第七十二話 大氾濫(後編)
期間が空いた割に文字数は少ないです。ごめんなさいm(__)m
あと、今までの話の「龍」を「竜」に修正しました。二つの違いを知っているのになぜ間違えた私············。
◇◆◇ヘレナside◇◆◇
「さっそく行くわよ!『硬』!」
「ぬぅん!」
ガギィン、とアタシの拳と騎士の大剣がぶつかり合って鈍い音を鳴らす。
······予想通りとはいえ、ここまで弱体化してるのね。二重に強化してようやく互角だなんて、あまりに情けなくて涙が出そうよ。
まぁ、これはこれで利点があるのだけど。手加減なしで殴り合える機会なんて数百年ぶりよ。
「······傷一つ付かんとはな」
「あら、怖気づいた?」
「まさか!昂ってきたところだ!」
「いいわねアンタ。殺しちゃったら下僕にしようかしら」
「妻や子供を残して死ぬのは御免だ!」
何度もぶつかり合う拳と大剣。
動き回ったり罠を仕掛けたりなどはせず、己の肉体とそれを強化するスキルのみを用いて泥臭く戦うアタシと騎士。
これよこれ。魔術がからっきしのアタシからすれば、スノウみたいに魔術メインで戦うのも興味はあるけれど、やっぱり殴り合いがしっくりくるわね。
アタシの目の前にいるのは、手加減しているものの大剣一本でアタシの二つの拳を捌く技量と、一歩も引かずにアタシと打ち合いを続けられる肉体を併せ持っている極上の獲物。スノウに止められていなかったら、確実にどちらかが死ぬまで戦いを続けていた。続けていたかった。
それが叶わないならば、可能な限りの全力をぶつけよう。おそらくこの相手なら、今のアタシがそこそこ本気を出しても死なないはず。
··················万が一死んだら、スノウに気付かれる前に生き返らせときましょう。
「まだついて来れるわよね?」
「上等だ!」
レウスに出会う前のアタシだったら気に入って色々と世話を焼いていたかもしれない、と思うくらいにはアタシの好みに合致しているこの男を配下に加えられないのはかなり惜しい。
今だって、さらに戦いのレベルを引き上げると言っても嫌がるのではなく嬉しそうにする辺り、やはりこいつも戦闘好き。いつか再会した時にもっと楽しめるように、この男には強くなってほしいものね。
「行くわよ」
【竜闘気】。
かつて竜人が人型種族の頂点に君臨していた理由の一端。
【竜魔法】と並んで竜人の代名詞とまで言われた、竜人に比類なき強靭な肉体を与えるスキル。
「······気配が膨れ上がったな。これが古代の竜人が持っていたという力か」
え?これ普通の【竜闘気】よね?
············そういえばスノウの魔術も至って普通のはずだったのに【真・竜魔法】だったわね。アタシが生きていた時代に比べると魔術も闘気も劣化してるのかしら。少し残念だわ。
「怖気づく余裕はあるのかしらね?」
「グゥッ!」
驚きで硬直した騎士に容赦なく拳を叩き込む。
そうして吹き飛ばされた騎士が木に激突すると思われた直前、騎士の身体も武具も炎のように揺らめいて、打ち付けられるはずだった木をすり抜けた。
あー。この騎士、スノウの知り合いの血縁者ね。魂を視ていなかったから気付くの遅れたけど、道理で殺したがらないのね。
「面白い魔術持ってるわねー」
「敵に褒められても、」
「っ」
「なぁっ!」
一瞬で目の前まで接近した騎士に思わず息を吞む。
騎士は、他種族に比べて体格に優れた獣人の中でも大柄な象系統や犀系統に匹敵する巨大な体格を有している。今のような速度で移動できるとは到底思えない············って、なるほど。武具を含めた全身を炎化させているから、重さがないのね。
さらには任意のタイミング、任意の箇所を実体化可能と。あの程度の魔力消費と構築難易度で発動できるとか、マジで血統魔法はズルいわねー。
「あー、びっくりした」
「············容易く受け止めながら言われてもな」
まぁ、驚きはしたけどそれでも対応できない速度じゃないし。生まれて百年も経ってない若造に負ける気はないわよ。
「この程度なら昔はゴロゴロ居たわよ!っと」
「ぬがっ!」
全身を炎化したとしても、魔力か闘気を纏った攻撃ならダメージは入る。空間に干渉できないと物理攻撃も魔法攻撃も通らない相手より格段に戦いやすい。加えて言うなら、今の騎士は精霊や死霊といった非実体系の魔物と似通った性質であるため、神としての役割や管轄する種族の関係上、死霊と関わることが多いアタシはその類の相手とは戦い慣れている。
もっとも、戦い慣れているとはいっても、いつも通り殴って蹴るだけなのよね。
「こんなものかしら。だとしたら宝の持ち腐れね」
「まだまだァ!」
騎士は、斬りかかる直前に大剣とそれを持つ腕だけ実体化させて攻撃の威力を上げ、振り切った直後には炎化して慣性を無理やりなかったことにすることで、人間の身体では本来成しえない高威力かつ高速の斬り返しを可能にしている。非実体系の魔物でもできない芸当だ。
だが。
「まだ未熟ね」
「ぬぐぅ!」
「その場から動かずに、炎だけ動かして回避しなさい!せっかくその魔術があるんだから最大限に活用するのよ!」
「無茶を言う!」
ニヤケ顔でよく言うわ。やる気満々じゃない。
騎士はアタシの助言を素直に聞き入れるだけでなく、それを応用して腕を伸ばしたりなどあっという間に炎化した状態での戦闘技術を向上させていく。
すぐ伸びる奴はアドバイスの甲斐があるわね!
