第六十二話 邪神討伐編·終幕②
はい、今回も三週間ぶりの投稿です。いやぁ、三年生って忙しいですねぇ···。
五月で忙しいなんて言ってたら、夏休み以降の私はどうなるのでしょうか。
それはさておき、邪神討伐編もそろそろ終幕······かな?次で終わるはず、多分、きっと。気長に待ってくださる皆さんには感謝の念が絶えません。この作品を読んで楽しんでいただけると幸いです。
「ヘレナ?誰かの?」
「 ?聞いたことがない。······あっ」
エメロアはおろか、十二英傑の中で一番長い時をパンツァーと共に過ごしたカンナですら知らない少女。その名前に反応してつい隙を見せてしまったカンナが暴走スノウに殴り飛ばされ、パンツァーの近くに墜落する。
「······痛い」
カンナはすぐに起き上がったが、スノウの攻撃を防いだ左腕が折れてしまっている。カンナはAGI型のステータスとはいえ、そこらのモンスターでは骨折などしない。そもそも、多少気がそれていたとはいえ、カンナのAGIとDEXなら大抵の攻撃を回避、または受け流すことが可能なのだ。そのカンナがスノウの攻撃をまともに受けている。
スノウのSTR、そしてAGIが上昇し続けている証拠だ。カンナでも気を抜けなくなりつつある。
「···ぬうっ······!事情は知らんが、そろそろ参戦してくれるとありがたいんじゃがのう!」
ダメージこそ受けていないが、カンナと同様にスノウの攻撃を捌ききれず殴り飛ばされたエメロアもパンツァーの近くに着地する。既に魔法抜きのエメロアでは対処できないレベルまでスノウが強化されている。二人だとこのままではジリ貧だ。かといって、ステータスや神格の封印を解くと手加減ができずスノウを殺してしまう可能性が高い。
スノウは異界人であり、死んでも何食わぬ顔で戻ってくるのは何度か見ているが、スノウが死んだところで【憤怒】が解除されるかどうかが定かではない。おそらく解除されるだろうが、もし解除されなかった時のことを考えるとどうしても躊躇してしまう。
もう一人、カンナやエメロアと同レベルの戦闘力を持つ誰かが参戦すればこの状況は変えられる。
しかし、パンツァーは未だ呆然としたまま立ち尽くしている。戦力になるとは到底思えない。
「役に立たぬのうこいつは!さすがに厳しいんじゃが······うむん?」
エメロアが様々な魔術でカンナを支援し、スノウを妨害してどうにか戦況を互角に保っていたが、スノウが二人のコンビネーションに対応し始めている。少しずつカンナの被弾が増え、スノウの被弾が減ってきているのだ。
封印中のステータスでは二人がかりでも厳しくなってきており、いよいよステータスの全ての封印を解くしかないかもしれない、とエメロアが考えた所で、遠くで膨大な聖属性の魔力の爆発が起き、同時に魔道具で通信が入る。
端末を取り出してみると、相手はイスファだった。支援や妨害を続けながら通信を繋ぐ。
『エメ、そっちはどうだ?』
「おぬしらは終わったのか?」
『あぁ。広域制圧型だから時間はかかったけどな。······聖別銀製の弾薬半分以上使っちまったからなぁ。また補充しとかねぇと』
「終わったのなら救援を頼む。手が足りん」
通信の向こうで驚いたように息を呑む音が聞こえた。
『お前らで手が足りないって、何が起こってんだ?新しい邪神の気配はこっちでも感知してるが』
「詳しい経緯は省くが······スノウが【憤怒】の邪神として覚醒したのじゃ』
『はぁ!?マジか!?』
「こんな時に嘘は吐かん。どうにか殺す以外の方法で解除しようとはしておるのじゃが、今ここにおる十二英傑はワシとパンツァー、カンナだけでな。おまけにパンツァーが使い物にならん」
『リオンとアルマは?』
「邪神によって神域に飛ばされた。そっちはリュミナが着手しておる。まったく、神域くらい早う出れんのか」
『いや神域からそんなにあっさり出れるのお前とパンツァーとカンナくらいなんだが······?』
神域。神一柱ずつが保有する固有フィールド的なもの。神域内はその神の全ステータスと権能の性能が上昇し、同格の神が相手なら一方的に勝てるくらいまでの補正がかかる。
もちろん、そんな便利なスキルの使い勝手がいいわけがなく、神域を展開するには事前準備が必要だ。どれだけ準備をしても、用意した魔法陣に相手を触れさせるくらいはしないと相手を自身の神域に呼び寄せることができない。
だが、手間がかかる分、成功した時の効果は計り知れない。相性次第では小神が大神に勝つこともあり、たとえ神域を展開した神が相手に負けても神域は解除されず、空間に干渉できない限り、内部からの脱出は不可能だ。
まあ、先述の三人は空間に干渉できるわけだが。エメロアは【古代魔法·時空】持ちのため無理矢理空間に穴を開け、パンツァーとカンナは、これまた無理矢理空間を斬って脱出することができる。
