俺より可愛い奴なんていません。5-4
美雪と真鍋という意外な組み合わせを前に、葵は興味と、少しの妙な感情を持ちながら、2人の会話を聞いていた。
しかし、若干の距離があり、集中しなければ、所々で聞き取れなかったりした。
「ちッ……、橋本の奴、今なんて言ったんだ……?」
葵はもどかしさから思わず声を漏らし、体を壁にさらに密着させ、それでいて、相手から気付かれないよう最大限の注意をしながら、体をモゾモゾと動かしていた。
葵のいる場所は、人があまり通らない箇所の廊下だったが、それでも傍から見れば、変人そのものだった。
そんな時だった、美雪達の方へと聞き耳を立て妙な行動を取っている葵に、冷たくトゲトゲしい雰囲気を持った声がかかった。
「ねぇ……、そんな所でなにやってんの??」
葵はその若干敵意を持っているような言葉が、自分に向けて発せられたのだとスグに分かり、正直反応もしなく無かったが、無視すれば余計に面倒な事になると思い、不本意ながら声のした方へ振り返った。
葵が振り返ると、そこには葵と同じように不機嫌そうな表情を浮かべた清水 亜紀の姿があった。
(何でこいつがここに……? てゆうか、人に声かけといて丁度機嫌悪そうにするのって、何なんだよコイツ…………)
葵は亜紀の姿を見るなり、スグに疑問と同時に不満を感じていた。
亜紀は美雪の親友であり、美雪と葵が2人揃って東堂に誘拐された時には、警察を呼んだり、共に捜索したりと葵は彼女には借りがあった。
しかし、葵とは何処か気が合わず、今は特に集まりだけで大きな仕事も無いが、修学旅行の実行委員で顔合わせても、お互いに不用意に関わったりしなかった。
それも相まって、今声掛けられた事に葵は少し驚いた。
「えっと……なに?」
葵は少し戸惑ったように答えると、亜紀はますますムッとした表情を浮かべた。
「超変だったから、声掛けたんだけど?
ホント不本意だけどアンタ、美雪と一緒にいる事もあるんだからそういうのやめてくれない?
変人といるなんて言われて、美雪まで変人に見られたりでもしたらどうしてくれんの??」
「また言いがかりか?
大丈夫だよ、橋本も充分に変だから」
「変じゃねぇよッ」
憎たらしく葵に不満を零す亜紀に葵は、ため息混じりに呆れたように答えた。
すると、ついでに美雪をバカにされた事に亜紀はスグに反応し、息をつく間もなく強く反論した。
「つか、もういいだろ? どっか行けよ」
葵は正直、亜紀などどうでも良く、それよりも気になる事があった。
亜紀と話す間も視線をちらちらと、後ろの方を気にするように向けており、亜紀はそれを見逃さなかった。
「何? 怪しいんだけど」
「は、はぁッ!?」
怪訝そうな表情でいきなり怪しい等と言う言葉を、口にした亜紀を前に、葵は珍しく大きく動揺したように反応した。
その行動は不覚だった。
葵をますます怪しげに見せてしまい、亜紀はますます不審なものを見るような視線を葵に向けてきた。
「そっちに何かあんの?」
「い、いやッ……何もねぇよ。
いいから、散れよ。俺といると変人に見られるんだろ?」
「いいよ、私は変人だから……。
で? 何があんの??」
葵の誘導は軽く流され、葵が妙な行動を取ってまで、そしてここまで頑なに亜紀に見せようとしない行動を見て、亜紀の興味はそれだけに注がれた。
「良くねぇだろ? 橋本といる事がお前は多いんだから……。
橋本まで変人だと思われたらどうするつもりだよ??」
葵は苦し紛れにそう答えると、亜紀は一気にムスッとした表情を浮かべた後、強硬手段に出た。
「アンタの屁理屈なんて聞いてる程暇じゃないの。
さっさと退きなさいよ」
「なッ、ちょっと、まッ!」
葵の咄嗟の阻止も虚しく、ワンテンポ出遅れた事で亜紀を止める事が叶わず、亜紀は体を倒し葵を避け、無理やり曲がり角から顔を出し、葵が気にしていた方を見た。
「え…………」
亜紀は、その光景を見るなり目を点にし驚いた表情を浮かべ、葵はやってしまったと後悔するように額に片手を当て、天を仰ぐようにしていた。
「ど、どうゆう事ッ!?
