俺より可愛い奴なんていません。10-1
◇ ◇ ◇ ◇
月日は流れ、葵の濃い夏休みは終わりをつげ、二学期へと突入していた。
夏休みは生徒の成長や変化をもたらすには十分すぎる期間があり、久しぶりに合うクラスメートの中には、雰囲気の変わった生徒がそれなりに存在していた。
「お~~いッ! 葵ッ!!
ひっさしぶりッ!!」
葵は自分の教室に入るなり、いつもの騒がしい友人である大和が、笑顔で駆け寄ってきた。
「うるせぇな……、別に久しぶりでもないだろ」
葵は夏休みの中でも、大和を遊びに出かけたりとしていた為、特にこれと言って懐かしくは無く、見慣れた顔の一人だった。
「電話とかラインとかでやり取りしてただけだろ~~?
一週間近くあってねぇ~~よ」
「気持ちわりぃな! そうゆうのは彼女にやれよな」
大和は純度100%の好意でそう伝えたつもりだが、葵には嫌悪感しかわかず、大和にそうしたわれても、気持ち悪くてしょうがなかった。
葵は大和簡単にあしらうと、自分の席まで向かい、大和もこの扱いには慣れている様子で、依然と葵にしつこく絡みながら、葵の席の近くである、自分の席へと向かった。
席へ向かう途中、久しぶりに合うクラスメートと軽く挨拶を交わしながら、葵は席に着き、付いてきた大和も同じ様に席に付いた。
「あッ! てゆうかさ、葵! 聞いたか!?」
「なんだよやかましいな……。
聞いてない」
「いや、スゲー話なんだって! ウチのクラスの二宮さんが今度、雑誌のモデルやるらしいんだよッ!!」
「あぁ~~、その話ね……。
悪いけどもう知ってる……」
葵はスカウトされたあのイベントの終わり際に、決心が付いた様子の紗枝に、雑誌に出る事を告白され、誰よりも早くその事に付いては知っていた。
というより、葵もスカウトされた一人だったため、知ってるも何も、自分もその雑誌に、一緒に出る事になっていた。
「なんだよ、知ってんのかよ……。
まぁ、あれだけ話題になってれば当然か……。
はぁ~~、俺たちのクラスのマドンナが世に出て、嬉しいやら寂しいやら……」
「今の言葉、彼女にチクるぞ??」
葵は冷酷にそう言い放つと、大和から視線を切り、カバンの中から机に教材を移す作業をし始めた。
そんな葵に大和は「鬼かッ!?」と突っ込みを入れていたが、葵は気に留めることなく反応することは無かった。
そんな風に葵と大和が朝から談笑をしていると、不意に二人に声が掛けられた。
「神崎君! 葵君! おはよ!!」
女性の明るい声に大和と葵は反応し、その声の主は紗枝だと認識した。
紗枝の隣には彼女の友人である、加藤 綾と橋本 美雪の姿もあった。
紗枝はニコニコと笑みを浮かべ、好意的に葵達に挨拶をしたが、葵達は一向に挨拶を返すことは無く、驚いた表情のまま固まっていた。
流石に中々返ってこない返事に不満を持ったのか、紗枝は困惑した表情を浮かべたが、少し間を空けてようやく大和が口を開いた。
「え、えっとまずはおはよう……。
えぇ~~、ちょっと俺の聞き間違いで無ければ……、ん? 葵くん??」
大和のそんな問いかけに、紗枝はみるみる顔を赤く染めていき、葵は面倒な事になりつつあることにため息を吐き、綾も美雪も驚いた様子で、紗枝を見つめていた。
「え!? 紗枝ッ!?!?
