第七十五話 ヴォロベルクでの一幕と新たな職業
数日前に「今月は無理そう」って活動報告で言ってたんですが、なんか書けました。
あの記事書いた時は本気で思ってたんですけどね?眠かったからか?
九月に入って二回目の土曜日。授業の予習や家事を終わらせてからUTOにログイン。
まだ起きていなかったエメロアやカンナの朝食に加え、この屋敷に滞在している十二英傑全員分の昼食を作って保管庫の食事フォルダに入れてからとある場所へと向かう。
ダイヤルを回して扉を開ければ、眼前に広がるのは金属や岩石を用いて建てられた工房や研究施設が数多く立ち並ぶ地底世界。そこら中の建造物の煙突からは常にごうごうと煙が噴き出ており、ドワーフたちがの笑い声や怒声が鳴り止まぬ、色んな意味で賑やかな場所だ。
イスファとミネルヴァの工房には後で訪れる。午前中はこの街の近くに存在するダンジョンで素材集め兼ユリア達のレベリングだ。そのダンジョンの名前は<黄竜坑道>。多数のゴーレム系統と少しのリザード系のモンスターが出現し、質の良い鉱石が大量に産出される、これ以上にない程ドワーフ達に適したダンジョンだ。おまけに最上層だと新人冒険者でも倒せるくらいの魔物しか出現しないため訓練にも使われていたりする。
国名だけじゃ気付かなかったけど、この国の歴史には黄竜王ヴォーロスが少なからず関わってるっぽいね。長くこの国で生きているであろう二人なら知ってるのかな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「GOGOGO······」
「···しっ」
ドゴッ
「GO······GOGAAAAA!」
「させないの!」
「足止めくらいはできるのですよー!」
ゴーレム系統は動きが遅いので攻撃は防ぐより避ける方が効率的だ。そういう理由で大盾から持ち替えたヴァルナの戦斧がゴーレムの体を砕き、反撃しようとしたゴーレムをリルとイナバが弓や魔術などの遠距離攻撃で妨害する。三人どころかヴァルナだけで攻撃役は事足りているためユリアは攻撃魔法を使わず、支援魔法でリル達の強化を行っている。
四人での連携訓練だからわざわざこのような戦法を取ってはいるが、やろうと思えばヴァルナ一人だけでもゴーレムとのタイマンで負けることはない。今ヴァルナが担いでいる戦斧は打撃属性も含んでいるためゴーレム系統の魔物とは相性が良く、ただでさえVITが高いヴァルナが全身鎧を装備してさらにVITを上げているのでダメージも少なく、おまけに自動回復でダメージはすぐに消える。リザード系のほとんどにも打撃耐性はないので、タイマンどころか複数相手、もしくはある程度の階層まででもヴァルナはソロでも割と楽勝なのだ。
他の三人はといえば、相性の問題でソロでこのダンジョンを進むのは厳しい。斬撃、突撃共にゴーレムには効きが悪く、魔術で効果的なのは風属性のみ。しかも風属性魔術が有効打になるのは下位の岩石系ゴーレムくらいで、上位の金属系ゴーレムともなると、まともにダメージを与えることができるのは打撃だけで、土、鋼、氷属性は多少打撃属性入っているので次点、風属性魔術は打撃と併用すれば多少の効果アリ、他の攻撃手段はよほど馬鹿げた威力を持たない限り牽制や妨害にしかならない。
ユリアは風属性魔法を持っていないので攻撃役に回ることはできず、短刀二刀流と弓、そして水・氷属性魔術が攻撃手段のイナバもユリアと同様。リルは風属性魔法を保有しているが、あくまで近接戦闘の補助として魔術を使用しているため、メインの攻撃手段とするには練度も魔力も足りていない。
え?連携が一番苦手なのはボクなんだから参加しろって?