前は弟子や部下の育成なんて面倒くさくて部下に丸投げしてたけど、今度そういう機会があったら数十年くらいならかけてもいいかもしれない。良さそうな奴だけ見繕ってそいつらだけ直接指導するのもアリね。
「いいわよいいわよ!どんどん強くなってるじゃない!」
「そうも容易く捌きながらでは皮肉にしか聞こえんがな!」
お世辞などではない。事実、少しずつ捌くのが難しくなってきている。このペースで数十年も経てば、武術面では手加減をせずとも楽しめる戦いになりそうだ。
え?手加減は失礼じゃないか?
アタシが好きでやってるのよ。力自慢の相手には力で、技巧を重んじる相手には武術の腕で挑む。その方が楽しいじゃない?
ただ、その楽しみは長くは続かないようだ。
『スノウ!少しでいいからこっちにも【憤怒】を頼む!結界をブチ破る!』
その声は、普通ならスノウにしか届かないはずなのだが、スノウと表裏一体にして同一の存在であるアタシにはそれが届いた。
スノウの方はほぼ終わったみたいだし、こっちも終わらせないとね。
「案外楽しめたわね」
「まだ終わっておらんぞ!」
「いいえ、終わりよ」
騎士の炎を魔力放出で強引に吹き散らし、右腕に大量の闘気で巨大な竜の爪を形成して騎士を切り裂く。
間合いも速度も急変した一撃に対応できなかった騎士はその一撃を半ば無防備に受けてしまう。
「〈竜爪〉」
「グガァッ!?」
炎化も解けて木に叩きつけられる騎士。
············今、勝手に魔術が解除されてたわね?保有魔力が一定量を下回ったら安全に魔術が解除されるよう術式に安全機構も組み込まれてるとか、血統魔法はやっぱり他の魔術とは段違いの性能ね。
「ぬ······ぐう············」
「あら?」
「せめて······伝令が王都に辿り着くまでは············!」
伝令って、さっきの人族二人とスノウの眷属のことよね。その三人なら結界のすぐ外にいるのだけど。
ガシャァアン!
「どっせい!」
「なぁっ!?」
あ、ちょうど来たわ。
「お嬢様!」
「お嬢!」
スノウの眷属が黒炎を纏わせた戦斧で結界に穴を空け、三人揃ってスノウの元へと一直線に走っていく。
スノウの黒炎と魔術師の氷が拮抗し続けているところに眷属が戦斧の一撃を叩き込み、金髪の人族が同じく黒炎で強化された剣で氷を融かして············って、はぁ?
眷属じゃないはずの金髪が【憤怒】の黒炎を使ってるのはどういうことよ?
