第七十六話 〈黄竜坑道〉の深奥にて
春休みにも関わらず投稿が遅くて申し訳ない。
バイトと免許の教習に行っていたら二ヵ月あった春休みが友達と一回も遊ばぬまま半分以上終わっていた姫河ハヅキです。
私の春休みどこ······?
翌日の日曜日。時刻は九時過ぎ。
〈黄竜坑道〉の入り口の前で待ち合わせをしていたボク達だが、二十分もしない内に待ち人たちが小走りで駆け寄ってきた。父さんと母さんに叔母のアヤさんとフミさん、あとは父さんの知り合いらしき二人のプレイヤー。
「すまん遅れた。早めにログインしてたんだがポーション切らしてるやつがいてな」
「すまん!昨日買ったつもりだった!」
「ボク達も来てから十分ほどしか経ってないのでお気になさらず」
抑揚がほとんど感じられないボクの声を聞いたアルフとポーションを忘れたと言っていた鬼人のプレイヤーがギョッとした目でボクを見る。おそらくアルフはボクの口調と声色がいつもと違い過ぎることに、鬼人の男性はボクの対応があまりにも冷たいことに驚いているのだろう。
いや、違うんだよ。物忘れくらい誰でもあるものだから怒ってはいない。この対応にはちょっとした理由があるのだ。
「なぁアイリス、この娘怒ってないか?声は平坦だし無表情だしで怖いんだが」
「貴方が遅れたからでしょう。初対面での遅刻は時間に関係なくマイナスの印象ですよ」
「あぁ、心配しなくていい。初対面の相手に緊張しているだけだ」
正解。素の口調で初対面の人と話すとか同年代相手でも無理。シユ姉やティノアのパーティーメンバーと初めて会った時も敬語だったんだよね。
······あれ?そういやおじさん達とは最初から普通に話してたような?
まぁいいや。
「その通りです。怒るどころか急な誘いに応えてもらって感謝していますよ」
「そう言われてもなぁ」
敬語口調は社会人のほとんどが使っているため馴染み深いが、無表情で声に抑揚がないというのが怖いらしい。
ダンジョンに入ったら少しはマシになると思うから許して。
「ここでずっと話し込むのも目立ちますし、自己紹介などはダンジョン内で行うのはどうでしょうか」
「賛成です。一刻も早くダンジョンに入りましょう」
「ボクも賛成です」
アルフの提案に素早く賛同し、スタスタと一目散にダンジョンへと向かうボクとアヤさん。そしてそれを不思議そうに眺めつつも、少し遅れてボク達の後を追う他の面々。
「やっぱりアヤさんも感じてましたか」
「当たり前です。この手の視線に関してはスノウちゃんよりも経験多いですからね」
互いに顔を見合わせ、同時に口を開く。
「「胸が大きいって大変ですよねぇ」」
「男のチラ見は女のガン見、って本当なんですね······」
「そうですよ。ただでさえスノウちゃんは人目を引くというのに、どうしてそんなアバターでプレイしてるんです?大方シユちゃんが原因でしょうけど」
「体型に関してはお察しの通りです。それとは別に、種族をランダムで決めたら第二階位になったうえ、効果がおかしいくらい高い称号が初期から二つもあったんでね。勿体なくてやめれなかったんですよ」
「······凄まじい運ですね。種族のランダム選択で第二階位とかただの噂だって言われてますし、ゲーム開始時から称号を獲得していたという例はいくつか知っていますが、どの例でも称号は一つだったはずです」
「父さんも多くの称号を持っていると聞いたんですけど」
「あの人の称号は全てゲーム内の行動によるものです。······元から二つ持ってるスノウちゃんより、後から五つ以上獲得してるアイリスさんの方がおかしいですね?」
「あはは······」
父さん、現実でも肉体のスペックバグってるからねぇ。
世界大会に出場するレベルのプロ卓球選手の本気スマッシュを鼻で笑って打ち返す動体視力と反射神経、短距離走世界記録保持者に勝るとも劣らない足の速さ、他にもいくつかエピソードが思い浮かぶくらいには父さんは人間離れしており、身内の医者からは「一切鍛えないでアレとかマジでおかしい。身体構造は間違いなく人間だが、実は人間じゃないと言われても納得する」と言われている。