いやぁ、やる気がないわけじゃないんだけど············ボクの今のステータスだと、このレベル帯じゃ練習にならないんだよ。効きにくいはずの火属性魔法や雷属性魔法の『魔弾』ですら八割消し飛ぶというね。物理攻撃をしようものなら強化無しでもワンパンである。
現状ではボクとユリア達のレベル差がありすぎて練習の意味がないので、しばらく連携訓練はおあずけだ。
「GU、GUGOGO······」
ドズン······という音と共に力尽きたゴーレムの体が崩れ落ちる。
うん、ロックゴーレムはもちろんアイアンゴーレムも相手にならないね。もう少し進んでスチールゴーレム、マナアイアンゴーレムにマナスチールゴーレムでも······ん?
あの光沢、あの魔力······もしやミスリルゴーレム!?低階層では滅多に出現しないと言われている、全身がミスリルで構成されている通称「歩く金貨の山」!
よっしゃアイツだけは全力で狩る。
「素材!」
インベントリから最近のサブウェポンである「可変式多機能ハンマー」を取り出して【変形】を発動、ウォーハンマーのような長柄の形態に変形させつつ【属性出力機構】で風と闇の【混成魔法】、『黒翠凶風』をウォーハンマーに纏わせる。
「置いてけ!」
『魔纏:真紅雷霆』で大幅に強化されたAGIでミスリルゴーレムに急接近し、その勢いのまま同じく大幅に強化されたSTRでウォーハンマーを叩きつけると、ズガガガァッ、とミスリルゴーレムのHPが一瞬で消し飛び、その体は粉々に砕け散る。ちなみに今も解体設定はマニュアルである。ゴーレム系統の魔物はその体全てが鉱石であり、そのままだと純度が低いので精錬する必要があるものの、精錬の結果入手できる金属の量はオート解体時のドロップ量よりもそこそこ多いのだ。
【身体操作】で回収したミスリルの破片をインベントリに放り込み、軽い足取りで四人の元へと戻る。
「ミスリルは市場で買うと高いから、こうして入手できてよかったよ」
「練習で遠慮なく消費してるじゃない。てっきり安いものだと思ってたわ」
「練習の分はイスファ達が出してくれてるからねー」
生産系プレイヤーの掲示板を覗いてみたところ、どの生産スキルも二次の保有者がどんどん増えてきているのだが、国によって素材の採取量に制限がかけられたためプレイヤー間の素材の流通はあまり変化しておらず、【鍛冶】系統なら鉄鉱石、【木工】系統ならそこらの森に自生する一般的な木材、【調合】系統なら普通の薬草と未だ初級素材がほとんどなのだとか。唯一【鍛冶】系統だけはヴォロベルク開放によって少しはマシになったが、それでも現状での生産スキルのレベリングはどう足掻いても非効率なものになってしまうらしい。
ボクのように現地人の支援を受けているプレイヤーが全くいないことはないのだろうが、まぁ特殊な例だろうね。
「ところで、まだ進む?四人とも余裕があるみたいだし、どこまで行けるか試すのもアリじゃないかな」
四人とも少し考えこみ、最初に口を開いたのはユリア。
「······私はスノウの案に賛成ね。ゴーレム系なら余程大量に湧かない限りは逃げることが可能でしょうし、相性の悪い相手でもどれだけ戦えるかは一度は試すべきだと思うわ」
ユリアは賛成。撤退も視野に入れつつの判断。
「私も賛成なの。修行ばっかりで魔物とはご無沙汰だから、今の自分の実力を知りたいの」
リルも賛成に一票。ユリアより好戦的な理由だね。
「···反対。これ以上大変なのは嫌」
ヴァルナは反対と。ボクを除くと唯一の打撃持ちなので、このダンジョン内での戦闘時の負担は比べ物にならないほど大きい。嫌がる気持ちも理解できる。
「私も反対なのです。実力を試す機会はここ以外にもあるのですし、負担が一人に集中するこのダンジョンをわざわざ選ぶ理由はないと思うのですよ」
イナバも反対。······ありゃ、2対2。
「おかーさんはどっちなの?」
「···信じてる」
「おかーさんが決めてほしいのですよ」
「ノーコメントってのは無しよ?」
えぇ······。これどちらの味方をしてももう片方に恨まれるパターンではー?事の発端はボクだけども。
まぁ、ボクは反対かな。一番負担の大きいヴァルナが嫌がってるから、無理強いはしたくないんだよね。
「提案したのはボクだけど、どちらかと言えば反対の立場でね······。あ、リルとユリアはイナバとヴァルナに何か交換条件を持ちかけてみればいいんじゃないかな」
「私に交換条件は不要なのです。ヴァルナが納得したら私も賛成でいいのですよ」
そうかなーとは思ってたけど、やっぱりイナバはヴァルナのために反対してたのね。今日の晩御飯のイナバの分は野菜を多めにしてあげよう。
「···おやつ寄越せ」
これ以上なく分かりやすい交換条件。あとはどちらがどれだけ譲歩するか。
「今日の私のおやつをあげるの!」
「···話にならない。一週間」
「冗談じゃないの!二日!」
「···おかーさんも反対の立場だから、このままなら撤退に決まる。私たちが有利だから譲歩する必要すらない。一週間」
お?一週間で押し通せるか?
