第七十一話 大氾濫(中編②)
本当はもう少し書きたかったんですけど、それだとまた2ヶ月空きそうなので投稿ですー(一ヶ月半は既に経っているなどとは言ってはいけない)。
ちょっと短いかもしれません。
「スノウ、ゴーレムしまいなさい!オーガキングは私が殺るわ!」
「はいはーい」
やっと活躍できるはずだったのにごめんね〈竜装巨兵〉。君はもうお役御免だ。
はいボッシュート。
「アタシはキングとその取り巻き、アンタには周りの奴らを任せるわ!『竜の巣』!」
結界の性質を変更してからオーガキングに突進していくヘレナ。ボクたちのアンデッド化が解除されたことと名称から察するに、竜種に対する強化かな?
まぁいいや。ボクはボクの仕事をこなすとしよう。
〈魔力吸収〉を再発動して竜脈から魔力を頂戴しつつ、【混成魔法】を構築する。大きな戦いを迎えた時のためにと散々訓練を積んできたから、『真紅雷霆』を森に燃え移らないように撃つ自信がある。『真紅雷霆』以外は自信がないとも言う。
「せいっ!」
『真紅雷霆』の『魔弾』で多数のオーガを一斉に撃ち抜く。
いやー。【混成魔法】は威力が高くていいねぇ。【淫乱竜】と『竜の巣』でステータスが上がっているとはいえ、オーガをワンパンは楽だわ。MPは竜脈から補給できるし、経験値的に相当おいしいんじゃないかな?
ボクは100レベル超えてるせいでオーガじゃ相当数倒さないとレベルの横にある経験値ゲージの変化に気付けないけど。
大氾濫前からは······2%くらい増えてるかな·········?スキルレベルが上がってるといいなー。
あ、最近【精霊術】使ってないな。スキルレベルが無いのでレベリングは不要だが、制御の感覚を忘れないようにたまには使っておこう。
「そーい」
風、雷、氷属性の『精霊槍』を同時に構築し、意識して方向や順番をバラバラに撃ってみたり。
「よっと」
土、鋼属性の『精霊弾』に回転をかけつつ細長くして貫通力をさらに高めてみたり。
んー······燃費の良さや構築難易度の低さと引き換えに威力は【混成魔法】より下で、ヘレナの強化が入ってもヘッショしないとワンパンもできない、腹部ぶち抜いても微妙に残る、と。
燃費と連射性は普通の魔術に、威力は【混成魔法】に負けるというこのどっちつかずよ。やはり使うのは万能型より特化型。
············『魂魄乖離』してから殲滅速度がかなり上がったはずなのに、なかなか押し切れないな。オーガ達がポップする速度に少しは勝っているようだが、本当に少しだ。このペースではいつ全滅させることができるか分からない。
ヘレナの様子はどんなものかな······っと。
「やっぱ殴り合いは楽しいわね!ほら、アンタもまだまだイケるでしょう!?」
「GURAAAAAA!」
············オーガキングと正面から殴り合いとか非常識なことやってるなー。『魂魄乖離』の詳しい効果は知らないが、ステータスもスキルもまるっきり違うようだ。ボクでは逆立ちしてもヘレナのような芸当はできっこない。
ヘレナが身に纏っているのは魔力でも霊力でもない······?かといって混ぜたわけでもない。『魔纏』と併用できたら強そうだし、後で教えてもらえないかな。
まぁ、ヘレナのスキルは後で聞いてみるとして。まだ試したいことあるんだよね。ボクにも範囲攻撃が可能になりそうなのだ。
それは【淫乱竜】にある〈淫靡なる触手〉だ。このアーツは自身の周囲に触手を出現させて攻撃する、というものなのだが、MPが足りるなら触手の数に限界はないらしく、『魔纏』の発動対象にもなるため手数と火力の両方に期待できる。
·········この若干名状しがたい触手がボクの肉体判定なのは少し癪ではある。
この鬱憤はオーガ達にぶつけます。
ボクが認識できる範囲のオーガ全てを大雑把にターゲット。木やヘレナの近くは避けて地面に近い高さから一斉に【混成魔法】の一つ、闇と炎を混ぜ合わせた『黒曜讐炎』を纏わせた触手を生やす。
全て命中とはいかなかったが、八割ほどは命中し、そのほとんどを仕留めることができた。
おぉ·········広範囲攻撃は脳汁ドバドバですわ。爽快感がすごい。
次はどのスキルを試そう······
『スノウ!スノウ!?』
うぉっ、びっくりした。
『そんなに焦ってど』
『『『『おかーさん!(スノウ!)』』』』
ぐぁっ頭がああ!
