第六十四話 和解と浴衣と夏祭り
ブックマーク1600突破本当にありがとうございますぅ!!!m(_ _)m
なのに投稿めっさ遅れてすいませんでしたぁ!
···なんで投稿がこんなに遅いのにブックマーク増えるんでしょうね?いや、嬉しいことなんですけどね。不思議です。
今回の話も楽しんで頂ければ幸いです。
「おはよう、皆」
「「「おかーさん!」」」
昨日の暴走の後、ユリア達が泣き疲れて寝たこともあってろくに顔を合わせずにログアウトした翌朝のこと。無理矢理ユリア達との契約を破棄したからなのか、ログインした瞬間にリル達三人娘から襲撃される。······突撃と言った方が正しいのかも?
あ痛っ。やめて!今の装備メイド服じゃないから!ただの寝間着だから!
ボクのVITは一般人より低いからリル達の頭突きが痛い!心配してくれるのは嬉しいけど痛い!
「おかーさん大丈夫なの!?」
今、若干大丈夫じゃないね。
「···違和感ない?痛みはない?」
君達の頭突きと抱擁が痛い!
「おかーさんはしばらく大人しくなの!一ヶ月くらい大人しくしておくの!」
その一ヶ月の間は何をしろと。
「三人共心配し過ぎ。ボクは大丈夫だよ」
「「「うううううう〜〜〜!!」」」
······なんで大丈夫って言ってるのに泣くんだろう?ボクは異界人だから死んでもリスポーンするし、契約で繋がって··········あ。
あー······そういえばボクの方から勝手に契約破棄したんだっけ。リル達からしたら、契約の繋がりを切られたうえに戦場から離れた所に転移させられたからボクは安否不明になるのか。
あ、あのー。尋常じゃない速度で寝間着が湿ってきてるんですが···。君達どんな泣き方してるの?いや、泣いてくれるってことは心配してくれた証拠だから嬉しいんだけどね。
······後で洗濯しないとなぁ。汚れると耐久値が減っちゃうからね。ボクが持ってる寝間着はこれ一つだけだから壊れると困る。
ボクは大抵ベッドでログアウトするんだけど、ベッドでは寝間着じゃないと落ち着かないんだよねぇ。かといって服を買いに行こうとするとアルマさんが全力で阻止にくるという······もうクエストじゃなくて強制イベントなんだよなぁ。
その服を着た姿をアルマさんに見せたらお金を貰えるし、アルマさんが作った服は超高品質。そこまではメリットしかないんだ。ただ······露出とかフリルが異様に多い·········。
えっちぃ奴かフリフリした奴かのほぼ二択なんだけど!?今着てるのも結構フリルが多かったりする。でもね·········ネグリジェとかベビードールよりはマシ。
ああいうのはボクみたいな中身が男なのは着るべきじゃないと思います。もっと可愛い子に着させるべき。うん、リル達が似合うんじゃないかな。三人とも可愛いし。
アルマさんからその手の服を渡されたら速攻でリル達に回そう。アルマさんの服ってどれもサイズ調整のエンチャントかかってるから大丈夫でしょ。
あれ?そういえばユリアの姿を見ないような············ヒェッ。
ユリアの目はこれでもかと言わんばかりにかっ開いており、とてつもない恐怖と狂気を感じさせる。
ガンギマってる!ガンギマってる!めっちゃ怖いんだけどそれ!?
ユリアの様子を見てリル達がボクから離れる。ユリアと同じ心境だからなのか、単純にユリアが怖いからなのかは知らないが、リル達は助けてくれないようだ。
ガンギマったままの表情でユリアが問いかける。
「ねぇ······スノウ?」
「はい!なんでございましょう!」
「私達がどれだけ心配したか、分かってる?」
「······それなりに心配されていた自覚はあります」
自惚れかもしれないけど。
「それなりじゃないわよ!スノウがあんな異形になっていたのに、私達が心配しなかったとでも思ってるの!?」
「それは···」
「『どうってことない』って言葉が嘘なのはすぐに分かった!貴方の魂が、躰が、至る所で悲鳴をあげていた!それでも······私達にできることは何も無かった!瘴気を吸収することも、魚人モドキと渡り合うことも、あの場では貴方にしかできないことだった!」
先程までの怒りを感じさせる表情は既に崩れ、両目からボロボロと涙を流している。強く握り締めた手のひらからは血が滲んでおり、その時ユリアがどれだけ強い怒りと恐れを感じていたのかを物語っていた。
「悔しかった!世界樹の精霊だなんだと言っておきながら、いざという時に何もできないでただ守られるだけだった自分が!