「うー······三日!」
「···一週間」
ヴァルナが無慈悲で笑う。
·········あ、リルが涙目になってきた。可哀想だし助け舟を出すとしよう。
「じゃあこうしよっか。ダンジョンには行くけど今日から五日間のおやつはヴァルナのリクエストで決めて、ヴァルナのおやつの量はいつもの二倍でイナバは二割増し。リルのおやつの量は二人が決めるってことで」
「···それでいい。あと、私のおやつが倍になるならリルの量はいつものままで構わない」
「私もそれでいいのですよ。おやつ目当てで反対したわけじゃないのです」
「二人とも······」
てぇてぇ。
「平和に終わったわねぇ」
「ユリアは五日間、三人からおやつ分けてもらうの禁止ね?」
「なんでよ!?」
「『私は欠片を分けてもらえるからどっちの立場でもいいわね!』って交渉の時に我関せずだったじゃん」
利益だけ享受するのは許しません。
「え?声に出てたかしら?」
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ、ってね」
現実の言葉であるため、ユリアは少し首を傾げていたが、十秒もせず結論に到達したらしく、大きく目を見開いている。
「アンタまさか······!」
「いつまでもボクが読心できないと思っていたのなら間違いだよ?」
ドヤってはみるものの、実はそこまで使い勝手はよくないのだ。ユリアのようになんらかの形で魔力的な繋がりがあるか、もしくは物理的に接触している相手にしか発動せず、前者はともかく後者のような状況ではかなりの格下でないと完璧に対象の思考を読み取ることはできない。
まぁその技術を習得する過程で相手の読心を防ぐ術も会得したのでヨシ!
「とりあえず四人だけでどこまで行けるか試してみて、その後はボク一人でどこまで行けるかも確かめておこうか」
「「「「一人で!?」」」」
そういや言ってなかったっけ。
レベルは100を超えて種族は第五階位まで到達、多くのスキルが成長し、新たに習得したスキルも存在する。
「もうプレイヤー最強でしょ」なんて自惚れはしないが、ボクはかなり強くなった。権能・異能を抜きにして今のボクがどれだけ戦えるのか把握しておきたいんだよね。
~数時間後~
「あ゛ー··················疲れた」
『こいつを一人で倒して疲れたで済むのがおかしいのよ······?』
『私たちだとそもそも攻撃が通らないの』
『···絶対一人で挑む相手じゃない』
「素材大量でホクホクです」
今倒したのが【ギガント・ダマスカスゴーレム】だからダマスカスザクザクなんですわ!······ゴーレムのくせに打撃耐性持ちでしんどかったけど!
『おかーさん強すぎなのです』
「高いレベルとステータス、レアなスキルでゴリ押してるだけだよ」
同レベル帯のプレイヤーと対人戦したらどうなるだろうね?