声が直接脳内に送られるから大音量で喋られると頭が痛い!非常に痛い!
『いきなりどうしたの?』
『いきなりどうしたの?じゃないわよ!私たちも出して戦わせてってさっきから言ってるじゃない!』
え、今初めて聞いたんだけど·········もしかして『魂魄乖離』の影響?『念話』の術式がうまく作動してなかったのかな。
『少しでもおかーさんの助けになりたいの!』
『···おかーさん達ががんばったおかげでオーガの数は少なくなってる。偉そうな方のおかーさんがオーガキングを、えろい方のおかーさんがほとんどのオーガを相手してくれてるから、少しでも負担を減らすために私たちはオーガを倒す』
ボクとヘレナの区別を付けるためとはいえ、その呼び方はあんまりだと思うんだ。特にボクの方。何よ「えろい方」って。
『イナバたちはおかーさんが思うほど弱くはないのです!』
む、むう。ここまで言われると否定の材料が見つからない。強いて言えばボクの偽善、自己満足だけだ。
「ヘレナー。この結界って竜種以外には弱体入るー?」
「入るけど、それがどうかしたの?」
「ユリア達も参戦したいみたいでさ。支障がないなら解いてもらおうかなって」
「ふーん·········」
ドゴシャッ!
「こっちは終わったし、構わないわよ」
「じゃあお願······マジかー」
ある五人が王都の方向から、何らかの騎獣に乗ってこちらに接近しているのをボクの眼が捉えた。本来なら援軍のはずなのだが··················五人のうち二人から殺気を感じる。敵として見られている可能性が高い。
「やっぱ今のナシで。お客さんが来たみたい」
「ガッツリ大技の準備してるわねぇ」
······十中八九広範囲攻撃だね。物理にしろ魔術にしろ、防御は苦手なんだけどなぁ。
『四人ともごめん。もうちょっと待って』
『なに、新手?』
『そんなところ』
『相手が変わるだけでやることは変わらないの!』
『···ぶった切る』
『少し久々の対人戦なのですよ』
『まぁ召喚は様子見で』
うちの娘たちは血気盛んだなぁ。
さて、そろそろ撃ってくる頃かな。ちょくちょく魔術で相手の準備を妨害していたのだが、相手は相当の手練れのようで難なく防がれてしまった。ヘレナは迎撃する気らしく妨害はしていなかった。加えて、騎士の傍らにいる魔術師がボク達を取り囲むように魔術を配置しているため、騎士の攻撃を回避しようとするとそこを狙われるのだろう。
下手に動くよりしっかり迎撃した方が得策だね。
「『焼き焦がす煉獄の剣』ッ!!!」
赤髪の騎士が大剣を振り下ろすと、炎を伴った巨大な斬撃が辺りの木々をなぎ倒し、炭化させながらボク達へと迫る。
それと同時に、斜め前方から水や氷の槍が次々とボク達に向かって降り注ぐ。
「『紺青呪氷』」
「『堅』」
ボクが大量の魔力を注ぎ込んで濃紺色の大氷塊を生み出して盾とし、ヘレナがそれを強化する。
氷が溶かされる端から魔力を注いで補修し、槍の群れは同じく槍の群れで真っ向から全て撃ち落とす。
そうしてひたすら耐え、騎士と魔術師の猛攻を防ぎきる。
無傷で凌いだボク達を見た二人はその表情を厳しいものへと変え、戦意をさらに膨れ上がらせる。そして魔術師が共に来ていた獣人と二人の人族に何か伝える。
「人探しを中断させることになって申し訳ないが、貴殿らには伝令を頼む」
「え?そんなことしなくてもアイツが」
「行ってくれ!」
「あ、ちょっ!」
魔術師に物申そうとした獣人ーーー父さんなんだけどーーーがとやかく言う暇もなく結界は完成し、その内部と外部が隔離される。ちなみに人族二人というのは、アルフとボクのリアルの知り合いだ。
騎士はヘレナに対して、魔術師はボクに対して武器を構え、いつでも攻撃できるように臨戦態勢を整えている。
··················これどう考えても誤解されてるよねぇ。誤解されても仕方ないどころか、誤解されて当然の見た目をしているボク達にも責任はあるのだろうが。
『ヘレナ、どうやって誤解を解く?』
『一回殴って気絶させてからでいいんじゃない?』
『君が戦いたいだけでしょうが』
『当たり!』
嬉しそうに言わんでよろしい。
『どっちも魔力量がかなりあるわね。人間って皆こうなのかしら?』
うーん·········血筋の影響が強いんじゃないかなー?
