第五十九話 邪神討伐編⑨
春休みの課題が多過ぎる······!
誰か助けて(´・ω・`)
テストも終わったのに投稿遅くて申し訳ないです
◇◆◇アイリスside◆◇◆
「どうしたァ?威勢がいいのは口だけかァ?」
「くぅっ······まだまだぁ!」
魚人モドキは槍の穂先が折れているが、その状態でもスノウの猛攻を難なく凌ぐ。槍術だけでなく、棒術にも秀でているらしい。
スノウの戦闘スタイルは我流かつ変則的で、なおかつ今は長い黒髪も操って攻撃しているのだから、初見であしらうのはかなり難しいはずだが、それだけあの魚人モドキのステータスが高いんだろう·········ってちょっと待て。スノウっていつから髪を操れるようになってたっけ?俺も初めて見たんだが。
風呂場でそれぞれのステータスを確認した時には、そんなスキルは無かったはず······。俺の思い過ごしならいいんだが、あの髪を操作するスキル、瘴気を吸収したのが理由で習得したんじゃないか?スノウはボス戦で出し惜しみするような性格じゃないし、もし以前に習得していたらニャルラトホテプ戦で使っているはずだ。
ちょっとやそっとの量ではスキル獲得なんざしないだろうし、今も、魚人モドキが時々俺達に向かって噴射した瘴気を全てスノウが吸収している。
その度にスノウの威圧感は増し、アバターが少しずつ異形へと変貌していく。
スノウだけに戦闘を任せるのは俺もセナもカンナも本意じゃない。ついさっき治療を終えたスノウの召喚獣達もそうだ。イナバは足が欠損しているため戦闘は無理だが、戦意は衰えていない。
だが、俺達には瘴気への対抗手段がほぼない。セナが聖属性を所持しているので、一時的に聖属性を付与して瘴気から身を守ることは可能だが、あの密度の瘴気に対抗しようとすると効果時間が酷く短くなる。
具体的には、接近戦となると十秒保つかどうかも怪しいぐらい。
かといって聖属性の付与なしで瘴気に突っ込むのは自殺と同義らしい。今ここにいる面子で一番ステータスが高いのはもちろんカンナだが、そのカンナでも対策無しで魚人モドキに斬りかかったら三十秒も戦えないという。数合も打ち合っていたら瞬く間に瘴気に侵され戦闘不能になるのだとか。
というか、瘴気に関してはステータスはあまり関係ないらしい。どれだけVITやMNDが高くとも、聖属性魔法などの対抗策を持っていないと同じ結果になるとのこと。
「セナ、消費MP度外視ならあいつ相手でも少しは保つ聖属性バフ張れるか?」
先程の十秒保つかどうか怪しいというのは、デフォルトでの消費MPでの場合だ。消費MPを増やせばそれに応じて効果も上がり、あの魚人モドキ相手でも多少は保つように付与ができるはずだ。
「ええ。二人に私の残りのMPを半分ずつ使って張れば、数分は保つと思うわ。ただ、あいつの瘴気の出力があれで止まるとは思えないのよ」
「問題はそこなんだよなぁ······」
今ポンポン出しているのが最大出力とは思えない。さすがに最大まで溜めた時より出力は落ちるだろうが、瞬間的に出せる最大出力はまだ上だと思うのが当然だ。
「問題ない。先に倒せばいい。刀はまだある」
「お手本かのような脳筋理論······いやそれが正解か?」
「やられる前にやれってよく言うわよねぇ」
「図体がデカイニャルラトホテプと違ってあの魚人モドキはすばしっこいだろうから、武器はバールにしとくか」
悪特攻が付与されてるらしいからな、これ。あの魚人モドキはいかにも悪っぽいし、特攻入るか?
