俺より可愛い奴なんていません。3-1
耳を劈くような大音量が、部屋に鳴り響いた。
立花 葵は、いつものように慣れた手つきで、自分の頭上にある目覚まし時計を止めた。
部屋の窓からは、カーテンの隙間から漏れた太陽の光が差していた。
梅雨真っ盛りの6月だったが、今日は晴れていた。
葵は、目覚ましを止めた状況でしばらく、動かなかったが、やっと意識がハッキリとしてきたのか、ゆっくりと体を起こした。
葵はそのまま、閉めているカーテンの隙間からひっそりと見える景色を見て、少し気分が上がった。
普段、イベント事なんかには興味の無い葵だっだが、今回の桜祭に関しては彼なりにかなり頑張った所があり、やはり、この様な天気のいい日にやれるというのは嬉しいものがあった。
葵はそのままベットから降り、立ち上がり、大きく伸びをすると、気合いを入れるようにして、下の階へと降りていった。
「お、おはよ〜葵……」
葵が下へ降り、リビングへと向かうと姉である蘭が眠そうな様子で葵に挨拶をしてきた。
リビングに置いてあるテレビは朝のニュース番組が流れており、蘭はそれを椅子に座り、朝食を取りつつ、ぼぉ〜っとしたような感じで聞き流していた。
「おはよ。流石に今日は起きてるか……」
葵は蘭に素直に挨拶を返した後、続けて少し嫌味っぽく呟いた。
蘭は朝に弱く、かなり寝坊する癖があり、いつも朝は葵か親に起こされていた。
葵はそれを面倒に感じており、どうにか早く自立して欲しいと思っていた。
「起きてるよ〜……。大事な日でしょ〜今日は〜……」
いつもなら、葵のこの嫌味に突っかかってくる蘭だったが、やはり朝は眠いのか、語尾を伸ばし、ふわふわとした口調で答えた。
葵は蘭と会話をしながら、蘭の座る席の反対側の席に座り、テーブルに用意された朝食を取ろうとした。
黄金色に焼けた食パン2枚がよそられたお皿と、ソーセージと目玉焼き、そして少しの野菜が同じ皿に乗せられ、葵用として朝食が用意されていた。
ラップで皿の上に乗る料理を包むようにして、置かれており、パンは焼かれてさほど時間が経っていなかったのか、ラップを取る時にほんのりと温もりを感じた。
葵はラップを取り終え、朝食を取ろうとしたがその前に気になっていた疑問を姉にぶつけた。
「今日、母さんはどうしたの?」
葵は、いつもなら絶対にいるはずの母親がこの場にいない事を疑問に感じており、蘭に尋ねた。
「んん〜? 朝はお出迎え〜」
蘭は質問をした葵に視線を向けることなく、依然としてぼぉっとした様子でテレビを見たまま答えた。
葵は内心、「いや、誰をだよ」とツッコミを入れたが、特に気にもならなかったため、言葉には出さず朝食を取り始めた。
葵が朝食を取り始め、姉と同じようにテレビを見始めた事で自然と会話は無くなり、テレビの音と朝食を取る2人の音だけが部屋を支配した。
しばらく、お互い会話の無いまま、テレビに視線を向けていると蘭が急に話を振り始めた。
「今日のミスコン、上手くいきそ?」
葵は不意に話しかけられた事で姉に視線をぐっと持っていったが、姉は依然としてテレビを見たままだった。
「上手くいく」
テレビを見たままの姉に、葵は温度のない声で、普通に受け答えるように答えた。
葵が答えると蘭はテレビを見たまま、ニッコリと微笑みながら「そっか」と一言答えるとそれ以降会話は終わり、再び、テレビの音が部屋を支配した。
長い時間を過ごした家族である蘭にとっては、その一言で充分信用たるものだという事がわかった。
そして蘭は心の中で可愛い弟のために全力を尽くそうと誓った。
◇ ◇ ◇ ◇
朝の静かな時間終わり、先に家を出る葵は準備を済ませ、リビングで出発の時間までゆっくりとしていた。
蘭も仕事をしているのか、パソコンをカタカタと音を立て何かを打ち込んでいた。
「ねぇ、姉貴は何時に出るの?」
葵は純粋な疑問から蘭に質問していた。
今日のミスコンに蘭が来ることも、白井から『ミルジュ』がミスコンのため学校に来る時間も企画運営の立場から把握していたが、姉が何時に家を出て、何で学校まで来るかは知らなかった。
「あぁ、白井が向かいに来てくれるよ。葵が出ていく時間の1時間後ぐらいじゃない?」
蘭はパソコンを打ちながらも葵の話を聞き、質問に答えてくれた。
「そんな、テキトーな……大丈夫なの?」
「ん〜、大丈夫じゃない??」
葵は蘭の雑な答え方から、蘭が自分が家を出る時間も詳しく把握していない事に心配をし、続けて尋ねたが、安心出来る答えは返ってこなかった。
蘭の答え方にますます、葵は心配になったが、白井の真面目さはミスコンの企画を一緒に進めていく中でよく分かっていたため、白井を信じる事にした。