どゆこと!? なんで、名前呼び??」
「ま、ま、間違えたんだろ? ほら、大和が葵、葵ってうるさいから、勢いで……」
「なわけあるかいッ!! なんかあったの??」
葵は自分で言っていて、苦しいなと思いつつも、騒ぐ綾にそう弁明したが、もちろん信じては貰えず、追求される紗枝は俯き、赤らめた顔は耳まで赤くなる始末だった。
(こりゃもう真実を話す他ないか……)
紗枝には申し訳なかったが、真実を話しても、ここにいる5人にしか、知りえ無い事になる為、余計に恥ずしい立場に紗枝はなってしまうかもしれないが、変に誤解されるよりかはマジだと、そう思えた。
「二宮、ほんとの事話してもいいか?」
「――だ……、だだいじょぶ…………」
葵は一応確認を取ると、恥ずかしさから、消えそうな程小さい声で答えた。
「実は、ちょっとあるイベントでバッタリ二宮と会ってな?
そん時、俺は家族連れだったから、気を利かせて名前呼びにしようって事になって、多分、そん時の名残が今出ちゃったんだろ……」
葵は最低限の情報だけで、あまりこれ以上紗枝が不利にならないよう努め、大和たちにそう説明した。
「――そうなの? 紗枝?」
綾は葵の話を聞くなり、隣で赤くなり、体も硬直させている紗枝に尋ね、紗枝は首を素早く二度縦に振り、葵の言葉を肯定した。
「おい……、なんでわざわざ二宮に再度確認してんだよ……」
「だって、立花嘘つくし」
綾の返事に葵はムッと来ていたが、それ以上綾に何かを言い返すことはなく、違う話題を振り、これ以上あのイベントの事に付いては、触れられないように配慮した。
「そういや、今日は二学期初日だし、早帰りだろ?
二宮は学校終わりに、田辺さんとの簡単な打ち合わせに、呼ばれてんだろ?」
「うん。
あ……、た、立花君も行くんでしょ? HR終わったら、一緒に行かない??」
葵は紗枝の提案を断る理由も特にないため、短く了解の意を伝えると、周りの雰囲気、もっと言えばクラス全体の雰囲気が異質な事に気づき、周りに目をやった。
すると、葵と紗枝が話す集団に、何時の間にやら、クラス中の視線が集まっており、近くで話を聞いていた大和達も、言葉一切しゃべらず、紗枝と葵の話を聞き入っていた。
「なんだ? お前ら、物珍しそうに……。
気持ち悪いぞ?」
紗枝も愛の言葉で異変に気付いたのか、困惑した表情を浮かべ始め、葵が言葉を発し終え、数分の沈黙が流れたその時だった。
クラス中の生徒達は一斉に動き出し、一気に葵と紗枝を取り囲んだ。
「うおッ!」
「え、えぇッ!?」
紗枝と葵はその異様な光景に思わず声を上げ、朝からこそこそと紗枝の噂を話すだけで、気になってしょうがなくも、直接本人には尋ねられず、そんなもどかしい朝を送っていたクラスメート達は、本人がその話題を話し始めた事で一気に、爆発した様に好奇心から紗枝と葵を質問攻めにした。
「や、やっぱりあの噂って本当なのッ!?
どこの雑誌ッ!?」
「何月号に載るとかも分かったりするの? 他に誰か一緒になりそうな有名モデルとか分かる!?
というか、今のうちにサインとか貰えないッ!?」
「ざ、雑誌は『fairy』かな……。
な、何月号とか他のモデルさんとかは流石に…………。
さ、サインなんて書いたことないよ!!」
次々に投げかけられる質問に、紗枝はたじたじになりながらも、丁寧に一つずつ答えていった。
女性の方が流石に男子よりも熱意は高かったが、男子も興味が無いというわけでは決してなく、葵と紗枝、両方に質問を投げた。
「さっきの話し方、立花君も何か知ってる感じなのッ!?
もしかして、二宮さんのスタイリストに選ばれたとか?」
「いや、葵のあの女装見ただろ?
こいつなら、雑誌に載ってても全然不思議じゃないぞ??
何か、葵とかはさぁ、将来テレビとか出てそうじゃないか? ほら、今、オカマタレントとか多いし……。」
「誰がオカマだ! ふざけんな!
