、燃料不足で機体が停止することはない。しかし、魔力生成速度は一定なため発揮する出力によっては魔力生成が追い付かず所有者の魔力で補う必要も。
【自動修復】
破損箇所に対応する資材があれば機体を自動的に修復することが可能。ただし心臓部のみは対象外。
【金属喰らい】
機体の一部に接触している金属を機体内の専用空間に格納、必要に応じて放出および成形する。金属としての純度が低い屑鉄や、合金を作ろうとして失敗したスクラップからも金属を抽出可能。
【機竜外装】
機体を変形させ、使用者に装着する。状況によって近距離攻撃重視だったり遠距離攻撃重視だったりと変形パターンは多岐に渡る。【兵器倉庫】に格納されている魔導機械も装着可能。
【遥か理想の生命樹】
データの同期を行った後継機の兵装を一部模倣し、展開する。その機体の起動条件を満たしておらずとも使用可能だが、性能はオリジナルの五割ほど。
後継機の機体が【兵器倉庫】に格納されていればオリジナルの八割ほどまで性能が上昇し、さらに条件を満たしていればオリジナルの兵装を展開する。
『第一兵装』:使用不可
『智慧の瞳』:使用可能
『第三兵装』:使用不可
『第四兵装』:使用可能
『第五兵装』:使用可能
『第六兵装』:使用不可
『第七兵装』:使用可能
『自由の空』:使用可能
『第九兵装』:使用不可
『第十兵装』:使用可能
【???】
未開放。詳細不明。
【???】
未開放。詳細不明。
【???】
未開放。詳細不明。
「························」
「どうでスー?当機の有能さに声も出ないんじゃないですカー?」
ヌルは全く表情が読めない(竜を模した機械だから当然)くせにこれ以上ないドヤ声でアピールしていて少しムカつくが、事実性能がブッ飛んでいる。ステータス補正がないということを抜きにしてもトッププレイヤーを複数相手取れるんじゃなかろうか。
むしろまだ隠し札が三つもあるとかヤバいな?
「確かにね。最上位職が何人も集まったらここまでのものが作れるんだって驚いてるよ」
「お上手ですネー」
『おひいさまに気に入っていただけて、儂も満足です』
「そうだ。ヌル、二つ質問いい?」
「高性能な当機はなんでも答えまス!」
「じゃあ一つ目。【遥か理想の生命樹】でさ、第〇兵装じゃなくて固有名称みたいなのが使用可能って出てるのはどういうこと?」
「あぁ、起動条件満たしてる機体の兵装ですヨ。ちなみにどの兵装ですカ?」
「『智慧の瞳』と『自由の空』だね」
「既に二機とは優秀ですネマスター。しかも最難関の『智慧の瞳』の条件をクリアしているとハ」
「最難関は第一兵装か第十兵装かと」
「なんでマスターがそう考えたかは分かりませんガ······二番機以外は魔術師としてだったり、戦士としてだったりと一つの分野を磨いていればいずれ条件達成できるんですけド、二番機だけは魔術師としての研鑽と職人としての技量の両方が求められるのデ、条件の達成が難しいんですヨ。それを言ってしまうト、当機の起動条件も似たようなものですけどネ」
「それはそう」
盛大に余らせていたSPに任せて段階すっ飛ばしたけど、属性魔法スキル全種と【魔導工学】スキル三次とか、正道で達成しようとすると面倒くさいことこのうえない。ボクも神化でのスキル進化なかったら三次スキル一つも持ってなかっただろうし。
「ところで二つ目の質問って何でス?」
「その語尾。起動シークエンスの時はなんともなかったのになんで起動したら語尾の発音に癖があるの?」
「大した理由じゃないですヨ。単なるキャラ付けでス」
「なんて?」
なんて???
「当機の製作者の一人がわざとプログラムしたものでしテ、『こっちの方がロボっぽいだろ!』だそうでス」
「えぇ············」
確かにロボっぽい印象だけどさぁ!
「よーっす。俺達も終わったぞ······何だそれかっこいいな」
「すいません。お待たせしました······何ですそれ」
「二人も男の子だねー」
この後は、子供のように目を輝かせる二人に【機竜外装】を見せてさらに感激させたり、それぞれの選んだ装備でファッションショー的なものを開催したりとダンジョン攻略の後らしからぬ時間を過ごしたボク達であった。
ヴォーロスも終始楽しそうに笑っていて、帰り際にさらに色々と渡そうとしてきたので三人で必死に断ったのはいい思い出である。




