第七十三話 大氾濫のその後
九月の途中からバイトを始めたんですけど······バイトって大変なんですねぇ。まぁ、高校から運動を授業と通学以外で全くしていない私が貧弱なだけでしょう。
あ、全く関係ないですけど今月の14日にデアクラリリース予定ですね!本編とアンコールはもちろん、バレットもマテリアルも読むくらいにはデート・ア・ライブ好きなので嬉しいです!楽しみ!
大氾濫を終えて数日。現在のボクが何をしているのかと言うと、狩りでも修行でもなく············八百屋の店員であった。半面で種族と色彩を、自前の変声術で声色を変えつつ。ついでに名前も変えて。
八百屋の店主はメルミルさんという狼獣人の女性。《遍在邸宅》の内部にある空間で農業を営んでおり、収穫した野菜や果物をこの店で販売している。日々の食事に使われる食材の半分ほどはこの人が育てたものだ。
また、狼獣人としては珍しく温和な性格で、身を守るためとあらば戦うが自分から力を誇示することはない。むしろ趣味は読書とのこと。
現状に話を戻そう。
ボクは二週間ほど前からこの店で働いているので、顔見知りのお客さんも増えてきている。······お客さんたちが半面で目元隠した店員に警戒心ゼロってどうなのかね。初日もおばちゃんたち普通に話しかけてきたし。
ちなみに今対応しているのはこの八百屋の近所に住むサレンさんである。Cランク冒険者の旦那さんと二人の息子との四人家族だ。
「いらっしゃいませ」
「あら、クロコちゃんじゃない。おすすめはあるかしら?」
「今朝取れたセイガンがありますよ。大ぶりなので一玉丸ごとだと5000ゴルドですが、言ってくれれば切りますよ」
「四分の一でお願い。あと、子供におやつ代わりにあげられるような野菜も欲しいのだけど」
「それならコガンかトメトですね。トメトの方が甘いと思いますがトメトは一個100ゴルド、コガンは一本60ゴルドです」
「じゃあ、コガンを四本で」
「合計1490ゴルドですね」
「はい、1500ゴルド。わざわざカットしてもらってるんだからお釣りはいらないわ」
「ありがとうございます」
「ようクロコちゃん。うちの息子はクロコちゃんのお眼鏡にはまだ適わないかい?」
今声をかけてきた男性はギルバートさん。子爵家の当主なのに高い頻度でこの八百屋を訪れ、その度にボクや店主に「息子の嫁にならないか」と勧めてくる割としつこいおじさんだ。ずっと断っているのになぜ諦めないのか。
というか、今のボクは半面で目元が隠れてるんだよね。一度もボクの素顔を見ていないのに息子の嫁にしようとする理由が見当もつかない。
「良い人だとは思いますよ。数年も経たない内に結婚できるんじゃないでしょうか」
「その相手がクロコちゃんだといいんだがなぁ」
「貴族の男性なら他家の嫁を娶るか他家に婿入りするかが基本でしょう。素顔を隠した、どこの狐の骨とも知れない獣人を選ぶ意味が分かりませんよ。······何も買わないなら帰ってもらって結構ですが」
「おっと、手持ち無沙汰で帰ると家の者に怒られてしまう。ではその列の野菜と果物を全て五箱ずつ。後で家の者が代金の支払いと受け取りに来るからまとめておいてくれ」
このように、普通の貴族なら怒ってしかるべき態度でも笑顔で流す、というか雑な扱いを好んでいる節があったりする。
ぶっちゃけてしまうと変わり者。
「ふぅ······疲れましたね」
「······ですね」
そうして対応することしばらく。時刻は正午を過ぎ、昼飯時ということもあってか客足が途絶える。なお、この店は基本的に一人もしくは二人で回しているため、客が来ない時間帯しか休憩がない。割とブラックである。
まぁ、この店の常連さんはそこら辺の事情を知っているから気を使って昼飯時は店を訪れないようにしてくれているらしい。なので、一日中働きっぱなしということにはならない。