怖かった!邪神になるまで瘴気を溜め込んだ貴方が、もう戻って来ないんじゃないかって!異界人は死んでも暴走しても戻って来れると聞いてはいたけど、あの光景を見たら到底信じられなかった!」
「ユリア···」
「普通は邪神化したら元に戻ることなんてあり得ない!そのまま異能に心を侵されて、理性を失う!異能を使いこなす前に殺すしかないもの!」
ユリアは叫びながら、フラフラと頼りない軌道で飛び、ボクの胸元にポスっと降り立つ。そして泣きながら、消えゆくようなか細い声で言った。
「お願い······もう貴方から勝手に私との契約を切らないで·········」
ユリアの懇願を聞いたリル達が次々とボクに抱きつく。
「リルとの契約も切らないでほしいの!」
「···私のも」
「イナバのもなのです!」
「······悪いけど確約できない。もし契約を破棄しなかったことが原因でユリア達の内の一人でも死んでしまったら、ボクはずっと後悔する。それなら、たとえ君達に嫌われてでもボクは契約を切る」
「スノウ···!」
「「「おかーさん······」」」
しばらくの間、場が沈黙に包まれる。
互いが互いのことを大切に思っているからこそ、どちらも譲らない膠着状態。
その沈黙を破ったのは、部屋の扉を乱暴に蹴り開けた父さんだった。
「自分が本気でやれば何とかなると思ってるなら、それは傲慢だぞ。スノウ」
「父さん···!?」
「お前が形振り構わず逃がそうと、もしくは守ろうとしてもいつか必ず限界が来る。お前一人ができることなんてたかが知れてる。まぁ、そんなことを言えるほど俺は強くないがな」
「そんなことは思ってないよ。現に昨日だって、ネプちゃんやおじさん達がいなかったらボクは暴走したままだっただろうし」
「そこじゃない。俺が言いたいのは、お前が暴走する寸前にユリア達との契約を切ったことについてだ」
「······何が言いたいの」
「お前は瘴気が契約の繋がりを通してユリア達に流れ込むのを恐れたのかもしれない。だがな、パンツァー達がいなかったら、お前自身がこいつ等を殺してたんじゃないのか?」
「っ···!それは······」
否定できない。なにせ【憤怒】は解除条件が厳し過ぎる。おじさん達が止めてくれなかったら、ボクは確実にユリア達を殺してしまっただろう。
「契約を切ったとしても、それがユリア達を助けることに繋がるかは分からん。ちょうど今回みたいにな。それなら、いっそ契約は繋げたままでユリア達を助ける方法を探った方がいいんじゃないか?」
「そうかなぁ···」
「確か、〈強制送還〉なんてスキルだかアーツだかがあるんだろ?それで攻撃から退避させたらいいんじゃないか」
「それで防げるのは外部からの攻撃でしょ?内部からの攻撃はどうするのさ」
「そのことだが······ちょっとこっち来い」
チョイチョイ、と手招きされたので近付くボクに対し、父さんが耳元で囁く。
「(瘴気があいつ等に流れ込みそうになったら、俺が【恋愛神】で構築した経路を通じて引き受ける。今はあいつ等を安心させてやれ)」
「(······いいの?)」
「(前から言ってるだろ。もっと俺達を頼れって)」
「(じゃあ、お願い)」
「よし、スノウも納得したみたいだな。さっさと契約を繋げ直すか」
止める間もなく父さんが手を振ると、ボクとユリア達との間にあった魔力回路が再構築され、今まで以上にしっかりとユリア達との繋がりを感じることができた。
······前のとは微妙に違うような気がする。
「父さん、何かした?」
「···やっぱり鋭いな。後から言って怒られるのは勘弁だから今白状しておこう。今回の契約、お前からは解除できないようにしておいた」
「はぁ!?」
いつの間にそんなことを出来るように!?というかそもそも他者どうしの契約を繋げるなんて······って、あー············【恋愛神】か。
縁とか絆とかはあの権能の管轄だっけ。
いやいや、父さんが持ってる権能のことより言いたいことがある。
「なんで勝手にそんなことを······」
「勝手じゃないぞ。お前以外には許可を取ってある」
「あ、そうなの?」
ユリア達に視線を向けると、四人揃って頷く。うん、四人が納得してるならいいよ。
「とりあえずはこれで解決として······いきなりだが、夏祭りに興味あるか?」
「「「「「夏祭り?」」」」」
このファンタジー世界で夏祭り?