そんな父さんにも「持久力が非常に少ない」という弱点らしい弱点があったのだが、ゲームであるこの世界においてはその制約がなくなり、今の物理特化PSオバケになったというわけだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
〈黄竜坑道〉に入って十分ほど歩いた所にある小部屋。鉱石が採れるわけでもなく、浅すぎてモンスターも出現しないため休憩所として使われることもないが、だからこそ周りに人がいない状況で落ち着いて話ができる。
「······誰から自己紹介しましょうか」
「俺からしよう。今回のメンバー全員知ってるからな。
俺はアイリス。熊系の獣人で、ジョブは斧士系統上位職《熟練斧士》。物理ならアタッカーもタンクもこなせるが、魔術はムリだから任せた。······まぁこんなところか。じゃあ次はゴウ、お前らのパーティから頼む。スノウ達は最後な」
「おうよ。
俺はゴウ。闘鬼ルートの鬼人で、ジョブは重戦士系統上位職《粉砕重戦士》だ。AGIが低いから動き回ることは得意じゃないが、物理打撃アタッカーと盾役なら任せてくれ。そんじゃ次サラ」
「え、私?
あー······私はサラ。見ての通りエルフよ。ジョブは聖職者系統中位職《司祭》でそこの二人みたいに上位職ではないけれど、ヒーラー兼バッファーとして恥じない活躍はするわ。というかサービス開始して二ヵ月も経ってないのに上位職に就いてる二人がおかしいのよ。ねえアヤ?」
「えぇ。自慢する気はないですが、プレイヤー全体で見れば私やサラはベースレベルもスキルレベルも上の方のはずです。
話がずれるところでしたが私はアヤ。ドワーフで鍛冶師系統中位職《中位鍛冶師》です。遠距離なら弓、近距離なら片手鎚で応戦しますが、戦闘メインではないのであまり期待はしないでください。ただ【鍛冶】と【木工】持ちなので金属製か木製の武具なら手入れができます。ではフミ、どうぞ」
「私はフミっす!猫系獣人で斥候系統中位職《斥候》っす。このダンジョンだとほぼ戦力にならないっすけど、モンスターの探知や鉱石の採掘で貢献するっす!」
「じゃ、そっちの二人な」
「······どっちからいきます?」
「では私から。
私はアルフレッド・シュバルツ。人族で、就いている職業は騎士系統上位職《守護騎士》です。物魔両方の攻撃役と盾役が可能ですが、どちらかというと防御の方が得意なので私は中衛でパーティ全体のカバーを行おうと考えています。それではお嬢様」
「ボクはスノウ。種族は見ての通り、職業は魔術師系統上位職《混沌魔術師》です。魔術アタッカーですが自衛程度の近接戦闘も可能です。ただし防御面は物魔両方とも薄いので範囲攻撃の時は守ってください。······なんですその視線」
当たり障りのないことしか言ってないはずなんだけど。
「シュバルツってーと、セイリア王国にそんな家名の貴族がいなかったっけ?」
「そのシュバルツ家で合っていますが、気遣いは不要です。私の意思でここに来ているので、何かあったとしても貴方たちに責任が及ぶ事態にはなりません」
「なら良いんだが。で、その貴族に「お嬢様」呼びされてるお嬢さんは一体どういうご身分で?先に明かしておいてもらえると変に緊張もせず対応できるんですがね」
アルフが現地人で貴族だからってボクも現地人だって思われてるな?しかもアルフより上の身分の。
自己紹介の順番が悪かったか。
「誤解しているようですが、ボクは現地人じゃなくて異界人です」
「「えっ?······えっ!?」」
分かりやすく困惑しているゴウとサラの二人。
「アヤとフミも知ってたの!?」
「「知り合いなんで」」
知り合いどころか親戚なんですわ。
「マジか······。聞き覚えのないジョブに就いているから、家系特有のジョブだと思ったんだが」
「へぇ、《混沌魔術師》って珍しいんですね」
「珍しいどころか初めて聞いたぞ俺。まとめサイトでも魔術師系統のジョブは属性魔法それぞれのと支援・妨害魔法のものしか載ってないからな」
まぁまとめサイトなんてそんなものでしょ。検証・調査専門の人でもない限り自分が入手した情報を他人に無償で広める理由がない。
現にボクだって持ってるスキルの情報流してないし。というか、スキルの詳細な獲得条件を知らないから流すに流せない。
