第七十話 大氾濫(中編①)
マジでお待たせしましたあああああああああ!
大学って本当に忙しいんですね······。
間隔は空きまくるでしょうが、投稿は続けていきます。どうか気長にお付き合いくださいm(_ _)m
◇◆◇【死霊術】を習得する少し前◇◆◇
《遍在邸宅》内の工房でのこと。これでもかと言わんばかりに積み上げられた地竜の素材を目の前にしたボクとミネルヴァはその使い道に頭を悩ませていた。
リル達から「武器と防具に使う分以外はおかーさんの好きにして」と渡された地竜三十体の素材。いつもならプラスに働くはずのマニュアル解体も今回だけはマイナスに働いた。エメロアに返そうとしたら「その等級の素材は今でも有り余っておるからいらん」と受取拒否され、勝手に保管庫に入れておこうと思ったら地竜の素材だけは入らないように細工をされていた。
自動解体機(その名の通り、入れておいた魔獣を部位毎に自動で解体してくれる)を使わせてもらえたおかげで解体の必要がなくなったのはありがたい。未だに【解体】持ってないんだよね。
そこで素材を返すことは諦め、他の方法で謝礼をできないか模索中である。
また、以前から時々、エメロアはボクに服を着てくれないかと頼むことがある。小さい頃から身内に着せ替え人形にされた経験があり、アルマさんのクエストも低頻度で受けているからと了承してしまったあの頃の自分を殴りたい。
普段からイタズラやセクハラを仕掛けてくるエメロアが普通の服をボクに着せるわけがなく、運営が悪ふざけで実装したとか思えないラインナップ。
ほとんど露出のない類の服から始めてボクを油断させ、徐々に露出を増やしていったのだ。シスター、セーラー服、ナース、チアリーダー、果てはバニーガールとかあんなのとか············。チアリーダー辺りで止めときゃよかったと今でも後悔している。
しかし指パッチンで服が一部を残して弾け飛ぶなんて誰が予想できるか···············。
まぁ、今考えるべきはこの大量の素材をどう使い切るかだ。プレイヤーのインベントリにも限界はあるので早めに消費しておきたい。地竜三十体を収納してもまだ入るのは驚嘆に値するのだが。
「ミネルヴァならどう使う?」
「竜種は使える素材もその使い道も様々なんですが、さすがに多すぎますね。······とりあえず仕舞いましょうか」
「だね」
一体分の素材を残して他は全てインベントリに回収。必要になったら適宜取り出すってことで。
「スノウちゃんは素材の使い方についてどう考えてますか?時間はかかってもいいからロスは少なくしたいとか、ロスは度外視で早く使いたいとか」
「んー······後者かな」
「ではひたすら錬金ですね。下位から上位への変換は効率がかなり悪いですが、あれだけの量ならそこそこの量の上位素材になるでしょう」
【錬金術師】のアーツ〈変換〉か。下位から上位への変換はもちろん、上位から下位への変換も効率悪いからあんまり使わないんだよねぇ。ポーション量産に〈合成〉、素材を変形させる時に〈変成〉、鉱石の製錬の手間を省くために〈抽出〉は使うんだけどね。
あぁ、そっか。効率が悪いからこそ今回の状況には合ってるのか。
「なるほど」
そうと決まれば早速始めよう。まずは鱗。
【錬金術】及びその進化系スキルに含まれるアーツは発動に魔法陣が必要となる。〈変換〉の場合は二つだ。片方に変換する素材を乗せ、魔力を流すともう片方の魔法陣に変換後の素材が出現するという仕組みだ。
上位から下位への変換では気にしなくていいのだが、下位から上位への変換ではある程度の数の下位素材を乗せなければならない。数が違う時は魔法陣に魔力を流せないので分かりやすい。
物によって必要数は異なる(同じモンスターから出た素材は部位に関わらず同じである)ためそれを確かめる作業が少し面倒だ。一個ずつ増やしてその都度確かめるのは手間がかかる。これもボクが〈変換〉をあまり使わない理由の一つだったりする。
地竜の素材の上位変換に必要な素材数は〜っと。二個、ダメ。三個、ダメ。四個、ダメ。五個、ダメ。六個、ダメ。七個、ダメ。八個、ダメ。九個、ダメ。十個、ダメ。
······十個超えるのは珍しいな。薬草や茸の類は多くて十個だったのに。
十一、ダメ、十二、ダメ、十三、ダメ、十四、ダメ、十五、ダメ、十六、ダメ、十七、ダメ、十八、ダメ、十九、ダメ、二十······成功。