「夏祭りってのは異界で開催される祭りで······ってスノウはお知らせ見れば分かるだろ。ユリア達には俺が説明しとく」
「おっけ」
なになに······「現実の食べ物を再現した屋台に、ファンタジー世界ならではのスキルや魔法を利用した催し物など、普段では楽しめないような特別なイベントとなっております。どうぞ奮ってご参加ください」っと。
······なるほど。·········人混み苦手なんだよなぁ············。嫌な視線は感じるし、痴漢には遭うし、この手のイベントを楽しんで終われた記憶が無いんだよね。
それに、このイベント、参加するのに特定のアイテムが必要じゃん。ボクこれ持ってないよ。
「父さん、参加には『浴衣』に分類される衣服アイテムの着用が必要って書いてあるよ?ボク持ってないんだけど」
「え?そんなの」と、言いながら父さんが指をパチンと鳴らすと。
「私がいるじゃない〜」と、どこからともなくアルマさんが姿を見せる。
どこから嗅ぎつけたこの人······。
「『浴衣』、知ってるわよ〜。極東の島国でしか着られていない、民族衣装でしょ〜?」
出た、ファンタジー世界御用達の日本っぽい国、もとい極東の島国。このゲームにもあるんだね。
「作れるの?」
「愚問よ〜。だって可愛い子に似合うんだもの〜」
そういえばこういう人だった。
「じゃあ全員分作ってくるわね〜」
アルマさんはそう言ってものすごいスピードで走り去って行った。······嵐みたいな人だ·········。
「ま、私は留守番かしらね。髪飾りに憑いてたら、気になってつい出ちゃいそうだし」
「それじゃあボクと一緒に留守番しよう。どうにもこの手のイベントは苦手でね」
精霊って目立っちゃうから、夏祭りみたいな不特定多数の人が集まるようなイベントには行かない方がいいんだよね。犯罪組織の中には精霊や妖精を集中して狙ってるとこもあるらしいし。
冒険者界隈でも、精霊を従えているというのは一つのステータスになるらしい。それだけで一目置かれるのだとか。そのため、正面切っての交渉や大金を積んで買おうとするのはまだマシな方で、非合法な手段を取ってでも手に入れようとするゴロツキもいるとのこと。
え?冒険者の試験の時にユリアが姿を見せてたじゃないかって?
あれ、実はユリアが出現した瞬間にボクとアルフ、おじさん達三人以外には見えないようにエメロアが幻惑系の魔術を使ってたらしいよ?幻惑魔術が間に合わなくてユリアの姿を見てしまった人もいたらしいけど、その人達にはユリアのことを広めないようにと弱い暗示や思考誘導をかけたと後から聞いた。
精霊の希少性もその時に教えられて、「精霊がそうホイホイと姿を見せるな」って注意されたんだよね。
「おかーさんは行かないの?」
「うん、ごめんだけど今回は行けない。リル達の引率はリオンかイスファに頼もうかな······」
「···私達を子供扱いしすぎだと思う」
「ごめんごめん」
【人化】してる時は外見的には子供だし、喋り方も少し拙いせいで、どうしても子供っぽく感じる。何よりマーナガルムさんに「娘達を貴方に託す」と言われているから、ボクはリル達を『守らなければいけない存在』として認識している。他人頼みになろうとも、ボクはリル達の守護には全力を尽くすつもりだ。
······我ながら、今の一言は情けないなぁ。いつかはボク一人でも大体のトラブルは解決できるようになりたいけど、その道のりは厳しい、なんて言葉じゃ済まないだろうね。
ちなみに、ボクがリオンとイスファに引率をやってもらおうとしている理由は消去法だ。
おじさん→うちの娘を連れていることで周りのプレイヤーから嫉妬の目を向けられそう
アルフ→おじさんと同じ理由
エメロア→ボクによく悪戯を仕掛けてくるから、リル達が心配になる
ミネルヴァ→人見知りなので、ボクとは違う理由で人混みが苦手
カンナ→食べ物の屋台に気を取られそう
アルマさん→言わずもがな
全員大人のはずなのに、リル達の引率をできそうな人が少ない······。いや、皆いざという時にはすっごく頼りになるし、めちゃくちゃ強いんだよ?
