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俺より可愛い奴なんていません。10-5


 ◇ ◇ ◇ ◇


「はい! オッケーでぇ~ずッ!!」


威勢の良い声で、軽くテンションが上がった様子で、葵と紗枝を撮影していたカメラマンは声を張り上げた。


一時間弱にも及ぶ撮影時間は、その活気のある声で終わりをつげ、一仕事終えた現場の緊張は緩んでいた。


人は入り乱れ、葵と紗枝はしきりに、今回関わったスタッフの対応に追われた。


「いやいや、完ぺきだったね!!

次の雑誌はおそらく波乱を呼ぶね!」


関係スタッフと話をしていた紗枝と葵に、田辺はニコニコと笑みを浮かべながら、そう話しかけてきた。


「いえ……、初めての事過ぎて何が何だか…………。

がむしゃらにただ言われた事をこなして、気づいたら終わっていたみたいな感じで、今もあんまり実感もないですし……」


田辺が話しかけてきたことで、スタッフは一度自分たちの話題を中断し、美雪と葵は周りに人がいながらも田辺の話に対応した。


「いやいや、謙遜しないでいいよ!

きっと良い写真に仕上がるし、雑誌も好評だから!!

――そ……、それでなんだけどね……? 二人にちょっとお願いがあるんだけどいいかな……?」


田辺は手放しで葵と紗枝を褒めた後、言い出しずらそうに、話し始め、葵は田野辺の雰囲気と、話の内容から、こちらが田辺の話したかった、本題になっているとすぐに理解できた。


「実はね? 今日の撮影を見ていて思ったんだけど、この雑誌が発売されれば。

――いや、もしかしたら発売されるよりも前に、僕から依頼された事と、同じことを依頼され始めると思うんだ。

主に雑誌のモデルの依頼が…………」


田辺の話を聞き、紗枝は信じられないといった様子で、小さく「いや……、そんなこと……」と相槌気味に否定していたが、元より紗枝の魅力に気づいていた葵にとって田辺が今、目の前で話している事は、冗談に聞こえていなかった。


むしろ田辺の言っている事は当たり前であり、雑誌の依頼を紗枝が引き受けた時からこんな事になるのではないかと、葵はある程度予測もしていた。


「そッ、そこでもしッ!

ウチ以外の雑誌の依頼が個人的に入ったのであれば、一度、ウチを通して欲しいんだ……」


「とても、勝手な話ですね……」


紗枝の興味のある事を知っている葵は、雑誌にスカウトしてくれた人でもあるが、きっぱりと毅然とした態度で田辺に言い放った。


紗枝の将来の夢かは分からないが、その道を目指すのであれば、寄り道なんかはできない事、そして一度この業界に入れば、紗枝クラスであれば、重宝されることも分かり切っていた為、葵は紗枝が余計な業界に足を滑らせないように、ただそれだけに注視した。


「今、俺や二宮にのみやは言ってみれば、単なる読者モデルのようなものです。

勿論、芸能事務所にも所属もしてないです。

そんな、アマチュアに『Fairy』だけに載ってくれなんて、あまりに都合よすぎではないですか??

専属モデルにしたいにしても、あまりに順序がハチャメチャです」


葵は慎重に言葉を選びながら、業界から離れ、丁度いい距離感でこの世界とつながれるよう、交渉するように話した。


葵にとっての理想は、今のようなアマチュアなモデルで今後もいれる事が理想であり、バイト感覚でしたいときに、モデルを引き受けられるような距離感を目指していた。


繋がりを断つことは無く、それでいて縛られないような関係。


葵はこの先の紗枝の将来を見据え、一番いい関係でこの撮影を終わらせたかった。


「もッ、もちろん分かっている!