ふむ。地竜の素材は上位変換に二十個必要と。それで変換した後の素材は······「地竜の上質な鱗」。うん、成功してる。この調子で〈変換〉を続けていこう。
魔法陣の上に地竜の素材を二十個乗せて〈変換〉を発動、出現した上位素材をインベントリに収納。この流れ作業を黙々と進めていると、それを眺めていたミネルヴァが不思議そうに呟く。
「···ほとんど失敗しないんですね?」
「······そういえば?」
生産アーツの成功率って、それに対応するスキルのスキルレベルとステータスの数値で変動するんだっけ。【錬金術師】は第二段階のスキルとはいえスキルレベルはまだ低いから、ステータスでどうにか補ってるっぽいな。
「スノウちゃんは魔力操作が上手ですからね。それが錬金術にも影響しているんでしょう」
「そうなのかな?」
確かに【混成魔法】を筆頭に【精霊術】や【仙闘術】で散々【魔力操作】は使い倒してるんだよね。一応、プレイヤーの平均を上回っている自信はある。
「百歳にもなってないとは信じられないくらい上手ですよ」
「······」
······そういやこの人数百歳だった。見た目と物腰の柔らかさが相まって年上感がないんだよなぁ。
だがそれに反して長命種特有の時間感覚のルーズさよ。子供に見えても、やはりおばあちゃん。
「今、何を考えてましたか?」
ヒェッ。顔は笑ってるのに目が笑ってないから余計に怖い。
というか、十二英傑の人達はボクの思考を読みすぎではなかろうか。【古代魔法·思念】持ちのエメロアやアルマさんはともかく、他の人までボクの考えを手に取るように把握しているのが謎である。
「い、イエナニモ」
素知らぬ顔で〈変換〉を続ける。
鱗を終えたら甲殻、その次は角に爪、肉も上位素材に〈変換〉すること数日。途中から【身体操作】も駆使してようやく全ての素材の変換が終わる。
「やっと終わったー!」
「お疲れ様です」
単純作業は精神にクるなぁ。
「次は、これをどう使うかだね。ミネルヴァ先生、案くださーい」
「そうですね。スノウちゃんは防御面が弱いので、盾となるものを作ってみるのはどうでしょう」
「盾かぁ······自分で動くような盾ってあるのかな?」
ボクは格闘術や爪術で戦うから腕に装着するスモールシールドは邪魔なんだよねぇ。回避主体の戦闘スタイルには普通の盾も大盾も合わないし。
つまり、ボクと盾は相性最悪ってこと。
フロートシールドみたくボクとは別に動く盾があると助かるんだけど。
「ゴーレムならある程度は自律行動させることが可能ですし、盾役にもなりますよ」
ほほう。ゴーレムとな。
ずんぐりむっくりな可愛らしいタイプとデカくてゴツゴツしたかっこいいタイプとで好みが分かれるよね。
ちなみにボクはかっこいいタイプが好き。やっぱり巨大ロボってロマンだよね!
え?聞いてない?
ですよねー。
「···ゴーレム、作ってみようかな」
「そうですよねやっぱりゴーレムって便利ですよね戦闘だって生産だって探索だってゴーレムはどれもこなせますし万能と言っても過言ではないと思うんですよスノウちゃんもやっとゴーレムの魅力に気付きましたかさぁ今すぐ作りましょうゴーレム私が手取り足取りじっくり教えますので!」
ミネルヴァさん!?
「え、あ、えと」
「·········ハッ!いや今のはなんていうか」
鼻息を荒くしてボクに詰め寄ったかと思えば、今度は顔をリンゴのように真っ赤に染めて普段の様子からは考えられない速度で後ずさるミネルヴァ。
あー、体育館と比べても遜色ない広さを持つこの工房と言えど、そんな動き回ったら······「あ痛ぁ!」
あ、やっぱり頭ぶつけた。
「·········今のは見なかったことに」
それは難しいなぁ。
「誰にだって夢中になるものはあるからね。いつもと違う様子だからって敬遠はしないよ」
ボクも重度のオタクだからなぁ。
推しキャラの水着バージョンやクリスマスバージョンが実装されたら限界化して奇声あげるし、それに比べたら可愛いもんよ。
普段大人しい娘が好きなことの時だけ饒舌になるのはむしろギャップ萌えだと男からは高評価だと思う。実際ボクとしてもグッド。
「ほ、本当ですか?」
こ、これが天然上目遣いの破壊力······!?
かつてボクがアルマさんに使った演技100%の養殖上目遣いとは次元が違う·········!
