俺より可愛い奴なんていません。3-4
吹奏楽部の演奏は長く取っており、1時間程スケジュールが抑えられていた。
9時~10時の間で彼等、彼女等は桜祭に向けて準備してきた成果を発揮しなければならなかった。
吹奏楽部はクラシック音楽から誰でも知っているようなポピュラーな乗りやすい曲も選曲しており、かなり高いレベルでのイベントを披露していた。
吹奏楽部が演奏する中、立花 葵はグランドに来ていた。
並木 麗華や波多野 啓示もひとまず自分たちがやる事が無かったため、手伝えることがないかと葵と一緒についてきていた。
『ミルジュ』の持ってきた4台が止まっているバンのところにつくと、いそいそと色んな人が次から次へとうごめいていた。
その中で、指揮を執る白井の姿があった。
葵は白井を見つけると彼に近づいていき、話しかけた。
「白井さん、お疲れ様です」
「あ、葵君……、会場の方は終わったのかい?」
「はい、とりあえずは大丈夫です。
こっち手伝わして貰ってもいいですか?」
「あぁ、もちろんお願いするよ!」
葵が尋ねると白井は有り難そうに、ハッキリと答えた。
そして、葵の後ろに立つ人物にも気がついたのか、麗華達にも触れた。
「えっと、生徒会長さんと副会長さんも空いてる感じかな?」
「はい。手伝わせて貰いたいです」
「お願いします」
白井が尋ねると麗華と波多野は、即答で答えた。
「それじゃあ……」
白井は3人の意志が伝わると、3人にも指示を出そうと声を上げた。
その時、葵に取ってはとても聞い慣れた声が白井の声を遮り、聞こえてきた。
「おぉ〜ッ! 葵ぃ〜!!」
その声はその場にいた4人の耳に届き、葵、麗華、波多野は白井から視線を外し声のした方へと視線を向け、白井も声の方に視線を向けた。
視線の先には、手を大きく振りながらこちらに向かって歩いてくる女性がいた。
それは、葵の実の姉、『ミルジュ』のスタイリストである立花 蘭だった。
家にいる時は、だいたいソファに転がり、ゴロゴロとしている姉で、座っているイメージが強いが、姉はかなり背が高く、立ち上がるとかなり目立った。
正直、顔も整っているためスタイリストというよりは、モデルや出役と間違われる事が多かった。
「遅刻せずに来れたか姉貴」
蘭が歩いてこちらまで来ると、葵は姉に砕けた様子で話しかけた。
「失敬な! 葵ほどじゃないけど結構楽しみなんだから〜」
蘭はニヤニヤとしながら答え、蘭のその態度から葵はまだ朝の出来事を引きづっている事がわかった。
(姉貴め……まだ引きづってるし…………)
葵が内心呟いていると、何かが背中にトンっと当たった。
葵は何が当たったのか気になり、首を少し横に振り、視線を逸らし後ろ見ると、何故か姉に隠れるようにして麗華が自分の後ろに回って小さくなっていた。
葵を盾にするあまり、不意に麗華の体が葵に当たってしまったようだった。
葵はそんな麗華を不思議に思ったが、蘭が続けて話しかけてきた事で、蘭の方に意識を戻された。
「葵、今暇なの? ならちょっとこっち手伝ってよ。 多分あんたなら分かるだろうし……」
「い、いや、今は……」
蘭は葵に手伝いを申し出たが、葵はちょうど白井に指示を仰いだ所だったため、白井に気を使うように視線を飛ばした。
「あ、あぁ、いいよ! 手伝って貰えるかな?」
「分かりました」
葵の視線に気づいた白井は、スグに葵になるべく気を遣わせないような優しい言い方で答えた。
葵は白井からの問に答えると、蘭の方へと再び視線を戻した。
「で? とりあえず俺は何すればいいの?」
葵が蘭に訪ねると蘭は「こっちこっち〜」と手招きで葵をその場から駆り出し、どこに連れて行かれるのか分からない葵は、とりあえず姉についていった。
蘭に連れられ歩いていくと『ミルジュ』のバンの内の一つに案内された。
バンの前まで行くと、蘭は立ち止まり、それに気づいた葵も立ち止まると蘭がくるりと回りこちらに振り返ってきた。
「葵にやって欲しいのはこれね。
私の仕事道具まだあっちに移し終わってないんだ。手伝って?」
「あぁ、なるほどね力仕事」
蘭の性格から葵は、自分の荷物を移動させるのが面倒だったのだと理解すると、特にすることもなかったため、手伝うことを決めた。
「他のスタッフさんは、こういうの自分で持っていってるんじゃないのか?」
葵は、バンに収納された蘭の仕事道具が入った大きなバックを2つほど肩に担ぎながら、蘭に尋ねた。
「あ、あぁ〜まぁ仕事道具だしね、他の男性スタッフは鏡とか椅子とかテーブルとかもっと大型の物を運ぶのに駆り出されちゃったし……だから、葵が来てちょうど良かったよ〜」
「はぁ……それで?