アルマは手数重視の戦闘スタイルであり、高威力のスキルもあるにはあるが空間には干渉できない。リオンの場合も、攻撃力は高いが空間に干渉することができるスキルを持っていない。
そもそも、空間に干渉できる手札を持っている人物は滅多にいないのだ。十二英傑でもパンツァー、カンナ、エメロアの三人だけである。
「とりあえず今は手が足り······ん?イスファ、ちと待て」
『 ?いいけど別に』
いつの間にかリュミナの方からも通信が来ていた。一度通信相手をリュミナに切り替える。
「どうしたのじゃ?」
『どうしたもなにも、二人の解放が終わったら連絡寄越せって言ったのエメロアじゃないか······』
「あぁそういえば。それにしても今回は早いのう」
『戦っているのが僕達だけならともかく、今回はスノウちゃんやアイリスちゃんも参戦してるからね。時間はかけてられないよ。じゃあ、一度転移して僕達を回収してもらえるかい?』
「うむ。了解した」
再度通信相手をイスファに切り替える。
「アルマとリオンが神域から脱出した。ワシが転移で奴らを回収するから、その間は頼む」
『つまりテレポートしろってことだよな?』
「うむ」
転移魔法は使えないイスファとミネルヴァだが、転移する手段はあるにはある。
それは、スノウもよく作成している【封術石】だ。エメロアに転移の術式を付与してもらい、それなりの数をストックしてあるのだ。ただ、転移先には制限があり、誰か十二英傑がいる所の近くにしか転移できない。
『今度また補充してくれよ?ちょいちょい使ってるから数が減ってきてんだよ』
「暇な時にな」
(さて、あやつらはどうするか·········)
アイリス達の方向を向きしばし思案するエメロア。スノウとの戦いの余波だけでも防ぐのが精一杯といった様子だ。ユリアを筆頭としたスノウの従魔達に逃げる気はないようだが、強引に避難させないとおそらく死ぬ。
逃がすにしてもどこに逃がすか······とエメロアが辺りを見回すと、ある建物が視界に入る。
人魚達が住んでいたこの海底都市の建物は90%以上が無残にも瓦礫となり、美しかった街は廃墟群と化していたが、たった一つだけ、その原型を留めている建物があった。
それはネプテューヌの神殿。魚人モドキによって屋根が大きく破壊され、神殿の中で保管されていた、十二英傑が所有する魔導船·ノアの姿が見えた。
ノアの強度はそこらの神器や神殿を容易く上回り、大神の渾身の一撃でも傷が付くかどうか、という硬さである。ノアの内部に転移させればリル達は生き延びるということに気付き、今までそのことに気付かなかったことを悔やむ。
(今までこの選択肢を忘れておったとは······。自覚はないが、焦っておるようじゃな。リオン達を迎えに行くより先にアイリス達をノアに送らなければな)
今度は魔道具ではなく【古代魔法·思念】でアイリスに連絡する。
『アイリス。今からおぬしらを船に送る。可能な限り一塊になっておけ』
『 !······あぁ、分かった。俺達はもう集まってるから転移はいつでもいいぞ』
『うむ、ならばスリーカウントで転移させるぞ。···3···2···1···』
「これは······!?エメロ」
ユリアだけは転移魔法の前兆を察知したが対処は間に合わず、転移魔法が発動してユリア達をノアへと転移させる。
「これでユリア達の安全は確保されたか。······さて」
繋げたままの通信魔道具に話しかける。
「今からワシはリオン達の回収に向かう。その前におぬしらはワシの所に転移して、ワシがいない間にカンナのサポートを頼む」
『了解。まぁ、すぐ帰ってこいよ?オレ達の本分は生産だし』
「分かっておる」
『そんじゃ』
「『転移』っと」
エメロアの近くにイスファとミネルヴァが出現する。二人は先程まで戦っていたこともあってフル装備であり、スナイパーライフルにガトリング、ミサイルランチャーなど多種多様な銃火器を装備している。
「······これ、かなりヤバいな?覚醒してから半日も経ってないのにあそこまで適応してんのか」
「スノウちゃん、大丈夫でしょうか······」
「神格を封じてる状態ではカンナでも劣勢でな。ワシが二人を回収する間の支援は頼む」
「任された。長時間は厳しいが、短時間ならオレ達でもなんとかなるだろ」
「が、頑張ります···!」
エメロアがリュミナ達の所へと転移し姿を消す。エメロアがいなくなったことによってスノウへの妨害とカンナへの支援が薄くなるが、その穴は妨害をイスファが、支援をミネルヴァが代行することで埋める。
イスファは多岐に渡る銃火器で聖属性の弾丸をばら撒いてスノウの攻撃を妨害し、ミネルヴァはヒーリングポーションやステータス強化ポーションをカンナに投げて回復や支援などを行う。
それによって戦局が少し傾き、スノウの被弾が増え、カンナの攻撃の勢いが徐々に苛烈になっていく。
「GU···GURUAAAAAAA!」
「······ふっ」
