俺より可愛い奴なんていません。10-9
◇ ◇ ◇ ◇
「それでは、これから体育祭の各種参加種目を決めたいと思いますッ!!」
クラスの前に立つ、体育祭実行員に立候補した男子生徒、大月 一誠の発言の元、葵のクラスでは体育祭の参加種目決めを行っていた。
体育祭の種目は多岐にわたり、野球、サッカー、バスケと言ったメジャーな球技から、リレーやハードル走といったトラック競技までもが、種目としてあった。
種目に関して、場所も時間もそこまで大きく取れない為、学年対抗でトーナメント戦を行い、各学年で上位二クラスが決勝トーナメントに選出する形にとなり、リレーなどに関しても同じ手法を取っていた。
去年も、もちろん盛り上がったこのイベントは、去年の雪辱に燃える生徒や、今年も連覇を掛ける思いを持った生徒達で盛り上がり、去年とクラスのメンバーは違えど、目指すものは皆、一緒だった。
「お、おいおい葵ッ! ついにだぞッ!? 遂にッ!!
今年こそは優勝して~よな! 二年だしよ~~!!」
葵の席の前にいる大和もまた、隠しきれぬ興奮から、ウキウキとした様子で葵に声を掛けた。
「ん? あ、あぁ~~……、体育祭ね……。
まぁ、正直俺はそれどころじゃないんだけどな…………」
浮き立つクラスの中、葵は一人難しい顔で考え事をしており、体育祭の事など頭になかった。
急に大和に話しかけられたことで、長く深く考えていた考え事を中断させられたが、考えても考えてもいい答えが出る様子は無かった。
「もぉ~~、なんだよぉ~~!
相変わらずこういったイベントに興味無さげだよな~~?
今、この学校の生徒は体育祭か、修学旅行の事しか頭にないだろッ!?
それどころじゃないってなんだよ…………」
「いや、まぁ……体育祭にも興味が無いわけじゃ無いんだけどな……。
ちょっとな…………?」
大和に質問にハッキリと答えるつもりはない葵だったが、大和の言葉で再び難しい顔を浮かべ、朝からずっと懸念している昨日の出来事を思い浮かべた。
「そんなの絶対認めないですからねッ!!」
葵が来年から北海道へ行きたい旨を、両親、姉妹へ話すと、椿は葵の思いを痛烈に批判し、断固拒否と言った様子で、聞く耳を持たなかった。
その時の事と言われた言葉は、今でも葵の心に深く印象に残り、その光景は簡単に思い起こせた。
「はぁぁ~~~~……、どう説得するかだな……」
葵は心の声が駄々洩れになっていたが、そんな事を気にできる程余裕は無く、椿も含め父 裕次郎と母 百合の二人も反対している状況を嘆いた。
「なんか葵、最近ため息増えたよな?
二年に上がってから余計に……」
「お前は気楽でいいよな?
悩みなんてなさそう…………」
葵はそう呟くとそれ以上大和の相手をすることは無く、一旦考え事をするのは止め、黒板へと視線を移した。
葵の最後の言葉が気に入らなかったのか、大和はギャーギャーと文句を垂れていたが、それも相手にされないと分かるとすぐに収まり、ため息と共に葵と同じように黒板へ視線を移す。
「ウチの学校の体育祭の種目多いよな~~~」
大和は黒板に視線を向けると、話題を変え、独り言気味に、再び葵に話を振った。
「多いな……、桜木は校庭も体育館も広いからな……。
こんだけ種目があってもやれない事は無いんだろ、凄い疲れるけど…………」
「一人、二種目だってよ!
去年と同じだな? 葵はどうすんだ??」
葵は大和に聞かれ、再度黒板に書かれた種目を確認する。
「俺は運動並だからな……。
激戦区の人気な種目は意識高い系に任せるとして……、目立たず地味なのでいい。
一先ず、バレーは無しだな」
「えぇ~~ッ!? 何でだよッ!!
一緒にやろうぜ!? バレー!!」
「嫌だね……。
ウチのバレー部強いし、基本体育祭は、部活でもやってる種目にその部の奴らが流れてくるからな。
そうした方が、クラスが優勝する確率も上がるし、負けたら終わりのトーナメントだから、どのクラスも余計に手堅いだろ?
ウチのクラスはバレー部6人いるんだから、そいつらでバレーは決まりだろ」
葵は自分が運動をそこまでできるとは思っておらず、ましてや日頃から練習に明け暮れる部員に交じって、その種目に出るつもりは無かった。
丁度6人そろっている事もあり、替えの選手として二人程、クラスから選出しなければならなかったが、そこに葵が立候補で入るつもりも無かった。
「えぇ~~!? せっかく葵とバレー出来ると思ってたのにな~~……。
体育の授業でもバレーは三年だし、やろーぜッ?