「自己紹介も終わったことだし、ダンジョン攻略に向かうか。フミが索敵しつつ俺とアイリスの三人が前衛で、サラとアヤ、スノウが後衛。そしてアルフレッドは三人の盾役として中衛。とりあえずのポジションはこれで······あと、アヤは採掘するだろ?採掘ポイントあったら言ってくれ。止まるから」
「ありがとうございます」
「武具作ってもらってるからな。お互い様だ」
「あ、ボクも採掘しますが護衛はアヤさん優先で構いません。ゴーレム相手ならどうとでもなるので」
「お、おお······ん?生産スキルも持ってるのか?さっき魔術も武術もできるって言ってたのは聞き間違いか?」
「いえ、聞き間違いじゃないですよ。武術、魔術、生産どれも鍛えてますから」
「······三系統全部取っててもう上位職か。アイリスの知り合いなだけあって非常識だな」
「お?PVPか?」
「やらんわ。一撃も当てられずに負ける未来しか見えん」
AGI低い物理アタッカーとか父さんと相性悪すぎるんだよなぁ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
浅層の敵は父さんやゴウの通常攻撃1、2発で倒せてしまうため、パーティとして戦闘することなく最初の大部屋に到着してしまったボク達。
「深層に行く前に一度戦闘スタイルを見せてほしい」とゴウやサラに言われていたので「じゃあアルフと二人で【ギガント・ロックゴーレム】倒しますね!」と返して大部屋に突撃。アルフに壁役してもらいつつ風属性を中心とした魔術の弾幕でひたすら削って五分ほどで討伐完了。
「まぁ、こんなものですかね」
「············【ギガント・ロックゴーレム】ってアタッカー一人でこの短時間で討伐できたか?」
「············同レベル帯のボスの中では硬い方のはずだったわよね」
「討伐時間よりポーション無しであれだけの魔術を撃てるMP量の方が異常では?」
「皆スノウにばっか注目してるっすけど、あの大きさの盾でギガントゴーレムの攻撃を真正面から受けきるアルフレッドもヤバくないっすか?」
「コアぶち抜いてワンパンしてない辺り、あれ手加減した結果だぞ」
「「「「「あれで手加減?」」」」」
「手加減とは少し違いますけどね」
この戦いはボクのパーティ戦闘におけるバトルスタイルを見せるためにアルフと二人でやらせてもらったのでワンパンしてしまうとその意味がなく、あえて削り殺したのだ。決して手を抜いているというわけではない。
「(事前に聞いてはいましたが、素早く動かず武術も使わず、髪も操らないお嬢様というのはとても新鮮でした。······それにしても、なぜ急に戦闘スタイルの変更を?今までのものに特に欠点はなかったと思いますが)」
「(本来の戦闘スタイルを変えるつもりはないけど、あれじゃパーティで他の人と連携するには向いてないんだ。ほら、ひたすら動きながら魔術撃ちまくって髪の毛ぶん回してるから周り巻き込むじゃん?)」
「(······確かにそうですね)」
そもそもボクのスキル構成は「自分一人だけで様々な局面に対応する」というコンセプトで組んだものだ。ゲーム開始時はここまでではなかったのだが、おじさんやエメロアなどの世界でトップクラスの人たちの助けを受けた結果、今では【古代魔法】系を除いた攻撃魔法スキル全属性保有、【身体操作】で物理攻撃は打撃斬撃突撃どれも可能というこの攻撃に関する万能っぷりよ。弱点突けない敵は多分いない。
戦闘スタイルも当然スキル構成に合わせたものとなり、防御を全力で投げ捨てた完全攻撃特化。これ以上ない「やられる前にやれ」である。
ろくにパーティ戦闘をしてこなかった(累計で二、三回)今まではそれで支障がなかった。しかし、今日は普通のモンスターと戦うより高度な連携が求められるボスモンスターが相手で、道中よりマシとはいえFFが起きやすい閉所という状況。パーティメンバーの邪魔をしないためにも、所持スキルを詮索されないためにも使用するスキルを制限することにしたのだ。
ちなみに、ボクが放出系魔法を使えることは自己紹介の時に伝えておいたのだが、「アイリスの知り合いと聞いていたからこれくらいじゃ驚かない」と言われてむしろボクの方が驚いた。
父さん普段何してるの············?