ビリビリと空気が震えるような咆哮の後、暴走スノウが苛立ったように巨大な黒腕を振り抜くが、冷静さを失った大振りの攻撃はカンナに呆気なくいなされ、反撃の刃を脇腹に食らう。が、浅い傷しか付かず、しかも瞬く間にその傷は消えてしまう。
「······前の【憤怒】所持者より再生が速い。ミネルヴァ、回復阻害をお願い!」
「は、はい!」
カンナの指示に従って、ミネルヴァが回復阻害の効果が付与された弾丸をスナイパーライフルに装填し、スノウを射抜·········けなかった。カンナからの傷を受けてまでその弾丸を躱したのだ。
「っ!?躱した···?」
「······その状態でも言語を理解できるなんて言わないよな?」
「ありえません!理性を失っている状態では言語の理解なんてできるわけがないです!」
「···ということは?」
「野生の勘的な?」
「直感?」
「あの、二人共、スノウちゃんを獣扱いしてない······?」
「「小動物みたいな雰囲気はある」」
「···言ってることは分かりますけど」
「でも一部はデカイよな」
「あそこだけは小動物じゃない」
もちろんあの部分である。
「実は二人共余裕ありますね!?」
「んー······焦っても仕方ないからな。そろそろエメロアも······って遅いな。どうなってんだ?」
カンナがスノウの猛攻を躱して斬りつけ、受け流してまた斬りつけてを繰り返して、エメロアが転移してから既に十分程。未だにエメロアは戻ってきていない。パンツァーも未だに使い物にならず、戦況は良くなっていない。転移による移動時間は一秒にも満たないので、本来ならエメロアが戻って来るのに遅くても五分もかからないはずなのだ。
「どうしたんでしょう?エメロアさんならすぐ戻って来ますよね?」
「エメロアに問題が無いとすると······まさか転移妨害?」
「でも、それらしい魔術を発動する素振りはなかった」
しかし、エメロアに限って術式の構築を失敗したりなどはしない。ただの転移でエメロアがミスすることはないのだ。そうなると、問題があるのはカンナ達の方となる。
スノウが魔術を発動させた素振りは見当たらなかったが、その可能性を潰すためにミネルヴァはある魔道具を取り出す。
それは、結界や一定の範囲に作用し続ける類の魔術を探知することに特化したもの。エメロアはもちろん、エレクトラやチェルシーなど魔術をある程度修めている人物なら魔術の探知は自力で行えるが、ここにいる面々は魔術が不得手なのだ。
「一応調べてみましょう。······転移妨害の結界!?いつの間に!?」
いつこの結界を張ったというのか。魔術に不得手な三人といえど、目の前でこれ見よがしに魔術を発動されたらさすがに分かる。なのに三人とも気付かなかった。
「考えつくのは······あの咆哮のタイミングか?」
「咆哮で魔術の構築をカモフラージュって誰か教えた?」
「いえ、誰も教えてないはずです」
複数人でスノウに指導をしている以上、擦り合わせをしないとどうしてもどこかで指導内容が被る。そのため時々、「これはもう俺が教えた」だったり、「じゃあこの範囲は私が教える」と、指導範囲の割り振りと振り返りを行っているのだ。
現在スノウに教えているのはどの分野も基本の範囲であり、戦闘で使うような技術は一切教えていない。
「教えてない技術を実戦で使えるとか、オレの弟子は本当に優秀だなぁ!?」
「違う、私のメイド」
「そんなことで言い争ってる場合じゃないですよぉ!あと私の弟子でもあります!」
「とか言いながらミネルヴァもちゃっかり主張してんじゃん。で、この結界は解けそうか?」
「解こうと思えば解けますが、その間は支援ができないので···」
「それなら大丈夫」
カンナが【瞬間装備】で二本目の刀を腰に装着し、左手で刀を抜く。
「その分の時間は私が稼ぐ」
カンナが二本目の刀を抜いた途端、斬撃の嵐が吹き荒れる。スノウが攻撃するより、防御するより早くスノウの身体に切り傷が刻まれる。
スノウが攻撃しようと振りかぶった腕を斬りつけ、急所の心臓部を守ろうと伸びた黒髪を断ち切り、後ろに飛びすさろうとした足を刺し貫き、スノウが起こそうとした行動の尽くをカンナは阻止して封じ込める。
しかし、スノウもただ攻撃を受け続けはしない。格闘術による攻撃や跳躍、飛行などの大きな移動はカンナに封じられるものの、動作を必要としない魔術や、黒髪を操作するなどの手段でカンナに反撃している。
激しくお互いの位置を入れ替えながら繰り広げられる超高速近接戦闘。イスファの腕ではスノウに攻撃しようとしてもカンナを誤射する可能性が高く、彼女にはできることがない。
その戦いは一見するとカンナが優勢だが、実際はそう上手く事は進んでいない。
(段々傷が付きにくくなってる。この短時間での耐性獲得······今まで戦ったどの【憤怒】所持者よりも【憤怒】との相性がいいみたい。一撃が軽い二刀流じゃ、いつか通らなくなる。というか今でも浅い傷しか付かない。ならっ···!)