『とっても強そうなの!』
『···この相手は私たちじゃ無理。もっと強くならないと』
『いつかこのおっさんもぶっ飛ばすのですよ!』
うん、まぁ、いつか勝てる日が来ても殺さないようにね?
と、ここで険しい表情をしていた騎士が口を開く。
「どのような目的でここに来ている?王都を襲うためか?」
「そんな面倒くさいことするメリットがないじゃない。ただオーガ共を殴りに来ただけよ。で、その用事も終わったわけ」
ヘレナが「散」と呟きながら指を弾くと、オーガを吐き出し続けていた魔力溜まりがあまりに呆気なく霧散する。あれほどオーガ達を殲滅するのに苦労したのが嘘のようだ。
『最初からそうしてくれたら楽だったのに』
『いくらアタシでも発生したばかりの魔力溜まりを散らすのは無理ね。散々オーガをしばき倒したから溜まってる魔力が減って、アタシが散らすことができる範囲に収まったのよ』
『なるほど』
再び騎士が口を開く。
「魔力溜まりを散らした後、貴様らはどうするつもりだ」
瞬間、ヘレナの圧力が何十倍にも跳ね上がる。
「貴様、ねぇ。人族如きが偉そうに」
「「ッ!」」
ヘレナってそんなにプライド高いキャラだったっけ!?
·········あ、これ戦いたいだけか。全然怒ってないわ。
『そんなに戦いたいんだったら二人とも任せていい?』
『アタシは上質な獲物を独り占めするほど狭量じゃないわよ』
今回ばかりは狭量であってほしかった。ボクに知り合いの身内と戦う趣味はないのだ。
一応、二人とも面識あるんだけどなー。喋ってはないけど。
恰好とか雰囲気が違い過ぎて気付かれてないのかな?
『アタシは騎士の方を貰うわよー』
『はいはい』
◇◆◇スノウside◇◆◇
ヘレナの要望通り騎士は彼女に任せ、ボクは魔術師担当だ。
「分身、それもかなりの高レベル·········厄介な」
顔が同じだから分身だと思ってるのか。違うのに。
·········ここで【淫乱竜】を解除して元の姿に戻ったら、果たして魔術師は矛を収めてくれるだろうか。むしろ襲い掛かってくるだろうか。
ほぼ間違いなく襲ってくるよね。ほぼ初対面なんだから元の姿に戻っても気付かれないだろうし。
「別に戦う気はないので見逃してくれてもいいんですよ?」
「戦意が無いと言うのなら、あのような笑みを浮かべながらスルト卿と戦っている貴様は何なのだ」
「·········あの騎士さんも楽しんでません?」
「··················」
「··················」
「·········ともかく!聖獣や幻獣ならまだしも、貴様のような禍々しいものを見逃すわけにはいかんのだ。構えろ」
構えさせてくれるの優しい。
まぁ特に構えとかないんだけど。臨機応変でいきます。
「それでいいのか?」
「えぇ」
「ならば行くぞ」
こうして、少々締まらない雰囲気と共にボクと魔術師の戦いは始まったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
魔術師が挨拶代わりに氷槍を放つと、スノウは炎槍で氷槍を相殺し、返礼とばかりに近辺の地面一帯を土と鋼の杭で埋め尽くす。
魔術師は即座に魔術の発動を察知して自身の前方に半球状の防御魔術を展開したが、防御により視界の一部が隠れた隙に『真紅雷霆』で速度を強化したスノウに素早く背後に回り込まれる。
魔術師は背後から接近するスノウに気付き、圧縮した水の刃で薙ぎ払って距離を取り、霧で目くらましを行う。さらに霧の中でいくつもの氷塊を障害として設置するも、スノウはその全ての位置をすぐさま把握して魔術師の妨害を最短距離で突破し、一目散に飛び掛かる。