「よし、じゃあ······」
魚人モドキの所に向かおうとした俺とカンナの服を誰かが掴む。
「ん?······どうしたんだ、ヴァルナ?」
「···私にもその付与魔法をかけてほしい。私もあいつを倒す」
「ダメだ。お前の実力じゃ足手まといになるだけだからな」
スノウがあんな異形になってでもこの召喚獣達を庇っている。それを俺達のせいで失うわけにはいかない。
「···でも······」
どうもこの召喚獣達は、以前スノウに命を救われたらしい。親子共々殺されそうになっていた所にスノウとその仲間が駆けつけて助けてくれたのだとか。
命の恩人を助けたいという気持ちは理解できんでもないが······それは無駄死にさせる理由にはならない。スノウの奮戦がムダになってしまう。
「お前程度じゃあいつには片手間で瞬殺されるだけだ。許可するわけにはいかないんだよ」
「······」
下手に優しく言ったらあの魚人モドキに立ち向かってしまうかもしれない。このくらいキツく言っておく方が安全だ。
項垂れていたヴァルナをセナが優しく諭す。
「そう落ち込まないで、ヴァルナちゃん。貴方にも出来ることはあるのよ」
「···私にも?」
「そう。もう戦うことのできないリルちゃんやイナバちゃん、ユリアちゃんにアルフ君、ネプちゃんを守るのよ。私達はスノウちゃんの助太刀に向かうから、私達の代わりにリルちゃん達を戦いの余波から守ってくれないかしら?」
セナの言葉を聞いたヴァルナは強く頷き、大槍をどこからか取り出してがっしりと構える。
「···ん。守る」
「私もある程度回復してきたし、守りに入るわ」
ユリアがふわりと飛んでヴァルナの隣に浮く。
「ヴァルナちゃんもユリアちゃんもお願いね。······さ、行きましょう」
「······ホント、お前には敵わないよ」
「そうかしら?」
俺みたいな不器用な奴にはあんなに優しくヴァルナを止めるなんて出来なかった。精々が荒い言葉遣いで止める程度だ。さすが二児の母。子供の扱いはお手の物だな。
「あ、この斧の刃先借りるぞ」
「···?いいけど、何に使うの?」
「ぶん投げる」
「···え?それを?」
「おう」
「あの親にしてあの子あり、って感じねこの親子······」
おい、それはどういう意味だユリア?今はあの魚人モドキの討伐が最優先だから、後でゆっくり話し合おうじゃないか。
「それじゃあ······」
「···少し待って。ミネルヴァから貰ったポーションがまだ一人分残ってる」
ん?また服を掴まれた?
ヴァルナからいくつかの小瓶を渡される。
ステータス増強のポーションか。どれどれ······うわっ、効果高っ。道理でイスファとミネルヴァ抜きで魚人モドキを相手取れるわけだ。
このステータス増強ポーションと今着ている和風メイド服があれば、あいつ相手でも多少は渡り合えるか?
励ましと礼を兼ねてヴァルナの頭をくしゃくしゃと撫で回し、その後セナとカンナの方に向き直る。
「···ん」
「サンキュ、ヴァルナ。それじゃあセナ、バフ頼む」
「私のほぼ全MPを使うけど、過信はしないように。二人共、極力避けてね?」
「オッケー!」
「りょ」
······その略語、こっちにもあるんだな。いや、今は関係ないんだけどな。
ポーションを飲み、セナに聖属性魔法をかけてもらった直後、俺とカンナは同時に走り出す。ステータス封印状態のカンナと、ポーションで増強した俺のステータスはほぼ同じのようで、俺達はほぼ同じ速さで魚人モドキへと迫る。「邪神と戦うなら」とエメロアから渡されていた聖属性付与のポーションをヴァルナから借りた斧に掛けて狙いを定める。
「オラァッ!」
食らえ!サブマリン投法!
アンダースローで投げられた斧は高速で回転しながらスノウと魚人モドキへと迫る。
スノウと魚人モドキは至近距離で組み合っていて、スノウの背後から斧が迫っている。
·········あ、ヤベ。このコースだとスノウにも当たる。むしろスノウに直撃する。
と、思っていたらスノウが操っていた黒髪を地面に突き刺して自身の身体を持ち上げて斧を避けた。
スノウの身体がブラインドになって飛んでくる斧が直前まで見えていなかった魚人モドキは、急いで槍(刃先無し)でガードしようとするが、スノウに遅れて上がってきたスノウの尻尾によってガードを崩される。
ノーガードの魚人モドキに聖属性を付与された斧が直撃する。
うちの息子、いつの間にか真後ろから飛来する物体をノールックで回避できるようになってらっしゃる·········。
「スノウ、大丈夫か!」
「う、ん。なんとカね」
······それで誤魔化せると思っているのか。呂律が回っていないし、発音も所々おかしくなっている。
瘴気がプレイヤーにどんな影響を及ぼすのかは知らないが、まず悪影響だろう。いくらこのゲームがリアルだとはいえゲームはゲーム。精神に影響はないだろうが、それでも心配なものは心配だ。
スノウもそろそろ限界だ。早く魚人モドキを倒さないとな。
だが·········
「へェ。ちったぁ連携はできるようだなァ?そうでもねぇと面白くねェ」
······ピンピンしてやがるなぁ、こいつ。無傷ではないようだが、できた傷はみるみる消えていく。硬いうえに自動回復まであるとか無理ゲーじゃね?
