第二十九話 一次試験(前編)
〘皆さん、パーティーは組み終わりましたねー?それでは、試験スタートッ!〙
その始まりの合図と同時に周りの景色が一変する。試験用のフィールドに転移したっぽい?
「へぇ、こんな感じなんだ」
木々が生い茂っているから、遠距離魔法はともかく超遠距離からの魔法は射線が通りそうにないね。
······長時間溜めた『魔砲』なら木ごと吹っ飛ばせるのかな?ほら、弾幕はパワーってよく言うじゃん。
『それはやめときなさい』
『分かってるよ』
念話をしようとしてないのに誤作動してしまったようで、少し企んでいたことがユリアにバレちゃった。
安心して、冗談だから。
「スノウ、周りの景色を見てる暇は無いわよ」
「あ、うん。それで、ボク達はどんな感じで動く?」
ユリアと念話をしていたから少し返事がぎこちなかったかもしれない。変に思われてないよね?
「そうね······。まず、内部生から潰すか冒険者から潰すかを決めましょうか」
“潰す”ってなんて物騒な表現を······。
「内部生って?」
「この学院に普段から通っている奴らのことよ。本来は夏季休暇だけど、今回の短期講習では十二英傑の方々が教師になるから、内部生もこの夏季短期講習に参加しようとしているのよ」
道理でやけに人が多かったんだね。
「それに加え冒険者の受験者もいつもより多いから、今回は倍率が例年の三倍以上らしいわよ」
「三倍以上!?」
さすがおじさん達。世界最強の十二人ってのは伊達じゃないね。
「ロネも十二英傑の人に会いに来たの?」
「そりゃそうでしょ。アンタは違うの?」
「うん、違うね」
ボクは十二英傑に会うより、生産系スキルの訓練の為にこの学院に来たからね。教師が十二英傑だろうとそうじゃなかろうと来ようとはしてたかな。
『まあ、毎日会ってるからね』
だね。
「アンタ、変わってるわね」
「そうかな?」
自分では常識人のつもりなんだけどなぁ。
「そうね。言わせてもらうと、十二英傑に会おうとしない時点で変わり者よ?」
「マジで?」
「マジよ。あと、アンタは竜人としても変わり者ね。竜人のほとんどは傲岸不遜で、他種族を見下すものなのよ」
「そんなこと言われても······」
ボクは異界人だから、元からこのゲームに存在する現地人とは性格が違って当然なんだよね。それに、まだ現地人の竜人とは会ってないから竜人の性格だなんて分かんないよ。
「アンタ、竜人なのに竜人が周りにいない環境で成長したのかしらね」
「そんな感じだよ」
「え······。ごめんなさいね、嫌なことを思い出させて」
「え?あ、うん。気にしないで」
あれ?なんでロネは申し訳なさそうな反応してるの?
·········あ。
ボクが竜人→つまり親も竜人→竜人が周りにいない環境で育った→すなわち親と一緒に過ごしていない→親が死んだか親に捨てられた
こんな感じで勘違いされたっぽい?
訂正したいんだけど、そうなるとボクが異界人ってことも言わなきゃいけないからね。
エメロアが「現地人の中には異界人に対する偏見や悪い先入観を持つ人がおるから、現地人には自分が異界人ってことをあまり言わない方がよいのじゃ」って言ってたし、今は秘密にしておこう。
ロネには不要な気遣いをさせちゃうから、いつかボクが異界人だと明かす時に謝らなきゃね。
とりあえず今は、この気まずい雰囲気を消す為にボクから話を変えよう。
『······否定しないの?』
『そうしようとしたら、ボクが異界人だってことも明かさないといけないからね。ほら、エメロアが、異界人だってことは簡単には言わないようにって言ってたでしょ?』
『あ、そういえばそうだったわね』
っと。あんまり長く念話を続けてたら不審に思われちゃうから話を振らないとね。
「結局、内部生と冒険者どっちを狙う?」
「もう見つけた奴から撃破すればいいんじゃない?」
「確かに」
見敵必殺って方針だね。それが一番わかりやすい。
「隙ありぃ!」
「背中がガラ空きだぜ!」
試験が始まってから話し込んでいたボク達を別の受験者が襲ってくるが、
「声を出してちゃ意味ないわよ?」
「不意討ちは静かにやるもんだよ?」
ロネの槍とボクの爪での一撃でその身を光の粒子へと変える。
こういう光の粒子になって消える演出はゲーム感丸出しだねぇ。
「そこそこ話し込んでしまったし、急いで他の受験者を撃破しないとね」
「異議な〜し」
そうしてボクらは、少し急いで他の受験者の撃破へと向かった。
◇◆◇保護者side◇◆◇
「うむ。順調そうじゃのう」
「そうだろうねー」
「つか、これ相手が可哀そうになってくるな。BランクとCランクが組んじまうとなぁ······」
「別にいいじゃないの〜。はぁ、二人共着せ替えしたいわね〜。あ、あそこの娘もいいわね〜」
「いやなんで別の話になってんだよ」
場所は保護者用の観客席。試験フィールド内に設置しているカメラ的な魔道具での映像がスクリーンに流れている。