葵は姉のズボラさにため息を着いた後、時間を確認した。
家を出る予定よりもまだ時間は早かったが、朝の内に確認する事も出てくるだろうと思い、葵は登校する事を決めた。
「ん? もう行くの〜?」
時計を確認し、立ち上がった葵に、疑問に感じた蘭がパソコンを打ちながら質問を葵に投げた。
「まぁ、朝の内に確認とかしときたいし……」
「へぇ〜……ふぅ〜ん……」
葵の答え方に何かを感じたのか、蘭はニヤニヤとニヤケながら葵を見つめ、からかうようにして声を上げた。
「なッ、なに?」
葵は蘭の表情を見て、明らかに彼女が良からぬ事を思っていると感じたが、恐る恐る蘭に尋ねた。
「いや〜? 別にぃ〜??」
「いや、絶対何かあるだろその言い方!」
蘭は葵の反応を見てますます楽しそうにしながら、勿体ぶるようにして答え、そんな蘭に若干イラッとしつつ、葵は蘭の不敵な笑い方を指摘した。
「まぁ、なんか、葵の様子見てたらそんなに桜祭が楽しみなのか〜って思ってさぁ〜。
イベント事に興味が無かった葵がさ〜……」
蘭の答え方に葵はようやく蘭が何を伝えたかったのかが理解出来た。
蘭の目には、葵が桜祭が楽しみで仕方なく、終始ソワソワしているように見えていたのだった。
「そんなわけないだろ……、もう出るから。母さん達返ってこなかったら戸締りよろしくなッ」
葵は姉とこういう手の話になった時に大体赤っ恥を欠かされる経験があったため、これ以上余計な事をいってボロなんかを出さないよう、否定したい気持ちをグッと抑え、極力何でもないような平静を装った。
蘭は葵の行動を見て、未だにニヤニヤとニヤけ面を浮かべており、葵はそんな蘭にますますムッと来ながらも、何かを言ったら負けだと自分を言い聞かせ、何も言わずにリビングを出ていった。
(たく……なんでそうなんだ? 遠足が楽しみな小学生じゃねぇつのッ!)
葵は心の中で悪態を着きながら、靴を履き、外へと出ていった。
◇ ◇ ◇ ◇
桜木高校主催 『桜祭』。
6月に行われるそれは、学祭であり毎年かなり派手に行われ、学外からの参加者もかなりいる、ちょっとした大きなイベントだった。
校門を潜った瞬間からそこはお祭り騒ぎで、校舎に入るまで、いろいろな屋台が立ち並んで参加者を出迎えた。
校舎は、至る所が飾り付けられ、ほぼ全教室と言っていいほど何かしらのイベントを提示しており、体育館や中庭といった場所では、休み無く色々な出し物が行われていた。
グラウンドの方には、残念ながら何も催し物は無かったが、大きな桜祭のみに展示されるオブジェが飾られ、国旗を並べ、糸で吊るした物を四方に張り巡らせ、彩っていた。
三日間使って飾り付けられた学校は圧巻の一言で、校門を1度くぐれば、誰であれ心躍るものがあった。
葵はそんな桜祭の当日、いつもの登校時間よりも2時間程早く学校に到着していた。
飾り付けていく最中も学校を見ていたが、やはり完成した物を見ると、どうなるか知っていたとしても、感動をした。
葵は校門から校舎にかけて、歩きながら辺りを見渡した。
やはり、早い時間という事もあり、生徒はあまり見かけなかった。
ほんのり準備が終わらなかったのか、バタバタと急ぐ生徒を見かけたりしたが、それでも見かけた生徒は本当に数人だった。
(ここまで派手だとやっぱり失敗するわけにはいかないよな)
葵は会場の雰囲気から少し、体を強ばらせ、緊張感が走った。
そしてそのまま、校舎に向かうと、玄関には向かわずにそのまま外履きのまま、中庭へと向かった。
当初から葵の目的はそれであり、クラスの出し物もあったが、中庭以外に興味は無かった。
葵が中庭へと到着すると、あまり見かけなかった生徒が、そこには5人ほど存在した。
葵は更に中庭の中心へと近づくと、そこに居た1人の女子生徒が人の気配に感ずいたように葵の方へと振り返った。
「あ、来たんだね」
そういって、近づいた葵に生徒会長である並木 麗華が話しかけた。
ミスコンを開催する事になり、生徒会とは何度も顔を合わせていたため、メンバーとはそれなりに砕けた関係になり、麗華も葵の年上という事もあったため、タメ口で話すようになっていた。
「はい。最後の確認のために……」
葵は、麗華と普通に会話する距離まで歩いてくると、麗華にそう答えた。
「昨日あんなに確認したのに??」
葵の答えに麗華は引っかかったのか、ニコッと微笑み葵に尋ねた。
葵はそんな反応を見せた麗華と朝の蘭の姿が重なり、デジャブを感じた。
(そんなに俺は、楽しみで浮かれてるように見えるのか?)