えーと······あぁ。あれ、エロダコの仕込みね。あんな面倒で不安定な繋げ方をするのはあの悪戯好きの変態ぐらいよ。
つーか、どうせいるんでしょ。
『ご名答!』
·········神核を壊されてピンピンしてるの腹立つわねー。
『随分辛辣であるな。我と其方の仲ではないか』
言うほど仲良くないでしょ。昔にちょっと一緒に暴れただけじゃない。
『我があの時身代わりになったから、其方は今も生きているのだが?』
うっ、そこを突かれると言い返せないわ。
にしても、あの時なんでアタシを助けたのよ?アンタに損害はあっても利益はなかったでしょうに。
『そうした方が面白そうであったからな!その甲斐あって現時点で既になかなか愉快な事態になっておるぞ?特に其方の今の状態だな』
これだから素直に礼を言いたくないのよね。この調子で時々アタシすら罠にかけるのだもの。
『其方の転生先の身体に存在していた魂は消滅するものだと思っていたのだがな。まさか消滅しないどころか主人格があちらなのはさすがの我も驚いた』
あー、それはアタシも予想外。赤子の魂が何故アタシの転生に耐えられたのかは今でも分からないのよ。
しかも、人間にしては不自然に霊格が高いのよね。異界ではアタシの力が衰えるとはいえ、全くスノウに干渉できないくらい。こっちに来てやっとよ。
『小娘の親や先祖が気になるな』
そうねぇ。神族の血脈でも驚かないわ。
◇◆◇スノウside◇◆◇
「お嬢様、ご無事ですか!」
「なんとかねー。多分ボクより魔術師さんの方が危ないんじゃないかな」
「お嬢、治療は俺がしときますよ」
「頼みます」
「誠さん、久しぶり······でもないか」
「一か月は経つんですし、久しぶりでいいと思いますよ。あとこっちではセイです」
魔術師の氷をボクの【憤怒】と同じ黒炎で溶かすアルフと、魔術師を回復魔法で治療するボクの知り合い。
この人の名前は近衛誠。天宮家の道場に昔から通っていて、目つきは悪いがとても優しい。人の多い所に出かける際には男避けを買って出てくれることもあり、年の離れたお兄さんのような感じだ。幼い頃の名残でボクのことを「お嬢」と呼ぶこと以外には特に欠点のない人である。
「ど、どういうことだ······。なぜ貴方たちはそいつの味方を············!?」
「俺たちの探し人がコイツだからだ。今はこんなナリだがな」
「は············?」
父さんの返答を聞いた魔術師が口をあんぐりと開けて呆然としている。
まぁ今のボクは結構禍々しい見た目してるからね。そんな反応するのも仕方のないことだと思う。
とりあえず【淫乱竜】解除するか。
スキルを解除すると、踊り子のような露出度の高い薄布は少し丈の短い巫女服に、悪魔のそれによく似た巻き角は竜人元来の真っ直ぐな角に、変色した肌や髪はいつもの色にと、段々とボクのいつもの姿を取り戻していく。
「え!?あ······この顔は学院の入学試験や謁見で見た············」
あれ、ボクの顔覚えてる。なんなら謁見より前からボクのことを知っていたらしい。
もしかして、さっき元の姿に戻っていたら戦闘回避できた?
······戻っときゃよかった。
「······む?その顔は夏期講習の試験で見た············?」
こっちの騎士もボクの顔を知ってるかぁ。
本気で【淫乱竜】を解除しなかったことが悔やまれる。
······それにしても、ヘレナとボクの顔の造形は同じなんだけど分からないものだねー?やっぱ色とか服装は重要なのかな。
『ヘレナ、その邪神状態って解除することできる?』
『もちろんよ』
ヘレナが異能を解除すると禍々しかった雰囲気は薄れ、ローブも宙に解けて······って。
「なんでゴスロリ?」
しかもボクのインベントリに入っていた奴じゃんそれ。以前のアルマさんのクエストで貰ったやつ。
「他は露出が多かったり地味すぎたりとかでアタシの趣味に合わなかったのよねー」
「むしろゴスロリが趣味なのね」
さっきの異能発動中も派手なローブ着てたし、ヘレナって派手なデザインが好みっぽい?
「ぬぅ······分身ではなく、それぞれ独立している············?」
「なんとも厄介な·········」
そこの二人はなんで戦闘相手として分析しているのかな!