ボクのスキルって一部を除いて出が速いからどうにかして奇襲できれば有利かなー?あと物理的にも魔術的にも紙防御だから近距離真正面スタートだったら全力で距離を取って、ひたすら逃げ回りながら魔術でチクチク。
「······それにしても途中で撤退は悔しいな。知り合い集めてリベンジするのもアリかも」
<黄竜坑道>は一般的なダンジョンのように明確に階層があるわけではないが、ある程度進む毎に大部屋があり、そこには道中の敵とは一線を画す強敵が出現し、そいつを討伐しなければ先には進めないという他のダンジョンと似た点もある。また、<黄竜坑道>に出現するボス的存在は現時点では全てギガントゴーレム系統だった。
ユリア達がそれまでの道中を踏破し、討伐したのは【ギガント・ロックゴーレム】、【ギガント・アイアンゴーレム】、【ギガント・スチールゴーレム】の三体である。【ギガント・スチールゴーレム】を討伐した後に「次のボスは厳しい」と判断しボクと交代して依り代に戻り、それ以降はボクがソロで攻略して【ギガント・マナアイアンゴーレム】と【ギガント・マナスチールゴーレム】、【ギガント・ミスリルゴーレム】、【ギガント・ダマスカスゴーレム】を撃破し、現在に至るというわけだ。
この世界で自然界に存在する金属において、ダマスカスより上位のものは数少ない。魔力伝導性と柔軟さが売りのヒヒイロカネ、物理魔法の両方に高い耐性を持ち「最硬」とも称されるアダマンタイト、ヒヒイロカネの魔力伝導性とアダマンタイトの硬度をその二つには及ばないながらも併せ持つオリハルコン、この三つだ。
おそらくこの先の大部屋では【ギガント・ヒヒイロカネゴーレム】に【ギガント・アダマンタイトゴーレム】、【ギガント・オリハルコンゴーレム】が出現すると思われるので、いつか武具を作るためにそれらの上級金属は確保したい。が、今の【ギガント・ダマスカスゴーレム】戦は二時間以上かかったうえHPも危険域まで削られた。
これ以上はソロじゃ無理だわー。
『止めはしないけど、あれ以上のゴーレムを相手取れるほどの実力者って知り合いが少ないスノウに心当たりあるの?』
ボクを何だと思ってるのさ。まずは父さんとその支援役の母さんでしょ。············おやー?
相性の問題で斬撃、突撃属性の武器を扱うプレイヤーを除外するとほぼいなくなるな。というか、父さん母さんと柊和姉たちのパーティーメンバーしかフレンドいなかったわ。
「······いない」
とりあえず父さんにフレンドメッセージ送っとこ。確か明日は父さんがオフのはずだし。「明日の朝から<黄竜坑道>で行けるところまで行ってみない?打撃持ちの人連れてきてくれるとありがたい!」で送信っと。
······おっ、もう返信きた。「了解。明日の朝九時〈黄竜坑道〉前に集合でー」っと、よし。
『おかーさん、友達いないの?』
やめろリル、その言葉はボクに効く。真実だからこそ深く刺さるんだ。
『···しー。おかーさんが傷ついちゃうから言っちゃダメ』
おっとヴァルナ。それはフォローに見せかけた追い打ちだよ?
『こういう時は何も言わないのが優しさなのですよ』
ここには味方がいないのかな!?
「······素材も回収したし帰ろっか」
大部屋でボスを倒した時のみ使用可能な帰還用の魔法陣を起動。ダンジョンの入口付近に転移する魔術が発動する。
この手の帰還用ギミックは大抵のダンジョンにあるのだが、逆に入口から大部屋方向の転移ギミックは確認されてないらしい。大規模ダンジョンの攻略ではダンジョン内での宿泊が前提なのだ。
ちなみにダンジョン内での空間魔法の行使は難しく、視界内の短距離転移が精々だ。ダンジョン内の空間は何やら異質な魔力が充満していてこちらの干渉を受けづらいのが原因である。
