表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Unique Tale Online ~竜人少女(?)の珍道中~  作者: 姫河ハヅキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/110

第六十八話 大氾濫(前編①)

本っ当にお待たせいたしました!

休み無しでの入試→模試→期末考査(五日間)というハードスケジュールを乗り越えて久々の更新です!

長期間の投稿休止にも関わらずブックマーク数が増えていてとても嬉しかったです。今回の話もどうぞお楽しみください。

 システムメッセージの直後、少し離れた、つい先程までは何もなかったはずの場所にゴブリンが突然現れる。さすがに超至近距離にいきなり湧くとかいう理不尽ポップはないようだが、今まではこの世界のリアルさを損なわないためか、モンスターのポップはイベントフィールドを除きプレイヤーの視界内では起こっていなかった。

 しかし今は50mも離れていない所に複数のゴブリンが前兆なく出現している。これが緊急イベントなのだろうか。


「まだ数年は起こらないと言われていた大氾濫が起こるとはな······」


「大氾濫って?」


「······まさか大氾濫すら知らないのか?」


「世間知らずでごめんね」


「まぁいい。大氾濫というのは、簡単に言えば、特定の種類の魔獣が大量に出現する魔力災害だ。竜脈を流れる魔力が何十年も、長いときは百年以上もかけて少しずつ淀みを蓄積させて魔力溜まりを生み出し、そこを中心に魔獣が大量発生する。長年の研究で大氾濫が起こる時期はある程度予測できるようになったが、出現する魔獣の種類の特定はまだ無理だな」


「とは言っても、調査ではもう数年は大丈夫、との結果だったはずなんだけどね」


「なるほどねぇ。で、ここからどう動く?」


「どう、とは?」


「ヘリオスは撤退するって言ったけど、しばらくはここの方が安全だと思うよ?この結界かなり硬いらしいし」


 イスファ曰く「フルスペックなら竜のブレスも防げる」とのこと。

 つまりゴブリンやホブゴブリンなら全く問題ない。引き込もってたら大氾濫終わるんじゃない?ホブゴブリンより上のモンスターとは戦わないといけないかもだけど。


「申し出はありがたいが、遠慮しておく。ここに留まったままでは王都が何の事前情報もなく大氾濫を迎えることになる。今回の大氾濫が鬼種だということを伝えねばならん」


「でも、戻るとは言ってもそう簡単にはいかないよ。こうやって話してる間にもどんどんゴブリンが出現してる。ロネは知らないけど、ボクは護衛とか撤退戦の経験が全く無いから、ヘリオス達を守りながら王都に戻るのは厳しいよ」


 ボクが今までに冒険者ギルドで達成した依頼は採取系と討伐系だけだ。護衛依頼は拘束時間も長く、さらには人の目もあるとなれば、異界人であり、隠している秘密が多いボクには受ける理由がない。

 おまけに、リルとヴァルナの嗅覚、イナバの聴覚、ボクの魔力視で広範囲の索敵が可能なので時間あたりの稼ぎも討伐系の方が護衛依頼より多かったりする。


「む···Cランク冒険者ならその手の依頼は経験していると思っていたんだが」


 ボク、アルフとの戦闘だけでCランク認定されたなんちゃってCランクですし。冒険者としての経験はDランク冒険者より少ないよ!


「腕っ節だけでここまで来ました」


「まぁ護衛未経験でCランクまで上がってる辺りは大したものだが······。ところでロネは護衛依頼の経験はあるか?」


「あるけど、精々荷馬車くらいね。今みたいに森の中での護衛は未経験だから、私一人でアンタたち五人をカバーするのは無理よ」


「······いよいよ手詰まりだな」


 ボク単独(単独とは言いながらもユリアとリルとヴァルナとイナバを含む)、もしくはロネ単独なら王都に戻ることは可能だ。ひたすらにゴブリンやホブゴブリン達を殲滅したり、空を飛んだりなど手段はいくつかある。

 ·········ん?夏期講習の入学試験の時みたいに、ボクが皆を持って飛べばいいのでは?


