第十六話 「こっち来んな変態いいいいいい!」
少し歩いて冒険者ギルドの前まで辿り着く。扉が閉まっているのに中の騒ぎが聞こえてくる。扉や壁が薄いのか、もしくは冒険者達がそれ程うるさいのか。
「どうしたのじゃスノウ?扉の前で固まって。下着の紐でも解けたかの?」
「解けてないよ!?」
このセクハラ幼女め······!
「いや、何か騒ぎが起きていそうだからさ。今入ると巻き込まれるかなーと思って」
「大丈夫じゃ。これくらいならいつものことじゃしの」
「おじさん、アルマさん、そうなの?」
エメロアは信用できないので二人にも確認する。
「そうだ」
「そうよ〜」
「なら大丈夫か」
二人から確認も取れたので早速ギルドに入ろうと······?
「エメロア、今何かした?」
魔力が動いたような気がしたので聞いてみる。見た目はどこも変わってないから気のせいかな?
「いや、別に何もしておらん」
「そう?」
まあいいや。さっさと冒険者登録を済ませちゃおう。
そうと決まれば善は急げ。扉を開け、カウンターっぽい所に向かう。そして受付嬢らしき人に声をかける。
「すいません」
「何かしら?」
「冒険者登録をしたいです」
「えっと······登録は十歳からできるけど、あまりおすすめしないわよ?十五歳になってからもう一度いらっしゃい。貴方みたいな可愛らしい女の子に冒険者は似合わないからできれば別の道に進んでほしいのだけれど······」
······傷ついてない。傷ついてなんかないもん。リアルでもこんなことはよくあったからもう···慣れっこ······ぐすん。
「あれ、そんなに落ち込んでどうしたの?そんなに冒険者になりたかったの?じゃあ冒険者登録しましょう?登録だけして、危険な依頼はやらないでおきましょう?ね?」
なんでだろう。下心満載の濁った目で「そこのJS、俺らとイイコトしない?」って言われるより、善意100%の純粋な目で「小さい子は無理しちゃダメよ?」的なこと言われる方が心にくる······。
「受付嬢よ、そこらへんでやめてやれ······。そやつは十六歳じゃ」
「嘘!?」
ぐはあっ!
「嬢ちゃん、可哀そうに······」
「さすがに少し可哀そうね〜」
orzの姿勢になったボクに、おじさんとアルマさんが憐れみの目を向けている。同情するなら男らしさをちょうだい···。
「あの···貴方達は?」
「その娘の推薦人じゃ」
「その嬢ちゃんの推薦人だ」
「その女の子の推薦人よ〜」
「それでは、ギルドカードを提示してもらえますか?」
「「「はい」」」
三人が渡したギルドカードを二度見して、大きく目を見開く受付嬢さん。今見ている光景が信じられないかのような表情だ。
「えっ!?しょ、少々お待ち下さい!」
受付嬢さんはそう言って、カウンターの奥に引っ込んでしまう。
十分ほど経って、初老の男性が奥から出てくる。
「お、遅れて申し訳ございません。え、ええとですね。貴方達のような御方がなぜここに?」
うわあ。めっちゃ緊張してるよねこの人。声が震えてるし、呂律がうまく回ってない。
「ん?俺ら全員嬢ちゃんの推薦人として来てるって言ったぞ?」
「そこの竜人のお嬢様ですか?」
ボクはお嬢様なんてガラじゃないんだよねぇ。この場に竜人はボクしかいないから、ボク以外有り得ないだけど、返事するのについ躊躇しちゃうよ。
「まあ、はい、そうです」
「そちらの御三方と共に部屋まで来て頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ボクに断る理由はないですが···」
三人に判断を仰ごうと、顔を三人の方へ向ける。うん、三人共親指立ててるからOKだね。
「大丈夫みたいです」
「ではこちらに来て下さい。あの方がお待ちしています」
あの方って誰?
初老の男性の後をついて行き、大きな扉の前へと案内される。
「うわ、でっかいなぁ······」
「エメ、アルマ、こんな部屋に案内されるってことはアイツだよな」
「「絶対アイツ(じゃな)(よね〜)」」
三人は相手が誰か確信しているっぽい。知り合いなんだろうね。
「では私はこれにて失礼いたします」
「おう、お疲れさん」
初老の男性がどこかに行った後、おじさんが扉を開けると、ソファに男性が座っていた。
金髪碧眼で、見た目はかなり若い。どれだけ多く見積もっても三十代。
「やあ、君達が推薦人として来たってギルドマスターから連絡が来たから王都から急いだんだよ。どうしても気になってしまってね」
「「「帰れ」」」
え、嫌われてるのこの人?いつも口調が伸びているアルマさんですらこの様子だよ?