カンナが左手に持っていた刀をスノウの右肩に突き刺してスノウの動きを数瞬止める。普通の冒険者なら、ここでスノウの動きを止めても追撃する仲間がおらずせっかく作った隙は無駄になる。だが、現在スノウと戦っているのはこの世界の頂点の一角。十割のステータスにおいて速さでカンナに及ぶ者はなく、ステータスが一部封印されている今でも、カンナが放つ抜刀術は音速をいとも容易く凌駕する。
「〈居合一閃〉」
右手に持っていた刀を素早く鞘に収め、アーツを発動させすぐさま抜刀。疾る刀身はスノウの胴体を真っ二つにする軌道を描きながらスノウへと迫る。
カンナはスノウを殺そうとしているわけではない。スノウの実力を認めたからこそ、カンナの本来の戦闘スタイルである一刀流へと戻し、アーツまで使用したのだ。
今のスノウなら私の抜刀術を受けても死にはしない。たとえ抜刀術が直撃したとしても、スノウの防御力と斬撃耐性なら心臓が少し斬れるくらい。スノウが多少は回避することも計算に入れると······おそらく腹部が深く切り裂かれるだけで済む。さすがに急所の近くや内臓が傷付くと再生には少し時間がかかるから、その分だけ時間を稼げる。
と、ここまで考えてカンナは抜刀術を選択した。
そして振り抜いた刀には·········全く手応えがなかった。スノウの身体を切り裂いた感覚も、スノウの髪や骨に斬りつけたような硬い感覚も、その一切が感じられなかった。
(···どういうこと?何の感覚も······っ!?)
刀に視線を向けたカンナは気付いた。
刀身がほとんど消失していることに。
刀身は数cm程しか残っておらず、その残った刀身の先端は、一度融けてから再び固まったかのように歪な形状になっている。
予期せぬ事態に驚愕し、大きな隙をさらしてしまったカンナ。その間にスノウは体勢を立て直し、右足に魔力と呪力を集中させる。
「おい!カンナ!」
「······あっ」
「GAAAAAAA!」
気付いた時にはもう遅かった。スノウの魔力と呪力を籠めた渾身の蹴りが間近に迫っており、回避は不可能だと悟ったカンナはせめて威力を軽減させようと刀の残った部分でスノウの足に叩きつけるが、それは呆気なく砕け散り、威力をほぼ落とすことなくカンナに直撃し、バキバキ、ミシミシと人体から聞こえてはいけない音が響く。
「ぐうっ!?」
スノウの蹴りを受けたカンナの左腕は千切れ飛び、肋骨も何本も砕けた。それだけではなく、スノウの蹴りで肉や内臓の一部も削り取られ、致命傷でもおかしくない深さの傷だ。
いくら世界トップクラスの戦士ともいえど、そんな状態ではまともに戦うことはおろか、立ち上がることさえできない。倒れ伏すカンナにスノウが一歩ずつ、ゆっくりと近付いていく。
「が······ぁ·········」
「ミネルヴァ!結界は!?」
「まだかかります!」
「パンツァー!お前さっさと参戦しろ!」
「···············」
「ちぃっ。あんまし直接戦闘は得意じゃないんだがな!」
イスファがスノウとカンナの間に立ち塞がる。
「······い、すふぁ」
「オレじゃ今のスノウに勝てねぇのは分かってるよ。お前が回復する時間を稼ぐだけだ」
そう言いながらイスファはロボットアームでカンナの千切れた左腕を回収し、薄く輝く液体が入った小瓶と共にカンナに投げつける。
小瓶が割れて中の液体がカンナにかかると、みるみる傷が修復されていく。削り取られた腹も塞がり、千切れた左腕も段々と繋がってきているが、全ての傷が治癒し、戦えるようになるにはしばし時間がかかる。イスファはその少しの時間を稼ごうとしているのだ。
「少し付き合えよ、スノウ!」
イスファは装備していた機械の後部から魔力を噴出させて加速し、その勢いのままスノウに突進してカンナから遠ざける。