先程までの三人に加え用事を一段落させたアルマも合流して、スノウとロネによる蹂躙を眺めている。アルマの場合は観戦より美少女発見を目的にしているようだが。
もう既にお気付きの人もいるだろうが念の為説明しておこう。スノウの前では取り繕っているが、アルマは美少女を見ると着せ替えたい衝動に駆られる少し特殊な人物である。その衝動の対象は美少女だけに絞られるのが唯一の救いだったりするのだが、十二英傑の一人である《天蠍》は恋愛対象が老若男女を網羅するという恐ろしい性癖の持ち主だ。
スノウの保護者の四人は、スノウが《天蠍》と出会わないことを心から願っている。
「あ、また撃破したねー」
「それでこそワシらの弟子じゃ」
「試験が終わったら、何かご褒美をあげようかしら〜」
「やり過ぎだろ嬢ちゃん達······。嬢ちゃんもそうだが、あの黒猫の獣人も容赦がねぇな」
また一人、また一人と、スノウとロネにより殲滅されている受験者を見て、パンツァーは彼らを哀れに思う。
だが、二人にはパンツァーのその思いは届きなどしない。合格基準と世間の基準が分かっていない二人は、一方的な狩りを続けていくのだった。
◇◆◇スノウside◇◆◇
「·········今、とてもアンタにムカついてるわ」
「いきなり酷くない!?」
次々と受験者を撃破し、今は他の獲物を探しているボク達。そんな時にロネがボクにそう言った。
なんて理不尽な······。ボクは何もしてないのに。
「······ねえ。一つお願いしたいことがあるんだけど」
このタイミングでのお願いは嫌な予感しかしない·········。でも聞くだけ聞いてみよう。
「······何?」
「揉んでいいかしら?」
「ダメだよ!?」
むしろなんでいいと思ったの!?
「いいじゃないの。減るものじゃないんだし」
「ボクの尊厳と羞恥心は削れるよ!?」
「アンタが跳びはねる度に胸が揺れて羨ましくなるのよ!一回くらい揉ませてくれてもいいじゃない!」
「そんな感情をたっぷり込めてもダメなものはダメ!」
「ケチー」
あるぇー?ロネは初対面の時はあんなにクールそうな雰囲気を纏ってたのになぁ?思ってたより軽い性格だったんだねぇ。
『······ツンデレじゃないのかしら』
『なんでツンデレを期待してるの!?』
また余計な事を口走ったユリアについツッコミをしていたボクは、ロネが忍び寄っていることに気付かなかった。
モニュン
「ひゃぁあ!?」
「すごい弾力ね······。どうしたらこれ程の代物を手に入れられるのかしら」
「ロネ!?」
さっきダメだって言ったのに!
モニィン ポヨポヨ
「ひぃぅっ!やぁん!」
ロネがボクの胸を揉み、そのくすぐったさに悶えるしかないボク。しばらく体をよじっていると、段々装備がはだけてくる。
「うっわ、アンタ見た目に似合わない下着着けてるのね」
「·········やむを得ず、ね」
ボクが着けている黒いレースのブラジャーを見たロネが、やっとボクの胸から手を離してくれたので、息を絶え絶えにしながらもどうにか返事する。
え?「魔法のサラシはどうしたんだ」って?今も着けてるよ。「今着けてるのはブラジャーじゃないか」って?だから、今着けてるこの黒いブラジャーが魔法のサラシなんだよ。
何を隠そう、この魔法のサラシは形状を変える機能まで持ってたんだ。付与スキルにはそんなの無かったから最初は驚いたんだけど、別に実害は無いのであっさり受け入れた。形状は変わるが、色は変わらないのが玉に瑕なんだけどね。
それにしても、この雪辱をどうやって果たそうか。ボクはやられたらやり返さなきゃ気が済まない性格なんだよ。
どうやってやり返そうか·········。うん。胸を揉まれたんだし、揉み返すのがいっか。自分がどんなことをしたのか分かってもらうには、同じことをその人にやり返すのが一番だからね。
「この怨み、果たさずにいられるものか······」
「な、何よ···?」
ロネは急に立ち上がったボクを見て警戒しているみたい。
警戒なんて無駄だよ。かつて格闘技の大会で優勝したボクの腕前を···見せて······や·········。
「·········揉む胸がない」
「急に立ち上がったと思ったら何なのよ!」
ロネの胸は、絶壁やまな板を比喩される程小さくはないが、ロネがさっきボクにやったように揉むことができる程の大きさは無い。
どうやってボクは復讐をすればいいんだろう·········。
「復讐しようと思ったのに胸が無い······」
「アンタ喧嘩売ってるなら買うわよ?」
「喧嘩を売ってきたのはロネじゃない?ロネがボクの胸を揉んで来たんだよ?」
一触即発の雰囲気。試験中なのに今にもボクらが仲間割れしようとしたその時ーーー
「うわっち!?」
「きゃぁっ!?」
ボクとロネの間を色とりどりの魔法が通り抜ける。
「······そういえば試験中だったね」
「······ええ。仲間割れはやめておきましょう」
我に返ったボクとロネは、魔法が飛んできた方向へと走っていった。