控えの選手も途中交代で試合に出さないと、失格を食らうルールもあるしさ、6人いるからって出れない理由は無いぜ??」
「馬鹿、それが嫌なんだよ。
普通に優勝狙える種目なんだから、運動神経良い二人で固めた方がいいだろ?
俺はサッカーとか野球とか、あんま希望ないとこ狙うんだよ」
「マジかよ~~~…………」
葵の決断に納得のいっていない大和は最後までごね、ただ一緒にバレーがやりたいと誘ってくれた大和に悪いとは思いながらも、葵は足を引っ張るつもりも無かった為、大和の願いには答えられなかった。
そうして、葵は自分が出る種目を絞ろうとした時だった。
「ねぇねぇ、知ってる?
2-A組の男子が他クラスより少ないから、先生が何か競技出るらしいんだけど……。
どうやら、その先生がまなべっちになるらしいよぉ~~」
葵の席の近くで話す女子生徒の話声が、不意に聞こえ、葵はその話に意識が向く。
「えぇ~~ッ!? それってズルくない??
普通、欠員の時は担任が引き受けるんじゃないの??」
「いや~~ね? それが、A組の担任の古川先生、腰の具合が悪いとかでさぁ~~。
まなべっちは若いし、それでまなべっちに白羽の矢が立ったんじゃない??
まなべっちでた方が面白いでしょ? それに」
葵はそこまでこの話に関心は無かったが、真鍋がこのイベントに出るとは思ってなかった為、意外だなと他人ごとに思いつつも、各種種目へ目を向けた。
黒板には様々な種目の名前が上がり、種目の下には立候補者の名字がずらりと並び、正の字で人数をカウントしていた。
サッカーもその中にもちろんあり、葵は何気なしにサッカーの項目に注目した。
(サッカー、人数6人……。
意外と立候補いないんだな…………。 俺も大和も含め、まだ決めえてない奴もいるけど、この感じの集まりだと…………)
葵は野球、バスケ、バレーと球技の項目を一通り確認すると、ややサッカーの集まりが悪いように思えた。
体育祭で一人、二種目までの参加が決められているが、用意された種目すべてに一つのクラスが参加できるわけでもなく、人数と参加種目の制限により、球技のどれか一つは出場できないようになっていた。
もちろん落とす競技は各クラス自由であり、勝てる見込みのない競技を落とすクラスがほとんどだった。
(バレーの方も、経験者が多いためか中々集まり悪いな……。
みんな足は引っ張りたくないんだろうし、何より悪目立ちしそうだからな。
――――それなら……)
葵は思い立つとすぐに行動を起こし、目の前であと一つ、どこの種目に立候補をするか悩む大和に話しかけた。
「なぁ、大和?
バレーの控え二人集まりそうにないよな? 一人埋まれば、もう一人も必然的に埋まると思わないか??」
「お……? ど、どうした急に……」
葵の何かを企んでそうな雰囲気を感じたのか、大和は恐る恐るといった様子で返事した。
「いや、お前、俺にバレーやって欲しがってたろ? それに後二人の立候補って難しくないか? 集めるの……。
一人、俺が立候補しちゃえば、クラスの優勝も狙える競技だし、女子も巻き込んで同調圧力でもう一人立候補者釣れると思わないか??
人数さえ揃って、出場しちゃえば優勝できるかもしれないんだから、バレーを落とすのは勿体ないだろ??」
「ま、まぁ……。 そうだな…………」
警戒している様子の大和だったが、葵の言っている事は理解できており、バレーは落としたくない競技だった。
「ならよ? 俺がバレーに立候補するから、一緒にサッカーに立候補してくれないか?」
「え…………?」
大和はもっと何か、大きな借りを作らされるのかと危惧をしていた為、葵の簡単な提案に、思わず呆然とし声を漏らした。
「野球の立候補者より多くサッカーの方に立候補者がいれば、自然と表も集まるだろ?
サッカーにしろ野球にしろ、ウチのクラスはあんまり強くないだろうしな」
「べ、別に俺はいいけど……、いいのか?」
「中学生以来か? お前のバレーに付き合うの……。
素人に毛が生えた程度だから、あんまし期待すんなよ?」
「――――任せろッ!!
サッカーか!? 他の仲間にもサッカーに立候補してもらえるよう頼んでくるぜッ!!」
大和の表情はパァっと一気に明るくなり、葵にそう言い放つと、すぐさま自分の席を立ち、黒板に名前を書きに行くと同時に、同じバレー部員の仲間の元へと向かって行った。
(これで、ウチのクラスもなんとかサッカーには入れそうだな……。
まぁ、参加したからどうってことは無いんだろうけどな…………)
葵はサッカーに参加したからと言って何か大きな、深い思惑があったわけでは無かったが、万が一にも自分のクラスと真鍋のクラスが当たれば、美雪も応援を兼ね、真鍋のサッカーをする姿を観戦できるかもしれないと、そんな事をひっそりと考えていた。
口実づくりではないが、少しでも観戦できる機会が作れれば程度に、そんな事を思った。
 