「もしかして《混沌魔術師》の補正が乗っかってるのか?」
「いや?今の一戦では全く使ってませんね」
【混成魔法】使ってたら三分切ってた可能性あるよ。特に『黒翠凶風』の場合、ただの『魔弾』でも当たり所によってはワンパンしかねない。
「実質ジョブなしかよ······」
「アイリスもジョブなしでこのくらいできるでしょう?」
「まぁな。近づいてコア砕くだけだし」
「······今日のパーティ、イレギュラーが二人いるわね」
「味方でいる内は非常に頼もしいです」
「このスノウちゃんがいるパーティが途中で撤退するレベルってことっすよね〈黄竜坑道〉。前回はどういうパーティ構成でどこまで行ったんすか?」
「【ギガント・スチールゴーレム】まではボクの従魔オンリー、そこから【ギガント・ダマスカスゴーレム】までソロですね」
「ナチュラルにヤバい情報出てきたっすね?」
「まだサイトに上がってない情報がしれっと出てきたわね」
おっと?
「······現時点でどこまで〈黄竜坑道〉の情報判明してるんです?」
ヴォロベルク開放からそろそろ二週間。最奥までとはいかなくともそこそこの情報が判明してもおかしくない月日が経っている。
さすがに【ギガント・マナアイアンゴーレム】すら知られてないとかないよね?
「まとめサイトに掲載されているのは【ギガント・マナスチールゴーレム】までですね。大規模クランならその後の【ミスリル】、【ダマスカス】まで把握しているところもありますが、個人で大規模クランに匹敵する攻略速度とは······引きますね」
「引かないでくださいよ。そういうアヤも知ってるじゃないですか」
「私はこれでも大規模クラン所属ですから。鍛冶師クラン《オモイカネ》。他のプレイヤーとほとんど関わらないスノウは知らないでしょうが」
「そ、そんなことは············ありますけど」
初めて聞く名前ですねぇ。
「【鍛冶】取ってて《オモイカネ》を存在すら知らないプレイヤーがいるのか······。あそこ【鍛冶】さえ取ってたら鍛冶師系統のジョブじゃなくても入れてくれるし、新人には格安で鍛冶設備の貸出や低級金属素材の提供もしてくれるしで、鍛冶に少しでも触るなら所属しておいて損はないとまで言われてる程なんだが。······マジで知らないのか?」
「えぇ、はい。ところで、その《オモイカネ》っていつ頃結成されたんですか?最近あまり情報収集していなくって」
「(ずっとしてないだろ)」
「(その質問をするということは、サービス開始からほとんどプレイヤーと関わってませんよね)」
「(逆にどうやったらそこまで俗世と関わらずにプレイできるか知りたいっす)」
正確には聞き取れないけど視線から察するに褒められてないことだけは分かる!
