俺より可愛い奴なんていません。4-9
「65票獲得ッ! 2年C組、七城 葉月さんですッ!!」
紗枝の発表から始まった結果発表は、3人目に差し掛かり、名前が呼ばれると、会場は再び盛り上がりを見せていた。
名前の呼ばれた七城は、1列にピッタリと並んだ長い列から、2歩程前と出て、大貫の簡単な質問に答えると、元いた列とは違う、2人しか並んでいない小さな列の方へと向かっていった。
舞台上では、大量の票を獲得し、優秀賞として発表された、現在3名の参加者が横に並ぶ小さな列と、その後ろに、まだ名前の呼ばれていない参加者達がズラリと並んだ、大きな列が出来ていた。
小さな列には、1番最初に80票を取った事で名前を呼ばれ、優秀賞として発表された二宮 紗枝を初め、先程、3人目の優秀賞として呼ばれた七城 葉月の他にもう1人、女子生徒の姿があった。
その女子生徒は加藤 綾であった。
ミスコンでは、テーマを『天真爛漫』であり、チアガールのような衣装を纏い、ミスコンでその美貌を披露した綾が、69票を獲得し、優秀賞として選ばれていた。
葵も彼女の発表を見て、可能性としては充分あり得ると考えていたため、綾が優秀賞に選ばれた時にも、特に驚いたりはしなかった。
むしろ、いつもの自分であれば、綾が選ばれた事を悔しいと感じるはずの葵だったが、今は特にそんな感情も湧きはしなかった。
綾は、隣にいる親友である紗枝と仲良く、ニコニコと笑顔を浮かべながら、雑談を楽しみ、紗英もまた、綾に応えるようにして話していた。
(もう、3人目か…………。
正直、優秀賞を取るならここまでが可能性としてあり得たけど、もう最後の1人の発表となると、俺の優秀賞入りは厳しいかな…………)
優秀賞に選ばれ、自分とは違う列にいる3人を見つめ、葵はふとそんな事を考えていた。
(珍しく、悔しいとか嫉妬とかの感情も無いんだよなぁ〜……。
いつもの俺なら、こんな結果ありえないとか言って抗議してるんだろうけど…………。
それほどまでに、今回のミスコンの出来が良かったのか……?)
そんな事を頭の中で考えながら、葵は自分の隣に立つ女性に目を向けた。
葵が視線を向けると、そこにいた橋本 美雪も葵に用があったのか、葵の方を向いており、偶然に目が合った。
葵は突然の出来事だったためか、美雪と視線が合った事で、一瞬ビックリし、視線を逸らしかけたが、何とか視線を逸らさずに美雪の目を見ることが出来た。
「おッ……、な、なんだよ……?」
葵は、調子が崩され、まるで女子生徒とあまり話慣れていない男子生徒のように、キョドりながら美雪に声をかけた。
「い、いや……、そろそろ立花さんの名前が呼ばれるかな?……と」
葵の反応に、美雪は少し不思議そうに首を傾げた後、自分が感じていた事を葵に向かって話し始めた。
美雪のその言葉で葵は、ようやくいつもの調子を取り戻し、普段の少し冷たい感じで答え始めた。
「俺の名前? 呼ばれるわけ無いだろ……。
もう、3人目が呼ばれたんだぞ? あと1人はもう決まってる……」
葵はそう答えながら、大貫の方へと視線を向けた。
大貫は、会場に向けてまだ3人目に発表された、七城のミスコンでの衣装の感想を伝えていたが、もうそろそろ時間的にも、最後の1人の発表を行いそうなところだった。
「いえいえ、こんな事言うのもアレですけど、立花さんのその格好、凄いですよ?
正直、今、隣に私立ってますけど、今の立花さんの隣に立ちたくないですもん。別格ですッ……」
葵が視線を話しても、美雪は葵の考えを否定すように、ベラベラと喋り続けていた。
葵は、そんな美雪に内心、「コイツ……、こんなにお喋りだったか……?」と感じながらも、視線を戻した。
「お前って、なんでそんなに自分の方が綺麗だとか、可愛いとか、考えないんだ?