「まーーーー」


 前みたいにボクが運ぶよ、と言おうとした瞬間、この緊急イベントが始まった時以上の悪寒が背中に走る。

 ボク、ロネ、ユリアが真っ先に敵の存在に気付き、少し遅れてリル達三人が襲撃を察知。ヘリオス達はボク達の様子を見て異変に気づいた模様。

 はるか遠くの空からこちらに飛来する赤色の塊は、瞬く間に大きくなり、すぐに判別が着くほどの距離まで詰めてきた。

 少し前から竜種だとは分かっていたけども、この魔力の質は間違いなく火の属性竜だ。しかも上位。

 理由は分からないが、あの火竜はボク達を目指して飛んできている。ボクが目当てって分かったら心置きなく皆から離れることができるのになー·········っ!

 火竜の口内に魔力が集まるのを見たボクは肉声でロネ達に、〈念話〉でリル達に指示を出す。


「一か所に集まって!」


『コードD!ユリアは水!』


 ロネ達が素早く一塊になったのを確認したボク達は、急いで防衛態勢を整える。

 ボクがインベントリから取り出した六つのアクアマリンが、六芒星と円が組み合わさった陣を描いてドーム状の水の障壁を形作り、その外側にイナバが氷で同じくドーム状の障壁を形成する。

 さらに外側にリルが風、ヴァルナが土でドーム状の障壁を重ねて一番外側にユリアの水属性の障壁が形成され、これで五重の障壁が完成した。

 この前の反省を踏まえて、パーティー戦闘での連携訓練を積んだのだが、すぐに結果が出る訳もなく。

 一旦連携は諦めて、あらかじめ決めておいた動きを場面に合わせて使用することにしたのだ。これがその一つ、コードD。ちなみにDは防御(defence)のDである。

 肉声で指示することも考慮し、敵に内容が知られるのを防ぐためにアルファベットで分類してある。

 やがて火竜の出した炎が着弾。周りにいたゴブリン共々火に包まれる。調理場の結界はしばらく火竜の攻撃に耐えていたのだが、やがて耐えきれずに破壊されてしまう。


『私の障壁が破られたわ!』


 ボク達の障壁が調理場の結界より脆いことは分かっていたけど、思ったより消耗が早い。このペースで障壁が削られると、防ぎきれるかどうかは五分五分かな。

 そう思っていたが、幸いにも障壁が全て破壊される前に火の勢いが治まる。 

 とは言っても、一番内側に張っていたボクの障壁以外は破壊されており、残ったボクの障壁も破壊されるかされないかのギリギリだったのだが。

 調理場の結界は「通常時でも亜竜のブレスくらいなら防げる」とは言われたけど、さすがに上位属性竜のブレスは無理かぁ······。魔力を注げば際限なく強化されるらしいけど、気が動転しててその選択肢が全く思い浮かばなかったんだよね。

 というか、調理場どこ行った?影も形もないのはさすがにおかしいと思うんだけど。

 インベントリインベントリ······あったわ。今まで全く使ってないから忘れてたけど、結界が破壊されたら自動で格納される仕組みがあったんだった。理屈やら術式は不明。視ることはできるけど理解ができない。

 逃げる暇は無かったから仕方なく防御したけど、次からは回避しよう。防御できないことはないけど、そうすると消耗が激しい。

 特にボクの宝石が金銭面でのコストが重い。防御結界の魔法陣を書いたり『連鎖術式』の効果を魔法陣に仕込んだりするには、最低でも中サイズ以上の宝石じゃないと魔力許容量が足りないのだ。

 小、中サイズの原石をイスファから相場の値段で譲ってもらい、中サイズのものは研磨のみで、小サイズのものは【錬金術師】で中サイズのものに変換してから研磨を行っている。そして研磨が終わったら魔法陣やらを仕込むと。

 【法陣術師】は事前準備が必要だが、今みたいに障壁を張ったり以外にも、魔法陣の内部を高温の炎で焼き尽くしたり、継続的に聖属性で内部を浄化したりなど、コストに目を瞑ればかなり便利なスキルだ。

 え?一番重要な部分から目を逸らすなって?