「正式にクランが結成されたのは先月の下旬だが、枠組み自体はサービス開始して一週間後にはできてたぞ」
「マジですか」
一応サービス開始初日からプレイしてるのに知らないんだけど。
「さすが『UTOの白きツチノコ』と掲示板で言われるだけはあるわね」
「ちょっと待ってください」
こちとら誇り高きドラゴンだが?
ドラゴン的に蛇と同列扱いされるの割と癪に障るんだが?
「分からんでもない。お前プレイヤーとの関わり薄すぎて、見かけたプレイヤーは一日幸運が訪れるとか言われてるぞ」
「えぇ······」
いつの間にレアキャラ扱いされるようになってるんだか。
「まぁプレイスタイルやこの世界での立ち振る舞いは個人の自由なんだから、進んで他人に迷惑をかけようとしない限りはノータッチでいいだろうよ。今日はそれより〈黄竜坑道〉の攻略だ。【ギガント・ロックゴーレム】を二人だけで倒したスノウとアルフレッドは報酬分配を少し多めにするか」
「あ、いいんですか。ありがとうございます」
「助かります」
「俺次ソロでやらせてくれ。使う武器増やしたから素材が欲しい」
「お前まだ増やすのか······」
「私は構いませんよ。深層の鉱石を採掘できるだけで大儲けですし」
「私もいいっすよー」
「私もOKよ」
「よっしゃワンパンするぞ」
◇【ギガント・アイアンゴーレム】戦
「どっせい!」
「「「「「「うわぁ」」」」」」
インベントリから取り出した魔鋼製の大杭を殴ってゴーレムに叩き込み、コアを砕くことで宣言通りのワンパンを果たす父さん。
ちなみにこの大杭は以前父さんに頼まれてボクが作ったもので、何に使うのか不思議に思っていた。
勿論この使い道は予想外。
「楽でいいっすね。アイリスかスノウ、もう一回ワンパンしません?」
「俺は今ので大杭の耐久値が結構削れたから無理」
「出来ますけどやっていいんですか?」
「いや、一回俺もワンパンチャレンジしてみたいな。駄目だったら追撃頼む」
「はーい」
◇【ギガント・スチールゴーレム】戦
「〈大粉砕〉ゥッ!」
「あ、コアには届きませんでしたね。それ」
ゴウがサラからのバフを受けた状態で《粉砕重戦士》の奥義〈大粉砕〉を繰り出し、胸部に大きな罅が入るもワンパンとはいかず、ボクが続いて放った風+氷の〈複合魔法〉の『魔砲』でコアを破壊し決着。
「〈複合魔法〉ってMP消費激しくありません?まだ長いですけどポーションの残量大丈夫そうですか?」
「自動回復と釣り合う速度でしか込めてなかったので平気です。今もMP満タンですし」
「それであの威力ね。······込めたMP量聞いてもいい?」
「確か······70000くらいですかね」
今は【魔力自動回復Ⅷ】で一分あたりの回復量は4800。さっきのボスが終わってから貯め始めて、それから十五分ほどが経過しているので正確な計測はしていないがおそらく70000前後だろう。
深層だと戦闘や採掘で忙しくなるためこうも悠長に貯めることはできないが、まだ浅いこの辺りは敵が弱くて戦闘は数秒で決着し、採掘ポイントは数が少ないうえにわざわざ立ち止まって採掘するほど質もよくない。素通りである。
「え?確か十五分くらい貯めてたっすから一分あたり5000弱············バケモンっすか?」
「異界人基準でも早いですかね」
「MPの回復速度に異界人も現地人もないっすよ!?」
ボクは【魔力自動回復】を技能書で習得したから希少性をよく分かってないんだよね。おまけに習得条件も。
ユリア、イナバ、母さんも【魔力自動回復】と【霊力自動回復】持ってるし、父さんは「専門外だから分からん」だそうだ。父さん物理特化だからね······。
「70000、ですか。こちらには魔力量を数値化する技術が存在しないのでその数値がどれほどの魔力量を示しているのか分かりませんが、お嬢様の魔力の回復速度が異常なのは確実ですね。お嬢様がこちらの世界に来てから二ヵ月ほどしか経っていませんが、現時点で、何十年もの修行を積み重ねた長命種の魔術師に匹敵しているようです」
「え、そこまでですか。高ランク冒険者になら結構いるぐらいかと」
「Aランクですら滅多にいませんよ」
「勿論プレイヤーでもいません。特定魔術の消費MPを削減するスキルや称号はいくつか見つかってますが、MP自動回復の効果を持つものは未発見です」
何故アルフとアヤさんは初対面なのに連携してボクの非常識さを語ってくるのか。父さんも大概でしょうが。
「(おじさんやエメロアは【魔力自動回復】の技能書大量にあるって言ってたんだけど)」
「(それはあの方達だからです。オークションに出せば500万は堅いはずですよ)」
「うっそぉ!?」
会ってすぐのボクになんて高価なもの渡してるのあの二人!?