俺を褒めてくれるのは、嬉しいけど……、今のお前なら優秀賞だって取れると思うぞ?」
「えぇ〜ッ!? 無いです……」
「なんで即答なんだよ…………」
葵はこの中のミスコン参加者であれば、次に誰の名前が呼ばれるかは、あらかた予想出来ていたため、素直に自分の感想を美雪に伝えたが、美雪はそれを即答で否定した。
葵はため息を着きながら、不満を零すと、視線の端で、大貫が自分の手元にあるメモを見始めた事に気がついた。
何度も発表をしている中で、大貫が手に持った紙を見始めたタイミングで、次の優秀賞の発表をし始める事を、葵は分かっていた。
「ほらッ、そろそろお前の出番だぞ?」
葵は大貫の行動に気づくなり、美雪に向かってそう言った。
「え? 出番ってッ…………」
葵の行動と言動が理解出来てない美雪は、頭の中でたくさんのはてなマークを浮かべながら、不思議そうに葵を見つめ、なんの事か尋ねようとした。
その時、美雪の言葉を遮るようにして、大貫が大きな声を上げた。
「獲得投票数、80票ッ!! 2年B組……、橋本 美雪さんですッ!!」
大貫の言葉と共に会場は、ワァッと盛り上がり、美雪にスポットが当たった。
「え……?」
美雪は、咄嗟の出来事に思考が追いついていない様子で、驚いた表情で、会場の方へと視線を移し、固まっていた。
「なに固まってんだよ……。
呼ばれてるぞ? ほら……、行ってこい」
葵は、優しく微笑み、美雪の背中を軽く押し、前に出るように促した。
葵に背中を押され、美雪は自然と1歩、足が前へと進んだが、それ以降美雪の足が前へと進む事は無く、振り返るようにして葵を見つめた。
すると、葵は普段の彼からは想像出来ないような、優しい表情で、美雪を見つめていた。
「優秀賞、おめでとう。
自信持て、今のお前は誰よりも綺麗だよ……」
葵は、恥ずかしげ無く、当たり前の事を言うように、美雪の顔から視線を逸らすことなく堂々と伝えた。
「え…………、い、いやぁ……」
美雪は葵から、恥ずかしげも無く、堂々と顔を合わせられたまま、言われた事で、それを言った本人よりも恥ずかしく感じ、葵から顔ごと視線を逸らした。
何かを答えようとしたが、美雪は上手く言葉が出ず、どんどんと顔が熱くなっていくのが分かり、火照っていく事で顔も赤く染まってきていた。
「さッさッ! 橋本さん! こちらへッ!!」
何も答えることが出来なかった美雪を救うようにして、司会の大貫は美雪に向かって、前に出ることを急がせた。
今の美雪にとって大貫のその言葉はありがたく、綺麗だと褒めてくれた葵に、本来であれば一言、ありがとうなどといった言葉を返さなければならないところを、美雪は恥ずかしさと、どう返していいか分からなかったため、そのまま、大貫の指示に従うように、大貫の方へと足を進めていった。
「いやぁ〜、凄いですねぇ。
学年でも、かなり人気のある二宮さんに続いて、同じ80票ですよッ!?