「本当だよ。ボクだって周りの人には見せない一面あるし」
「そうなんですか?」
「そうだよ?」
むしろ色々なキャラを使い分けるよね。
仕事の時と、友達や家族と会う時と、目上の人と話す時と、家で一人でいる時と。パッと思い付くだけでもこのくらいはあるかな。
「ミネルヴァのはかなり大人しい部類だけだと思うけどねぇ」
豹変度合いで言ったら父さんとおじさんとイスファで酔っ払ってる時の方が上だし、周りに与える影響で言ったらアルマさんの方が質が悪いうえに洒落にならない。
······比較対象がおかしいのか、これは。
「············今のを大人しいと言いますか」
「あくまでもボクとしては、だけどね」
「そんなことを言われたのは、初めてです」
「え?」
「まぁ、私の知り合いが少ないからなんですけど」
その話は、以前にイスファから聞いていたものだった。
人族至上主義の最盛期だった頃はもちろん、何事もなく平穏に過ごしていた頃もあまり他人と関わってこなかったミネルヴァ。
ほとんどの相手は彼女の技術や美貌を狙って擦り寄ってくる下衆ばかりで、彼女に師事しようと門戸を叩く者など数十年に一人いるかどうか、といった少なさだった。
そしてその傾向は、彼女が神の領域へと至り、十二英傑として崇められるようになってからさらに顕著になった。一国の主である王族すらへりくだるようになり、数少ない弟子は神の領域になど届くわけがないと志半ばで挫け、次々と彼女の元から去っていった。
イスファもミネルヴァほど酷くはないものの、似たりよったりの状況ではあった。
ここ百年でイスファには弟子が新しく十人弱できたものの、ミネルヴァに新たな弟子はたった二人しかできなかった。
というのも、ミネルヴァが修めるスキルはドワーフに不向きなものが多かったのだ。ドワーフという種族には騒いだり体を動かしたりするのが好きな、豪快な性格をした者が多い。じっと動かずに魔力操作を続けるだとか、グラム単位はもちろん物によってはミリグラム単位の誤差ですら許されない計量作業だとか、そういうのがとにかく苦手なのだ。
そのくせ、ひたすら金属を叩き続ける単調さと少しの力の入れ具合で出来栄えが変動する繊細さを併せ持つ鍛冶が好きというのはどういうことなのかと小一時間問い詰めたくなるのだが。
ちなみに二人の弟子の内の一人がボクで、もう一人はメルミルさんという獣人だ。彼女は農業がメイン、その補助としてミネルヴァから調合と錬金術を習っている。他の生産スキルには触っていないためメルミルさんもミネルヴァのゴーレム好きは知らない。
「イスファは昔から私のゴーレム好きを知っていたので慣れてますが、他の人はいきなりさっきのように話すと遠慮してしまわれるんですよ。『そこまでの情熱は持っていない』、『十二英傑の方と比べては見劣りする』などと言われてしまいます。······私はただ、この楽しみを誰かと共有したいだけなのに」
·········その気持ちは少し分かるかもしれない。
ボクも高校に入ってすぐは友達ができなかったんだよねぇ。この声と見た目のせいでボクに近づく人がかなり少なかったし、近づいたとしても事務的な会話しかしなかったのだ。そんな状況で趣味の話をできる友人を作れるわけがない。
まぁ、話しかける勇気が出なくて黙々とラノベ読んでたボクにも責任はあるのだけど。
今は高校二年生となって知り合いはかなり増えた。校内でちょっとした有名人になっちゃってるのはあまり喜べないけど、また一から人間関係を構築するのは面倒だ。あと、もう男子トイレに入っても騒ぎにならなくなったのも大きい。公共の場では多目的トイレに入らざるをえないからなぁ。
··················いや、これをミネルヴァのと同列に扱うのは違うような。事情とか規模とか比べ物にならない気が。
で、でも。趣味を誰かと共有できない寂しさは同じものだよね?ね?