「ん?いきなりどうした」
「いや、なんでもないです。失礼しました」
◇【ギガント・マナアイアンゴーレム】戦
◇【ギガント・マナスチールゴーレム】戦
◇【ギガント・ミスリルゴーレム】戦
◇【ギガント・ダマスカスゴーレム】戦
普通に戦って普通に勝ったので省略。
ただ、【ギガント・ダマスカスゴーレム】戦は複数人でもかなり苦戦し、戦闘後には「お前これをソロで倒したの?」的な視線を向けられた、気がする。
◇【ギガント・ヒヒイロカネゴーレム】戦
「ダンジョン内の魔力を吸収して自己回復するとかボスが持っていいスキルじゃないだろ!?」
「硬いしHP多いし回復するしでメンドすぎるっす!」
「これより強いのがあと二体いるとか信じたくないな!ってうぉっと!?」
前衛の面々が口々に騒ぎながらも【ヒヒイロカネ】の攻撃を引き付けて回避や防御で凌ぎ、大部屋全域に届く範囲攻撃はアルフに守ってもらい、隙ができた時全員で攻撃し、といった感じでダメージを少しずつ蓄積させること一時間。ようやくHPゲージが半分を切ったところだ。
「まさかこの先のボス全員自己回復持ちとかないですよね」
「それはないと思いますよ。自己修復のエンチャントはヒヒイロカネとの相性が非常に良いですが、オリハルコンとはあまり良くありませんし、アダマンタイトとは最悪です。それでも無理やり付与することはできるらしいですが、そうすると完成品の性能が自己修復無しのものと比べて数段落ちるそうなので。············まぁ、魔力伝導性と柔軟性と引き換えに強度が少し控えめなヒヒイロカネと違って、オリハルコンやアダマンタイトが破損することなんてそうそうないんですが」
「······あの硬さで控えめなんですか」
「〈黄竜坑道〉の攻略を提案したのは私でしたが、まだ完全踏破は無理そうですね」
レベルが足りないのか人数が足りないのか············多分後者。
「別にいいんじゃないですか。今回はどこまで行けるかの挑戦であって、最後まで攻略しなければならないわけではないですから」
「そうですね。いずれリベンジしましょう」
「その意気です。······あ、配信見ましたよ。思ってたより早く終わりましたね」
「あれほぼ確率通りですよ。早いですかね」
「スノウちゃんならピックアップされてない星5キャラの二枚抜きとかしてもおかしくないと思ってますよ」
「したくないです」
「そこの二人!話す暇があるなら魔術なり弓矢なりアイテムで攻撃······してるわね?」
「勿論です」
「そもそも何故サボってると思われたんですかね。心外です」
「いや、二人して暢気に話してるから。よく駄弁りながら淀みなく攻撃できるわね······」
「「並列作業は嗜みです」」
「嗜みであってたまるもんですか!」
ソシャゲの周回をしながら別のソシャゲのデイリーミッション消化するとか日常ですし。