足止めが何一つ、一切の効果を示さなかったことが衝撃だったのか、スノウの接近への反応が遅れ、やむを得ずスノウの蹴りを腕で受ける魔術師。魔力身体強化に加えて氷の盾を腕に施すも、一撃を受けた部位からはミシリという嫌な音と激痛が走る。
(スルト卿と渡り合う近接戦闘技能に、無詠唱かつ一瞬であの数の魔術の同時発動、一瞥するだけでいくつも重ねた魔術を見抜く察知能力。それらを分身で同時にやってのけるか。さらには混成魔法。底が知れん)
水属性魔法で骨を治療しつつ、己が手を出した存在の脅威を再認識する。眼前の相手が本気ならば、自分は既に殺されていただろうと。
もっとも、スノウもそれほど余裕はなかったのだが。
(イナバの【危険察知】が無かったらさっきのウォーターカッターで手足の一本や二本は持っていかれてたかもな。遠距離は手札が多いし、近距離は反応速度が速くてまともに攻撃が当たらない。これ勝ち目あるのかなー?)
両者は示し合わせたかのように同時に距離を取り、さらなる手札を切る。
「『凍てつく大波』」
これこそセイリア王国の四大公爵家の一家、水と氷の魔術を得手とするルサールカ家の血統魔法。
その波は水にあって水にあらず。
その波は氷にあって氷にあらず。
水の如き流動性を持ちながら、触れた尽くを凍り付かせる唯一の魔術。
「『深緋流炎』」
これこそスノウが持つ混成魔法の一つ、火属性と土属性を混ぜ合わせることで溶岩の生成と操作を可能としたもの。
その熱を以て凍った端から溶かすことで「『凍てつく大波』」の氷の部分に対抗し、
その質量を以て波を押し返すことで「『凍てつく大波』」の水の部分に対抗する。
魔術師の魔力の色を視ることで血統魔法の性質をある程度見抜き、互角もしくは優位に立てる混成魔法を選んだということだ。
(·········前例のない、複数の混成魔法の保有か。これ程の存在が今まで知られていなかったなど信じ難いな)
絶対零度の大波と摂氏千度を超える溶岩の奔流がぶつかり合い、今も拮抗し続けている最中に、そんなことを考える魔術師。
複数の混成魔法を保有している冒険者はBランクはおろかAランクにも、ましてやSランクにも存在していない。また、この魔術師の立場上、自国や他国の人物、歴史上の出来事などが記された文献を閲覧することが可能なのだが、それらの文献でも複数の混成魔法を保有していた者は存在していなかった。
そもそも混成魔法は一つですら保有者すらほとんどいないのだ。歴史上では数十年に一人か二人しか確認されておらず、現代でも一人しか判明していない。しかもその人物は最近の消息が不明である。
なお、エメロアは己が持つスキルを隠匿しているのでノーカウントである。
彼からすれば、混成魔法の複数保有という夢幻でしかない、御伽噺で語られるような存在が目の前にいたのだ。
敵として。
(言語を解し、戦意もあまり高くなかった。これだけ戦闘力があるのなら、ファラドゥンク卿に契約、もしくはテイムしてもらうのもありだったかもしれないな。まあ、こちらから手を出した時点で手遅れだったが·········グッ!?)
顔見知りのことを思い浮かべていると突如、魔術師の腹部を激痛が襲う。見下ろせば、背後から貫通したと思われる禍々しい触手が腹から突き出ている。
(いつの間に·········!?警戒は解いていなかったし、背後には誰もいなかったはずだ·········!)