「······っと」
転移事故によって深層に送られる、なんてラノベじみたことは起きず無事に転移が完了する。アルフから聞いた話ではこの転移ギミックを始めて発動させた冒険者は症状の差はあれどほとんどが転移酔いに陥るそうなのだが、ボクはこれが初めてではないので酔わず、なんなら初めてでも酔うことはなかった。おそらく、自前で空間転移が可能なので慣れていたのだろう。
ギルドで依頼を受けたりもしていないので、そのままダンジョンを出てイスファとミネルヴァの工房に向かう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こんにちはー」
「よう、姫さん。あの坊ちゃんは今日は来ないそうだ」
工房に入ったボクを迎えたのはイスファの弟子の一人のグスタフさん。知り合った当初はボクが竜人ということもあって少しギクシャクしていたが、長命種の竜人に対する認識である「傲岸不遜」にボクが全く当てはまらないという事実が判明して以降は割とあっさり打ち解けた。
ボク的には嫌な感じの視線を全く向けないというのも高評価。若いからと見下すような視線も、まとわりつくような気持ち悪い視線も感じない。また、男性と話す際、チラチラと胸に視線が行ってしまうくらいなら許すが、中には下卑た感情を隠す気なくガン見する人もいる。グスタフさんは珍しく、胸に視線が全く向かないのだ。イスファの弟子は他にも何人かいるが、現地人の弟子で一番話す機会が多いのはグスタフさんである。
「ありがとう、グスタフさん。······ところでその呼び名はなんとかならない?」
「ならないな!俺みたいな強面にも隔てなく接してくれる美人なんざ、物語に出るお姫様でもそういねぇよ」
確かにグスタフさんはドワーフの中でもかなり強面だけど······口調や性格に乱暴さがあるわけでもなく、話してみれば陽気な人だとすぐに分かる。むしろグスタフさんが周りの人から怖がられているというのが今でも信じられない。
「喋らずにその人を決めつけるなんてどうかと思うんだけどねぇ」
「姫さんが怖いもの知らず過ぎるんじゃないか?」
「そうかな?」
ボクだって怖いもの色々あるよ?
「あ、つい話しちゃった。邪魔してごめんね」
「気にすんな。今は喋りながらでも失敗しない単純作業だったし、姫さんみたいな美人との話は気分転換に最適だ」
「あら、お上手」
これ以上グスタフさんの作業の邪魔しない内にと工房の奥にある部屋へと入り、本を読んでいたミネルヴァに声をかける。
「ただいま、ミネルヴァ」
「スノウちゃん。予定より早いお帰りですね」
「明日父さんたちと〈黄竜坑道〉のどれだけ奥まで行けるか挑むことになってね。転職水晶で今就くことができる職を確認したいんだ」
「どうぞー」
最後に職変えたのいつだっけ············?
王都で最初に就いた時がひと月半で······それ以降変えてないな確か。
「ありがとね。んー············」
本棚の上に置いてあった転職水晶を手に取って魔力を流すと、目の前に半透明のウィンドウが現れ現在就くことのできる職がズラーっと表示される。
「どうです?」
「多すぎて見づらい」
前回もそこそこ多かったのだが、前回からスキルレベルが全体的かつ大幅に上昇したため職の数が前にも増してえげつないことになっている。
······ちょっと転職するの面倒になってきたな。
「スノウちゃん、色々手を出してますからね」
「絞り込みとかできたらいいんだけどねー」
「じゃあその機能付けましょうか。スノウちゃんはどんな風に絞り込みたいですか?」
「······え?これもしかしてミネルヴァが作ってたの?」
製作者でもないとそんな気軽に機能の追加やら修正やらできなくない?