とりあえず、これは1階の自分達が用意した教室でいいの?」
ニコニコとそんな風に呑気答える蘭に、葵はため息を1つついた後、運ぶ場所を尋ねた。
「うん。よろしくお願いします!!」
蘭は、満面の笑みを浮かべ、大きなバックを持つ葵の傍ら小さなポーチのようはバックを持ち、答えた。
大きなバックを2つ背負った葵とその隣に小さなバック1つを方からぶら下げ蘭は、校内の廊下を歩いていた。
桜祭も始まったことで人でごった返し、その人の多さに改めて桜祭の偉大さを感じさせられた。
「ねぇねぇ、葵。参加者さんをさ、一通り見たんだけどさ、この学校ってかなりレベル高いよね!!」
蘭は、不意に隣を歩く葵にそう尋ねた。
「ん、まぁそうかもな」
葵は特にそんなに興味も無さそうに答えた。
「あんたねぇ、自分がどんなに恵まれた環境にいるか考え直した方がいいよ〜……。
はぁ……あの子達をやれるなんて、ホントこの仕事やってて良かったわ〜」
蘭はピシャリと葵を指摘した後、大きなため息をつき、これから行う事を想像して楽しそうに、嬉しそうに呟いていた。
「犯罪だけは、勘弁してくれよ?」
「ムッ……ほんとそゆとこ可愛くないよね〜」
悪態を葵がつくと、蘭はムッとした表情で答えた。
「あっ! そういえばさ、数人の子に話しかけられたよ〜?」
「ふ〜ん……」
「え〜とね、確か名前は、橋本さんと二宮さんと加藤さんだったけなぁ?」
「は??」
蘭の話に葵はつまんなそうに呟いていたが、蘭の次の言葉で葵の興味は一気にその話に向いた。
葵は、驚いた表情で蘭を見つめていた。
「なに話したんだ?」
「ん?? いや、もしかして立花さんのお姉さんですか?って話しかけられてね?」
葵の口付きように蘭は妙に思いながらも質問に答えていった。
「そんだけか?」
「うん、その時はあんまり時間なかったから、お互い今日はよろしくお願いしますって言って、別れたかな〜……」
葵は蘭が妙な事を連中に言っていなかったと分かると、安心したように肩を降ろし、安堵のため息をついた。
正直、おしゃべりな姉だったため、彼女達とはあんまり引き合わせたりしたくはなかった、葵の知らないところで葵の話を根掘り葉掘りされても迷惑なだけだった。
葵のそんな反応に気づいたのか、蘭はニヤリと笑みを浮かべた後、とぼけたようにして再び話始めた。
「どの子かな〜?? 葵の好きな子は」
「は?」
葵は蘭が急に理解不能な事を言い出したため、意味不明といった様子で声を漏らしながら、蘭へと視線を逸らすと、隣を歩く蘭はニヤニヤとからかう時に見せる笑顔を浮かべていた。
「いや、あの中の誰かに葵が気になってる子がいるのかな〜ってねぇ〜」
「そんなわけないだろ」
ニヤニヤと茶化すように尋ねる蘭に対して、葵は特に感情の起伏は無く、無表情のまま冷たく答えた。
葵の反応からでは蘭は上手く葵の気持ちが読み取れなかったのか、ニヤニヤとした表情から難しい表情へと変わり、う〜んと唸るようにして何か考えている様子だった。