内心でそう呟きつつ、もしそう見えているのだとすれば、そんな考えは即刻捨ててもらおうと平常心で、楽しそうにしているように1ミリも見えないよう答えようとした。
「あ、まぁ、俺は忘れっぽいんで……それよか、生徒会の皆さんはなんでこんな早く?」
葵は自分に対する質問は素っ気なく答え、話題をずらしこちらが質問する形にした。
「あぁ、私達もそんな感じだよ〜、忘れないように最後に打ち合わせ、後会場の最終確認。」
葵の意図通り話は逸れ、麗華は素直に葵の質問に答えたくれた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あ、立花さんおはようございます」
麗華と会話をしていると葵の存在に気づいた波多野 啓示が葵に挨拶をして来てくれた。
「あぁ、おはようございます。波多野さん」
葵も丁寧に年上で生徒会副会長である波多野に敬語で挨拶を返した。
波多野はとても丁寧な男で真面目であり、年下の葵に対しても敬語で接してくる珍しい先輩だった。
波多野と話す時は堅苦しさがやはりあまり抜けず、葵も少し緊張し、体が強ばるような感じがした。
「会長、もしかして、立花さんも朝に呼び出しかけたんですか??」
朝、こんなにも早く登校している葵に気づいた波多野は、怪訝そうな表情を浮かべ、麗華を問い詰めるように質問した。
波多野は今来ている生徒は生徒会メンバーだから、朝早く来るのは当然だと感じていたが、メンバーでない葵にも朝に招集をかけたのかと麗華を疑っていた。
「い、いや、私は何にも言ってないよ??」
「はい、自分の意思です。」
慌てて変な疑いをかけている波多野に弁明するように麗華は答え、葵に助けを求めるような視線を送り、それに気づいた葵は、麗華を庇うようにして答えた。
「そうですか……会長ならやりかねないですから……関係のない人を巻き込む習性がある会長なら……」
「な、なんと人聞きの悪い…………」
メガネをくいっとあげ、位置を直しながら指摘する波多野に、麗華は不満そうに呟いた。
「立花さん、今回はいろいろ助かりました。ここまで凄いものができると思ってませんでした」
波多野がそう答えると葵は少し、驚いた。
波多野に真面目で完璧主義の節がある事は、今回のミスコンの件でふつふつと感じており、そんな波多野から賛辞の言葉を貰えるとは思っていなかった。
葵は正直、この言葉は誰の言葉より信じられ、嬉しく感じた。
「こちらこそ、ありがとうございます。生徒会から手伝ってくれるという話が上がるまで、てんやわんやだったんでこっちの方こそ感謝してます」
葵の答えに波多野は、フッと微笑み手を差し伸べてきた。
葵は波多野のその意図がすぐに分かり、差し出された手を握った。
数秒の間、2人で熱い握手を交わし、葵はそこで初めて波多野と分かり合えたような、堅苦しい波多野と砕けた関係になれたような気がした。
握手を解くと、続けて波多野が話しかけた。
「今回の件で立花さんの優秀さを見た気がします。どうですか?
