第四十四話 「「「「「「「父さん!?」」」」」」」
「嬢ちゃん!おい、嬢ちゃん!」
「·········うぅん。あれ?ここは············?」
「船の上だ。すまねぇな、アルマが無理させちまって」
「······ボク、何があったんだっけ?」
「アルマが撮影してたら段々と顔が真っ赤になって、倒れちまったんだよ。水着で人前に出るのが恥ずかしかったんだろうな」
言われてみると、さっきまで水着で浜辺にいたことは覚えている。ただそれ以降は、何かとてつもなく強い感情を発していたような気はするが、その記憶は残っていない。
「そうだったんだね。ごめんねおじさん。迷惑かけちゃって」
「そんなことねぇよ。原因はアルマだしな」
「ねぇねぇ、いつまでパンツァーはスノウちゃんをお姫様抱っこしてるつもりなの?」
「ん?·········あ」
「え?·········はぅっ!?」
リオンに指摘されてやっと今の状態に気付いたボク達。とたんに二人揃って慌てだす。
「ごめんおじしゃん!す、すぐ降りりゅかりゃ!」
「だだ大丈夫だ!嬢ちゃんは軽かったからな!」
「······付き合いたてのカップルかしら〜?」
「いや、まだ付き合ってないけどお互いに意識している、友達以上恋人未満の関係と見た」
「スノウが男にお姫様抱っこされて照れている箱入り令嬢に見えるのはオレだけか?」
「私にも見えるわ。あれ、本来は女のリアクションよね?」
「らぶらぶなのー?」
おいそこの野次馬たち。ずいぶん好き勝手言ってくれるじゃないか······ってリルまでそっち側なの!?いつの間に!?
ボク達はラブラブじゃないから!ただ二人共慌ててるだけだから!
これ以上ヤジが飛んでこないようにと急いでおじさんの腕から降り、ゲフンと咳き込んで話を強引に切り替える。
「アルフは最近見てないけど、誰か知ってる?」
((((話を逸らした······))))
「何?」
「「「「いいや何も」」」」
うん、何を言いたいかは大体わかってるから。話の切り替え方が強引なのは百も承知だから。
「で、そのアルフじゃが。この船に乗っておる」
「そうだったの?」
「『私はお嬢様より弱い。だから、お嬢様ができないことをしてお嬢様を支えられるようになりたい』と言っておってのう。スノウが修めておらぬ技能に色々と手をつけておるみたいじゃな。現に今はこの船の操縦室におるしのう」
最近会ってなかったのは、そういう理由があったんだね。ボクを支えられるようになりたいだなんて······。というかそもそも、アルフがボクより弱いだなんてことはないと思うんだけどね?冒険者登録の時の勝利は場外決着だし、何度も魔術が命中したはずなのに回復魔法を使わずともピンピンしていた。ロクにダメージを与えられていないのにボクの方が強いだなんてことはありえないのだ。
あと、優しいアルフを騙し続けるのは心苦しい。いつか、ボクの現実での性別を打ち明けないといけない。でも、なぜかエメロア達にそれを止められている。
アルフに会って割とすぐのことだが、アルフに性別を打ち明けようかとエメロア達に相談したことがある。すると、「今あいつは病にかかっているから言わないでやってくれ」って言われたのだ。どんな病かって聞いても、エメロアもおじさんもリオンも顔を逸らすんだよね。あと、アルフに体調について聞いても「私は至って健康ですが?」って返されたし。そのため、まだボクの現実での性別をアルフに言うことはできていない。
アルフは病気なのだろうか?しかし、アルフ本人は至って健康だと言う。ボクはどうすればいいんだろうね·········?
そんなことを考えていると、ドアの向こうから数人分の足音が聞こえてくる。誰のだろう?
「うむ、アルフ達がこちらに来ているようじゃな。船の動力機関の整備が終わったのじゃろう」
「······アルフ達?アルフの他にも誰か来てるの?」
「そういえば言ってなかったわね〜。リュミナも来てるわよ〜」
·········とてつもなく嫌な予感が。『精霊纏武』の準備をしておいた方がいい気がする。
ボクが警戒態勢に入ったと同時にドアが開いて、アルフとリュミナが現れる。
「久しぶりです、お嬢さ」
「スノウちゃんじゃないか!僕とキモチイイことしようぜええええええええ!!!」
「あ痛ぁ!?」
ドンガラガッシャン!
アルフの挨拶を遮ってアルフを押し退け、リュミナがいくつかの魔法を発動させながら超高速でボクへと迫ってくる。ボクのステータスでは反応はできても防ぐことまではできなかっただろうが、事前に備えていたボクは迎撃することが可能そうだ。
リュミナのル○ンダイブをしゃがんで躱し、そのお腹に火属性と風属性の複合の『精霊纏武』を発動させた右手で〈昇破〉ぁ!·········あっこれ微妙にタイミング遅い。
ボクのステータス不足で迎撃がほんの少しだけ遅れ、リュミナのお腹に打ち込もうとしていた拳はお腹ではなく······、その、リュミナのお○んちんに············。
ズグシャァッ!!!