美雪と真鍋先生が一緒に話しているのは、分かるけど何でそれをアンタが……??」
亜紀は完全に動揺した様子で、キョロキョロと視線を泳がせていた。
「気になんだろ? 男とあんまり話したとこ見たこと無い奴が、あんなに親しげに話してたら……」
自分が亜紀の立場だったとしても、不審に見せる自分の今の立ち位置を理解し、葵は内心ハラハラだったが、必死に取り付くり、変に動揺することなく淡々と答えた。
しかし、それでも亜紀の目には未だに葵に対して、疑いの目を向けていた。
「いや、普通に興味本位だぞ? もう立ち去ろうとしてたし……。
大体お前も、タイミング悪ぃんだよ」
「は……?」
葵は、亜紀からの疑い目に耐えれずに遂には、八つ当たりのような言動を取り出し、急に責められた亜紀は当然に不満げに、冷たく反論するように答えた。
「意味わかんないんだけど? 何で私が責められるワケ??
とゆうか、同級生ストーカーとかちょっと引くし……」
「なッ!?」
「先生に言ってもいい?? とゆうか、美雪に言っていい??」
今回ばかりは完全に葵に部が悪く、どう言い逃れしていいのか思い浮かんでいなかった。
更にタチが悪い事に、蘭や綾といったようなイジるような言い方では無く、美雪を心から慕い、葵の事を敵視している亜紀は、冗談を言っている様子はまるで無く、本気さが声の冷たさからよく伝わってきた。
葵は少しの間黙り込み、必死に思考を回した。
そして、何とか今考えられる打開策を思いつき、かなり強引で成功する可能性などまるでなかったが、実行せざるを得なかった。
「ま、待てッ! わ、分かったッ!!
認める……、見てた」
葵は真剣そのもの表情で、緊張感を持ちながら、亜紀に向き直ってそう言った。
すると亜紀は、ゆっくりと大きく息を吸って、そして……
「先生ぇ〜〜ッ!!」
片手を口元に添えながら、廊下に響くように大きな声を上げた。
「ばッ! バカッ!!」
焦った葵は亜紀の口元を塞ぎ、声を上げた。
口を抑えられた亜紀は、ウーウーと女性らしく可愛らしい唸り声を上げ、抵抗しようとしていたが、いくら女子の中でも強い女の方だと言われる亜紀も男子の力には、適わなかった。
そんな中、葵が亜紀の方へと気を取られていると、後ろの方から気配と、声が聞こえてきた。
「え? 誰かいるの??」
葵は、亜紀が必死に抵抗するため声のする方へ振り向けなかったが、その声がした方向と、聞き覚えのある女子の声で、それが誰が発したのかが分かった。
そして、その声の持ち主がこちらを確かめようと、迫ってきているのにも気づいた。
「や、ヤバいッ!
この状況は、冗談じゃなくヤバいッ!!」
葵は今、美雪の親友である亜紀の口を無理やり塞ぎ、亜紀はそれに抵抗していた、そしてそんな状況を、美雪が見ればそこから何が起こるかは、もう想像出来なかった。
しかし、想像できない程に絶望的な状況に陥ることは明確で、葵は完全に焦っていた。
辺りを見渡し、隠れる場所を探した。
すると、その場の近くに丁度二人が容易に入る程のスペースが目に入った。
それは、上の階へと登るための階段の裏側であり、故意に自ら覗きに行かなければ、傍からは見えない場所であり、1階だからこそある場所だった。
よく昼休み等に、生徒達がこそこそと喋ったり、教員から隠れて集まってゲーム機を持ち寄って遊んだりと、密かに人気の場所なんかでもあった。
(あそこしかないッ!!)
葵は、亜紀の口元から手を離し、間髪入れずに、手を引いて隠れるための場所へと亜紀を誘導した。
「ちょッ! ちょっとッ!!」
葵の手際の良い流れる行動から、亜紀は不意をつかれ、短く声を発する事しか出来ず、葵に誘導されるがまま、葵の目的の場所へとスグに誘導された。
葵の誘導は少し強引だったが、葵はお構い無しに、着くなり今度は、傍から絶対に見えないように、亜紀を自分の体に引き寄せ、極力端に寄った。
「なッ! ホントに何考えてんのよッ!!」
ここまで無言のまま、ただ真剣な表情て行動していた葵に、亜紀は完全に動揺しており、ありえない程に密着された事で、顔を赤くし、珍しくテンパっていた。
「しッ! こんな状況見られでもして見ろ?