慣れよ慣れ。
「後衛の連中はまだ元気なようだな!あと半分削りきるぞ!」
「「「はーい」」」
ゴウはパーティの士気を下げないために大声で皆を奮起させているようだが、それが空元気だというのは聞けばすぐに分かる。素早く動き回って敵の注意を引くフミさんも明らかに序盤より動きが鈍くなっており、何故かピンピンしている父さんを除けばパーティ全体の疲労が濃い。
この調子でも【ギガント・ヒヒイロカネゴーレム】は討伐できるだろうが、ミスが起きる可能性も少なくない。
どうにか短期決戦に持ち込めないか。
『短期決戦ならアレがあるだろ?』
······なんで声にも『念話』にも出してないのにバレるかな。
『アレは人目がある状況で使うべきじゃないでしょ』
『お前そうは言ってるが、人目がない時でも敵が弱かったら「このくらいの敵に使うものじゃない」って使わないじゃん。極力使わないようにすることが悪いとは言わないが············そろそろ溢れる頃だろ?』
『う』
『【恋愛神】で繋がってるから隠しても無駄だ。何度も言ったはずだがな』
『うう······』
『ゴウとサラの人格は俺が保証する。口止めすりゃ他に漏れることはない』
『ううう············!』
『どうするんだ?』
『··················使う』
『よしきた』
「スノウ!やるぞ!」
「了解!」
イメージするのは鍵を掛けられ固く閉められた扉。
鍵を開け、少しだけ扉を開く。
そのイメージと共にボクと父さんの身体から立ち上り、纏わりつく瘴気。瘴気はボク達の身体に複雑な紋様を描き、物理ステータスを上昇させる。
「っ!なんです、それ」
「簡単に言うと、奥の手です!」
強化された脚力で地を蹴り、瞬きの間にゴーレムの目の前まで肉迫する。
「「そーれっ!」」
ドガァン!!!
ボクのタイミングに合わせて飛び上がっていた父さんと同時に攻撃を叩き込む。ボクは右足による蹴りを、父さんはいつもの武器の鎚部分による打撃を。
ボクと父さんのツープラトンを顔面に食らった【ギガント・ヒヒイロカネゴーレム】はその衝撃で壁に激突しており、HPは今のだけで5%ほどが削れている。
「まだまだぁ!〈巨人の一撃〉!」
父さんが武器を変えてアーツを発動したかと思えば、持っていた戦斧が巨大化し、アーツ名のように巨人が振るうかのような大きさとなる。
可能ならばボクも合わせて攻撃したいのだが、生憎打撃属性高火力技の持ち合わせがない。
あ、父さんのを真似するのもいいな。
「それじゃあボクも······〈模倣・巨人の一撃〉!」
瘴気を大量に消費して【身体操作】で髪を増やして伸ばし、父さんの戦斧にも引けを取らない大きさの拳を形成する。拳にさらに瘴気を費やして強化し、十分な威力を持たせる。
「ドラァッ!」
「ハアァッ!」
ズガガガァン!!!
