第四十六話 お風呂場での家族団欒
お待たせしました!第四十六話です!
「船の中なのに、こんなに広いんだ」
船の中らしからぬ広さの浴場。
ステータス画面から装備を全解除して全裸になったボクは、浴場の広さに思わずはへ〜、と少々間の抜けた声を出してしまう。
洗面器でお湯を掬って身体にかけ、湯船に浸かって手足を伸ばす。
「はふぅ〜。リアルでもこっちでも、お風呂ってやっぱり気持ちいいねぇ〜」
お風呂好きのボクとしては、お風呂に入ってる時が一番、このゲームの制作会社の技術力をありがたく感じるよ〜。
ボクがそう寛いでいると、突如浴場の扉が開き、父さんと母さんが現れる。
「スノウ、邪魔するぞー······ってお前、水棲系のモンスターみたいになってんぞ」
「うん?あぁ、ボクの髪の毛ね」
父さんが指差した方向を見ると、ボクの白銀の髪がワカメのように広がっている······あれ?ボクの髪ってこんなに長かったっけ?
もしかしてこのゲーム、髪伸びるの?リアルだねぇ。
「スノウちゃん、少しくらい髪をまとめたらどうかしら?こういう時用の緩い髪ゴムがあるわよ」
「じゃあ貰っておくよ」
母さんから髪ゴムを受け取り、髪をある程度まとめる。
「父さんと母さんって、お風呂に入る必要があるほど汚れてたっけ?」
「うんにゃ。久しぶりに息子と話そうと思っただけだ」
「私もよ。最近、ほとんど話せてなかったじゃない?」
「あぁ、確かにね」
ここの所は母さんの仕事が忙しいらしく、電話をする暇は無くSNSでのメッセージのやり取りが精一杯だった。
ちなみに、母さんの職業はモデル兼女優。色々なドラマや映画に出演しているかなりの有名人だ。父さんは専業主夫として、そんな母さんを日々サポートしている。
ボク達三人と母さん達が離れて暮らしているのは、母さんの仕事の忙しさもあるが、母さんが有名すぎる所にもある。
有名人の家族というのは何もしていなくても注目されるもので、結構な頻度でボク達にインタビューやテレビ出演のオファーが来たのだ。
しつこいオファーはボク達が子供の頃から頻繁に来ており、柊和姉は平気だったのだが、引っ込み思案なボクと両親を亡くしてあまり経っていなかった雫乃の心への負担が大きく、やむを得ず離れて暮らすことになったのだ。盆休みも帰ってこれない時もあるけど、年末年始には毎回帰ってくるから、ずっと離れてはいないけど。というか、実は母さんたちが住む家も事務所もそう離れてないんだよね。どちらもウチから車で三十分ほどの距離にある。
あまり会えない理由は母さんの仕事が忙しいからであって、母さんの仕事が無い日には家族で出かけることもある。普通の家族よりは団欒の機会が少ないくらい。
現在、メンタル面は大丈夫になったのだが、成長した柊和姉や雫乃を見た、母さんの事務所の人などからのモデルやタレントとしてのオファーが増えて鬱陶しいので今も離れて暮らしている。
「それで、このゲームはどうだ?楽しくやってるか?」
「うん。シユ姉やティノアにはスキル構成に関してちょっと言われたけど、気にせず自由にやってるよ」
「······どんなスキル構成してんだ?」
「こんな感じ」
前にやった時と同じように、父さんと母さんにステータス欄を見せる。
「·········称号とエクストラスキル多くないか?」
············あっ。ゲーム初日にシユ姉達にステータス欄を見せてから、エクストラスキルと称号がいくつも増えてたの忘れてた············。まぁ、父さん達は周りに言いふらしたりはしないし、大丈夫でしょ。
「何言ってるの。アイリスちゃんも同じくらいあるじゃない」
えっ。父さんもそんなに多いの?