「そういえばクロコさん。午後からパーティがありませんでしたっけ」
「う、思い出させないでください······」
数日前に起きた大氾濫に対する戦勝会のことである。専門機関の予想から大幅に外れたタイミングで起きたにも関わらず、怪我人は出ても死人が出なかったのは素晴らしいと、国の主催でパーティを開催することになったのだ。冒険者だけでなく貴族も参加し、貴族が気になる冒険者を囲い込むこともあれば、冒険者が貴族に自らを売り込んで雇ってもらうこともある。
パーティには現地人異界人問わず活躍した人物が招待され、ボクも招待された一人である。
行くか行かないかは個人の自由。······のはずだった。
「公爵家の家紋が記された招待状を貰っているんですし、行かないわけにはいきませんよ?」
「ですよねぇ」
普通の招待状と違い、ボク宛ての紹介状には公爵家の家紋が二種類も記されている。スルト家とルサールカ家、············つまりはボクとヘレナが戦った騎士さんと魔術師さんの家である。
割と追い詰めたし、恨まれていても不思議ではない。
「······怒られるんですかね」
「え、何したんですかクロコさん」
怒られるにしても、ヘリオス達を逃がした功績と相殺してほしいんだけど。
「ス······クロコー、色々準備があるから戻ってきてだってー」
「············はぁ。もうそんな時間ですか」
準備というのは、ドレスのことだ。貴族が参加するためか、冒険者が主役ではあるのだがドレスコードが一応ある。とはいっても、礼装を着るのは貴族と一部の高ランク冒険者のみ。ほとんどの冒険者は礼装なんて持ってないので、いつもクエストに行くときの服装でok。つまり冒険者はいつもの装備と礼装どちらでも可。
ただし、ボクや父さんの場合は何も言わなくてもアルマさんが用意する。
アルマさんお手製のドレスは目立ちそうだなぁ。この半面着けたままで行っちゃダメかな?ダメだろうなぁ。
······って何その視線。
「何か言いたいことでも?」
「その半面のことはアタシも知ってるのに別人に見えるなーって。というか声も変わってるよね?」
「確かに、私もその半面を装着する所を目撃していたにも関わらず、油断すると別人に思えてしまいますね」
それは嬉しいね。特技を聞かれたら必ず答えるくらいには変装、変声、演技には自信あるから。ちなみにこれらを習得した理由としては、ボクの趣味が高じた結果だったりする。
確か······二、三年前かな。それよりもかなり前からボクはオタクであり、コ〇ケの存在を知っていて、ずっと行きたいと思っていたのだ。同人誌やコスプレに興味あったし。
で、どうせコスプレするなら推しキャラの恰好がいいなーと思って、某人理を守る系スマホゲームの「えっちゃん」と呼ばれるキャラのコスプレを行うことに決めた。············のだが、その話をどこかから聞きつけた、ボクや母さんが所属する事務所のスタッフ達が「やるならとことんやろうぜ」などと悪ノリしたのだ。
「昔は私もコスプレしてたなー」と懐かしんだり「推しが三次元で動く姿が見れるー!」とはしゃいだりする衣装担当の人たちをはじめ、「雪ちゃん素肌がツヤツヤだからメイクのノリむっちゃいい」と褒めてくれるメイクさんに「銀髪とか白髪はそうそう弄らないから楽しいわ」とウキウキでウィッグの製作を進めるヘアメイクさん、果ては「面白そう」と社長すら参加して··················ウチの事務所、暇人多くない?手伝ってくれたのは嬉しいんだけどさ。
理由はともあれここまで手助けしてもらったんだからボクも本気で応えようと、演技のプロである母さんに女性の仕草や立ち振る舞いについて教えを乞い、ありとあらゆる女性眼鏡キャラを寸分の狂いなく記憶する眼鏡っ娘好きのオタク友達に付き合ってもらって声と口調の真似を追求した。スタッフ達の力を結集させた超高クオリティの衣装に見劣りしないように。