 ごもっとも。

 ちなみにだが、そもそもこのゲームにおける魔法陣というものは大別して二種類存在する。とは言っても、その二種類の間にあまり差は無い。

 一つ目が、魔法文字というゲーム特有の文字を、特有の文法と様式に従って専用の塗料を用いて魔力を込めながら書いたもの。塗料は魔力を非常に通しやすく、特定の文様を描いてそこに魔力を流すと何らかの反応を起こす。遥か昔の先達たちがどの文様を描いた際にどんな反応が起きるのかを検証し、分類を行ってくれたおかげで今の魔法陣学が存在する。

 二つ目が、一つ目の方法で製作した魔法陣を複数用いて新たに描いたもの。組み合わせる前のそれぞれの魔法陣に『連鎖術式』の効果を仕込む必要があるものの、一つの魔法陣で発動する魔術より効果が高くなり、状況に応じて出力を調整することが可能である。

 また、魔術を付与するだけなら【付与術師】で事足りるのだが、【付与術師】の生産技法にある〈術式付与〉は自分が習得している魔術しか付与できない。その点、【法陣術師】なら自身が習得していない魔術の魔法陣も書くことが可能である。ただし、少しばかり難しい。自身が習得している魔術の魔法陣を書く際はシステムアシストが働くことによって次に書くべき魔法文字が半透明で出現するのだが、そうでない場合は完全マニュアル操作である。教本を読んで魔法文字やその文法を覚えることが必要である。

 今しがた使った防御障壁は魔術としては低位のもので、学院の図書館には魔法陣の見本が書かれた本もあったのだが、『連鎖術式』の効果をそこに加えるとなると魔法陣の改良に結構な時間を費やした。

 ミネルヴァによるとその気になればほぼ別物とも言えるレベルまで魔術を改良することができるらしいのだが、ボクにはまだ遠い話である。


「た、助かった」


「五人がかりとはいえ竜のブレスを防ぐ障壁を瞬時に張る···これがCランクか······」


 んー···調理場の結界が無かったら十中八九死んでるからね、ボク達。防御特化の高ランク冒険者だったら話は変わるかもだけど、生憎ボクもロネも攻撃の方が得意だ。

 まぁ、防ぐことはできたが、本気には程遠い一撃だ。依然としてこちらに飛んできている火竜を見れば、危機が去っていないというのは一目瞭然である。

 というか、さっきの炎はギリギリ判別が着くかどうかの距離から放ったものなのに威力高過ぎない······?


「······感心してる場合じゃないよ。ヘリオス達は早く逃げて。ボク達が足止めするから」


 先程までは結界内より王都への道中の方が危険だったが、今はまるっきり逆になっている。ワンパーティでの竜討伐など、某弾幕ゲームで言えばルナティックだろう。

 ······いや、ボクの今のレベルといくつかの切り札を計算に入れれば、ハードとルナティックの間か?

 ボクの持つスキルを形振り構わず全て使えば、火竜から逃げることは不可能ではないだろう。撃退、それどころか討伐すらも可能かもしれない。

 しかし、それは全てのスキルを駆使すれば、という条件のうえに成り立っている。人の目、しかも貴族であるヘリオス達の目がある現状ではおいそれと使えないスキルがいくつもある。珍しいスキルがあるからといって国の監視下に置かれたくはないし、危険だからと討伐対象として認識されたくもない。

 ボクのいくつかのスキルはそれ程のものがあるとおじさん達からは言われているのだ。


「師匠、私達も戦う!」


「貴族たるもの、民より先に逃げるわけにはいかん!」


「足手まといだ!」


「「ッ······!」」


 フレイもミオナも、残ると言わなかったヘリオス達も、ボクに言われずとも自分達が足手まといなのは理解しているだろう。反論しないのがその証拠だ。


「私は残るわよ」


「ロネも逃げて」


「なんで?私はBランク。足手まといにはならないわよ」


「ボクの方が火竜と相性がいい」


「火竜相手に相性なんて関係ないでしょ。ここにいる全員で戦っても勝ち目が薄い存在だもの」


 それはどうだろう。今の所その気はないが、【憤怒】なら倒せる。


「別に勝とうとは思ってないよ。ロネやヘリオス達が王都に戻るまでの時間を稼ぐだけ。王都になら火竜を倒せる戦力があるでしょ?」


「えぇ。私が知っているだけでもAランクが数人、Sランクが一人、今も王都に滞在しているはず。その面子なら火竜は倒せると思う」


「大氾濫が起きたことは王都の人達もいずれ気付くけど、問題はこの火竜。ロネ達には火竜の襲来を高ランク冒険者達に伝えてほしい。でも、ロネだけじゃ発言力が足りないかもしれないし、ヘリオス達だけじゃ王都に戻れるかどうか分からない。だからロネはヘリオス達と一緒に王都に戻ってほしいんだ」