「父さんのステータスはどんな感じ?」
「んー、ちょっと待てよ······あ、あったあった。これだな」
「どれどれ······わぁ」
レベルは50越えの第二階位種族。INTとMNDが50未満な代わりにSTR、VIT、AGIの三つが1200オーバーとはなんて物理特化············。MPは初期値から変わってないくせに、HPは五桁行ってるしさぁ·········。称号とエクストラスキルの効果なんだろうけど、どれも名前が気になるなぁ。
「《不条理の塊》とか【法則への反逆者】、どうしたら獲得するの?」
あと、《バカの娘》と《脳筋の極致》とかも少し問い質したい気分である。この称号群、ボクみたいに偶然の取得じゃなくて、本人の行動で取得してる気がする。
「なんというか······」
「それを言うなら、スノウちゃんの【真·竜魔法】も聞いたことないわよ?【精霊術】と【仙闘術】は存在は確認されてるけど、両方持ってるプレイヤーなんて聞いたことないし、魔法の属性の数も、私達が今まで見てきたどのプレイヤーよりも多いのだけど」
ちょっと自覚があるだけに言い返せない·········。
「母さんはどうなの?」
「え······まあ、私はいいじゃない」
母さんのステータスを聞くと、途端に母さんの口調が怪しくなる。
······母さんのステータスも超特化型だな。
「母さんのステータスは?」
「スノウちゃんには見せてもらったし、しょうがないわね」
「······うわぁ」
父さんとはほぼ正反対で、母さんはINT、MNDが1500越えで他は初期値未満の純魔術師ビルドね。こっちはMPが五桁とか·········。
二人揃ってボクよりおかしいんだけど。それに、二人共、装備の補正抜きで今ボクが言った数値である。
あと、プレイヤーの精霊って聞いたことがない。いつの間に実装されたんだか。
「二人揃っておかしいステータス······」
「「スノウには言われたくない」」
「なんで!?」
ボクは二人と違ってどれも中途半端なステータスだよ!?
「いや、なんでって言われてもな」
「私達の知り合いにも万能型ビルドを目指しているプレイヤーはいるけど、生産系には手を伸ばせなくて魔法戦士で手詰まりだし、STR、INT、VITの三つを鍛えていてどれも500以下なのよ」
え、マジで?低くない?
「なのにお前はSTR、INT、AGI、DEXの四つが500を越えている。そこに装備も合わせればどれも800オーバーはマジでおかしい。というか、お前のDEX1000行ってるんだよな·········」
あぁ、最近生産ばっかやってたから【器用上昇】のスキルレベルが上がってDEXが1000に到達したんだっけ。
それに加え、【古代魔法·時空】と【古代魔法·思念】は【真·竜魔法】や【仙闘術】との組み合わせ方を発見したので、ボクの戦闘力はスキルレベルの上昇具合に比べると割と大きく上がっていたりする。
「ボクとしては、母さん達のレベルが高すぎると思うんだけど。そんなに時間ないよね?」
「四人で高難易度の狩り場に籠もってたらこうなったな」
「四人って?」
「フミとアヤって言えば伝わるか」
「あぁ、あの二人ね」
あの二人、というのはボク達の親戚、間宮家の双子の叔母である。間宮文香と間宮文乃、二人揃って年齢詐称気味の見た目だ。あと、一卵性双生児で顔は似ているが、身長の差が20cm近くあるのでおおよそ双子には見られない。年の離れた姉妹として見られることが多い二人である。
母さんも間宮さん達も含めて、ボクの身近の女性はラノベにいるレベルの若作りなんだよな······。なんでだろう?