「なら、ボクが初めてのゴーレム友達ってことでいいのかな?」
「嬉しいです!」
「おっと」
ふーむ。こういう時って普通ならヒロインが無意識に「当ててんのよ」ムーブをして主人公が狼狽えるものだけど·······むしろボクが当ててるなぁ。胸部のサイズを考えたら妥当な結果ではあるのだが、どこか釈然としないものがある。
「ところで、ゴーレムってどうやって作るの?」
「そうですね···············スノウちゃんなら言葉で説明するより直接見せる方が早いんじゃないでしょうか」
そう言ってミネルヴァは近くにあった地竜の手首から先を手に取り、何やら魔力的な処理を施すと、地竜の手は宙に浮き、ミネルヴァの周りをスイスイと飛び回る。
「やっつけ仕事になってしまいましたが、ゴーレムの作成方法はこんな感じです」
ほうほう。操作したい部位に魔力回路を通して、回路とボクの間にパスを繋ぐと。
「うーむ······こう?」
ミネルヴァと同じく地竜の手首から先に魔力回路を通して······って思った以上に難しいなこれ。魔力回路を通せなくはないんだけど、ロスは多いし場所によって太かったり細かったりと、とても実用段階には届かない。パスをどうにか繋げて宙に浮かべてみても、その動きはどこかぎこちない。初めてなのに竜種の素材でするもんじゃないね。
「···············まさかとは思ってましたが、一発で成功するんですね」
「え、これ成功?」
フラフラしてて今にも墜落しそうなこれが?
「程度はともあれ、ゴーレムとしての機能は備えているので成功です。折角ですしもう少し進んでみましょうか。次はゴーレムに対する属性付与です」
「ゴーレムに属性付与?」
そんなことできるの?
「先ほどゴーレムを製作した時は無属性の魔力で回路を通しましたが、今度はその回路に付与したい属性の魔力を流しましょう。属性付与が成功すると回路に流れる魔力にその属性が混じります。属性が定着するまで少しかかりますが、根気強く流し続けてくださいね」
へぇ、永続的な属性付与ってできたんだ。今の所は〈属性付与〉、〈攻性付与〉、〈耐性付与〉の三つが属性を付与するアーツだけど、〈属性付与〉は〈魔力付与〉を施した何らかの物質でコーティングしとかないと霧散するし、後ろ二つは戦闘中に使うような一時的なものだし。
さて、どの属性を付与するかなー。地竜だし土属性か鋼属性?
「あ、言い忘れてましたが地竜の素材には素で土属性が付いてるので土と鋼は付与してもあまり意味がないですよ」
「はーい」
ならどうするか······ボクに足りない要素を補うとしたら防御方面。でも土と鋼は除外、となると聖か闇かな。その二属性って方向性は違えど他の属性に対する防御性能高いし。
ん-············闇で。【混成魔法】のラインナップとか普段の感覚から察するに、ボクって聖より闇の方が相性いいっぽいんだよね。
よし、闇属性を付与するかー。
······················································お?雲行きが怪しいぞこれ。回路じゃなくて素材に闇属性が浸透してるな?
「············え、何してるんですかスノウちゃん」
「ボクが知りたい」
そう話している間にも闇属性の魔力が地竜の素材で作ったゴーレムに注がれていく。
「············止めないんですか?」
「止めないというか、止められない?」
えー、現在、私の意思とは関係なく魔力が吸われております。そのため、解決策はいまだ不明ということです。
「下手に止めると暴発する可能性があるので、様子見ですかね。念のため結界を張っておきましょうか」
「ご迷惑をおかけします」
「高位の素材にはこんなのよりよっぽど危険なものがありますから、この程度は迷惑に入りませんよ」
本人の意思に関係なく魔力吸われるってそこそこの事態では?
って、魔力の吸収が鈍化してきたな。············変化もかなり進んでるけど。
これもうゴーレムとは別物じゃない?
「························それ何ですか?」
「························名状しがたいゴーレムのようなもの?」
ネタも交えたボクの発言にツッコむかの如くピコン、と通知音が鳴る。
『条件を達成しました。SP150を消費してスキル【死霊術】を習得しました』
またこのパターン!?
◇◆◇◆◇◆◇
とまぁ、口が裂けても正攻法とは言えない魔訶不思議な経緯で習得したのがボクの【死霊術】である。あまりに不自然な習得だったので運営にも問い合わせたのだが、正しく処理されていたらしい。
ちなみに【混成魔法】や『思考加速』の時も問い合わせた。返答は同じく「異常なし」。このゲームのCMでは「高い自由度がこのゲームの魅力です!」などと言っていたが自由度が高すぎるのも困り物だ。
『ちょっ、スノウ!死霊術なんていつのまに!?』
『ゴーレム作ってたら生えた』
『なんで錬金術の作業でアンデッド作ってるのよ!?』
それはボクも知らん。運営に聞いてくれ。
『やけに禍々しいのー』
『そりゃアンデッドだし』
『····かっこいい』
ヴァルナもこの手のかっこよさやロマンが分かるみたいだね。
『強そうなのです!』
もちろん強いよ。INTとAGIとDEXはゴブリンにすら負けるけど、他のステータスはこの場にいる誰よりも高いんだよなぁ。
························本来ならね!