お前も俺も完全に誤解されるぞ??」
「はッ……はぁッ!?
あ、アンタが勝手にッ……」
「静かにッ! もう来るッ!」
葵の有無を言わせない態度に、亜紀は完全に納得いっていない様子だったが、テンパる中でも冷静さを取り戻したのか、この状況を美雪に見られでもしたら、一発で誤解されると思い、ここは葵に協力をする事にした。
葵の言った通り、美雪はスグに先程葵達がいた所へ辿り着いていた。
「あれ? 誰もいない……」
「ん? ホントだ……。
先生って聞こえたんだけどな?」
美雪の声に続くようにして、真鍋の声も葵達に聞こえてきた。
どうやら美雪だけでなく、真鍋も葵達が居た所まで来ており、不思議そうに会話していた。
葵達は必死に息を潜め、顔を出して2人の事を確認したかったが、今顔を出せば確実にアウトなのは、言うまでもなかったため、姿は見えないが、2人の会話だけを聞く事にした。
「ここら辺はあんまり生徒達も通らないしなぁ〜。
まぁ、それを狙ってここへ逃げてきた訳だけど……」
「へへへッ、先生がコソコソと逃げていくのが丁度見えた私はラッキーですね。
多分、こういった事が無ければ当分は、先生とお話出来なかったですし……」
真鍋は少し疲れたように呟くと、美雪は楽しげに笑顔を浮かべなから答えた。
美雪の言う通り、真鍋は人気のある教員であり、1年ぶりに帰ってきたことも相まって余計に人が集っていたのだった。
表情は見えなかったが、葵達にも美雪がニコニコと笑いながら話している事は容易に想像でき、声色の明るさから親しみよく伝わってきた。
「そういえば、橋本はクラスでもう友達とか出来たのか?
また、清水や松野とだけ親しくしてるなんて事は、無いだろうな??」
「だ、大丈夫ですよ!
二宮 紗枝さんと加藤 綾さんの友達が出来ました! 亜紀や晴海達ともまぁ、かなり一緒にはいますけど……」
「そうかぁ! それは良かった。
結構、先生は心配だったんだぞ?? 清水や永野達とクラスが離れたりしたら、一人ぼっちになるんじゃないかって」
真鍋はまるで自分の事のように喜び、ここから美雪の事を祝福しているように答えた後、まるで親のように当時心配していた事を明かした。
「大袈裟ですよ、私もやれば出来るんですッ!!」
「ハハハッ! そっかそっかッ!
あッ……、やべッ」
えっへんと言わんばかりに、胸をわざとらしく張り答える美雪に、真鍋も笑顔で返し、楽しげ話す2人だったが、不意に真鍋が自分のしている腕時計を見ると、一気に顔が青ざめ、焦った表情へ変わった。
「どうかしたんですか?」
「あ、あぁ、そろそろ集会の時間なんだ」
「そうですか…………」
心配そうに訪ね、答えを聞くと、美雪は露骨に残念そうにし、声色もどこか寂しげだった。
「ありがとなッ! 話しかけに来てくれて。
凄い嬉しかったぞ?」
「はいッ! 私も先生と久しぶりに話せて楽しかったです」
「おぅッ! じゃあ、またなッ!!」
真鍋は去り際は清々しく、名残惜しそうにしながらも、颯爽と爽やかに微笑んだ後、その場から去っていった。
真鍋が去っていた後も、美雪はその場から離れず、ただその場に立ち尽くしていた。
静かになったのを確認した葵は、亜紀に「くっつき過ぎ」と怒られながらも、ひょいっと顔を少し出し、辺りを確認した。
その場にいた美雪の姿はスグに確認でき、葵は危機が少し和らいだ事に少しホッとしながら、ゆっくりと美雪の顔に視線を持っていった。
すると、そこには葵の今まで見たことも無い表情を浮かべた美雪の姿があった。
にっこりと真鍋の後ろ姿を見送るように見つめていた美雪の顔は、笑っているのに何処か寂しそうで、葵にはとても儚げに映っていた。
 