「どうせお前は仕事をサボる口実を探してただけだろ」
「否定はしない。でも、君達が推薦する子がどんな人物か気になったのも確かだよ」
「見目麗しい人物だったら貴様はすぐに夜伽に誘うじゃろう。······先に言っておく。スノウだけは許さぬ。もしこやつを無理矢理夜伽に誘い、あまつさえ泣かしたとしたら、ワシら三人でこの国の城を壊すから覚悟しておけ」
エメロアは悪戯好きだけど、こういう優しさがあるから嫌いにはなれないんだよね。こんなにボクを守ってくれるし。でも、だからといって悪戯を許す気はない。
「そうか、ダメなのかい。いくら女好きの僕でも、城と引き換えにその娘とヤるのはさすがに代償が重すぎるね。手は出さないでおくよ」
「そんなこと言って実行したら、死ぬ方がマシだと思う苦痛を与えるから覚悟しなさいよ〜」
笑顔で、口調も伸びているのにアルマさんがとても怖い。後ろに般若より恐ろしいナニカが見える気がする······。本当に、心の底から思う。アルマさんが味方でよかったぁ···。あ、エメロアとおじさんもね。
ていうか、そこのお兄さんさ、見た目だけは誠実そうなのに女好きなのか······。ボクは近付かないようにしよう。
「あ、そこの竜人ちゃん。その気になったら僕の所まで来てね。僕はいつでもウェルカムだから!」
「固くお断りします!!」
何されるかわかんないけど、この軽薄そうな人には絶対に近付かない。ボクはさっきより強い気持ちでそう決めた。
「そうだ。僕は大丈夫だけど、幻惑魔法を解除したら?多分そこの竜人ちゃんは君達の見た目が変わっているのに困惑してるよ?」
「そういえばそうじゃったの」
ふぇ?何も変わってないよね。
「エメロア何かしてたの?見た目とか全く変わってなかったけど?」
「······うむん?」
「······あら〜?」
「「······え?」」
見事に男性陣の反応が一致してる。口ではあんなこと言いつつも、実は仲良しなのかな?
そんなことを考えていたら、おじさんがいきなり笑い出した。
「俺らですら見たことのない技能を発現させるわ、エメでさえ全貌を看破できない恩寵を宿してるわ、世界樹の精霊と契約するわ、エメクラスの幻惑魔法を無効化するわ。嬢ちゃんといると退屈しねぇな!はっはっは!」
「そうじゃな!それに、そこらの王族如きでは比べ物にならん程、鍛え甲斐があるしのう」
「え、何その話?僕にも聞かせて!」
え?あの、ギルドの試験は······?
······幼女説明中······
「その恩寵は僕でも聞いたことがない。まず、恩寵に封印や弱体化がかかってるのを初めて見たよ。それにその状態でも効果は大抵の神霊のそれを超えている」
「ワシの眼でも恩寵を与えた奴の名の部分は解読不可能じゃしな」
「眼といえばさ、あの娘の眼はエメロアの幻術も効かないんでしょ?」
「うむ。竜眼は魔力を視通し、幻術や幻惑を見破ると聞いたことはあるのじゃが、格がほとんど育っておらんのにワシの幻惑魔法をいとも簡単に無効化しおったわい」
「この娘と一緒に過ごしてると退屈しなさそうだね。僕も今日からパンツァーの家に居候していいかな?」
「ダメに決まってんだろ馬鹿野郎。お前はそんなポンポン出歩ける立場じゃねぇだろ」
「そうよ〜。まあ私はフリーだからその点は大丈夫だけどね〜」
「くっ、羨ましいなぁ······」
······んん?四人の話が終わるまで待つつもりだったけど、今スルーできない言葉があったような気がする。
「え、そこの金髪の人···誰なの?」
「うん?そういえば自己紹介してなかったか。僕はリュミナ。リュミナ·セイリア。ちなみにセイリア王国初代国王。これからよろしく頼むよ」
「ふぁっ!?」
え、マジで!?今ボクと握手しようと手を差し出しているこの女好きが国王!?