まだ戦う気なのかとジトーっと二人を見つめると、二人揃ってバツが悪そうにそっぽを向く。
「その······なんだ。身も蓋もなく言ってしまうと、味方だと言われても警戒がどうしても解けなくてな。敵なら今頃私たちは死んでいるにも関わらずな。すまない」
「言い訳にはならないが、あれだけの力を持つ相手を前にして警戒を解くのは少しどころでなく難しい。申し訳ないが理解いただけるだろうか」
「いや、気にしてないですよ」
まぁボク達が嬉々として迎撃したうえに追い詰めたからなぁ。顔に見覚えがあるとはいえ、殺されかけた相手を警戒するな、なんて難しいよね。
「お嬢様、ギルドカードを見せればこの方たちは警戒を解いてくださるかと」
「マジで?」
冒険者であることを証明したところで信頼してもらえるとは到底思えないんだけど。
「後見人の欄に記載されている名を見れば間違いなく一発です」
······なるほど。おじさん達か。
後見人になってもらったとはいえ、おじさん達の名前はあまり出したくないが、
「············アルフレッド卿の倅がここまで言うとは」
「······そこまで言われると信頼どうこう以前に気になるのだが。見せてもらえないだろうか」
「えー······どうぞ」
「「················································」」
ボクのギルドカードの後見人の欄に記載されている、
パンツァー・アレス
エメロア・ディアネイア
アルマ・ヴェスタ
リオン・ネイト
イスファ・メーティス
ミネルヴァ・メーティス
カンナ・イシュタル
の名前を見た二人は、人体の可動域の限界なんじゃないかと疑うほど目をかっ開き、大口を開けて立ち尽くしたまま動かなくなってしまった。あまりの衝撃に持っていたボクのギルドカードを落としてしまうが、落としたことにすら気付いていない。ギルドカードは拾っておく。
ちなみに、イスファとミネルヴァ、カンナの三人は邪神との一件の後に後見人としての登録を行ったのだ。《双児》の二人は「ヴォロベルクに行くならオレたちの関係者だと分かりやすいように」と、カンナは「未来のメイド」とのこと。
······後見人になってくれるのは嬉しいんだけど、ボクにそれだけの価値があるのだろうか。今までのトラブルは全て周りの人や運に助けられてきた。偶然でいくつも強いスキルを手に入れただけで、ボク自身はあまり努力も活躍もしていない。
今のボクはこの七人の名を背負うには力不足だが、いつかはそれに値する人物になりたい。ただレベルが高いだけの木偶ではなく、十分な経験を積んで確かな技術を身につけた一人前に。
うん、これをこの世界におけるボクの目標としよう。
「もう半数とは早いわね。そう遠くないうちにコンプできそうじゃない」
「ストーリークリア後のやりこみ要素じゃないんだから」
「知ってはいましたが、やはり目の当たりにすると衝撃ですね······」
「うーむ······全員知り合いだからなんとも思わないんだよな。やっぱ珍しい?」
「珍しいなんて言葉じゃ足りないぐらいには希少ですよ······。この中のお一方の名前でもあればほとんどの国は入国審査ほぼパスできますからね」
「「マジで?」」
「······何の話です?」
「アイツらの知り合いが世界規模での有名人って話よ。単独でも一国を凌駕する化け物揃いの集団ね」
「おお、さすがお嬢······。ところで貴方誰です?お嬢と同じ顔してますが」
「アタシ?アタシは······何て説明したものかしら。ねえスノウ、コイツにどう説明する?」
「それをどうしてボクに聞くかな!?」
ヘレナのことを一番知っているのは他ならないヘレナでしょうに。
「それは私たちも知りたいわね。結局教えてもらえてないし」
「誤魔化さないでほしいの!」
「···今度こそ教えてもらう」
「聞かせてもらうまで逃がさないのですよ!」
「俺もそいつの正体は気になるな」
ただでさえこの場にいる人数が多いのに、リル達まで出てきて全員が好き勝手に話すから収拾つかなくなってきた!
そんな様子でやんややんやと騒ぐボク達を余所に、一度ヘレナが散らしたはずの魔力が再び集まって魔力溜まりを形成し、そこからオーガキングが出現した。
「あれ、さっき倒したよね?」
「《揺り戻し》よ。さっきみたいな強引な散らし方だと時々起こるのよねー。あのオーガキングを殺せば魔力溜まりも自然に分散するから無限ループにはならないわ。そこは安心しなさい」
「よし倒そうすぐ倒そう」
一目散にオーガキングに駆けて行く。
「お嬢様!一人では危険です!」
「待ちなさいスノウ!うやむやにしようたってそうは問屋が卸さないわ!」
「オーガキングを倒したら話の続きなのですよ!」
「···邪魔」
「空気の読めない魔物はそっ首落とすのですよ!」
「ついでだし俺たちも参加しておくかー」
「オーガキングってついでで倒すような奴じゃないはずなんですけどね······」
「GAA······A?GUGYAAAAAAAA!?」
意気揚々と出現したオーガキングは誕生の雄叫びを上げることすら許されず、騎士と魔術師を除いたこの場の全戦力によって哀れにも瞬殺されるのであった。
その後、ボクとヘレナが質問攻めに遭ったのは言うまでもない。