「なぁ、ユリアが行かないのは、精霊が目立つからか?」
「そうよ。アイリスも、私以外の精霊を知らないでしょ?」
「うんにゃ。俺の妻も精霊だぞ」
「······そうだったわね」
そういえば透けてたなぁ。
「でも、キャラメイクの時に選択できる種族に精霊は無かったよね?母さんはどういう経緯で精霊になったの?」
「俺達も詳しくは分かってないんだが······まず竜峰山って知ってるか?」
「うん」
竜峰山。王都を出て北へと進み、森を抜けた先にある高い山。竜峰山の近くにいくつかの山が存在しており、ちょっとした山脈を築いている。
竜峰山を越えると別の国らしいが、傾斜が激しいうえに、最弱モンスターがワイバーンという非常に危険な地域になっているため、そのルートを通って国を渡る人はほとんどいない。
「まさか行ったの?」
「あぁ。腕試しにな」
「何人で?」
「俺、セナ、アヤの三人だけだ。フミはどうしても相性が悪くてな」
フルパーティ×6の総勢48人のレイド組んで攻略しようとしたプレイヤー達が山頂にも辿り着けずに全滅したとかいう話を掲示板で見たんだけどなぁ。腕試しとはいえ、なんでたった三人で突撃するのか······。
「どこで死んだの?」
「いやー、意外と最後の方まで行けたんだけどなー。ボスっぽい奴との戦闘でアヤが落ちて、その後戦ってた所の地面が崩落して戦闘そのものがおじゃんになった」
ボスらしき所までは行ったのか······。なんて非常識な身内。
「とは言っても、俺とセナは死んでなくてな。二人でゴロゴロ山の中を滑り落ちてよく分からん場所に到着した」
「あ、死んでなかったんだ。それで、よく分からん場所って?」
「洞窟みたいな空洞があって、どうせなら探検しようぜってなって進んだら、一番奥に巨大な水晶が浮いていた」
「ふむふむ」
なるほどー······あれ?さっきからリル達の声が聞こえなくなったけど、何かあった?
「リル達なら、さっき戻って来たアルマについて行ったわよ。採寸だとか、どんなデザインが合うかとかの確認だって」
了解。勝手に思考を読んだのは後でちょっと話そうか。
「えっ」
突然驚いた様子を見せるユリアに対し、不思議そうな視線を向ける父さん。
「ユリアはどうしたんだ?」
「なんでもないよ。話の続きをどうぞ」
「お、おう。えーと、どこまで話したっけ」
「水晶を見つけた所までだね」
「そうそう。で、その正体不明の水晶を俺が遠巻きに観察していたらセナがやらかした」
あっ(察し)。
「······触ったんだね」
「······あぁ、せっかく俺が警戒してたのに、セナが微塵も躊躇わずに水晶に触れたらあんなことになった」
子供かな?
「私の名前が聞こえてきたんだけど〜」
そう言いながら寝ぼけ眼で部屋に入って来たのは母さんだ。ちょうど起きたようだ。
「世間話をしてただけだ」
「そうなのね。あ、そうそう。アルマさんに頼んでた浴衣ってもう完成したの?」
「俺は渡されてないから、アルマ本人の所に行ったらどうだ?」
「え、母さんってアルマさんに浴衣の制作を頼んでたの?」
「えぇ。今日の夏祭りに参加しようと思ってね」
「精霊なのに?」
装備は変えられるだろうけど、問題は精霊の種族スキルである【物理無効】だ。二人で並んで歩いている時に他の誰かが母さんの身体をすり抜けてしまったら、せっかくのお祭り気分に水を差されそうな気がする。
「そこはアイリスちゃんが何とかしてくれるって言ってたんだけど······」
「それを解決できる奴をもう呼んである。そろそろ来るはずだ」
「うむ。ちょうど到着じゃな」
父さんの言葉と同時に扉が開き、現れたのは······エメロア?