だけど、この業界はあまりにも噂が回るのが速い……。

下手をすれば、明日にでも他の雑誌からのモデルのオファー、提携している芸能事務所に話を通して、専属モデル……なんて事は容易に想像できる。

そうすれば、『Fairy』のモデルとして君たちを使う事は出来なくなる」


「確かに言われている事も分かります。

『Fairy』で発掘した素人モデルなのに、簡単に他に取られて、それが大物にでもなれば……なんて。

でも、まず大前提として二宮は、モデルを目指してるわけじゃ無いです。

この撮影も熱心なスカウトを受けての撮影です。

仮に今日の撮影で二宮がこの業界に夢を抱いたとしても、その『Fairy』だけでなんてものは受け入れられない」


「じゃ、じゃあ! 事務所をッ!?」


「そんな急いて紹介されて、正しく判断できる程、業界に詳しくはないです。

何社か話だけ聞いたりするのは問題ないですけど、所属は無理です。

二宮の将来の事ですッ! 所属するにしても、時間をおいてじっくり考えて所属するべきです。

その感に他の雑誌にスカウトされ、雑誌に載ったりする事もあるかもしれないです。

気の毒には思いますが無理です」


葵の言葉に田辺は何とか説得しようと口を開くが、言葉は何も出る事は無く、がっくりと肩を落とすと小さく「分かった」と呟いた。


「お話があれが、受ける受けないは別として、連絡はします。

貴重な体験をさせて貰いましたから」


輝原石を見付けても、それを自分のところで囲う事ができない事を悟り、目に見えて落胆する田辺に、葵は一言そう投げかけ、葵の言葉を聞くと、田辺は悲し気な笑みを浮かべながら、「頼むよ」と答え、その場から少しずつ離れていった。


「え……、えっとぉ……、これで良かったのかな……?」


田辺が離れていくと、紗枝は田辺のあまりの落ち込み様に、彼を心配げに見つめながらそう呟いた。


「『Fairy』はファッションモデルの雑誌としては一流だからな……。

モデルとして成功したいのであれば、間違えたのかもな」


まだまだ、学生の身分であり、姉の手伝いから業界を見て来たとは言っても、熟知しているわけでは無かった為、これが最良の選択かは、正直のところ葵には分からなかった。


「な、なんか……、モデルのお仕事一つ取るだけでも大変なんだね……。

葵君がいてくれて良かったよ」


「田辺さんを弁解とはするわけじゃ無いけど、こんなことは滅多にないと思うぞ?

普通の手順をすっ飛ばしてるし……。

ただ、そうまでしても、二宮を『Fairy』で使い続けたかったんだろうな……。

二宮がどうしたいかは分からないけど、この業界に興味を持ったなら、あの人を信用してもいいとは思うよ。

それ程までに二宮に熱心だったし」


「――う~~ん……、どうかな?

葵君も専属にしたかったのかもしれないよ?」


「そんなわけ……。

俺は男だぞ?」


葵は苦笑しながらそう呟き、何とか理想の形で撮影を終えれたことにホッと息を付いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


『Fairy』撮影帰り。


二宮 紗枝は今日の撮影中にあった事を思い出し、高鳴る心臓を必死に鎮めようとしていた。


 「二宮の将来の事ですッ!」


紗枝の頭の中で、何度もあの時の光景が繰り返された。


(葵君、私の為にあそこまで真剣に……。

どうしよう、さっきからあの時の光景が頭から離れないッ!)


紗枝は田辺と葵が言い争うあの場で、じっと様子をうかがう事しか出来なかったが、その時の光景は脳裏に焼き付いていた。


(どうしてあそこまで、真剣になってくれたんだろう……。

いや、葵君が優しい人だという事は、一年前からよく知ってる…………。

ど、ど、どどどうしよう……、葵君の顔を見たらまた今日の事、思い出しちゃうよ……)


紗枝は学校で葵と会う事は必然の為、次、学校で会うときに、自分が冷静でいられる気が全くしなかった。


(何度も体験はしたけど、今日も良かったなぁ……。

葵君がメイクしてくれるともちろん、緊張するけど……、心臓はバクバクと音を立てるのにどこか心地良いような。

矛盾してるけど、安心できるような感じがする)


紗枝は学祭での事も思い出しながらそんな事を思う。


(葵君は多分、プロのスタイリストになる……。

いろんな人のコーディネートをする。

その中に私もいたら……、葵君のメイクを一番受けられるのが自分であれば……)


紗枝はそんな未来の妄想をしながら、不意に現実へ戻され、妄想していた自分に一気に赤面をし、恥ずかしく思う。


ただ、紗枝はそんな未来を考えずにはいられなかった。


「もう、抑えることは出来ないのかも……」


紗枝はざわつく胸に手を当て、そう呟いた。



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