その結果、コ〇ケ初参加で、多数のカメコやカメこに囲まれて数十分写真撮影によって身動きが取れなくなる事態を不本意にも引き起こしてしまった。
人混みが不安だからって、元々行く予定だったとはいえ「黒騎士くん」の恰好で同行してもらった誠さんには悪いことしちゃったよ。
とまぁ、少し困った事態にはなったのだが、ある収穫もあった。
人前で目立つのが苦手だったはずのボクが、かなりの注目を浴びていたのにさほど苦に思わなかったのだ。すぐ近くに誠さんがいたのもその一因ではあったのだろうが、初対面の相手に囲まれてもパニックにならず落ち着いて対応することができて自分でも驚いた覚えがある。
誠さんの推測では「星宮雪としてではなく、そのキャラクターとして振る舞っていたからじゃないか」とのこと。言われてみれば、あの時は自分が自分じゃないみたいな感覚だったような。
前置きは長かったが、つまりはコスプレが特技習得の理由である。きっかけとなった一件では化粧はメイクさん任せだったが、いつまでも頼るのは申し訳ないので自分でできるように練習したのだ。
「服だけ変えても声がそのままだったら変装の意味がないじゃないですか」
「そもそも変装の必要ある?」
「必須とまではいきませんが、無いと少し面倒なんです。夏期講習の試験以降、いくつものパーティやクランから勧誘が来るようになってですね。変装でもしないとのんびり街を歩けないんですよ」
「「あぁー······」」
「戦闘力はあるし目の保養になるし、勧誘しない理由がないよね」
「武術、魔術、生産の三つ全てを鍛えている人なんてほとんどいませんから」
「それはメルミルさんもじゃないですか?」
少し前にこの人と模擬戦したんだけど、弓と魔術でボコボコにされたんだよね。後からAランク冒険者と聞いて納得。
武器種が違うとはいえ、ほぼボクの上位互換よ。
「私は冒険者としての活動をしなくなってから農業を始めましたので。クロコさんのように全て並行して鍛えるなんてことはとても」
「効率の面で言うならメルミルさんの方法が正しいですよ。私は欲張りなだけです」
「ぶっちゃけ、全く違う三つのジャンルに手を出すとか二人とも物好きだよねー」
「「··················」」
それはそう。
ポン
ん?フレンド数が10人にも届かないボクにフレンドメッセージとは珍しい。誰だ······父さんか。
アイリス「リオンがそっち行ってるはずだろ。早よ来い」
スノウ「はいはーい」
父さんからも急かされたので、さっさとアルマさんの所に向かおうか。
「急かされてしまったので、怒られない内に私は行きますね」
「貴族の対応はめんどくさいですが、頑張ってきてください」
「いってらー」
◇◆◇◆◇◆◇
「············デザイン丸投げするんじゃなかった························」
「『丈は長く』とか『露出は少なく』とか、デザインに口は出さずとも方向性は指定した方がいいんだよなぁ」
「そのアドバイス遅いんだわ」
「HAHAHA」
「なにわろてんねん」
「アンタたち余裕あるわね······」
「「そうかなー?」」
「······余裕綽々じゃない」
今ボク達がいるのは王都の中央にある王城。絶賛パーティ中である。
貴族のお抱えという立場に興味は全くないので、不自然にならない程度に人だかりから離れ、飲み物や料理を堪能している最中だ。
とは言っても、ボク達が人だかりが離れているというよりは、人だかりがボク達から離れた所にできていると表現した方が正しいのだが。視線がかなり鬱陶しい。
「このステーキ旨いな。焼き加減もだが、ソースが特に俺好みだ」
「こういう甘辛系の味付け好きだもんねぇ」