今のお気持ちはどうですか??」
大貫の質問は始まり、美雪はポツポツと答え始めたが、後から思い出しても何を答えたのか、分からなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ミスコンの結果発表はつつがなく行われ、開始時刻を押してしまうなどといったハプニングもあったが、それでも終了時刻は予定通りの時間に終える事が出来ていた。
結果的には、80票という大量の票を獲得をした美雪と紗枝が優秀賞に選ばれ、それに続くようにして69票を獲得した綾、そして、65票獲得の七城が優秀賞として選ばれていた。
参加者全員が高いレベルで仕上がっていたため、誰が選ばれていてもおかしくは無かった。
しかし、そんな中でも、やはり優秀賞として選ばれた彼女達は、舞台に上がった時、他の参加者よりも少し多くの歓声を浴びており、見る者から見れば、輝き方が他とは違ったものがあった。
結果発表が終わり、ミスコンは大盛り上がりの大成功といった形で幕を下ろし、その舞台裏。
舞台から降りた、多くの参加者達は、選ばれた者も選ばれなかった者も顔を輝かせながら、いい表情を浮かべ、それぞれの仲間と共に、語り合っていた。
美雪達も例外で無く、未だに熱冷めやらぬといった様子で、語り合っていた。
「凄い! 凄いよッ! 3人とも優秀賞取れちゃうなんてッ!!」
紗枝は、興奮した様子で綾と美雪に向かって話しかけた。
「だねッ! いやぁ〜……、まさか私も選ばれるとは…………」
「綾さんは選ばれて当然ですよッ!! 私の方がビックリです……。
きっと、皆さん普段の私を知らないんです」
綾と美雪はそれぞれ、紗枝の言葉に反応し答え、楽しく会話をしていた。
そんな3人を葵は、見守るようにして見つめていた。
会話に入ってこない葵を不審に思ったのか、綾は、ニヤついた笑みをうかべ、葵に向かって話題を投げかけた。
「いやいや、立花。
勝っちゃいましたね〜〜ッ。私には負けないって意気込んでましたけど、今どんな気持ちですか??」
綾は今までバカにされた扱いを受けてきており、その仕返しと言わんばかりに葵をわざと煽るようにして、そう伝えた。
(コイツッ……)
綾の意図がわからない葵ではなかったため、綾の事を若干イラッと感じながらも、素直に答える事に決めた。
「そうだな、完敗だ……。
今日の……、今のお前は可愛いよ」
「なッ!?」
葵は無気力な感じで答えたが、葵の言葉は綾に引っかかったのか、大声を上げ、驚いた表情で葵を見つめていた。
「や、やめろよぉッ! 立花にそんな事言われると調子狂うわッ!!」
綾は明らかに動揺している様子で、顔を少し赤らめながら葵に向かってそう言い放った。
「は……? なんで……」
葵にとって、綺麗や可愛いといった言葉にまるで抵抗がないため、素直に綺麗なものや可愛いものには、恥ずかしげも無く、言葉にして伝えることが出来た。
からかっていたはずの綾が慌てた様子で、言い放ったのが理解出来ず、葵は素で何故かと問いかけたが、綾の隣にいた美雪や紗枝も気に入らないのか、不満そうな表情を浮かべていた。
その表情を見た葵は、ようやく自分が何か彼女達にとって、気の食わない事をした事に気づいた。
しかし、葵には、何がいけなかったのか、まるで分からなかった。
「いや、なんでだよ……。
さっきも、お前が舞台に上がる前にも言ってただろ? 二度目だぞ??」
「あ……、あん時は、あん時だよッ!! 舞台に上がるから興奮してた事もあるし……。
てゆうか、気軽に、しかも真顔で可愛いとか言うなッ」
「意味がわからん…………」
葵は、女心は理解できないと自分の中で完結済け、これ以上この話題を議論する気も起きなかった。
そんな時だった、舞台裏にいる4人に向かって、女性の声が掛けられた。
「おぉ〜?? また、ウチの弟が何か無神経な事でもやり出したかな〜??」
その女性の声は明らかに、悪意を含んでおり、からかうような話し方だった。
その声と口調から、葵は顔を見ずともその声の主が誰かすぐわかったが、確認も兼ねて、声のする方へと視線を向けた。
美雪達も同じタイミングでその声の主へと視線を向けると、そこには葵の姉である、立花 蘭の姿があった。