「タマァ!?」
ヒュ〜〜〜〜〜〜
これ以上なく分かりやすい悲鳴と共にリュミナの身体は上空へと打ち上げられ······そのまま海にポチャン。
「あっ」
······どうしよう。一応助けた方が·········いや、大丈夫そうだね。アイルビーバックと言わんばかりにサムズアップしてるから意外と余裕あるなこれ。
「助けないでいいわよ、スノウ。あの変態は全然平気そうだし」
直接迫られてはないものの、ユリアとしてもリュミナは嫌な相手のようだ。接し方がかなり辛辣だ。
「このまま出航するかのう。あ、スノウは手を洗っておくのじゃ」
確かにね。直接殴ってはないとはいえ、決して綺麗な物じゃないから。
「そうね〜。どうせあの変態は殺しても死なないから〜」
「すまんな嬢ちゃん。俺らも警戒はしてたってのに、なぜか反応できなかった。······というか、なんで嬢ちゃんは反応できてんだ?」
「リュミナがおじさん達にしれっと魔法をいくつか使ってたから、それじゃない?」
「リュミナが俺らに?俺の記憶だと、あいつはちょっと前まで妨害系の魔法なんざ覚えてなかったはずなんだがなぁ」
「それって、いつ頃の記憶?」
「······八十年くらい前だったか?」
「新しい魔法の一つや二つは覚えてても不思議じゃない期間だよね?」
長生きの人って、なんでこう、時間の感覚がズレてるんだろう·········?
「痛た······。今のは何だったんで······す·········っ!?!?」
腰のあたりをさすりながら立ち上がったアルフがボクを見て動きをピタッと止め、みるみると顔がトマトのように赤く染まっていく。赤面症かな?
·········この光景、なんかもう慣れてきた。アルフはボクと会ってから何度も顔を赤くしてるけど、これって何回目?三回以上も同じネタが許されるのは「この印籠が目に入らぬか!」とか「押すなよ!絶対に押すなよ!」くらいだよ?そろそろ皆飽きるよ?
まぁ、急に高熱が出たという可能性もあるので、念の為にアルフに近付いて様子を聞く。
「アルフ、大丈夫?」
「っ!いや、あの、お嬢様!?近すぎじゃありませんか!?」
「そうかな?」
「そうですよ!だって、その···アレが······っ!」
アルフは目を瞑り、さらにはボクから顔を背ける。そんなにボクを見たくないのか······。そんなに汚れてたっけ?毎日ゲームの中でもお風呂には入ってるのになぁ?
「あやつ、気付いておらんのか···」
「何の計算も無しに『当ててんのよ』かー」
「アイツ、素で男殺しなのか?」
「多分そうよ〜。前にもこんなことあったからね〜」
ボクはエメロア達がそんなことを話しているとは全く気付かず、そのままアルフに近寄る。
「もしかして、熱中症?それなら体を冷やした方がいいんじゃない?」
「いや、体調が悪いのではなく、逆に良すぎるというか······」
と、そこで言葉を切ったアルフがボクに背を向けながら立ち上が······らない。なぜか前かがみの状態で止まっている。
「どうしたの?」
「あの······しばらく私のことは放っておいてください」
「そんなに姿勢を崩すほど体調が悪いんじゃないの?放っておけないよ」
アルフは慣れない生産系スキルを鍛えてまでボクの役に立とうとしてくれたんだから、こういう時くらいはきちんと労わないとね。
「いえ、これは体調不良ではないので!心配無用です!」
だが、アルフは頑なにボクを拒む。
「嬢ちゃん、男には一人になりたい時があるんだ。放っておいてやれ」
さらに近寄ろうとしたボクをおじさんが制止する。ボクも男なんだけど、心当たりがないんだよなぁ。何のことかな?
「すみませんが、一旦失礼します」
そう言い残してアルフは前かがみのまま去って行った。······前かがみの理由だけでも聞いておけばよかったかもしれない。結構気になる。
アルフが去って行った方向を見ながらボクがポツリと呟く。
「結局、アルフはどうしたんだろうね?」
「俺からしたら、どうして嬢ちゃんが分かってねぇのが疑問なんだが?嬢ちゃん、異界では本当に男なんだよな?」
「もちろん!」
「それなら、男なら知ってるはずの知識を嬢ちゃんが知らねぇってどういうことだ?」
「······何のこと?」
「なんつーか···あの······」
「スノウの心は男じゃろうに。可憐な見た目で気恥ずかしくなっとるんじゃないわい」
しどろもどろとしているおじさんに代わり、エメロアがボクに問い掛ける。
「率直に聞こう。おぬしのち○ちんは硬くならんのか?」
「女の人が躊躇いなくち○ちんって口走るのはどうかと思うよ!?」
「それで、おぬしのち○ちんは硬くならんのか?」
「ならないよ?というか、なんで硬くなるの?」
「「「「「「「え!?」」」」」」」
リル達を除いた全員から驚かれた!?