そしてこの二人、実は母さん達と一緒に仕事をしている。文香さんがメディア担当で、文乃さんがスケジュール管理をしている。
「話は変わるけどさ、そのアバターどうしたの?」
父さんが女にしか見えないのは今更だが、さっき海上で会った時はただ女に見えるだけかと思っていたら、正真正銘の女アバターであることにこの浴場で初めて気付いた。
「今更だな。······お前なら言わずとも分かるだろ?」
「やっぱり······父さんもなんだね·········」
ボクと父さんはお互いの身に起きていることを瞬時に理解し、同時に立ち上がって抱き合う。
「「悪戯好きの身内がいると苦労する············!」」
昔から同じ境遇に遭っているので、ボクと父さんの絆は年齢の差に関わらず、結構深いのである。
「あと、その名前はどうにかならなかったの?そこを変えれば多少は男らしくなるんじゃない?」
「お前と違って男らしさは諦めたが······どのゲームでもこの名前だしな。お前も同じ命名方法じゃん?」
「父さんが気にしてないならいいけどさ」
今の父さんの言葉で分かったかもしれないが、父さんの本名は星宮菖蒲。つまり、菖蒲を英訳してIrisだね。母さんの本名は星宮晴夏。プレイヤーネームの由来は、晴夏の読みを変えてセイとナツ、そして両方の文字の一文字目を取ってセナである。
それにしても······この嫌な視線·········リュミナだな·········。よし、ここは一芝居打ちますかね。
「そうだ。父さん達ってこっちでカレーやラーメンって食べた?」
「うんにゃ。焼き魚とか炒め物とかは食べたが、そこら辺のは食べてないな。まず、カレーに関してはこっちに存在してなさそうだし」
「普通に焼いたり煮たりする料理はあるけど、カレーみたいにいくつものスパイスを調合しなきゃいけないような、複雑な料理は無いみたいね」
「ふぅん。今の所はボク以外にはいないってことか」
「······!お前まさか·········」
「まだ試作品で荒削りだけどね」
そう言いながらストレージからいくつものスパイスが混ざっている粉末が入った小瓶を一つ取り出した。
父さんは小瓶の蓋を開けて中の粉末の匂いを嗅ぎ、驚いたようで大声をあげる。
「マジか!昔から器用だとは思っていたが、カレーまで作るとはな!まだリアルの物程ではないが、今の状態でもカレーの匂いにはなってるぞ」
「私は料理がほとんどできないから分からないのだけど、カレー粉作るのってそんなに難しいの?」
「難しい、というより根気がいるな。セナは現代のカレーはスパイスが数十種類含まれているのは知ってるか?基本の四種としてコリアンダー、ターメリック、クミン、レッドチリがあるが、それ以外にも色々と混ぜてやっとできるんだ」
「大変そうねぇ」
「大変だったねぇ」
カレー粉作りのおかげ(?)で生産系スキルの中では、【調合】がダントツで高くなったなぁ。·········そろそろやるか。
「あ、あとこんなのもあるよ。それとこんなのも」
矢継ぎ早にボクが生産系スキルで作成した物を取り出していく。
その中で一つ、異彩を放っているアイテムがあった。不自然な程に真っ赤な粉末が入った小瓶である。
それを手に持ち、スキルではない自前の感覚でリュミナの大体の居場所を探り、そこに向けてさっきの真っ赤な物質を投げる。
「ギャアアアアアアアアアア目がアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「え!?ちょ、何!?」
「誰の声なの!?」
二人はリュミナの存在には気付いてなかったようで、ボクが仕留めたリュミナの断末魔を聞いてかなり取り乱している。
「この人が覗いてたからちょっとある物を投げただけだよ」
「ある物って何?」
カレー粉作りの時、途中で飽きて巫山戯てたらいつの間にか完成していた謎の真っ赤な粉末であり、視覚&嗅覚&味覚を一度に使用不能にする対人制圧用最終兵器、ボク命名『赤の滅亡』。
『赤の滅亡』をもろに食らったリュミナはずっと叫び声を上げながらゴロゴロ床を転がっている。
さて、ボクはあまり覗きなどは気にしない性格ではあるが、さすがに三回目は許す気になれない。どうやってイジメようかな······♪
「俺の息子が今まで見たことのない黒い笑み浮かべてるんだが」
「純粋なスノウちゃんはどこに行っちゃったのかしら?」
コラそこ。人聞きの悪いこと言わない。