「急に頼み事して悪いな」
「構わん。倉庫から引っ張り出して来ただけじゃ」
エメロアが黄緑色の液体が入った小瓶を懐から取り出す。
「偽人薬。精霊や妖精など、非実体系の生物のための魔法薬じゃ。身体を人間程度のサイズに調整し、実体化させる。味覚も獲得できる優れ物じゃが、的が大きくなるのが欠点でな。戦闘中には使えん。こういう時にしか使わん」
「恩に着る。えっと···謝礼はどうすれば······」
「なに、そこまで貴重なものではないからな。今夜あるという夏祭りとやらを案内してくれればよい」
「エメロアがそれでいいならこっちに文句ははないが、浴衣はどうするんだ?」
「もちろんアルマ頼りじゃ。ワシが普段同じような服しか着ないのもあってか、二つ返事で受けおった」
「確かにいっつもそんな感じの服だよね」
服によって微妙に意匠が違うけど、大体のデザインは一緒だよね。
「とまあ、エメロアのおかげで精霊も問題なく夏祭りに参加できるわけだ。ユリアはどうする?」
「行くわ!」
ユリアが食い気味に答え、心底嬉しそうにパンパンとボクの頭を叩く。
「スノウも行きましょうよ!」
「お祭りとかの人混みは苦手って言ってるじゃん」
「えー!行きましょうよー!」
やけにユリアのテンションが高いな······。
『スノウと契約する前のことは知らんが、契約してからは外に出ることがほぼ無かったからのう。人目を気にしないで済むうえ、おぬし等と共に出掛けられるのが嬉しいのじゃろうな』
『······ボク行く気無いんだけど』
『さっき苦手と言っておったな。何故じゃ?』
『毎回男が言い寄って来るから』
浴衣で行っても、私服で行っても、部屋着みたいなゆるい格好で行ってもナンパされるからもうこりごり。
『難儀じゃのう。そこらの貴族令嬢を鼻で笑う程のその美貌もマイナスになることもあるのじゃな』
『今はお世辞はいらないよ······』
『(お世辞じゃないことに気付くのは何時になるやら)』
『なにさ』
『なんでもない』
だからその小技は何なの?
『おぬしは後ろ向きじゃが、ユリアはそうでもないようじゃぞ?』
視線を感じたのでふとその方向を見てみると、期待が籠もった眼差しでボクを見詰めるユリアの姿が。
おうふ。この目で見られると断りにくい。
それでも嫌なものは嫌なんだけどね。行きたくないなぁ。
『リル達もおぬしと行きたそうじゃが?』
今度は扉の陰から「一緒に行けたら嬉しい!」と言わんばかりに輝いた視線をボクに向けるリル達の姿が見える。いつの間に戻ってきたし。
行きたくないんだけどなぁ。行きたくないんだけどなぁ!
『行ってやったらええじゃろうに』
『さっきから言ってるけどさ!嫌な視線を向けてくる奴が寄って来るから嫌なの!』
声をかけるだけに飽き足らず、車にも乗せられそうになったこともあるんだから!
あの時は、小さい頃から習っていた格闘術で何人かは気絶させたものの体力切れと数的不利であわや攫われそうとなったところで、ボクの悲鳴を聞いた父さんがギリギリ駆けつけて全員その場でぶちのめしてくれたから助かったけどね。
『それは異界での話じゃろ?こちらでのおぬしの強さなら、そこらのゴロツキなど相手にすらならんじゃろう?』
『······確かに』
それでも、ボクの夏祭りに対する苦手意識は消えない。というか、夏祭り以外のイベントも大体苦手なんだよね。
『うむん······あの二人を呼べばなんとかなるかのう?』
『あの二人って?』
『すぐに分かる。そこで待っとれ』
エメロアが空間魔法でどこかに転移する。あの二人とやらの所に行ったのだろう。
と思ったらイスファとミネルヴァを連れてすぐ戻ってきた。
「ミネルヴァ、状況は説明した通りじゃ。こやつの存在感を薄くしたりだとか、あまり目立たないようにできるか?」
「それでしたら、この仮面がいいんじゃないでしょうか」
ミネルヴァが取り出したのは狐の半面。
「付与効果を確かめてください」
ミネルヴァはそう言ってボクに半面を渡す。
妖狐の半面
様々な効果が付与された、狐の意匠の半面。これを着けた者が、この仮面のことを知らない者に正体が露見することはない。
付与スキル:気配希薄、認識阻害、彩色、種族偽装(狐)
気配希薄
発動者の気配が薄くなるスキル。
普段目立つ人物でも、このスキルがあれば一般人レベルにまで抑えることが可能。
認識阻害
スキル発動者を発動者と認識させないスキル。
スキル発動の場面を他者に見られない限り効果が持続する。
彩色
スキル発動者の肌、目、毛の色を自在に変更するスキル。
調子に乗ってコロコロ色を変えると気持ち悪い見た目になるので注意。
種族偽装(狐)
スキル発動者の種族を狐獣人に偽装するスキル。
スキル発動中は狐の耳と尻尾が生える。ちなみに本物で、感覚もあるうえ動かすことも可能。
おぉ!ここまで変装、偽装系のスキルがあれば人混みに紛れ込むことができそう!