今からでも生徒会長になりませんか?」
「なッ、波多野君ッ!?」
急な提案にその場にいた麗華は取り乱し、葵も波多野がそんな冗談を言うのかと驚きつつ、目の前に麗華がいたため、スグに断りを入れようとした。
「流石に自分じゃ務まりませんよ。
それに、波多野さんでもそんな冗談言うんですね。」
「冗談なんかじゃありません、マジです……。
私は冗談なんか言わないです」
葵は苦笑いで、答えると波多野はすぐ様否定し、麗華はそんな波多野に向かってブースカと罵詈雑言を浴びせかけていた。
真面目な様子で、本気で答えている葵は、生徒会長は冗談でもこのままだと生徒会に入れられるような、そんな気がしだし、身の危険を感じた。
そんな事はごめんだったため、誘われる前に葵は違う話題を必死に提示した。
「あ、そ、そういえば、なんか問題見つかったりしましたか? 朝、確認して貰った中で……」
「あぁ、大丈夫でしたよ? 抜かりないです」
必死に話題を逸らした葵は波多野が上手く逸れてくれた事にほっと息を着きながら話を続けた。
「そうですか、良かったです」
葵はそう短く答えた後、どうしても自分よりもよっぽど頭の良い優秀か2人に聞きたい事があり、この質問をするのはどうかと戸惑いつつも質問する決意を決めた。
「…………始まる前にこんな事聞くのはアレなんですけど、お二人はこのイベント成功すると思いますか?」
葵は少し不安そうに2人に尋ねた。
当然だった。
葵は普段から気の強く、堂々とした態度でいる事が多かったがこんな事をした事は初めてで、いつもイベント事を取り持つお二人にどうしても聞きたかった。
葵の質問に、葵からそんな事を聞かれると思っていなかったのか、2人はキョトンとした表情を浮かべ、お互いの顔を見合わせていた。
そして、2人はお互いそれぞれに笑顔を浮かべ葵に視線を戻し、同時に答えた。
「そんな事分かんないよ」
「そんな事分かりませんね」
笑顔でそんなふうに答える2人に葵は驚き、何も言えなかった。
そんな葵に代わり2人は話を続けた。
「だって、私達だってこんな事初めてだもん。色んな事を考えたら失敗する確率の方が高いかも……」
「そうですね。正直希望的観測で予定を立てた節がかなりあるんで参加者次第でしょうね」
笑顔で笑い話のように話す2人に葵はますます、2人が何を言ってるのか理解できなかった。
てっきり、優秀な2人なら、抜かりなくここまで計画を立ててきた2人なら絶対とは言わないにしろ、成功すると言ってくれるというような気がしていた。
「で、でも、会長さんは生徒会としては失敗は許されないって……」
葵は依然として戸惑ったようすで麗華に尋ねた。
「あ、あぁ〜そうだね。気持ち的にはね? でも成功するかなんて分かんないよ」
麗華は笑顔で葵の質問に答えた。
まだ納得のいっていないような表情を浮かべる葵に麗華と波多野は気づき、諭すようにして話始めた。
「成功するためには努力は惜しまなかったです。
ベストを尽くしたと思います、これからも尽くします。
ですが、それでも失敗する時は失敗します」
「そうそう。結局は運なわけ。今気張っててもしょうがないよ、それに所詮学祭だしね」
「学祭ですしね」
2人の考えは合致している様子で、まるで同じ考えのようだった。
「まずは……」
波多野がそう言いかけると、次の瞬間波多野の言葉に被せるようにして麗華も言葉を発した。
「楽しもう!」
「楽しんでください」
2人の笑顔でそう言われると、葵は朝から薄ら感じていた不安が全て無くなった気がした。
それと同時に自分が朝からずっと何処か焦っていたような事に気がついた。
姉である蘭に出発の事を聞き出したり、テキトーに答えた姉に不安を感じたり、いつもよりも大分早い時間に家を出たり、全て焦りからの行動だったのかと思えてきた。
「あ、ありがとうございます。なんか、肩の荷が降りたような気がしました」
葵は2人に感謝の意を伝えると波多野と麗華は笑いながら答え始めた。
「なんか、私達が生徒会に入った時もこんな感じに意気込んで緊張してたよね」
「昔を思い出しました。やっぱり立花さん、生徒会長は無しでも生徒会に入りませんか?」
そこからは、ミスコンの話をしながらもニコニコと笑い話を含めながら他の生徒会メンバーを含め、朝の時間を過ごした。