「······分かったわ。でも、死なないでよ」


 うーん。この辺りで言っておくべきかな、ボクが異界人だってこと。これ以上心配をかけたくないからね。


「大丈夫、だってボクは·········」


 そう言いながらメニューを操作し、インベントリから【鍛冶師】と【付与術師】の練習で製作した短槍を取り出す。


異界人(プレイヤー)だから」


 突如現れた短槍に目を丸くしたロネだが、今の現象に一切の魔力が働いていないことに気付き、納得したような表情で頷く。


「······道理で突拍子もないことをするわけね」


『いや、そこら辺は素でやってるんじゃない?』


 黙れエロ精霊。


「行きなよ。いつまで足止めできるか分からないんだし」


 ロネに背を向け、火竜が吐いた巨大な火球をそれ以上に巨大な水球で相殺しつつヘリオス達を再び急かす。


「ほら、行くわよ!」


「ぐ······くっ。スノウ!これから先、何か困ったことがあったら言ってくれ!力になる!」


「セイリア王国の王族として、この戦いが終わった後には戦功に見合う報酬を約束しよう!」


「「「私も(です)!」」」


 口々に叫びながら、ロネと共に王都の方向へ走り去って行くヘリオス達。

 さて、ここからが踏ん張り所だ。


「『誰も死んでいないとは予想外だな。既に貴様らは我に喰われる運命にあるのだから抵抗は無駄なのだぞ?』」


 ······コイツ、喋るのか。亜竜とは強さも知能も段違いってことね。


「何事もやってみなきゃ分かんないよ」


「『ハッ!混じり物が。できないことをほざくでない』」


 混じり物、ねぇ。竜人ははるか昔に人と竜とが愛し合って生まれたという設定があるからそう呼ぶのかな。

 それを言うなら竜種だって他の属性の竜種と交わっているせいで昔よりかなり弱体化してるんだけどね。一度も他の属性の竜と交わらずに血を継承してきた純血種も中にはいるけど、純血種なら眼の前にいる火竜とは比べ物にならないくらい魔力の純度が高いはずだ。


「『百年も生きてない若造が生意気ね。アンタも混じり物でしょうに』·········んっ!?」


 ねぇ!思ってもないことが口から出たんだけど!?ユリアやリル達だって急に口調と声色が変わったボクを訝しげに見てるし!?


『あ、ちょっとアンタの口借りたわよ』


 事後報告が過ぎる!

 というかせっかくの再会での一言目がそれ!?再会が思ったより早かったのは嬉しいんだけど!


「『竜である我を混じり物だと······!?』」


 ほら、怒ってるじゃん!どうするのこの状況!


『アタシに任せなさい』


 ·········嫌な予感しかしないけど任せた。


「『だってアンタ純血種じゃないでしょ。おまけにカッコつけて《我》なんて偉そうな一人称使ってるし。なんで若いのってすぐ見栄を張りたがるのかしらね?』」

 

 チクショウやっぱり任せるんじゃなかった!


「『貴様ァッ!』」


「『文句があるならかかって来なさいよ。それとも、敵が複数だとビビる弱虫なの?』」


 これ以上煽らないで!?相手は勝ち目の薄い格上なんですが!?


『安心しなさい。アタシがここまで煽ったんだから、後始末もアタシがするわよ』


 あ、そうなの?


『そもそもコイツ、アンタの本来の力があれば片手間で殺せるわよ?』


 ···············嘘でしょ?というか本来の力って何よ。ラノベや漫画じゃあるまいし。


『ま、信じられないのも仕方ないわね。今は大人しく見てなさい』


 ヘレナは少し残念がりながらも、すぐに気を取り直してその身体から大量の魔力を迸らせる。

 ······ボクの身体からボクのものじゃない魔力が出てるって新鮮な光景だなぁ。


「『なっ···混じり物の分際でなんだそのデタラメな魔力量は······!?』」


 ボクの数倍の魔力量を持つ竜種からしても「デタラメ」ってマジか。ボクからしたら数十倍、もしかすると数百倍?


「『そうやって混じり物云々で他の種を見下す所がガキなのよね。このくらいなら竜種以外にも結構いるわよ?』」


 そのレベルの存在がホイホイいたらこの世界は無理ゲーなんですが?