『それがあれば夏祭りにも行けるか?』
『うん。この仮面を着けてれば寄って来るナンパ男は減るんじゃないかな』
「あ、あの···どうでしたか······?気に入りませんでした?」
あっ!まだ返事してなかったから不安にさせちゃってる!
「逆だよ!ボクにピッタリのアイテムすぎて驚いてたんだよ!ありがとね!」
「良かったです···!」
ボクが急いでミネルヴァの方を向き、彼女の手を握って精一杯の感謝を伝えると、ミネルヴァはパァッと満面の笑みを浮かべる。
うんうん。やっぱりミネルヴァは正統派美少女って感じで可愛いなぁ。
「何かお礼をしたいんだけど、欲しい物とかやりたいことってある?」
「じ、じゃあ、なつま······いえ!なんでもないです!」
なつま······あ、なるほどね?
夏祭りに一緒に行きたいけど、ボクが散々「夏祭りに行きたくない」って言ったから遠慮してるのかな?多分。
そうだと信じたい。違ったら自意識過剰すぎて恥ずか死しそう。
「えっと、ボクと一緒に夏祭りに行かない?」
「 !······いいんですか?」
「ボクの方から誘ってるのに断るわけないじゃない」
「ありがとうございます···!」
「じゃあ私達とも行くってことよねー!」
「おかーさんと夏祭りなの!」
「···屋台全制覇」
「お腹いっぱい食べるのです!」
ボクが夏祭りに行くと宣言した直後にわらわらとボクの周りに集まってグルグルと回り始めるユリア達。
······君達は何がしたいの?
「どうせだしオレも行くかなー」
イスファも行くの?
じゃあ······ボク、ユリア、リル、ヴァルナ、イナバ、父さん、母さん、エメロア、アルマさん、イスファ、ミネルヴァ。このメンバーで行くことになるのかな。総勢11人とは豪華ですな。
「おお、そういえばリオンとカンナも来ると言っておったな。アイリスかセナ、案内を頼む」
「いいぞー」
「構いません」
おっと、これで13人か。大所帯だねぇ。
「おじさんとアルフは?」
「パンツァーは『お前らについて行ったら視線が痛そうだからやめておく』だそうじゃ。アルフも同様の理由じゃな」
「なるほど」
皆美少女&美女だから納得。
あと、ボクとしては、ボク以上の美人がたくさんいるから嫌な視線が減って助かる。このメンバーでボクに目をつける人なんて物好きくらいでしょ。
「ところで、アルマさんはこの人数分の浴衣を夕方までに作り終わるの?」
「あやつ、こういう時だけ馬鹿みたいに作業速度が跳ね上がるからのう。心配無用じゃ」
何回か作業を見学させてもらったことがあるんだけど、リル達の服とか三十分かかってなかったなぁ。時空が歪んでるんじゃなかろうか。
◇◆◇◆◇
「随分目立ってるねぇ」
「あー······アルマの技術が高すぎたか。デザインも比べ物にならない程洗練されてるし、見た所、使われてる布も数段ランクが上っぽいな」
「中でもスノウちゃんが一番目立ってるみたいねぇ」
「······なんで」
「一目瞭然じゃな。おぬし以外に和傘なんぞ持ってる奴がおらん」
今のボクの服装を説明しよう。
ボクが着ているのは純和風の浴衣ではなく、胸元が少し開いていたり、所々にフリルがあしらわれていたりなど、言うなれば和洋折衷の浴衣だ。アルマさん曰く「スノウちゃんぐらい巨乳だと、普通の浴衣じゃ似合わないのよね〜」とのこと。ボクだって好きで巨乳でいるんじゃないんだよ。
珊瑚や瑪瑙などの七宝で装飾された簪を髪に挿し、地味すぎず派手すぎない、しかし一目で高級品だと分かるくらいには豪奢な和傘を差しているボクは、妖狐の半面で顔の大半を隠していても目立つのだろう。