二宮と同じように雑誌に誘われたんだよ……。
女装とかで雑誌載る予定はないから言うなよ? まぁ、言っても出来が良すぎて、信じて貰えないだろうけど……」
オカマ呼ばわりされた事に、流石の葵もカチンと来ていたが、質問攻めの勢いに飲まれ、葵の怒りもそこまで相手に届く事は無く、ため息交じりに質問には答えていった。
葵と紗枝はクラスメートに取り囲まれ、質問攻めにあった事から、すっかり大和達は、勢いに押され蚊帳の外へとなってしまい、たじたじになりながらも質問に答える葵と紗枝を見つめていた。
「すっかり、クラスの人気者だな……」
「ねぇ~~、立花なんて、ついこないだまで、女子に嫌われまくってたのに……」
大和と綾は蚊帳の外にされながらも、質問攻めに苦しむ葵達を見て、懐かしむようにそう呟いた。
「立花さんがこの状況をどう思ってるか分からないですけど、私はこうなってよかったと思います!
クラスの雰囲気も前のようにギスギスしてる事は無いですし……」
「確かに、立花睨まれてたし、雰囲気悪かったからなぁ~~」
美雪の言葉にケタケタと笑いながら、綾は答えると、不意に近くで、葵と紗枝の話を聞きながら話す、女子の話声が大和達に聞こえて来た。
「なんか、あの二人、文化祭から良い感じじゃない……?」
「確かに! なんか、立花も丸くなったしね……。
前は話しかけても、不愛想で嫌な感じだったけど」
「二宮さんと二人で、話してるところもよく見るしね?
ん? そういえばさ、立花が丸くなったのって桜祭あたりからだよね??」
大和や綾、美雪達からその話をしている女子生徒は近く、質問に答えている葵や紗枝よりも、二人の女子生徒の話の方が、大和達には興味深かった。
葵と紗枝の今話している話は、三人とも当事者との距離が近いため、何時でも聞こうと思えば聞ける話な事もあり、興味は自然とその女子生徒へと向く。
「そういえばそうだ! え? もしかして、マジ付き合ってんじゃ……。
てゆうか、桜祭の前からだって、二宮さんだけは立花に朝、挨拶とか、話しかけたりとかしてなかった??」
「そういやそうだわ…………。
でも、二人ならちょっとお似合いだし、歓迎かもねぇ~?
昔の嫌な感じの立花なら猛反対だけど、今の立花とあのクラス委員の二宮さんならちょっと映えない?」
「分かるかも……、なんか想像できるわ……。
表ではどっちも凛々しい、しっかりした感じだけど、裏ではデレデレしてたりね??」
「うわッ! それやば~~。
いいね!!」
今まで、葵と紗枝の方に視線を向けつつも、横までこそこそ話す女性二人を、視界に入れていた大和がようやく口を開き、三人の沈黙を破った。
「なるほどな~、葵と二宮さんはそんな風に見えるのか。
葵からそうゆうのは聞いたこと無かったけど、実際どうなんだ?」
「い、えッ!? あ、あぁ~~どうだろ……。
付き合っては無いじゃない?
ね? 美雪」
大和は興味深そうに、そう呟いた後、綾へと質問を投げかけたが、紗枝の恋心を知る綾は一瞬驚いたように声を上げ、誤魔化す様に答え、そうして同意をお求める様に美雪に話を振った。
しかし、美雪からの返事はすぐ帰ってくることは無かった。
「美雪??」
「――え? あ、あぁ、えっと……ごめんなさい、何の話でしたっけ?」
美雪に再度呼びかけると、時間が止まっていたかのように硬直していた美雪は、ようやく返事を返したが、綾の声は届いておらず、呆けた様に再度綾に尋ねた。
「葵と紗枝が付き合ってるかどうかって……。
美雪はどう思う?」
「え……? え、えぇ~~と、ど、どうでしょうね?
私には分からないです」
美雪の反応の鈍さに綾は違和感を感じながら、再度美雪へと質問すると、ようやく美雪は質問の意図を理解した。
しかし、美雪は苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに綾の質問に答えた。
美雪のそんな反応に綾は再び違和感を感じたが、その違和感が何なのか判明することは無く、葵と紗枝の話題で、朝のHRが始まるまで、クラスは盛り上がりを見せた。
あと2、3章程で完結させる予定です。
長々と書いてきましたが、最後までよろしくお願いします笑