「······ほんとに国王?」
「あら〜。リュミナの言葉、信じられてないわね〜」
「それは手厳しいなあ。本当のことなのに」
「女好きなんでしょ?」
「もちろんさ!嫌いになる理由がないじゃないか!」
あ、ヤバいこの人真正だ。即答する所が特にヤバい。
「こんなのが国王やってたら国が滅びそうなんだけど」
「その点は大丈夫だよ。今の国王は僕じゃないから」
「まだ若いのにもう引退したの?」
「ああ、僕の見た目は誤解されやすいからね。一応もう五百は超えているよ」
そっか。エメロアたちの知り合いならそれぐらいか。
「五百歳になっても女好きは変わらないんだ···」
「ちなみに好みは低身長と巨乳だよ」
「つまりロリコンのおっぱい星人じゃな」
その言葉はこっちでも通じちゃうのね。
「いや、好みは聞いてないから」
·········待てよ。今の言葉から不穏な雰囲気を感じた。心なしかリュミナがじりじりとボクに近寄ってきている。エメロア達にはわからない程少しずつ。そして何かの魔法でボクとリュミナの声は遮断されているっぽい。なんて高性能な変態なんだろう。
「······小さい子とおっぱいがそんなに好き?」
ボクが一歩後ずされば、
「見つけたら襲いたくなるくらいには大好きだ」
リュミナが一歩歩み寄る。
「······もしかして、ボクみたいなのがタイプなの?」
ボクが二歩後ずされば、
「僕の好みにどストライク。正直言って襲いたい」
リュミナが二歩歩み寄る。
「さあ僕とキモチいいことしようじゃないかああああああ!」
「いやああああああ!?」
エメロア達の警戒を掻い潜り、さながらル○ンのような姿勢で飛びかかってくるリュミナに、ボクは恐ろしさのあまり悲鳴をあげる。
「こっち来んな変態いいいいいい!」
「ぐふうっ!」
反射的に、一瞬で込められるだけのMPを右足に集め思いっきり雷属性の『魔纏』で強化された〈隕星〉をぶち込む。
すると、ボクが思っていたより威力が高くなったのか、リュミナがすごい勢いで壁に激突した。
「その純白の髪と角、そして銀色の瞳と鱗はまるであの竜のように綺麗だったよ······」
謎の言葉を遺して、変態は沈んだ。ボクは銀髪紅眼なんだけどなぁ。
今の光景に呆然としていた三人。その内、正気に戻ったエメロアとおじさんがボクの方へ駆け寄ってきた。
「嬢ちゃん、大丈夫か!?」
「うん、なんとかね······」
「スノウ、申し訳ない。ワシらはこやつが女好きじゃと知っていたというのに、警戒を怠ってしまったのじゃ」
「謝らなくていいよ。被害は無かったしさ」
「そういう問題ではないと思うのだがのう」
「夜伽とかヤルとか言ってる言葉は意味がわかんなかったけど、とりあえず怖かったから思わず蹴っちゃったよ」
「···言葉の意味を知らんのか?」
「えっちぃ言葉かな?っていうのは予想できるよ。でも、言葉の意味はわかんない」
さっきのリュミナみたいなのが話す言葉の中で、ボクには意味がわからなかったものは十中八九えっちぃ言葉だって柊和姉と雫乃が言ってたからね。
「(エメ、嬢ちゃんにそういう方面で悪戯するのだけはやめろよ?まあ他の悪戯も許す気はないけどな)」
「(わかっておる。そういう方面ではスノウは守ってやらねばならん。度々思っているのじゃが、スノウは本当に男かどうか疑わしいのう。十六にもなってその手の知識が全く無いのは男では有り得ん。貴族の箱入り令嬢くらいじゃからな)」
「(······正直、俺もそう思った)」
えと、二人は何を内緒話してるんだろう。ボクの方を見ながら話しているけど。
それはともかく、誰か忘れているような·····。あ、アルマさんだ。アルマさんはまだ呆然としたままなのかな?
そう思いアルマさんの方を見ると、アルマさんはさっきよりも迫力がある鬼神のような存在を背中に背負っていた。
「ふふふ〜。どうやって拷問しようかしら〜?」
アルマさんが浮かべている笑顔はとても黒く、顔は笑っているのに目が笑っていない所が特に怖い。
···アルマさんの鞭で雁字搦めに拘束されているリュミナはスルーの方向で。
「●●を潰して新しい扉を開こうかしら〜?それとも、●●●に●●●を装着させて●●●できないようにさせようかしら〜?あ、●●●●●●するのもいいわね〜」
······?何か拷問でもするのかな?
「(これを聞いて無反応とは、本物じゃのう)」
「(さすがに一つもわかんねぇのはどうかと思うんだがな)」
また二人がボクを見ながら内緒話してる。さっきからなんだろうね?
「ちと待つのじゃアルマ。拷問はスノウが異界に帰ってからにせい」
「は〜い。少しだけお仕置きしてからね〜」
「うぎゃあああああああ!?」
鞭の叩く音と、リュミナの断末魔が聞こえる。
ふふふ、いい気味だね。こんな変態には天罰が下るべきなんですよ〜。