「『で、どうする?大人しくアタシに殺されるなら痛くはしないであげるけど』」


「『······舐めるな。我とて竜種。勝ち目が無くとも、己から何もせず首を差し出すなど矜持が許さぬ!』」


 火竜が大きく息を吸い込み、ボクやユリア達を十回以上焼き殺してもなお余りある業火の息吹を放つが、ヘレナが無造作に放出しただけの魔力に隔てられ、一切の熱すらボク達は感じない。


「『へぇ。最後までバカなままかと思ったら、今まで見下してた相手を格上と認めるのね。驚いたわ』」


「『我ながら遅すぎたとは思うがな!』」


 ブレスでは傷も付かないと読んでいたのか、火竜は間髪入れずにその巨大な爪を振りかぶり、ヘレナへと振り下ろすが、ヘレナは片手でそれを受け止める。

 ヘレナの足元の地面は罅割れ、足首辺りまでが地面に沈み込んでいるにも関わらず、ヘレナは何事もないかのように平然としている。

 ······紙防御(VIT初期値)のボクの身体でどうやってんのそれ?


「『えぇ、遅いわね。······ただ、少しだけ見直したわ。冥土の土産にいい光景を見せてあげる』」


 今までは眼の色が金色に変わっていただけの変化が全身に及ぶ。

 髪と角は黒く、しかし、かつて暴走した時の禍々しさはない。むしろ神々しさすら感じられ、陽の光を受けて黒曜石のように輝く艶やかな黒色だ。

 肌は褐色に、鱗は黒く染まるが、かつて身体に刻まれていた赫き紋様は影も形もない。

 そして、突拍子もなく現れたメイド服はヘレナの身体へと勝手に装備され、またもその意匠を変える。

 黒を基調としたナイトドレスの所々に黄金の装飾があしらわれ、静謐ながらも豪奢なデザイン。ホワイトブリムが変化した小さなティアラと、ヘレナの周囲を薄く渦巻く蒼白い燐光も相まって、その姿はまさに死の女王。

 

「『蒼白い魔力にその神気······まさか貴方様は······!?』」


 ユリア達もボクの急変に驚いているが、火竜に至っては口をあんぐりと開け、今が戦闘の最中であることも忘れて棒立ちになる程の衝撃を受けている。 

 火竜が先程までの尊大な口調から一変し、ヘレナを「貴方様」と呼んでいるあたり、ヘレナは竜種の中でもかなり高貴な存在らしい。


「『今更気付いても意味は無いわよ。アンタはもう死ぬんだから』」


 ヘレナがパン、と柏手を打ちながら一言。


「『(カイ)』」


グチャァッ


 ············Oh,グロテスク··················。

 火竜だったモノが大量の骨片と肉片になって地面に積み上げられていくが、その全てがモザイクで隠されている。俗に言う「見せられないよ!」って奴だ。 


《討伐モンスターの損傷が一定値以上のため、解体オプションを自動でオート解体に変更。インベントリに直接送られます。》


 ······この惨状で素材取れるのか。オート解体も捨てたものじゃないな。


『じゃ、アタシは引っ込むわね』


 返事する暇も無く、身体の操作権がボクに戻る。

 ······いきなり来ていきなり帰っていった·········。そういえば、以前の凸待ち配信でもこんなことあったな。あの時も驚いた。


「スノウ、異常はない!?」


「「「おかーさん!?」」」


 ごふっ。

 横腹にいきなり頭突きしないで······。しかも三人一気に。

 ヘレナからボクに戻ったせいで、防御系ステータスは貧弱極まりないんだよ。

 まぁ、ユリア達の気持ちは分かる。いきなり口調と声色が変わったかと思えば、さらに色彩や装備まで変わったんだ。再び暴走したと思っても不思議ではない。というかそう思ったんだろうね。皆少し涙目だ。