「よくアルマ様手製のドレスで躊躇いなくいけるわね。汚れるのが怖くないの?」
「アルマ製の服ってデフォで汚れ防止のエンチャント付いてるからな。気を付けるだけ無駄だ」
「父さんの言う通り。アルマさんの服は傷も汚れも全然付かないんだから、気にせず動いていいんだよ」
「汚れが付かないと言われたからって、すぐには順応できないわよ············今なんて?」
「え?」
ロネがミニ丈のドレスを着た父さんを指さして、
「············父さん?」
んんー······?あ、ロネに父さんの紹介はしてたけど、ボクとの関係は言ってなかったな。
ロネの反応に気付いた父さんが非常にいい笑顔で一言。
「あいあむふぁーざー」
「はぁ!?」
しれっと英語通じるのね。
「えぇ!?ちょ、せめて父親じゃなくて母親でしょ!というかそもそも子供いる歳じゃないでしょ!」
「今年で39だが?」
「どこからどう見ても十代でしょアンタ!」
うん、その気持ちは分かる。
どう高く見積もっても二十歳ぐらいの見た目をしておいて四十手前だからね。初見で父さんの年齢を看破できた人見たことない。
「まぁミニ丈のドレス着てる人が四十近いとか信じられないよねー」
「そこは突いてくれるな。俺だってこのデザイン出てくるとか思わんかったわ」
アルマさん、何も要望出さなかったらその人に一番似合うデザインにするからね。その人の性格を一切考慮せずに。
ボクのドレスだって、デザイン丸投げしてたら確実に胸元が大きく開いたデザインになってただろうからね。ガッツリ要望出して、胸元は少し開きつつも全体的に露出が少ないセパレートドレスに落ち着いたけども。
ちなみにロネはソフトマーメイドドレス。背が高めでスリムな、所謂モデル体型な彼女が着るとよく映える。
「で、結局なんで父親なの?」
「そりゃ父親だから」
「どこからどう見ても女じゃない」
「······どうすんべ」
「······言っちゃう?」
「言っちゃうか」
「ちょっと、何二人で話してるのよ」
「······俺たちが異界人だということはもう知ってるよな?」
「えぇ」
「こっちの世界に来る時に異界でのとは違う肉体を形成するんだが、その時に性別を誤認されてな。本来あるべきものがなくなって、あるはずのないものがあった、という状況になったわけだ」
「!?」
驚いているところに畳みかけるようで申し訳ないけど、ここでボクもカミングアウト。
「ちなみにボクも本来は男。父さんと同じように間違えられちゃったんだ」
「???????」
············これが宇宙猫か。ネットミームとしては知っていたけど、生で見るのは初めてだね。
「··················いやいやいや。性別を誤認って、そんなこと」
お、復活が速い。
「証拠は無いが、わざわざこんな嘘を吐く意味があるか?」
「······それもそうね。でも、にわかには信じ難いわ」
「まぁそうだよな」
「ボク達としても、すぐに信じてもらえるとは思ってないから」
「ところで二人の元の姿ってどんな感じなのよ。性別が変わったってことは、顔つきや体つきもかなり変わったでしょ」
「俺もスノウも顔つきは今とほとんど変わらんが?」
「ボクは色々あって全体的に太っちゃったけどね。特に胸とお尻」
ん?何か怒りを堪えているみたいだけどどした?
「··················二人とも、その顔で男って言い張るのは厳しいんじゃないかしら?」
「「言い張るとは失礼な」」
現実でもこの顔なんですけど?
「どうもウチの家系の男は男らしさってやつと無縁でな。顔つきはすっぴんでも間違われるくらいに女っぽいし、体格は華奢だし、声は高い。おまけに成長期が来てもほとんど変化なし。親戚の医者には『どうなってんだマジで』と言われる始末」
覚さんそんなこと言ってたの?