「世界各地に存在する分は他の人が作ったものですが、それらの元である原型、つまりこれの製作には私も携わってます。『職業としての能力を付与する』機能だけは職業神の手を借りましたけどね。就くことのできる職業の一覧を映し出す辺りは私の担当だったので、少し投影部分に機能を増やすくらいなら簡単ですよ」
「ほえー······。ちなみにこれが作られた経緯を聞いてもいい?」
「構いませんよ、隠していませんから。では話の合間に機能を追加しますので、絞り込みの方法について希望をください」
「じゃあ、戦士系統、魔術師系統、職人系統ってな感じに系統で絞り込めるようにしてほしいな」
「分かりました」
ミネルヴァ曰く、
数百年前から職業というシステム自体は存在していて、確立した自我と思考を持つ人型範疇生物なら職業に就くことができたそうなのだが、職業に就くには職業神の神殿に赴いて祈りを捧げる必要があり、そうしてその人物に適した職業が与えられる。現代では条件を満たさなければ職業に就くことはできないが、昔はその人物の才能によっては最初から上位職に就くことも不可能ではなかった。
しかし、ある理由により職業に就く人の数は非常に少なかった。
それは金銭的なものである。
神殿をいくつも建てるのは費用がかさむため、よほど国土が広い国家でない限りは基本的に二つ目以降の神殿が建てられることはなく、そのほとんどが国家の首都に集中していた。
加えて、職業という力に目を付けた人々が大した信心を持たないにも関わらず職神教に入信して神官となり、「職業を得るに相応しい人物を見極める」などと心にもないことを建前に職業に就こうとする人物に金銭を要求するようになってしまった。当時はどの神の神殿でも内部における神官の権力は強く、人一人を神殿から追い出すくらいなら造作もなかったほどだ。神殿内で神官に真っ向から反抗できるのは王族や公爵家のような高位貴族だけであった。
その権力の強さに反して神官になる敷居は非常に低い。神殿に所属する人物に神官になりたいとの旨を伝えれば、犯罪を起こした記録がない国民ならその日の内には神官になれてしまう。信心ある者全てを受け入れるというスタンスであった神殿の広い懐が仇となったのだ。
そのせいで辺境に住む人々にとっては職業に就くことのハードルが不条理なまでに高くなってしまい、きちんとした訓練を受ければ歴史に残っていたはずの剣士が、十分な教育を受けていれば世界に名を轟かせたはずの魔術師が自身の才能に気付くことなく人生を終えた。
剣神をはじめとした武神や鍛冶神や薬神などの技芸神、他にも火神に風神など数多の神は、自身が目を付け、寵愛を授けた者が自身の幸福しか眼中にない欲深い下種共に虐げられ、理不尽な目に合うことを良しとしなかった。
職業神の神官とは名ばかりのならず者たちが幅を利かせて数十年ほど経過がしたある日のこと。心から職業神を信仰し、ならず者たちの目をかいくぐって人々が職業に就く手引きをしたりしていた一部のまともな神官を除き、職業神の神官に神罰が下り、ただ一人の例外もなくならず者たちは死に絶えた。
そして二度とこのようなことが起こらぬようにと、職業に就く方法を簡略化しようと神たちは動き出した。
とは言っても、天界に存在する神が直接的に現世に干渉するには限界がある。そういう場合に協力を要請されるのが現世に対する制約が無い神、現世で人として生を受け、技巧の研鑽や信仰の獲得などいくつかの方法によって自力で神へと至った者であった。
そこで協力を要請されたのが技芸神系統の神格を獲得していたイスファとミネルヴァ。職業に就くことができる魔道具を開発し、それを量産して世界各地に設置することで一部の勢力による独占を防ごうという目論見である。人々に職業とその力を与えることは職業神にしかできないため、イスファは現世に存在する素材で神の力に耐えうる器の製作を、ミネルヴァは器に込められた神の力の方向性を定め、一般人でも使用できるレベルまで魔力消費量と使用時の魔力操作の難易度を落とし込むことを求められた。
そうして職業に就くための魔道具が完成し、天界で暇を持て余していた技芸神たちがそれを大量に複製し、世界各地に存在していたそれぞれの信者たちに神の祝福と称して渡すことができた。
とのこと。
「大体こんなところですね」
······ふむ。ふむ?
今の話を聞いて気になる点が二つ浮かんだが、まずは一つ目。
「ボクが神のルールを理解できていないだけなのかもしれないけどさ、そんなホイホイと神の製作物を渡しちゃって大丈夫なの?直接的な干渉には該当しない?」
「神が自分のお気に入りの生物に何かしらの道具を授けることは禁止されていませんし珍しくもないんですが、その性能や個数は過剰にならないように、と暗黙の了解があります。度が過ぎれば決まり事にうるさい裁定神や審判神に説教されます······が、その時だけは裁定神たちも口出ししないどころかゴーサイン出してましたね。ならず者たちに下した一斉神罰がよほど大変だったみたいでやつれてました」
「うわぁ············」
神が自身の得意分野で疲れてるとか相当だよ。
「はい、修正完了しましたよ」
「ありがとー」
うん、だいぶ見やすくなってる。明日ダンジョンに挑むから生産職は避けるとして、スキルのラインナップと使用頻度から察するに戦士職より魔術師職の方が選択肢多いはず。
「······何これ」
〈黄竜坑道〉の奥の方に出現するモンスターが相手では風属性でもろくにダメージが出ないからと『魔纏』でよく使う属性のいずれかの中位職か上位職を選ぼうとしたボクの目に留まったのは、《混沌魔術師》という色々と不明な点がある職業。基本的に魔術師職は《○○魔術師》という職業で○○の部分には属性が入るのだが、混沌はどう考えても属性ではない。
ボクの種族が何か悪さしたんじゃあるまいな?
