俺より可愛い奴なんていません。5-6
桜祭を終え、桜木高校の生徒たちは、再び以前の日常にもどっていた。
たったの二日間の出来事は、多くの生徒たちに思い出を残し、桜祭以前の生活から少し、周りの環境が変わった者も少なくはなかった。
彼女や彼氏のできた生徒や、そこまではいかずとも何かしらの進展があった生徒、任された役割から新しい楽しみを見つけ、夢にまで発展した生徒。
いい意味で桜祭は生徒たちに変化をもたらせ、そしてそれは、立花 葵も例外ではなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「暑い……」
6月も中旬を過ぎ、終盤へと差し掛かった季節。
夏のあのうっとおしい暑さが見え隠れする時期に、葵は松木駅へと足を運んでいた。
桜祭を終え初めて迎える休日だったが、葵は家でゆっくりすることもかなわず、外の暑さに愚痴をこぼしていた。
(はぁ……、なんで休日にわざわざ街にでなきゃいけないんだ……。
家出るときには妹に、嫌味を言われるし、ほんとついてない)
葵は家に出るときに椿からいわれた一言を思い出しながら、歩いていた。
椿に以前、この日に久しぶりに兄妹二人で出かけようと誘われ、葵は今日の目的のため、その誘いを断っていた。
そんなこともあったためか、朝から椿は葵に対して妙に期限が悪く、家を出る瞬間に「可愛い妹を置いてほんとに出かけちゃうんだ……」などどいわれる始末だった。
ふてくされてそれを言う椿は可愛らしかったが、それ以上に罪悪感で葵は家を出ずらかった。
(とゆうか、最近ほんとについてない、なんでこんなに活発に活動しなきゃいけないんだ?
文化祭以降からなんか嫌な流れになってるよなぁ……
いや、修学旅行の実行委員決めたあたり? 東藤にさらわれたあたりからか??)
葵はそんな不幸な出来事も最近の運の無さが原因だと思いながら、目的の場所に足を運んだ。
今日は葵自身の目的のため、松木駅に来たわけではなかったため、お得意の女装はせず、いつものような目の引き方はしなかった。
しかし女装をする際、惜しみなく力を入れている葵が、私服だからといって手を抜くことは無く、葵にとっての最低限度のおしゃれはしていた。
葵の最低限度といってもそれなりにレベルは高く、無難な服装だったが、悪目立ちなんかはありえなかった。
(ちょっと無難すぎたか? まぁ。変に奇をてらって滑るのもな……、あいつの前だし……)
葵は辺りを見渡し、自分と年齢が近そうな男性の服装を見ては、今度は自分の服装に目を落し、見比べるようにして、内心で総評を付けていた。
特に奇をてらってない服装だったが、葵はこの服装を決めるのにそれなりに時間をかけていた。
普段であればパパっと服装を決め、時間をかけるとしたら女装をする時以外ありえなった葵には、珍しい出来事であり、それの原因には、今後の予定が大きくかかわっていた。
「はぁ……、なんでこう気負っちゃってんのか……。
最近、変な行動増えてるなぁ……」
葵の女装を知っている人がその発言を聞けば、総ツッコミが入るであろう言葉を、葵は大きくため息をつきながら、最近の自分の行動の矛盾さに嘆くように呟いた。
そんな事を考えていると、あまり気の進まない目的の場所の近くまで辿り着いていた。
葵は辺りを見渡し、待ち合わせの場所を確認するとそこには見知った顔が数人集まり、楽しげに会話をしていた。
葵はそれを見つけるなり、再びため息を着き、重い足取りでそちらへと向かっていった。
葵の目的の場所は、松木駅でもかなり目立つ時計塔の周りで、松木駅で待ち合わせをする際に、多くの人達が利用する場所でもあった。
今日も例外で無く、時計塔の周りには人を待つ人達等でそれなりに賑わっていた。
葵が待ち合わせの場所へと近づいて行くと、葵の知人の1人と目が合った。
「あッ……、立花君ッ」
葵と1番初めに目が合ったのは、今日1日一緒に過ごす事になる人達の一人、二宮 紗枝だった。
紗枝は葵に気付くと声を上げ、葵に向かって軽く手を振り、笑顔で葵を迎えた。
紗枝は、白のシンプルなレディースの半袖のシャツに、明るい茶色のロングスカート姿をしていた。
紗枝の清楚な見た目とその服装はかなり合っており、清々しく、紗枝はもともと学校でもアイドルと言われる程の見た目をしていたため、かなり目立っていた。
(ホントにオシャレが苦手なのか……?)
葵は紗枝に、以前オシャレを教えてほしいなどと言われた事もあり、少し紗枝のファッションセンスを疑っていたが、今の紗枝の姿を見てその考えはすぐになくなった。
自分に合うような服装で、それを着こなしているのを見て、センスが内容には思えなかった。
「遅いぞ〜、立花!!」
紗枝の服装に驚きながらも、葵は足を止めること無く、紗枝達と合流すると、今度は紗枝の隣にいた彼女の友人、加藤 綾がムスッとした表情で葵に声を掛けた。
「悪い、すげぇ乗り気になれなくて……」
「正直だな! おいッ!!」
葵がダルそうに言うと、綾はすかさずツッコミを入れた。
そんな綾は、紗枝とはまた少し違った雰囲気で、黄色のVネックのシャツにショートデニムといった服装をしており、明るい彼女にこれもよく似合っていた。
2人とも、まさに今どきの女の子といった服装で、かなりイケていた。
「まぁ、お前は別に心配してなかったけども……、変なお前がまともな服着てるとなんか気持ち悪いな……」
葵は綾の割にはかなりセンスのいい服装をしているのに、若干ムッと感じ、嫌味を含みながら綾の服装を褒めた。
「おい、開口一番失礼だなッ!