リュミナみたいな聖属性特化型やエメロアみたいな複数人に高出力の属性バフを張れる奴がいれば話は別なんだが、あいつらがここに来るまでスノウが保ちそうにない。
アルフレッドが預かっていた通信機によると、イスファとミネルヴァは比較的近くにいるが戦闘スタイルが大量に雑魚を呼び出す支援型の邪神とは相性が悪く、しばらくこちらには来れそうにないらしい。
生産が本分なのに殲滅ができたり、たった二人で邪神と渡り合える辺りはさすが十二英傑と言ったところだが。
「あー······一応聞くけど、あとどれくらい保つ?」
隠してもムダだと思ったのか、スノウが本音を漏らす。
「······ぶっちゃけ、もう無理ソう。途中で【怒】ってスキルも習得したからかナりヤバい」
「だろうな。うん、お前は休んどけ」
「で、も」
「なあスノウ。俺達はそんなに頼りないか?」
「そうよ、スノウちゃんはいつも一人で抱え込む。いくらでも私達に預けて構わないのよ?」
お前があの召喚獣達を守りたいのは分かってる。俺達プレイヤーは死んでもまた戻って来ることができるから、仮初の命を懸けることに躊躇がないのも分かる。
だが、お前は自分自身を省みなさすぎだ。
「······それ、は·········」
まぁ、スノウが俺達に素直に頼ることができないことは知っている。その理由も。
俺達が守れなかったせいで、雪は二度も心に大きな傷を負っている。
一度目で男という存在を忌み嫌うようになり。
二度目で人という存在が信用できなくなり。
今でこそその心の傷はほとんど癒えており、ある手段を用いることで雪があの忌まわしき記憶を思い出さないようにもしているが、事件からそう経っていない頃は家族である俺達とすら会うのを拒んだ。もちろん医者も看護師も近づけず、半年以上、スノウは誰とも言葉を交わさずに過ごした。
二度も守れなかった俺達をいざという時に信頼できないのは、仕方がないのかもしれない。
「お前を守れなかった俺達を信頼できないんだろう?」
今の雪は表面上は何事もなく普通に過ごせている。しかし、雪自身ですら気がついていない雪の内面はどこか歪だ。
男でありながら男を拒み、憎み、過剰な警戒心を抱いている。それも、男から自身に向けられる欲望を感じ取る程に。その例外は数少ない。
この悲しき第六感は、一度目の事件で芽生えたものだ。だが、雪にその時の記憶は無く、なぜ、そしていつからそれを感じるようになったのかは覚えていない。
そして、雪の内面の異常はこれだけではない。
雪が男性に対して抱く警戒心よりはマシだが、二度目の事件で女性に心の傷を刻まれたことによって、雪は女性に対しても無意識に警戒する。あいつの人見知りの原因はそれだ。
「 !···そんなこと······」
「別に俺達を信じなくてもいい。俺達が勝手にお前を守るだけだ」
「断ったって無理矢理守っちゃうんだから!」
「ん。スノウには後でたっぷりご飯を作ってもらう」
スノウには戦わせまいと一歩前に出る。カンナも一緒だ。
さて、セナによる【精霊憑依】とミネルヴァ謹製のステータス増強ポーションの補正でどこまでやれるだろうか。
「お?ようやくお喋りは終わりかァ?」
「あぁそうだよ。待たせて悪かったな」
というか、よく待ってくれたな。いかにも悪役って見た目なのに。
もっとも、希望を持たせてからそれを踏みにじりたいって類のクズかもしれんが。
「かかってきなァ。雑魚共」
「言われなくとも······っ!?」
魚人モドキに向かって突進しようと俺が前傾姿勢をとり、カンナが刀に手をかけた瞬間、後ろから伸びてきた手が俺達を止める。
「スノウ?」
「·········」
スノウは無言で俺達を押し退け、俺の手に何かを握らせる。
これは······スノウがいつも着けている髪飾りと首飾り!?