「珍しいのありました?」
「ミネルヴァはこの職業知ってるー?」
「どれどれ······何でしょうこれ」
マジか。
数百年生きてるはずのミネルヴァが知らない職業って気になるな。
「とりあえず就いてみるか」
ジョブスキルと奥義チェックして、戦闘スタイルに合わなさそうだったら別の職業にするけど合いそうだったらそのままで。
《混沌魔術師》に転職して、ステータス画面から確認っと。
《混沌魔術師》
・ジョブスキル
【混沌強化】
:パッシブスキル
:〈複合魔法〉および【混成魔法】の威力、範囲の強化
【混沌補助】
:パッシブスキル
:〈複合魔法〉および【混成魔法】の構築、制御の補助
・奥義
【混然一体】
:パッシブスキル
:魔力を使用するスキルの一部の使用制限の緩和
全部パッシブなのは少しびっくり。父さんからは「ジョブスキルはアクティブパッシブまちまちだが、奥義はアクティブスキルが多いっぽいな。現に俺が条件を満たしている戦士系統の三つも、知り合いが就いている魔術師系統のも奥義はアクティブスキルだし」と聞いていたから奥義はアクティブスキルだというイメージが強かった。
それにしても、【混然一体】の効果が分かりにくい。使用制限ねぇ······。心当たりは二つあるけど、確かめるなら肉体を魔力体に換装できるあの結界の中でやりたいかな。片方は制御ミスったら自傷で死にかねない。
「難しい顔してどうしました?」
「この職業の奥義を検証したいんだけど、迂闊に実行したら自滅しそうなんだよね······。あと、今日はこれから【調合】の修行があるから検証する時間ないし、明日の〈黄竜坑道〉は奥義無しで攻略しようかな」
「別に今日ぐらいは修行を休んでもいいんですよ?むしろ私としても、その職業が気になりますし、修練場で結界使って検証しましょう」
「そう?じゃあそうしようか······あ。その前にもう一つ」
ミネルヴァの話を聞いて浮かんだ疑問のもう一つを消化しておきたい。
「なんでしょう」
「人型範疇生物ってどこまで含まれるのかなーって。もしかしてユリアや【人化】状態のリル達も?」
ユリアたち精霊は人族や獣人、エルフ、ドワーフ、魔人と比べてはるかに小さい体躯だが、人型ではある。また、【人化】発動中のリル達はどこからどう見ても人族だ。
「······言われてみれば、試した覚えがないですね」
試したところ、四人とも人型範疇生物に含まれることが判明。それぞれ《支援魔術師》、《疾風剣士》、《銑鉄盾士》、《氷結刀士》に就いた。
そしてその後、屋敷の修練場で【混然一体】を検証。心当たりが両方とも見事に正解だったのだが、片方は対策の取れてない現状で使うとHPも装備の耐久値も削れる自爆技。効果は非常に有用なので大抵の敵は倒せるだろうが、おそらく自分も死ぬ、という結論に至ったのだった。もう片方は普段の戦闘でも使えるものだったので嬉しい。
他にも【混然一体】が効果を発揮しているところがあるのだろうが、現時点では心当たりはこれらだけなので検証は終了。
新技を安全に使える日は遠い。
もしかしたらこの先、文字数少なくして投稿頻度増やすこともあるかもしれませんが、文字数も投稿頻度も現状のままかもしれません。なんならどっちも試す可能性あり。
つまり全くの未定なので、今まで通り気長に待っててもらえたらと。