とゆうか、どうよ? 紗枝の服」
葵の言葉に綾も不満そうに答えたが、それよりも葵に気になる事があったのか、珍しくこれ以上突っかかる事は無く、他の話題を葵に降った。
葵は一瞬疑問に思ったが、それよりも綾が葵の返事を急かすような様子だったため、その疑問をすぐに捨て、紗枝の方へと視線を向けた。
何度見ても、紗枝はかなり魅力的に見え、その姿は綾並によく似合っていた。
葵が視線を向けると紗枝は、顔を赤く染め恥ずかしそうにしながら、葵と目を合わせないように視線を逸らしたが、それでも葵の反応が気になるのか、チラチラと葵の様子を伺っていた。
「オシャレに自信が無いって言ってたけど、全然おかしな所は無いな。
とゆうか、凄いよく似合ってる……、これで自信が無いって言ったら、ウチのクラスの半分以上は自信無くすだろうな……」
「そ、そっか……。よかったぁ…………」
葵の素直な褒め言葉に、紗枝は気が抜けたような声で精一杯答え、顔は少し緩んでおり、喜んでいるのがよく分かった。
紗枝の反応は至極当然だが、葵はそんな紗枝の隣立つ綾の態度が視界に入り、そっちの方が明らかに気になった。
「なんで、お前が自慢げなんだ……?」
隣で何故かドヤ顔で自慢げな綾見て、葵は変人を見るような様子で、不思議そうに綾に尋ねた。
葵のその少し嫌味な態度に綾は気付くことなく、そのまま機嫌の機嫌で話し始めた。
「いやぁ~、そこまでセンスを褒められると照れますねぇ~……」
「別にお前を褒めてるわけじゃ……、二宮、どうしたんだ?こいつ。
まだ六月なのに、暑さでボケ始めたのか??」
にやにやと微笑みながら、これ見よがしに自慢するような態度で、頭の後ろを軽くかくようにして答えた。
そんな綾を見てますます葵は不審に思い、少し恐れたような、引いている様子で紗枝にも意見を求め、紗枝はそんな二人のやり取りに苦笑いを浮かべ、葵になんと説明すればいいのかと頭の中で考えていた。
「えぇ~っとね……、実はこのコーデは綾にやってもらったんだ……」
紗枝は葵から褒めてもらった手前、少し気まずそうに、そして恥ずかしそうに声弱く葵に伝えた。
「え……? マジか?」
葵はギョッとした様子で呟いた後、再び紗枝から綾に視線を戻すとこれまで以上に生き生きとしたドヤ顔を浮かべ、心なしか無い胸を張り、自慢げな様子を浮かべていた。
「なんだそれ……、自慢にならないぞ」
「なんだ? なんだぁ~? さっきまであんなに手放しに褒めていたのになぁ~」
葵は憐れむように綾の胸を見て呟いたが、話の流れから胸のことについて葵が指摘しているとは誰も思わず、綾は負け惜しみのように聞こえる葵の言葉に、より満足している様子だった。
ますます調子づく綾に葵はムッときたが、先程の会話で少し彼女に、彼女の知らないところで一矢報いることができたため、綾にこれ以上突っかかる事はしなかった。
「まぁ、私も本気を出せばそれなりの女という事よッ! おほほほほほッ!!」
綾の機嫌の良さはいきつくところまでいき、口元に手を添え、わざとらしくどこかのお嬢様のような口調で、明らかに調子に乗っていた。
そんな風に三人で話していると、そこに明るい口調で不意に声をかけられた。
「あぁッ! みんなさん早いですねッ!!」
こちらに好意的に話しかけるその声は、女性の声であり、顔を見ずとも葵たちはその声の主が誰なのかわかったが、声のするほうへと視線を向けるとそこにはやはり、橋本 美雪の姿があった。
美雪は葵たちに会えたことに嬉しそうに、笑顔を浮かべながらこちらへと軽く駆け寄ってきた。
傍からみれば、女の子三人に男の子一人と少し変わった集団であり、もちろん葵もわざわざ休日にいくら美少女三人と居れるからといって、外で会う待ち合わせをするタイプではなく、四人が集まったのは理由があり、葵は半分巻き添えのそうなものだった。
「紗枝さんと綾さんが早いのはなんとなくわかるんですけど、立花さんは意外でした……」
美雪は近くまで来ると、不思議そうに葵の事を見ながらそんなことを呟いた。
「確かに……、なんだぁ? 立花……。
もしかして、楽しみだったかぁ?」
葵に珍しくマウントのとれている綾は、その勢いをそのままに調子に乗りながら、葵を挑発するようにして美雪の言葉に続けた。
「別に楽しみじゃねぇよ……、一応、主催者みたいなもんだから来てやったんだよ……。
なんでわざわざミスコンの優秀賞に俺まで……」
葵はまたもや深いため息をつきながら、本心の一つを愚痴っぽくつぶやいた。
 