「確かに成長期を過ぎた男でその容姿ってのは長命種でもそういないわね。精霊みたいな一部の無性種族を除けば、ある程度成長したら性別は普通に判別できるようになるし」
「え、精霊って性別ないの?」
ユリアのこと女の子だと勘違いしてたわ。見た目の割におじさん臭いなー、とは常々思ってたけど。
「見た目や声がどちらかの性別に寄りはするけれど、肉体的には無性なのよね。ユリアにこっそり聞いてみなさい」
「今はおじさんの家でリル達と一緒に留守番中なんだよね。出してあげられないのに、目の前でボク達が料理食べるのは可哀そうだから」
「あの子たち食欲旺盛だものね」
実は、クエストに出かける時以外は基本的に自由行動させてたりする。ボクのレベリングなんて見てても暇だろうし。
最近は【人化】や偽人薬を使用した状態で王都の観光&食べ歩きをしているのだとか。そのことを初めて聞いた時は焦ったが、魔道具でエメロアが見守っているそうなので安心した。
三人で世間話をしながら食事を進めていると、人だかりが割れてそこから見知った人物が姿を現す。
「やぁ、三人ともパーティは楽しんでいるかい?」
「この状況で楽しめると思うか?」
「さすがに視線がねー······」
「もう少し人目に付かない場所なら素直に楽しめるわね」
「ははは······。それだけの品々を身に付けているんだから、目立つのは仕方ないんじゃないかな」
「その服装のままでは無理じゃな」
「ドレスやアクセサリーもだが、元の素材も一級品だからな。目立って当然だ」
「褒め過ぎだよー」
「見苦しくない顔面という自負はあるが、一級品は言い過ぎだろ」
「お世辞じゃない。師匠たちはすごく綺麗」
「そ、そうですよ!私なんかよりもずっとお姫様みたいです······!」
「そう言ってもらえると嬉しいわね」
············おん?向けられる視線が増えたような。
公爵家や王家と関わりあるって思われてる?無いことはないけど、ただの知り合い止まりよ?
「······ギャラリーが露骨に増えたな」
「そりゃ面子が面子だから。あとボク達の服装もね」
アルマさんのドレスに、イスファとミネルヴァのアクセサリー。目立たないわけがない。
増えた人だかりを前にして、少し居心地が悪そうに振る舞うボクと父さんを見たロネが目を丸くする。
「アンタ達でも緊張ってするのね」
「おい、ボク達でもってどういう意味なのか説明してもらおうじゃないか」
そう言うロネはなんで緊張してないのかな!
ボクは画面やカメラ越しならまだしも対面で人に囲まれるのは慣れてないんだよ!
「公爵家や王族相手に物怖じしない奴がただの人混みで緊張するのはどうなんだ······?」
「せっかく来たのだから楽しまないと勿体ない」
ヘリオスが周りの人だかりに目配せをすると、見られた貴族や冒険者たちがそそくさと散っていく。
「おお······貴族っぽい」
「今までの僕は貴族っぽくないって言いたいのかい?」
「貴族って権力でなんやかんやするイメージなんだよね」
「······イメージ通りじゃなくて良かったですね」
「······師匠はどうしてそんな偏見を」
ラノベ読んでると良い貴族も悪い貴族も見るけれど、結局イメージは「権力」という。悪気はないんです。
「あ、今から君に用がある人物が何人か来るから対応してくれないかい?」
「え?」
ボク個人に用がある人?
心当たりは············二人いるなぁ。いや、もしかしたらボクが考えている人物は違うという可能性も······!
「数日振りだな、スノウ殿」
「妹が世話になったと聞いている。礼を言う」
知 っ て た。
「いきなり身構えてどうしたのよ」
つい先日戦った相手と自然体で接するとか無理なんだけど!?しかもその子供も一緒にいるとか気まずすぎて洒落にならないんですが!?
