俺より可愛い奴なんていません。10-7
◇ ◇ ◇ ◇
葵は、大和達との会話の途中であり、最後に美雪が何かを言いかけていたような、そんな気もしていたが、携帯に入った着信主を見て、すぐにその場から抜け出し、人通りの少ない廊下へと移動していた。
目的の場所へ来る前に一度、着信は途切れてしまったが、すぐに折り返すと、葵へ電話を掛けた本人に繋ぐことが出来た。
葵は電話がつながるなり、折り返しした者へ軽く謝罪する。
「すみません、教室だったんですぐに出れず……」
「あぁ~~、今、学校かッ!?
そういえば高校生だったもんなぁ~~」
葵の折り返した相手は、軽快に明るい声で、笑い声も交え答えた。
葵の折り返しの相手は、沖縄であったプロスタイリストの香也と奈々(なな)の師匠にあたる、北条 貴音だった。
葵は香也から紹介を受け、貴音と何度か既にやり取りをしていた。
「どうしたんですか? こんな時間に……」
「んん~~? ちょっと話たくなってねッ!
今、里帰りの疲れた心の療養中なんだけどさぁ~~、そんな私にやれ結婚はいつだだの、まだ良い相手はいないのか? だのうるさくってねぇ~~~。
暇つぶしと愚痴を零す為に電話をしたわけなのよ~~」
葵は貴重な昼休みを、あまりにもどうでもいい理由で奪われ、イラっと感じたが、自分がこれからお世話になる可能性のある人物でもある為、口には出さず、必死に怒りを抑えた。
初対面の時から貴音は葵に対してフランクであり、あまりの態度と振る舞いに、葵は貴音の事を調べた事もあった。
しかし、葵は調べてもよく分かったが、彼女は態度や振る舞いに似合わず、ファッション業界においては偉大な存在であり、日本国内はもちろん、海外においても業界では名の通る大物であった。
スタイリストとしての仕事はもちろん、コーディーネートのセンスの良さからファッション雑誌の監修も任された過去があり、過去にはファッションにおいて、ブームを作った事もある程の人物だった。
そんな貴音は、今まで多忙で過労気味だったこともあり、休養も兼ね、実家に戻っている所だったが、歳も30を超えた事もあり、親から将来の事に付いて、せっつかれていた。
「そんな愚痴を現役高校生に聞かせるんですか?
青春を奪ってまで……」
「なッ! 若者アピールかッ!? いいか! よく聞けよ若者ッ!!
高校卒業したら歳を取るなんてあっという間なんだぞ? 気づいたときにはもう30代だ!
若さのあまり、アラウンドサーティが都市伝説か何かとでも思ってるんだろ??
怖いぞ~~老いは……、ホントに30歳になっちゃうんだぞぉ~~?
30の大台は目と鼻の先なんだぞぉ~~??」
どうでもいい理由で電話され、仕返しの意味も込めて、少し嫌味っぽく話した葵だったが、貴音の地雷を踏みぬき、怒涛の勢いで、反論されてしまい、この話題も葵にとってはどうでもいい話でもあり、結果どうでもいい話を長引かせてしまい、仕返しした事を少し後悔した。
「別に30代になるのは怖くないですよ……。
それで? 本当に他愛の無い話の為に電話を……??」
葵は短い付き合いであったが、貴音ならやりかねないと考えており、他の理由があってくれとそう思いながら、恐る恐る貴音に尋ねた。
「なんだよ~、世間話もしたいのに~~……。
まぁ、本題に入ると……、見たよッ!!
『Fairy』の雑誌」
「えッ!? 『Fairy』の発売日ってまだなんじゃ…………」
葵は急な話題の転換に、驚き声を上げながら、田辺に聞いた話を思い返しながら貴音に尋ねた。
「あぁ、『Fairy』のとこの編集に伝手があってねぇ~~。
借りれそうだから、葵の写真だけ借りちゃった。
田舎もやる事無くて暇だからねぇ~~。 今それを一通り見終わったところ」
「――――で……、どうでしたか……?」
貴音に見られた事を知ると、葵は一気に緊張を感じ、体中から冷や汗を感じながら、生唾を飲み、探るように尋ねた。
「ん? まぁ~~、これだけじゃ何ともかな……。
葵がこの服選んでるわけでもないでしょ? メイクだけをやったんだろうし」
「め、メイクだけでも評価してもらえますか?」
「ガッツクねぇ~~!