巨大な戦斧と拳が【ギガント・ヒヒイロカネゴーレム】の胸部と轟音を立てて激突し、そこにいくつもの亀裂が走って隙間からコアが目視できるようになる。
HPはまだ20%ほど残っているが、コアさえ砕いてしまえば関係ない。亀裂が修復される前に勝負を決める。
「行ってこい!」
「はいな!」
父さんと足を合わせて互いに蹴り、爆発的なスピードを得る。
巨大な拳を形作っていた髪は全て右腕に集中させて槍と成し、『魔纏:黒翠凶風』でその貫通力を高める。
「どりゃっしゃあああああああああああ!!!」
『魔砲』でさらに加速し、その勢いのままに槍がゴーレムのコアを突き砕く。
「疲れましたねー」
「あの羊と戦ったらこれより酷いんだろうな······」
「え、そんな相手がいるんですか」
「不毛過ぎて戦いたくねぇ。いざかち合ったら逃げるわ」
「アイリスにそこまで言わせるとは驚きです。一度会ってみたいですね」
「「「「············」」」」
ポリゴンとなって散っていく【ギガント・ヒヒイロカネゴーレム】を背に他愛のない世間話を繰り広げるボクと父さんを前にアルフ以外のメンバーが啞然としている。
アルフは異能や瘴気の制御訓練を見ていたから驚かないのは当然だが、父さんの非常識具合を知っていたフミさんとアヤさんもさすがに許容量オーバーだったかー······。
「······お前ら二人で十分じゃないのか?」
「これは一応切り札だ。デメリットもあるからな」
「それもそうか」
父さんがわざと分かりにくく説明したから目論見通りに誤解しているようだ。実は、使用した際のデメリットじゃなくて使用しなかった際のデメリットなんだよね。
と言うのも、今のボクは【憤怒の暴虐竜】のせいで何もせずとも勝手に瘴気が生成される体質になってしまっているのだ。【魔力自動回復】とは異なり最大値を迎えても瘴気の生成は止まらない。あまりにも溜まり過ぎると身体から瘴気が漏れ出てしまい、それを現地人に見られた日には邪神の眷属だと思われる可能性が高いと言われている。
その対策は二つ。一つ目が、ミネルヴァが製作した瘴気結晶に瘴気を移すこと。二つ目は、今回みたいに身体強化など戦闘で消費することだ。二つ目の方法は人目がある所では取れない選択肢なので基本的に一つ目の方法を選ぶのだが、「無料で作ってくれてるからあんまりがっつくのは気が引けるなー」と頼まずにいたらこの間切らしてしまった。
そしてそれを言い出せぬまま、今日に至る。
少しでも瘴気結晶の代金を受け取ってくれるとボクとしても瘴気結晶を受け取ることに気後れしないんだけどね······。「スノウちゃん達を戦いに巻き込んだのは私たちですから」と一銭たりとも受け取ろうとしないのだ。
「行ける所まで行きましょうとは言いましたが、どうしましょうか」
「「「「「「帰ろう」」」」」」
「ですよね」
アイテムほとんど使ったからねー。
おまけに武具の耐久値も非常に怪しい。
「帰ったらどこか部屋借りて、そこで報酬の分配するか」
「ダマスカスより上位の金属持ってるの知られるとマズいっすもんね。『その金属で打った武器が欲しい!』って言い寄る奴が絶対いるっすよ」
「まぁ、ダマスカスより上位の金属を加工できる鍛冶師プレイヤーなんてまだいませんけどね」
「えっ」
「······できるんですか?」
「············ヒヒイロカネならどうにか」
ボクの鍛冶スキルは二次の【鍛冶師】の20代前半でヒヒイロカネを加工するにはスキルレベルが足りないのだが、ヒヒイロカネは魔力伝導性が非常に高くて魔力操作の影響を受けやすいため、【魔力制御】と【錬金術師】を併用することでギリギリ加工が可能となる。
あくまでギリギリなので品質は低く、エンチャントも一つできるかどうか、といったくらいだ。
「アイリスよりかは大人しいと思ったら、全然そんなことなかったわね」
「(アダマンタイトやオリハルコンも精製だけなら可能ですよね)」
「(しーっ)」
インゴットにはできても武具にはできないのでノーカン。
「さっさと帰るぞー」
「ういうい」
【ギガント・ヒヒイロカネゴーレム】の討伐により出現した転移魔法陣に足を踏み入れると魔法陣が輝きだし、辺りも光に包まれる。
次のリベンジはいつにしようかなー。
『あ』
ヘレナ、何その不穏な「あ」は。
『······とりあえず、危険はないから安心しなさい』
その一言だけで安心できるわけがないでしょうが!
『このタイミングで転移に介入すると事故起きるからやめときなさい』
せめてこれから何が起きるのか言ってくんない!?