「今回は大丈夫。暴走してないよ」


「でも、今のはスノウじゃなかったでしょ?」


「うん。ボクの中にいる、もう一人のボクって所かな」


 ヘレナについての詳しい事情はボクも分かっていない。「元は同じ」等の思わせぶりな発言が気になるのだが、いざ問い詰めるとはぐらかされる。

 【真偽看破】も【悪意察知】も反応を示さないため、今は敵ではない、ということだけしか判明していない。


「······信頼できるの?」


「一応できる。【悪意察知】にも無反応だったし、ボクに危害を加える気は無いみたい」


「むぅ。おかーさんの力が大丈夫って言ってるなら大丈夫なの」


「···それでも心配なものは心配。火竜もさっきまでのおかーさんも凄まじい魔力だったから近寄れなかったけど、気が気じゃなかった」


「あー、それはごめんね?今度好きな料理作るから」


 頬を膨らませるヴァルナの頭を撫でながら宥めると、みるみると頬がしぼんでいく。そしてリルとイナバに向かってピースサイン。


「···言ってみるもの」


「ずるいのー!」


「私も思ってるのです!」


「ごめんごめん。二人の好物も作るよ」


「······私は?」


「どうせ三人から少しずつ分けてもらう気でしょ?」


「バレたわ」


 いつも使ってる手口なのでバレるも何もないだろう。

 あ、戦闘も終わったことだしインベントリ見てみよっか。火竜の素材がどうなってるか気になる。

 ······少ないうえに質も悪い、と。当然だ。むしろ少しでもあの惨状から素材が採れたことに驚いている。

 お、消えた。


『あ、火竜の死体はこっちで回収しといたけど不都合ある?』


 うんにゃ、あそこまで損壊してたら使い道ないから構わないよ。そもそもヘレナが倒したんだし。


『オッケー』


 一件落着、みたいな雰囲気だけど大氾濫終わってないんだよねー。


「······これからどうしようかな?皆、ちょっと待ってて」


「「「「はーい」」」」


 火竜とヘレナという圧倒的強者どうしの戦いがあったため、ここに魔物たちは近付いてこなかったが、両者とも既にこの場を去った。そう遠くない内にゴブリンやオーガ達が押し寄せて来ると思われる。

 ロネ達は······あれ、ロネとヘリオス達が別行動してる。ロネの周囲に、他の魔物達と比べて一際強い魔力の塊が数体、さらに強い魔力が一塊。

 ヘリオス達を守ったままでは戦うのは難しいと判断して一人で残ったのだろう。ロネが使っている所を見た覚えはないが、どこか懐かしい気配がするスキルを用いて戦っている。

 あの様子だと負けそうにないし、多分あのスキルはロネの奥の手だよね。見られたくないかもしれないから、手助けするべきかどうか本人に聞こう。

 進化前より向上した魔法技術で独力で『念話』を発動。ロネへと通信。


『こっちの戦いは終わったよ。ロネの手助けに行った方がいい?』


『はぁ!?終わったってアンタまさか、火竜を討伐したの!?』


『今はその話は置いといて。で、助けはいる?』


『いや、軽く流す話じゃないわよ······?あ、こっちの助けは不要よ。あと、ヘリオス達もアタシやアンタがいなくても王都には辿り着けると思うわ。こっちに来るくらいなら近場の魔力溜まりを潰してちょうだい。潰せば潰す程大氾濫が早く終わるし、放置してハイオーガやオーガジェネラルの追加が来ると面倒なのよ』


 面倒なだけで無理ではないと。ボクのことを非常識だ何だと言うけど、ロネも大概非常識じゃない?まぁ、大丈夫そうならボク達は魔力溜まりを潰そうか。


『了解。死なないでねー』


『オーガ程度なら死なないわ。アンタこそ死ぬんじゃないわよ』


『はいはーい』


 これでロネとの通信は終了、と。


「方針が決まったよ。ボク達は王都には戻らずに近辺の魔力溜まりを潰していく。意見があるなら好きに言ってね」


「無いわ。さっきもほとんど戦ってなかったし、魔力も霊力も十分よ」


「いつか竜種に勝つためにも強くなるの!」


「···対集団戦の訓練になる」


「長期戦の訓練にもなるのですよ!」


 ふむ、異論無しか。じゃあれっつごー。


「いっぱい倒していっぱい報酬貰うよー!」


「「「「おー!」」」」


 ボク達の戦いはこれからだよっ!

 ·········打ち切りじゃないからね?

最後のはネタ発言です。打ち切りの予定は全くないのでご安心を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  更新してくれた事そのもの。 [気になる点] >珍しいスキルがあるからといって国の監視下に置かれたくはないし、危険だからと討伐対象として認識されたくもない。  その要素は、現代のネトゲで…
[一言] 何か覚悟完了していざ尋常に勝負になる所がヘレナがしゃしゃり出てきてワンサイドゲームで終わったぞ( ; ゜Д゜) しかし解ってたけどヤバイのが宿ってるだけにスノウとは関係なく最強クラスだけど…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