腹部に激痛が走った頃から、同ランクの冒険者に比べて抜きんでた自身の魔力が触手に吸収されて急速に減少していくのを感じる。
一部のスライム系魔物や悪魔種が魔力を吸収することは知識として知っているうえ、短時間ではあるが実際にその身で受けたことがある。が、その有効距離は非常に短く、身体が密着していなければ数日経っても枯渇するかどうかという程に吸収速度は遅かったと魔術師の記憶にある。
彼の記憶に間違いはない。ただ、相手が悪かったのだ。
彼と相対する者は【憤怒】の能力を一度で全て発現させ、権能を封じていた状態ではあったが、かの十二英傑を単身で複数相手取った鬼才。そして彼女自身に自覚はないが、その才覚は、七つある大罪の異能のいずれに対しても発揮される。
彼女は世界中の誰よりも、異能を生み出した者よりも、異能を使いこなす。
その力がたとえ、異能と成る前の蕾であろうとも。
触手に対応する余裕は今の魔術師にはない。スノウ達を足止めするための結界に加え、『凍てつく大波』も発動中。大魔術に分類されるものを二つも維持しながらさらに思考も続けていられる彼がおかしいのだが、そんな彼でも、どれだけ小規模でも低威力でもこれ以上の魔術の発動は少しどころでなく厳しい。
しかし、対処しなければそう遠くないうちに彼の魔力が枯渇し、スノウの『深緋流炎』に押し負けてその身は灰すら残らぬだろう。
(·········分の悪い賭けになるが、やむを得ないな)
そこで彼が選んだのは、どちらも解除せずに三つ目の魔術を発動するというある種の賭けだ。焦って魔力制御を失敗すれば煮えたぎる溶岩にその身を焼かれ、かといってゆっくり魔術を構築していると触手に大量の魔力を奪われる。成功率は低いが、このまま行動を起こさなければ待つのは死である。
実の所、スノウに魔術師を殺す気はないので彼の心配は杞憂に終わるというのはここだけの話である。
結果から述べると、彼の試みは成功した。
脳に大きな負担をかけ、目や鼻から血を流しながらも、彼は『凍掌』を発動させて触手を凍らせた。その甲斐あって魔力の吸収は止めることができた。
が、まだ魔術師の危機は続く。
腹部を貫かれた傷が残っており、このまま放置すれば命に関わるのだが、今は回復魔法を使える状況にない。彼が持つ称号やスキルによる強化・補助ありの氷魔術でさえギリギリだったのだ。何の助けもない回復魔法の発動は不可能に等しい。
(魔力が残り少ない。結界を維持するならば消費を抑えないとな)
腹部を押さえつつ、後退しながら少しずつ『凍てつく大波』の出力を下げていき、やがて解除する。
魔術師はスノウの『深緋流炎』による森林の被害を懸念していたが、何故かスノウも魔術師に合わせて魔術の出力を下げていく。魔術師はそれを不思議に思うも、それどころではないと思考を戦闘へと引き戻す。
魔術師は分かっていなかったが理由は単純、魔力消費を抑えるためだ。血統魔法である『凍てつく大波』は、その高い威力に反して魔力消費が極めて少ない。普通の属性魔法と比べると、威力は三倍以上とすれば魔力消費は一.五倍ほど。『凍てつく大波』の利点はその威力よりむしろ消費の少なさと言える。
それに対してスノウの【混成魔法】の魔力消費は非常に多い。単一属性の魔術に比べて、同じ規模で魔術を発動すると魔力消費は十倍である。消費にある程度見合った高威力は発揮するうえ、属性ごとの性質の両方が超強化されて発動するのだが、それにしても燃費が悪い。ただでさえコストが重い『魔砲』が今回、しばらく発動し続けていたこともあり、先程の時点で数値にして三十万以上のMPを消費していた。
竜脈から魔力を吸収して貯蓄していたスノウだが、魔術師がどれだけ粘るか予想できなかったため少しでもMPを節約しようと思っていた矢先に魔術師が魔術の出力を下げたため、これ幸いと合わせたというわけだ。
まだ数万のMPが残っているのだが、そこはスノウの性格である。