んん~~……、悪くないじゃないかな? 服の意図もよく理解してるし、服を目立たせる形になってると思うよ!?
上出来ッ上出来ッ!」
貴音の言葉に緊張感が高まる葵だったが、何とか彼女のお眼鏡にかなうメイクが出来た事にホッとし息を付いた。
しかし、貴音の意見はここで終わりでは無かった。
「ただ、私がこの雑誌の監修をしているのであれば、葵は呼ばないかな~~。
スタイリストとしてはまだまだ並、この雑誌において葵の価値を表すなら、モデルとしての価値が80%、スタイリストしての価値が20%くらいかな……。
女装でここまで綺麗になれるモデルなんて、世界でもそうそういないからねぇ~~。
下手したら隠蔽して、女性モデルとして雑誌に載せたとしても価値はあるから」
「20%…………」
安心したのもつかの間、歯に着せぬ、裏表ない素直な貴音の意見は、葵に重く深くのしかかった。
「モデルとして生きる?」
葵の思わずも漏れた声が聞こえたのか、声色はいつもの明るい口調だったが、とても冷ややかな雰囲気を持った声で、淡々と葵に貴音は告げた。
「いや、目指してるのはスタイリストです。
北海道に行くことも決めてます。
今は時間ないですけど、学校終わったら教えてください」
「えぇ~~!? どうしよっかなぁ~~?
葵との夜電話長いしなぁ~~~!? 葵しつこいからなぁ~~」
葵が電話越しだが、真剣な面持ちで、きっぱりと答えると、貴音はからかう様に、以前スタイリストの技術に付いて話すときにした、長電話を引き合いに出しながら、渋るように答えた。
葵は貴音のそんな反応にもイラつきを覚えたが、じっと我慢し、ただ貴音に頼み込んだ。
「付き合ってください。
お願いします……」
「あはッ! 現役高校生に告白されちゃったッ!!
そこまで言われちゃ~、お姉さんも何とかしてあげなくっちゃねッ!
来年から私の弟子になるかもしれない子だしね!!」
葵はその後も貴音に振り回されながらも、何とか穏便に、尚且つ貴重な昼休みを、そこまで大きく浪費することなく迎えられた。
貴音は手短に電話を終わらせにかかる葵に、ブーブーと悪態を付きながらも、葵の強硬に折れていた。
(はぁ~~……、何とか解放されたか…………。
長話に持ち込まれなくて良かった……)
葵は短い時間で感じた大きな疲れと、解放された安心から大きなため息を付いた。
そして、いざ教室に戻ろうかと歩み出したその時だった。
「ねぇ! アンタ……。
今の電話何?」
教室に戻る為振り返ると、そこには清水 亜紀の姿があり、亜紀は相変わらず不愛想に、機嫌が悪そうに、葵に声を掛けた。
「清水か……。 電話?
大したことない普通の電話だろ?? とゆうか盗み聞きか? 趣味悪いぞ……」
「アンタだって何度もやってたでしょッ!? 何をいまさら……。
それで? なんの電話よ? 北海道とか付き合ってとか聞こえたけど……。
彼女でもできたの?」
亜紀は嫌味っぽくニヤリと笑いながら、葵に尋ねたが、葵はその事に対して、特段動揺することも無かった。
「俺が女作るわけないだろ……。
もう、いいか?」
「待ちなさいよ!
別に、電話の事意外でも、アンタに聞きたいことがあるんだけど……」
葵は尋ねながらも、行動を起こし、その場から離れようとしたが、亜紀はすぐにそれを制した。
「アンタ最近、妙な事企んで無いでしょうね?」
「妙…………?」
亜紀の言いがかりにも慣れて来た葵だったが、今回も心当たりがまるでなく首を傾げた。
「美雪の事でよ!
変な事企んでないでしょうね……?」
「はぁ? 何を企むんだよ……。
橋本が真鍋の事を好きなのはわかっただろ??
企み何もねぇだろ……」
亜紀はこの話題に関して誰よりもよく知る人物の一人でもあった為、葵は堂々とした様子できっぱりと答えた。
しかし、そんな堂々とした振る舞いの葵に対して、亜紀が疑いの目を止めることは無かった。
「アンタ……、もしかして、くっつけようとか思ってないでしょうね……?」
「はぁ?」
疑う目を止まない亜紀は、まるで葵の心を見透かしたように、それを言い当てた。