「······身構えさせて申し訳ない。不手際をしたこちらからこんな提案をするのは筋違いだと自覚はしているが、この間のことはもうお互い気にしない、ということでどうだろうか。無論、謝礼はする」
「先日はすまなかった。いずれなんらかの形で詫びはすると約束しよう」
「えー、あー······ボクはそれで構いません」
この前のことを水に流してくれるならボクに否やはない。むしろボコったのに許してくれて、さらにお詫びをしてくれるなんて太っ腹だわ。
ただ······この話をこの場でするのはどうかと思う。ロネを筆頭に「何したんだお前」と言わんばかりの視線がビシビシと突き刺さる。
······黙秘権を行使します。喋らないよ、ボクは。
「············用が何かは気になるが、聞いても答えてくれないだろう?」
「ええ。たとえヘリオス様が相手でも、スノウ殿が話さない限り、私たちが話すことはありません」
それでお願いしまーす。
「死んでも話す気はありませんな」
いや、そこまではしなくても。命の危機でも黙ってろとまでは思ってないから。
「じゃ、ボクは料理のお代わり取ってくる」
「あ、私も行くわ」
いつもと変わらない、ごく自然な様子でボクの隣を歩くロネ。
「······聞かないんだ?」
「わざわざ私たちが見ている所であんなやり取りをした意味が分からないわけないじゃない。············なんとなく見当は付いてるけど」
「あはは······」
あぁ、あの場にいなかった人物の中では一番近い場所にいたのがロネか。騎士さんや魔術師さんがボクの方に向かっているのも見たらしいから、魔力に敏感なロネならその後に大量の魔力が撒き散らされたことにも気付いただろうし··················ボクと二人のやり取りでほとんどバレたんじゃないの、これ。
ロネが瘴気に対する感知技術を持っていないことを祈るばかりだ。もし持っていたらボクの現状に気付く可能性が高い。それだけは避けたい。
「ロネはこれからどうするつもり?しばらく王都にいるの?」
「いや、王都からは出て故郷に戻るつもりよ。前に帰ってから結構経ってるし、そろそろあの子が追いかけてきそうなのよね············」
「相手が誰かは知らないけど、わざわざ追いかけて来るってことはロネのことが心配なんでしょ?」
ロネはそれだけはない、と強く否定する。
「どうせ私の安否確認を建前にして旅行したいだけよ。普段は国を出れないからって機会を虎視眈々と狙っているもの」
······「あの子」ってもしかしなくてもやんごとない身分の人では?
わざと分かるように言ってるよね。
「············なんでこのタイミングでそんなことを」
「たまにはグチりたくなるのだけど、こんな話をできる相手がいないのよ。複数の十二英傑の方と関わりがあるアンタなら王族とのコネ目当てで擦り寄ることもないでしょう?」
「まぁ、そういう目的でロネと仲良くしようとは思わないけどさ。こんな人のいる場所で話してよかったの?」
「パーティに来てわざわざ獣人と竜人の会話に耳をすます貴族なんていないわ。おまけに、ヘリオスのおかげで近くに人がいないもの。あの子が誰かも言ってはいないから、万が一聞かれても大丈夫よ」
「それもそうか」
近くには、貴族はもちろん隠れている人もいないようだし大丈夫かな。
「ところでアンタはどうするの?」
「ボクはヴォロベルクに向かうかな。あの国は鉱石がよく採れるから、鍛冶や付与の修行にはうってつけなんだって」
再現したいアニメの武器が色々あるんだよね。それを行動に移すにはスキルレベルも経験も全然足りないから、九月中はヴォロベルクで過ごすつもりだ。
「じゃあ、しばらく会うことはなさそうね」
「そうだねー」
各々の好みの料理を皿に取り、満足した所でヘリオス達の元へ戻るボクとロネ。
「夏期講習が終わったらここを発つのだろう?その前に一つ、今までの冒険の話をしてくれないかい?」
「ボクはその手のエピソードは持ってないな。ロネに聞いてみて」
「ん-······面白いかどうかは分からないけれど、ドラゴンを討伐した時の話でもしようかしら」
「それは面白そうだ」
「私は師匠にその胸部装甲の秘密を聞かせてもらうことを諦めてはいない」
「妾も」
「アタシもアタシもー」
「だから秘密なんてないんだけど············?」
そうして、最後に大氾濫という異常事態に見舞われたボクの夏期講習は終わりを告げたのである。
ちなみに次回は久々の現実世界編。············マジで何話ぶりだろう。