勢いよくオーガキングと組み合った《竜装巨兵》だが、瞬く間に押され始める。
『······あら?』
『······これは』
『······どう考えても』
『······押されてるのです?』
『まぁアンデッドだからね!』
アンデッドなので日光は当然弱点だ。今も浄化され続けているため、スリップダメージと全ステータスにデバフがかかっているのである。ぶっちゃけ本来の五割の戦力も発揮できてない。
アンデッドにバフが入る墓地に行きたいとまで贅沢は言わないが、せめて時間帯が夜ならスリップダメージもデバフも無くなるんだけどなぁ。
『フィールドが合わないなら結界を張ればいいじゃない』
『え?』
何その某王妃の名言の派生形。
『身体借りるわねー』
『今日はやけに干渉が多いね?』
『憤怒の抑え込みが終わってからずっと暇だったのよ。時々はストレス発散でもさせなさい』
『別にいいけど』
再び身体の操作権をヘレナに渡す。
「『傲慢なりし我が箱庭:不死者の宴』」
ヘレナが指をパチンと鳴らすと同時に、かなり広範囲をヘレナの結界が包み込む。太陽は隠れてその代わりに金色の月が出現。オーガ達には黒い靄が纏わりつき、途端にオーガ達の動きが鈍る。
それはオーガキングも例外ではなく少し苦しそうな唸り声をあげる。逆に黒い靄により強化された《竜装巨兵》はその勢いを取り戻して力強くオーガキングを押し返す。ボクの〈魔力吸収〉が途絶えてオーガキングに魔力供給が再開されるが、強化が入って100%以上の性能を発揮した《竜装巨兵》とSTRは互角のようだ。
『これで死者に強化、生者に弱体が入ったわよ』
『それってヘレナにも弱体入るんじゃ?』
『安心しなさい。アタシの権能で一時的に身体を死者に変化させてるから』
『······生死を弄れるってことは、ヘレナの権能は冥界神あたりか』
『当たり、今はそれより戦闘よ』
『うわぁ、ボクの顔でそんな獰猛な笑顔されると違和感すごいな。まぁ戦闘がんばってー』
『何言ってんの。アンタも戦うのよ』
『今はボクの身体をヘレナが使ってるけど、どうやって?』
『身体が足りないなら増やせばいいのよ。合わせなさい』
ヘレナの言葉が終わると同時に詠唱文と魔法名がボクの脳内に送られる。
お、これ詠唱魔術か。
ちなみに詠唱魔術というのは、文字通り詠唱を必要とする魔術だ。普通の魔術に詠唱は不要で、魔力を操作して術式を構築するだけなのだが、詠唱魔術は術式の構築に加えて専用の詠唱が必要となる。プレイヤー間でも発見報告はほとんどなく、見つかったものは他の魔術と一線を画す性能を誇る。
今から使う詠唱魔術は············性能というより特殊性が凄まじいな。
『行くわよ!』
『おっけー!』
「『我が魂の半身よ、永き旅の輩よ、運命を共にせし同胞よ。我が呼び声を聞け。来りて集え。眼前の有象無象にその威を示せ』」
何故か一つの口から放たれる二つの声。
詠唱が進むにつれ、ヘレナの傍にはぼんやりとした霊のようなものが出現。竜脈に負けず劣らずの膨大な魔力がその一点に集結し、次第に姿形を明瞭なものに変えていく。
「「破られる禁忌、開く真理の扉、至るは神域。我が力と血肉を贄とし奇蹟を此処に」」
いつしか形を成した謎の霊体だったものは姿を変え、ヘレナを鏡で写し取ったかのような姿を描き、彼女と共に朗々と詩を紡ぐ。
「「畏れよ、是は神罰をも恐れぬ外法の業。畏れよ、是は摂理に背きし理外の宿星」」
魔力の余波だけでオーガ達を吹き飛ばし、寄せ付けぬ大魔術。それが今、発動される。
「「『魂魄乖離』」」
吹き荒れる魔力で舞い上がった土埃が辺り一面を覆いつくす。
それが晴れた時、そこにいたのは二人の竜人。
片や華美で荘厳なローブを纏った傲慢な女王。
片や淫靡で蠱惑的な薄布を纏った悪魔の如き異形の竜。
人智を超えた存在が魔物の軍勢に牙をむく。
「さぁ、久々に暴れるわよ!」
「············勘違いされて討伐対象にされないよね?」