「おい、スノウ!?」
「父さん、母さん、カンナ。·········後は頼ンだ」
そうスノウが言い終えると同時に、スノウと俺達との間に金属の壁ができる。言うまでもなくスノウの仕業だ。
「あいつ、何する気だ!まさか······」
「スノウちゃん······!」
「···あの気配は······。でも······」
「クソっ!まずはこの壁を壊さないと!」
槌斧に持ち替えて壁を壊そうとするが壁が硬く、遅々として進まない。
スノウ、セナ程じゃないがかなりINT高かったからな。こうやって妨害に回られると厄介だ。
「おいカンナ!刀に負担がかからない範囲で手伝ってくれ!」
「······あ、うん」
カンナがスタスタと壁に近付いて目にも留まらぬ速度で刀を振るうと、壁の一部が崩れてあっという間に人一人が通れるくらいの穴が開く。
······ステータスの大部分が封印されたままなのにあっさり斬ってる·········。スキルの熟練度や本人の技術は劣化してないからか?
考察もそこそこに留めて急いで穴をくぐった俺達は、そこでいささか信じ難い光景を目にした。
「···グフッ。や、やるじゃねぇか······」
「············」
さっきまで防戦一方だったはずのスノウが、魚人モドキの攻撃を片手で止めていたのだ。そのうえ、髪を纏わせたもう片方の腕で斧すら切り込みしか入れることのできなかった魚人モドキの装甲をいとも容易く貫き、魚人モドキの腹に風穴を開けている。
それ以外にも、スノウにいくつもの異変が起きていた。
スノウの温和な性格からは考えられない程荒々しい怒気と殺気が感じられ、味方のはずの俺達でも身構えてしまう。
肥大化していた両腕はサイズこそ元に戻っているが、肥大化していた時より禍々しい雰囲気を漂わせていて、ドス黒くなったその両腕には血のように赫い紋様が刻まれている。
先程までは一部に抑えられていた変色は全体へと広がって髪や鱗は一片の輝きもない黒に染まり、肌の色さえ褐色に染まっている。
俺達の存在に気付いたスノウらしき存在がこちらを向いた時、俺は当たってほしくなかった悪い予感が現実となってしまったことを悟った。
俺達を見つめるスノウの目は、白かった部分が黒く染まり、宝石かのように輝いていた紅眼は、全てを呑み込んでしまいそうな濁った緋色になっていた。
側頭部から生えていた二本の角は黒く染まったうえに、額からは新たに鬼のような角も。
装備していたメイド服も変貌していて、いかにも正統派メイドとでも言うような意匠は、禍々しく、同時に荒々しい蛮戦士のようなそれとなっていた。
そして·········俺やセナを見つめる目が、家族を見つめるそれではない。何の感情も抱いていない、ただ敵を見つめる目である。
「···········今のスノウはスノウじゃない。止めるぞ、絶対に!」
「ええ。スノウちゃんをあのままにしておくわけにはいかないもの」
「ん。スノウを返してもらう」
「GAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
スノウの咆哮が第二ラウンドの開始を告げるゴングとなった。
◇◆◇◆◇◆◇
スノウが自身とアイリス達の間に壁を作った直後、スノウはもう限界を迎えていた。
身体は燃えるように熱く、名状もできない激情が今にも溢れそうであった。
「へェ。自己犠牲って奴かァ?」
「ウッセェ。ダマレヨサンシタ」
今のスノウには、このようなシステムアナウンスが流れていた。
『瘴気が一定量に達しました。特殊状態異常、暴走が発生します』
『条件を達成しました。エクストラスキル【暴走竜】を習得しました』
『瘴気による特定スキルの強制グロウアップ!スキル【怒】がカーススキル【憤怒】に成長しました』
『条件を達成しました。エクストラスキル【暴走竜】とカーススキル【憤怒】を統合進化。カラミティスキル【憤怒の暴虐竜】を習得しました』
【憤怒の暴虐竜】によりステータスと全スキルが著しく強化されたスノウは、意識がほぼないまま、全能感と共に踏み出す。
「ジョウキュウゴトキガイキガルナ。チョウキュウノチカラヲミセテヤルヨ」
「ほォ?確かに瘴気の量は膨れ上がったが、お前みたいなのが超級とは大言壮語にも程があんじゃねぇの?」
超級邪神。パンツァーはスノウ達にその存在を教えていなかったが、上級邪神より上位の存在として確かに存在している。
単騎戦闘型となれば、一国をいとも簡単に滅ぼす程の存在。それゆえに超級邪神はほとんど存在しない。
············そう、ほとんど存在しない。
「ソンナコトハタタカッテミリャワカルダロ。サッサトカカッテコイヨ」
こうして、アイリス達が目撃した状況へと至るのだった。