「あの中の誰かが原因で、ミスコンやりたいとか言い出したのかと思ったんだけどな〜……、これは違ったかな〜……」
難しい表情のままそう呟く蘭に葵は一瞬体をビクつかせた。
(エスパーかよ……)
葵のビクッとした行動には蘭は気づいておらず、葵は話してもいない内容を当てられかけたため驚き、心の中で呟いた。
「でも、絶対に何か理由があるはずなんだよな〜、じゃなきゃこんな面倒臭いイベント、葵が率先して企画してこうとしないし」
いつもだが、普段はのほほんとしている癖に、変なところで鋭い姉は葵にとってたまに恐ろしいと感じることがあった。
「まぁ、俺の美しさを学校中に知らしめるのも悪くないなと思っただけだ、他意はない」
「へぇー……」
葵はダメ元だったが、他の理由を提示したが蘭はその答えにはまるで興味が無いのか、明らかに棒読みで冷たく返事を返した。
「お姉ちゃんの今回のミッションは、葵がなんでやる気になったのかを探すッ! だね!?」
「いや、だね?って聞かれても…………」
何か燃えるようにそう発言した蘭に対し、葵は困った様子で返事を返した。
2人がそんな会話をすると、目的の教室へと着いていた。
この教室は、桜祭の出し物でも使われなかった教室で、普段は理科室として使われている、普通の教室2個分といったような割と広い教室だった。
蘭は葵と会話を続けながら、流れるようにしてその教室の扉を開けた。
理科室は、人で溢れていた。
前日に生徒会の人間により、普段使われている机や椅子といったものは教室の端へとまとめられており、朝からの搬入で様々な物がここへ運び入れられ、ミスコンで使う化粧室として改造されていた。
まだ、きちんとした準備は終わっていないのか、部屋では『ミルジュ』のスタッフと思われる人達がいそいそと動き、参加者である生徒達は端へと集められ、その光景をソワソワとしながら見ていた。
本格的に化粧が始まるとこの部屋は男子禁制の部屋へと変わるが(衣装などの着替えも行うため)、まだ男子スタッフが数人部屋で準備を急いでいた。
「凄いな…………」
葵は今日初めて、化粧室を見たため、その凄さに驚き思わず声を漏らした。
スタッフはこういった事に慣れているのか動きがスピィーディーで、道具なんかも、葵は女装をする時化粧をするので分かったが、使っているものは殆どが一流の物だった。
「エッヘンッ! これが『ミルジュ』の本気よッ!!」
葵の漏らした声に気づいたのか、蘭は自分が褒められたように自慢げに答えた。
「姉貴はまだ何もしてないだろ」
「なにぃ〜!? 私は『ミルジュ』のエースぞ??」
葵はまだ姉のカッコイイ仕事をしている姿を見ていなかったため、冷たい目線で蘭を見つめ、指摘した。
葵のこの態度が気に入らなかったのか、すかさず蘭は反論した。
2人が部屋に入っても会話をしていると、それに気づいた1人が話しかけてきた。
「もう〜先輩〜〜探しましたよ〜……どこいってたんですか〜?
手伝ってくださいよ〜」
蘭に話しかけてきたのは、蘭の後輩のようすで、困った様子勘弁してくれと言わんばかりに、蘭に声をかけた。
 