少し離れた所でスノウの腹部に砲口を押し当て、超至近距離で引き金を引く。
「オラァッ!」
「GAA、GURUAAAAAA!」
聖属性による砲撃を腹部に受けたスノウだが、闇属性の魔力や呪力を腹部に集中させることで砲撃を相殺する。無傷とはいかなかったが、魔力砲によるダメージはすぐに回復する。
「うぇ···聖属性の魔力砲を零距離で受けてそのダメージってマジか······。ホントにお前、邪神だよな?」
「GURUUUUUU」
「ああもう質より量だ!さっきの邪神戦でゴッソリ減ってるから使いたくないんだけどなぁ!」
肩にあるミサイルランチャーからは聖属性を付与した榴弾を、両脇に備えた二丁のガトリング砲からは聖別銀でできた弾丸をスノウに向かって斉射する。有効打を与えられなくても構わない。イスファの目的は時間稼ぎである。スノウの注意を引くことができれば十分であり、まともなダメージが入るとは思っていない。
しかし、イスファの思惑は瞬く間に覆された。
銃撃によって受けるダメージを無視し、真っ直ぐイスファに向かって突き進んできたのだ。
「GURUUUUU······GAAAAAAAAAA!」
「あ、ヤベ、ちょっとまグッフ!」
予想していなかった正面突破に反応が遅れ、スノウの腹パンをまともに食らってしまうイスファ。
戦闘が苦手な彼女がスノウの攻撃を受け流せるはずもなく、内臓を傷付けられ、さらに肋骨を何本か折られて一撃でダウン。
パンツァーは未だに我を失っており、カンナは治療中、そしてイスファはスノウのワンパンで撃沈。自身に向かってきそうな敵は全て片付けたスノウは、己が張った結界を解除しようとしているミネルヴァに迫る。
ミネルヴァは結界の解除中で手を離せず、そんな彼女を守ってくれる人物は今はいない。危ないからといってここで解除を中断してしまうと、スノウに結界を修復されて今までカンナとイスファが稼いだ時間がムダになる。
「あと少し、もう少しなのに········!」
「う······ぅ·········」
「チクショウ、日頃からもう少し鍛えておけばな······!」
結界解除の工程は半分以上終えており、あと三分もかからず解除できるだろう。それに加え、カンナの傷も修復がかなり進んでいる。左腕の接合と内臓の治癒は終え、あとは腹を防ぐだけだ。これも一分程で完了するだろう。しかし、今はその一分が短いようで限りなく長い。スノウがミネルヴァの元に行くまで十秒、その鋭い爪を振り下ろすのに五秒あれば十分だ。
どれだけ急いでも急いでも、その気持ちとは裏腹に作業は遅々として進まず、ついにミネルヴァの元にスノウが辿り着いてしまった。
「ごめん···なさい······!」
ミネルヴァは十二英傑の中で最も戦闘力が低い。攻撃も防御も自作のアイテムに頼り切りの彼女が今のスノウの一撃を耐えきれる確率はかなり低い。もしこの賭けに勝てたとしても瀕死が精々だ。
スノウの黒爪がミネルヴァの命を奪う寸前、声が聞こえた。
「これ以上、私の海で好き勝手はさせないよ」
それは、日の光を受けて輝く海のように透き通り、この逼迫した状況でも安心させてくれる優しい声。
本来は聞こえるはずのない、この場にいないはずの一柱の海神の声。
その声が聞こえると同時に竜を象った水がスノウに絡み付き、スノウを厳重に拘束する。
「 !ネプテューヌさん······!」
「お前、いたならさっさと助けろよ······」
「すまない。ここまで回復したのがついさっきでね」
海を司る大神であり、この世界の摂理の一部を掌握する竜王が一柱。
蒼竜王ネプテューヌが、神気を漲らせたアイリスと共にそこに立っていた。