【彩色】で黒髪黒眼になっているうえ、狐の耳と尻尾が生えているのでボクがスノウとはバレないはずだ。
まぁ、他の皆も十分目立つんだけどね。
「仮面を着けてるのもスノウちゃんだけだもんねー」
「仮面のスキルはちゃんと発動してるよね···?」
「多分だけど、仮面の付与効果が発動してるからこのくらいで済んでるんじゃない?それが無かったら今頃取り囲まれてたかもしれないわよ」
「うへぇ。それは勘弁」
「おかーさん美人なのー!」
「顔は隠してるんだけどねぇ」
「···おかーさんは元から美人だから」
「美人どうこうより服装じゃない?」
「おかーさんは雰囲気がもう美人なのです!」
「どういうこと?」
ユリア達四人の浴衣はボク以上にフリルがあしらわれており、浴衣ドレスとでも言うような可愛らしいデザインとなっている。はしゃぎ回れるようにゴテゴテした装飾はなされていない。お淑やかなお姫様というより、お転婆姫様と表現した方が正しいであろう。
「おうおう。目立ってるねぇ」
「ボクはこれが嫌だったんだけどなぁ」
「この人数だし声はかけてこないだろ。いざとなっても片手間で追い払える戦力がこっちにはあるんだから、気にせず楽しんだ方がいいぞ」
父さんの浴衣も普通の浴衣とは違い、裾が短かったりスリットが入っていたりと改造浴衣とでも言うべき代物である。この浴衣も、ユリア達のそれと同じように動きやすいやんちゃ仕様となっている。間違ってもアラフォーが着るようなデザインではない。それも男が。
もっとも、アラフォーである父さんがアラフォーとはかけ離れた見た目をしているのでさほど違和感はない。
それ以外のメンバーの浴衣は大した特徴はなく、サイズや柄の違いこそあれど至って普通の浴衣である。
······明らかに手を抜いてるな。アルマさんはボクとか父さんとかユリア達の浴衣にこだわりすぎじゃない?
ボクの装備品に関しては、あの仮面の付与スキルがあるんだからとイスファとミネルヴァも自重を投げ捨ててる節がある。簪はイスファ作、狐の半面はミネルヴァ作、和傘は二人の合作だが、どれも使われてる素材のランクがべらぼうに高い。そのため、デザインは大人しめでも素材のせいで高級感が出てしまい、妖狐の半面に【気配希薄】が付与されているにも関わらず目立ってしまっている。
「皆可愛いわね〜うふふふふ〜」
「おいアルマ。こんな所でバカ面さらすな」
「分かってるわよ〜。今だって抑えてるじゃない〜」
「え、それで抑えてたの?結構気持ち悪いんだけど」
アルマさんは屋台には目もくれず、ずっとユリア達を危ない目で見詰めている。今にも涎を垂らしそうな変態じみた表情と禍々しいオーラにより、通行人のほぼ全員がアルマさんだけからは離れている。
······もしかして通行人に声をかけられないのって、アルマさんも理由の一つなのだろうか。感謝するべきかしないべきか悩む。
「あれ美味しそうなの!」
「あれも美味しそうなのです!」
「···片っ端から食べ尽くす」
「ほら!スノウも行くわよ!」
「はいはい。ご飯は逃げないからね〜」
人混みにいい思い出はあまりないけれど、可愛くおめかしして、心底楽しそうな笑顔を浮かべながら夏祭りを満喫するユリア達を見ていると、少しくらいならこういうイベントに参加するのもいいのかもしれない。
次があるとしたら······ハロウィンかな?
ユリア達の仮装が楽しみだね。
この後、急遽開催された浴衣コンテストで優勝をかっ攫って『屋台グルメ全品無料チケット』を手に入れてヴァルナの要望通り屋台を全制覇したり、何故か父さんとデュエットする羽目になったりするのだが、それはまた別の話である。