あ、ちなみにリル達は三人で釣りしてます。途中から暇そうだったので、おじさんが釣り竿を渡していた模様。
「朝起きた時とか硬くなっておらんか?」
「うーん······そんな記憶は無いなぁ」
特に覚えていることはない。
ボクの解答を聞いたエメロアは、おじさんやリオン、アルマさんと四人で何か話し合っている。
「(ワシとしては、スノウが男かどうか怪しくなってきたのじゃが?)」
「(男なのは間違いないと思うよー。女であの不用心さはありえないからね。その手の知識が無いのは結構いたりするけど、あそこまで男に気安く接する女の子はいないかなー)」
「(間違いなく、嬢ちゃんには何か事情がある。何があったかは分からねぇが、それが良いことだったとは思わねぇ)」
「(まぁ、アレの原因は大体心の傷じゃしのう。ただ、今のスノウはそんな素振りは一度たりとも見せておらんぞ?ワシらと会ってから一ヶ月くらいしか経っておらんというのもあるんじゃろうが)」
「(······そう考えると、スノウは過去に何か事件があったってことかなー?)」
「(そうだろうな)」
「(何の情報も無いのにそんな議論をするのはムダじゃないかしら〜。今はスノウちゃんの過去より、現状をどうするかを考えた方が有意義よ〜)」
「(あ、話を切ってすまんがちょっと待ってくれ)」
突然おじさんがボクの方へと歩いてくる。
「話が長くなりそうだから、嬢ちゃんはリル達と一緒に釣りでもしたらどうだ?」
「······うん、そうするよ」
正直に言うと話の内容を知りたいが、こういう雰囲気の時は何も話してくれないっていうことは、かれこれ一ヶ月ほどを過ごしただけあってそのくらいは分かる。
アナスタシアちゃん誘拐事件の時も、数日はこんな雰囲気だったんだよねぇ。何かあったのか聞いても今回みたいに教えてくれなかったし。その少し後にリュミナから教えてもらったんだけど、あの時はボクが必要以上に表舞台に立たないでいられるように動いてくれていたらしい。ボクが目立ちたがりではないことを知っているから裏で色々と工作をしてくれていたとのこと。そして、それをボクが知ったら、手を煩わせて申し訳ないと思うのが分かっていたからボクには教えなかったのだ、とリュミナが言っていた。
今回もそういうことなんだろうし、聞かないでおこうかな。三人娘と釣りを楽しもう。
·········ん?浜辺の方から誰か来てる?遠目じゃ顔は分からないけど······金髪の獣人?で、多分女の人。それにしても、見たことがあるような············?でも、今までこっちで会ったことはないと思う。
「お〜い!そこの船、ちょっと待ってくれ〜〜〜!」
あ、知り合いだ。というか身内だ。
彼(女)の声をリオンが聞き取り、周りをキョロキョロと見渡す。
「誰の声ー?あと、どこから?」
既に存在に気付いているボクは、リオンの肩を叩いて身内を指差す。
「······え?魔法とか技能無しで水の上を走ってるんだけどー?」
「あの人、ボクの身内」
「スノウの身内かー。なら納得」
解せぬ。
「そこの猫耳の人〜!その船に乗ってもいいか〜?」
「何が目的ー?」
リオンの質問に対し、彼(女)は即座に答える。
「魚が食いたい!」
「いいよー!」
軽っ。それでいいんだ。
リオンの返答を聞いた父さんは一際強く水面を蹴り、船のデッキに飛び乗る。遠くからは気付かなかったが、父さんの傍らには半透明の母さんが浮いている。
「飛び入り参加しちゃってすまん······って、雪じゃん。ここで何してんの?」
「······父さん。こっちではリアルの名前を出さないのがマナーだよ?」
「「「「「「「父さん!?」」」」」」」
おじさん達が驚いているが、金髪黒眼を持つ熊獣人の女性の姿をした父さんはそれを全く気にせずに自己紹介をする。
「はじめまして、俺はアイリス」
半透明の母さんも父さんにつづいて自己紹介。
「同じくはじめまして。私はセナです」
「「「「「「「·········」」」」」」」
おじさん達は父さんの姿に驚いていて、返事をできていないようだ。
············ボクっていう実例がいるんだし、そこまで驚くことじゃないと思うけどなぁ。