「どうしたのー?もう降参?」
態度ほど余裕はないのだが、母譲りの演技力でそれをおくびにも出さず虚勢を張るスノウ。内心、戦闘はもうお腹一杯なのでそろそろ終わらないかなー、などと楽観的が過ぎる考えを持っていたりする。
「降参などするわけがないだろう」
スノウ以上に余裕はないが、気丈に振る舞う魔術師。その行動が無駄だと分かっていても、降参は彼のプライドが許さない。
「だよねー。······でも、ここからどうするの?もう貴方に勝ち目はないと思うんだけど」
魔術師の四方から触手を出現させ、目にも留まらぬ速さで魔術師を縛り上げるスノウ。アナスタシアの件での経験を活かし、抵抗する暇も与えずにすぐさま魔力を根こそぎ奪って反撃の芽を摘むことも忘れない。
「あぁ、確かに私に勝ちの目はない。······だが、貴様を道連れにすることはできるぞ!」
「へっ!?」
枯渇した魔力の代わりに生命力を費やして、生涯最後の魔術を発動しようとする魔術師と、想定外の事態に焦るスノウ。その魔術は普段のスノウなら難なく回避できる発動速度だったが、魔術師を完全に制圧したと思っていたが故の油断で反応が遅れてしまっていた。
(殺す気はないんだからわざわざ死のうとしないでほしいんだけど!)
無茶な要求である。
魔術師はスノウに殺す気が無いとは全く知らないため、ここで死ぬのだと悟った。そして、このまま自分が殺されれば、スノウが騎士の方に向かうと思った魔術師は、騎士の負担を少しでも減らして生還の可能性を少しでも上げようと、魔力の代わりに生命力を用いて魔術を発動したのだ。
魔術師からすれば、自分が殺しにかかった相手が自分を殺さないなどということはあり得ない。当然の行動であった。
瀕死とはいえソロでBランクまで上り詰めた実力ある魔術師。その生命力を費やして発動した魔術は彼とスノウの肉体をどんどん凍り付かせていく。
(······魔術じゃ無理だなー。こっちは使う気なかったんだけど)
己が保有する【憤怒】の使用を決断するスノウ。かつてこの力を手に入れた時は暴走してしまったが、訓練を経て、ある程度までなら力を引き出しても制御が可能となった。また、暴走を抑制するための手段もいくつか確保している。
『皆、【憤怒】の補助をお願い』
『『『『了解!』』』』
これがその手段の一つ。大罪の異能に共通するデメリットである、異能に応じた感情の強化。そのデメリットの一部を契約を通じてユリア達に背負ってもらう、という方法だ。また、【憤怒】を完全には発動していないため、あの厄介な解除条件を満たさずとも解除可能である。
スノウとしては、自身のスキルの反動をユリア達に対処させるのには拒否感があったのだが、「少しでも助けになりたい」とユリア達たっての希望だったので無下にできず、受け入れることとなった。
「死なないでよー······!」
魔術師を燃やさないように細心の注意を払いながら【憤怒】の黒炎を発動するスノウ。この黒炎は高い威力に加えて、焼かれた者に対するあらゆる治癒を無効化する回復阻害の追加効果も有する。今の魔術師を黒炎で焼いてしまうと腹部の重症が治療できなくなり、ほぼ確実に死に至る。
それはスノウも回避したい事態だが、黒炎以外で魔術師の氷から逃れることが出来そうな手段に心当たりがない。
黒炎はみるみる氷を溶かしていくが、ある時点から黒炎による融解速度と氷による凍結速度が拮抗する。スノウはしばらく黒炎を維持することが可能だが、魔術師の生命力が尽きる時はそう遠くない。
手詰まりかと思えたその時、スノウにパスを通じた連絡が入る。
『スノウ!少しでいいからこっちにも【憤怒】を頼む!結界をブチ破る!』
その声の主はスノウの第一の眷属にして恋愛神、魔術師たちと共に来ていたアイリスであった。
しれっと今回初出しの【混成魔法】がいくつもあったりします。ルビは語感で選びました。




